紙一重
俺は動きを止めた。
そして、声のした方を見る。
「もう……やめてよ……」
その声の主は、芽衣だった。
芽衣は涙を両目から零しながら、俺を見ている。
「コウちゃん……何やっているの? コウちゃんはそんなことする人じゃないでしょ?」
そういわれて俺は気付いた。
恐ろしい力で握り締めていた包丁。
そして、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている二階堂。
俺は包丁をそのまま取りおとした。
「あ……た、助かった……」
二階堂はそう呟いて、そのまま床に顔をうずめてまた泣き出してしまった。
「あら。終わっちゃった」
有栖川だけがその場にそぐわない、いつもの調子でそう言った。
「それじゃあ、二階堂さんが言ったように一度落ち着きましょうか」
そう言って有栖川は芽衣にティーカップを手渡した。
「……え?」
「はい。ほら、二階堂さんも」
そういって有栖川に言われるままに芽衣も二階堂もティーカップを受け取った。
「はい、北村君」
俺も同じようにしてティーカップを受け取る。
「お茶を飲むと気持ちが落ち着くわ。ほら、どうぞ」
そういって有栖川はティーカップを口に運んだ。
芽衣も、二階堂も、俺も。
「……はぁ。落ち着いた?」
「あ……うん」
「それはよかったわね」
有栖川はニッコリと微笑んだ。
俺もなんとなく落ち着いた気がした。
先ほどまで人を本気で殺そうとしていたというのにも拘わらず。




