僕の愛情が歪んだ時
僕の愛する彼女は、生まれた頃からずっと一緒にいる幼馴染だ。母親同士の仲が良くて、必然的に僕と彼女の仲も良くなった。彼女とは幼稚園、それから小学三年生の今まで奇跡のように同じクラスだ。彼女は同じクラスになる度に、「また一緒だ」と天使のように微笑む。彼女は、美人さんだ。くっきり二重の黒目はぱっちりしていて、腰まで伸びた艶やかな黒髪も美しい。鼻も高いし、どちらかと言えば女顔の僕と並ぶと明らかに彼女に視線が集まる。女子も、彼女があまりにも美人すぎるので妬ましいを通り越して憧れの対象になっているようだ。対する僕は、女子の人気は高いものの、それは小動物を可愛がる的な意味であって、決してモテるとかそう言うわけではないのだ。だけど僕は、彼女にさえ好かれたらそれでいいので別に構わない。
ところでまだ小三の僕が「愛してる」なんて口にするとずいぶんと軽く聞こえてしまったり、ませてると思われがちだけど、本当に愛しているんだ。好きなんて言葉じゃ言い現せないくらいに。
「おはよう」
「おはよー」
彼女は、朝に弱い。艶やかな黒髪には寝癖がついていて、登校中は何度も欠伸をするし眠そうに目をこする。そんな仕草も、愛おしいと思うのだ。
いつもの挨拶、いつもの会話、いつもの道、いつもの日常。それがある日、崩れた。
いつものように待ち合わせ場所にやってきた彼女の目は、赤く腫れていた。しかも、髪と目の色が、青い。海のように深い、青色だった。
どうしたのか聞くと、川で溺れたらこうなった、と。とても信じられる話じゃなかったけど、彼女の話なら信じよう。
「あたしの髪と目が青くなってから家族が冷たいの。あたしのこと、化け物って言うのよ。ねぇ、あんたはあたしにそんな酷いこと言わないでしょ?」
悔しそうに、涙を滲ませながら話す彼女にぞくぞくした。初めての感情だった。それまでは、彼女には笑っていてほしいと思っていたのに、幸せでいてほしいと願っていたのに、彼女の涙を滲ませ悔しそうに話す姿を見た瞬間、彼女をいじめ、泣かせ、泣き疲れた彼女をとろけるように甘やかしたいと思った。
僕は、思わずにやけそうになる口元をぐっと引き締めて、あくまで優し気な笑みを浮かべて言った。
「もちろんだよ。僕がうぅちゃんにそんな酷いこと、言うわけがないよ」
僕の言葉に、彼女はぱっと笑顔を浮かべた。僕の手を握り、嬉しそうにぶんぶんと上下に振った。
数日経って、彼女がクラスの女子にいじめられるようになった。学校で、こんな噂が流行ったのだ。三年二組の水戸羽衣って子は、水の化け物に憑りつかれた。近づくと化け物に憑り殺されるって。
噂を流した張本人である僕は、いじめられて泣く彼女を心配している様子を見せて慰めた。彼女は僕が慰め、味方だよと声をかける度に嬉しそうに笑った。敵がいればいるほど、彼女は僕に依存してくれるだろう。味方だと笑ってくれるだろう。
今は彼女を僕に依存させるためにこうするしかないけど、いつか僕自身の手で彼女をいじめて泣かせて、とろけるように甘やかしてあげる予定だ。ああ、今からぞくぞくしちゃうな。今まで優しく、味方だと笑っていた僕が彼女をいじめる側に回った瞬間、彼女はどんな顔をするだろう? 裏切ったと言うだろうか。まぁ、そのぐらいは受け止めないとね。いじめたあとはきちんと甘やかしてあげるんだから。
それにしても、彼女の周りにいる奴らはバカばかりだ。彼女の美しさ、内側の優しさに気づかないで噂に踊らされて彼女を傷つけるなんて……さ。まぁ噂を流してるのは僕なんだけど。僕なら彼女がどんな姿になろうと、愛せる自信があるね。
鈍感な君のために、広い広い檻を作ろう。君は気づかないだろう。気づかないうちに段々檻は狭くなって行って、最後には身動きもとれないほど狭くなるんだ。その中で、君を愛してあげるから。
***
あたしの幼馴染は、よくあたしのことを「鈍い」って言う。とんだ勘違いである。あたしの勘の良さはピカイチだと自負している。だから、幼馴染の彼の気持ちにも、気づいてはいた。
彼は、言わないけどあたしのことを好きなんだと思う。まず、態度が違う。クラスの女子には見た目に反して冷たいのに、あたしにはどこまでも尽くしてくれる。ちなみに彼の見た目は小動物系だ。女顔と言ったほうがいいのかな。小動物系って言うと、きっと彼は拗ねてしまうだろうから。
あたしの日常は、ある日川で溺れ、髪と目が真っ青になったことによってガラリと大きく変わった。最初は家族に冷たくされ、次にクラスメイトにいじめられた。
あたしの髪と目が真っ青になった次の日、あたしは家族に冷たくされたことがショックで彼に縋った。彼は隠したつもりなんだろうけど、あたしが涙を滲ませ話す姿に、笑みを浮かべていたのを確かにこの目で見た。
それからだ、クラスメイトや家族、近所の目が厳しくなったのは。皆が、あたしを化け物と言う。水の化け物に憑りつかれたんだって。そんな噂が流れていると聞いて、真っ先に浮かんだのが彼だった。
これはあくまで勘だけど、彼はあたしへの好意が歪んだ方向に向かっているんじゃないだろうか?
涙を浮かべ話すあたしを見て、嬉しそうに笑ったのがその証拠だ。
まるで、大きな大きな檻の中に閉じ込められ、日に日にそれが狭まってくる感覚だ。その檻を作ったのは、きっと彼。
彼はあたしのことを「鈍い」と言う。ならばその勘違い、利用してやろうじゃないか。女は案外、強かな生き物なのよ?
あんたが作った檻なんてぶち破って、外に出てやるんだから。覚悟しときなさい!
ヤンデレヒーローに負けない強いヒロインが書きたかった。
小三でここまで歪んでたらもう修復不可能ですね(おい作者
※新田葉月様主催の【君に捧ぐ愛の織企画】参加作品です。素敵な企画をありがとうございました!