最大の誤算
「……え?」
違和感は俺がカップの中身を飲み干した後、即座にやってきた。
信じられないことだが、苦しくなってきたのだ。
焼けるような痛みが喉を襲ってくる。
理解ができなかった。
なぜだ?
なぜ、苦しいのか?
こっちのカップには毒は塗っていないし、入っていないはずなのに。
「な、なんで……?」
俺は慌てる。
可笑しい。俺は大丈夫だと確認した。
なのに、なんだこれは?
「……あら? どうしたの? そんなに動揺して。私の知っている北村君は、もっと冷静な人間だと思っていたのだけれどね」
「……え?」
俺はすでに呼吸さえ困難になりながらもなんとか、有栖川のほうを見る。
笑っていた。
有栖川は笑っていたのだ。悪魔のような笑みを浮かべて俺を見ている。
瞬間、俺は理解した。
自分が勝者から敗者へと、一気に転落したのだと。
「なるほど……ぐふっ……気付いていたわけか」
「ええ。色違いだけだと思わせておいて、実は一つだけ形が違うものも混ぜておくなんて随分と手の込んだことをしてくれるじゃない」
有栖川の言う通りだ。
芽衣にはあらかじめ、京極に指示を出させておいた。監禁中はお茶を飲みたくなるかもしれないからカップを用意しておけと。
おかしな要求だから怪しまれるかと思ったが、間抜けな京極がその通りに手配してくれたおかげで、この屋敷には芽衣のカップに形と模様の良く似た、色だけが違うカップが人数分用意されていた。
一方俺は、それに対して、形の違うカップを用意しておいたのだ。芽衣が京極に用意するように指示したのは五角形のカップである。
それに対して、俺が用意したのは六角形のカップだ。
ちょっと見ただけではそんなことには気付かない。何より、芽衣の色違いがダミーとなって絶対にこの違いには気付かれないはずだ、と。
「……ふっ……まぁ、まったく気付かないって可能性もなきにしもあらず、ってことか」
意外と諦めはついていた。よく考えればお粗末な話だ。
しかし、まさか、このからくりを、自分に対して逆にまんまと利用されてしまうとは思っても見なかった。
「いつから……お前はこのゲームに……勝とうと思ったんだ?」
俺がそういうと有栖川はニコニコしながら俺の方にやってくる。
「勝とうと思ったのは……今日の朝よ。あることがきっかけでね。でも、ゲームに参加しようと思ったのは、スピーカーから最初の音声が流れたときよ。そこで私は、この瞬間から非日常が始まったんだって理解したわ。だからこそ、アナタが、二階堂さんを殺そうとしたとき、積極的に包丁を持ってきたんじゃない」
そういわれて俺は唖然としてしまった。そして、なぜか笑いがこみ上げてきた。
「は……ははっ……なるほど……で、どうして今まで探偵役を気取っていたんだ?」
「だって、アナタ言ったじゃない。こういうゲームには探偵役が必要だ、って」
「ああ。そうか……で、毒はどうやって手に入れた?」
「今日の朝よ。アナタの間抜けな幼馴染の部屋の机の上においてあったわ。それが、私がこのゲームに勝とうと思ったあるきっかけよ」
それを聞いて理解し、俺はまた笑ってしまった。額の脂汗を拭いながら大きく溜息をつく。




