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神剣×黒翼 後篇

11月12日全面改稿しました。

9月に改稿を行った最終分。

 天叢雲剣あめのむらくものつるぎが宿したのは、天空からの雷だった。

 空を覆っていた暗雲。そこから落ちた光は、刀身に莫大な力を供給する。刃を彩っていた紫電が大蛇の如く膨れ上がり、斬撃に先んじて周囲に迸った。突き立った地面を爆ぜわり、木々を断ち、家屋を破壊していく。

 斬撃に一拍遅れて生まれたのは大気のざわめきだった。それはすぐさま暴風となり、大蛇が蹂躙した全てを巻き込んで吹き荒れた。大地は抉れ、森の木々は根こそぎ持ち上げられ、建材の欠片と一緒に宙を舞う。

 破壊の唸りは、数えればわずかな時間だったろう。

 しかし雲が消え、再び現れた満月が照らす大地に、氷室は感嘆の息を漏らした。

「なるほど、神剣というほどのことはある」

 そこには、木々がうっそうと生い茂る森があったはずだった。しかし視界の中には、地面をさらす山肌が広範囲にわたって見えている。

 万分に凝縮した嵐が駆け抜けた――そうとしか言えぬ光景だ。

「雲は、この一撃を出すための魔力供給炉と言ったところか」

 崩れず残っていた出雲衆の家屋。その屋根に立っていた氷室は、澄み渡る星天にそうひとりごちる。薄い笑いのまま、視線を一点に向けた。

「直撃を避けたのは流石だが、その状態ではもう俺に勝てまい?」

「勝手に決めるなよ」

 さらけ出た地面の上で、夏輝が立ち上がった。雷条と暴風は防御結界を貫き、火傷や切り傷を身体に残している。

 なにより右腕は、雷撃が受けたことで二の腕から先は炭化し、どす黒い色を見せていた。

 ――ちょっとやられ過ぎたか……。

 血の気が引いたまま、しかし夏輝は不敵な笑みを浮かべた。

 氷室は天の叢雲剣を手にしてから、三つもミスを犯している。

「第二ラウンドといこうぜ?」

 声に、氷室は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。再び切っ先を夏輝へと差し向け、反対の手から呪符を放つ。

 先ほどと同様、遠距離から詰めて斬るつもりだ。手負いの相手に攻め急がない、手堅い手段。

「どうせすぐ終わる」

 雷光が夜気を奔った。間一髪、転がって避けた夏輝の横、直撃を受けた土砂が噴き上がる。

 起き上がった夏輝へと、式神となった二匹の鳥が側面から迫る。舌打ち。結界魔術を纏った左腕を薙ぎ、式神をまとめて破壊する。紙片が舞った。視界を遮る紙吹雪の中、夏輝は弾かれたように上空を見る。

 氷室が剣を振り下ろすところだった。

 咄嗟に強化した脚力で地を蹴って刃をすり抜ける。獲物を斬り損ねても氷室は笑みを浮かべたままだった。すかさず雷光が切っ先から放出し、夏輝の右足を撃つ。

「……っ!」

 先ほどのような災害級魔術でないため炭化は免れた。だが身体の痛みに加え、足から駆け上がった衝撃が身体の自由を奪う。たまらず膝をついた夏輝に、氷室は悠然と剣を手に歩み寄ってきた。睨みあげる夏輝の顔前に、神剣を突き付ける。

「残念だったな」

 ゆっくりと、剣に魔力が充填していく。それを目で追いながら夏輝は口を開いた。

「ひとつ聞いていいか?」

「……どうしたエレメンツ、命乞いか?」

「追放されても、一応は故郷だろ。こんなに壊して何とも思わねーのか?」

 氷室は鼻白んだようだった。構えた刀身に微かな紫電が走る。

「思わないな」

 氷室が嗤った。

「だがお前は別だ。殺せば俺の格も上がる。さっさと死んでおけ」

 氷室が剣を振りかぶる。

 その肩が突然、血飛沫を上げて爆ぜ割れた。

「――!?」

 身体をぐらつかせた氷室が後方を見る。離れた場所に銃を構えた穂村が立っていた。緊張した面持ちで、引き金を引き、魔力の弾丸を放つ。

「ザコが」

 吐き捨てた氷室が天叢雲剣で弾を打ち払い、返す刺突で雷撃を放った。雷条は蛇のように大気をのたうち迫り、穂村の立つ付近を幾度も跳ねて着弾する。彼女の姿は巻き起こる土砂に消えていった。

 ――機。

「次はお前の番だ」

 夏輝へ視線を戻した氷室は、突如吹き寄せてきた狭霧に、語尾に狼狽えをにじませた。

 月光に白く輝く濃密な霧が、彼と夏輝の周囲を包み込んでいく。

「これは……」

 毒性のガスを疑ったか、袖で口元を覆う氷室。転瞬、夏輝の姿が消えていることに気づき口の端を歪ませる。

 ――目くらましか。

「無駄なあがきだ」

 氷室は天叢雲剣を振るった。空を裂いた刃から、突風が巻き起こる。霧を構成する術式が強力なのかさほど払えなかったが、風は霧を吹き散らし術者の姿を露わにする。

 夏輝は氷室の背後から迫っていた。その左手には残る魔力をかき集め、光り輝く円環の魔法陣が紡ぎ出されている。

 魔法陣は強力な魔術の前兆だ。しかし氷室は気にしなかった。剣で魔法陣ごと叩き切ればいい。

 夏輝が手をかかげる。斬撃がその手へと吸い込まれるように叩きつけられた。

「な――」

 驚愕の声。

 刃を掴んでいるのは、夏輝の右手だ。

 炭化したと思われた黒い腕は、淡い光に金属のごとき光沢を跳ね返している。鋭く伸び生えた爪が、鷲掴みにされた刃からのぞいて見えた。

 禍々しい気配を宿したそれは人のものではありえない。

 異形の腕だ。

 なんだ、この腕は!?

 氷室の声は空気を震わせなかった。

 月よりなお儚い光を灯した左の手刀が、刃越しに氷室へと抜き放たれていた。


「おーい、生きてるか?」

 その声に、穂村はゆっくりと目を開き、起き上がった。夜空には月と星が見え、驚くほど静かだ。

「……私、死にました?」

「もう少し気の利いたこと言えよ……終わったぜ」

 夏輝が指し示した先には氷室が倒れていた。少し離れた場所には天叢雲剣が落ちている。

 剣は半ばから断ち切られていた。

「剣が……」

「十分な魔力を込めてないと、さすがに脆くなるみたいだな」

 雷ほどの高エネルギー体を生み出すとなれば、当然その材料である魔力もかなりの量を必要とする。手練れの魔術師であろうとも、連続行使すればすぐに枯渇してしまうほどだ。

「アンタの話から、起動に必要な魔力も消耗してたみたいだからな。戦うなら今しかないと思ったぜ」

 実際、切り札となりえる大魔術を使ってしまった後、剣から放たれる雷の規模は一気に減衰した。

 夏輝を追い詰めた時は魔力の充填がかなり遅くなっていたし、その後の穂村への攻撃では、直撃すらしなかった。

「ま、アンタが攻撃されなきゃ、弱ったタイミングを見切れなかったけどな」

「……私を実験台に?」

 穂村の声に険のあるものが混ざった。一歩間違えば冗談では済まされない状況なだけに、当然か。心なしか詰め寄ってくる彼女に、夏輝は両手を上げて降参の意を示す。

「悪かったって、あのタイミングなら大丈夫と思ってたんだよ」

「……分かりました。信じます。ところで、その手――」

 穂村が見るのは夏輝の右手。炭化の跡どころか、肌には傷一つない。問いたげな彼女の瞳に、夏輝が肩をすくめる。

「ちょっとした特殊体質だ。生まれた時から、月が出てれば大抵の傷は治るんだよ」

 その治癒能力は、満月に近い時ほど向上する。

 魔力が枯渇するほど剣に頼り過ぎたこと。大破壊魔術で夏輝を仕留められなかったこと。

 そして雲を晴らして月を出したことが、氷室の敗因だった。 

「さって、これで実力の差が分かったか?」

 微かな呻き声が聞こえて、夏輝は倒れた男へと歩み寄った。氷室は立ち上がろうとしたが、血泡を吐いて再び伏す。仰向けに見上げてくる白い顔を、夏輝は静かに見返した。

「命は取らねーから安心しろよ。代わりに、結界施設に収容されるのは覚悟しとくんだな」

「小、僧……」

 忌々しげに夏輝を見る目には、微かな恐れがある。

「貴様は、いった……い!?」

 その恐怖が爆発したかのように、氷室の瞳は大きく見開いた。インバネスを着た身が小刻みに震え出す。口からは絶叫の代わりに、乾いた空気が漏れ出てくる。

「なんだ?」

 異常な様子に夏輝が思わず、穂村を見た。彼女も首を横に振りながら、目は氷室に釘付けになっている。

 やがて痙攣けいれんは収まった。目を見開いたままの氷室は、微動だにしない。

「……死んでるな」

 穂村が息をのむ。夏輝の言葉にではない。その後氷室に起きた変化にだ。

 吹いた夜風に、氷室の身体が解け崩れるように形を失っていく。血に汚れた服がしぼんでいき、やがて服の中に残った粒子を残してむくろは消えてしまった。

「どうして」

 穂村の声に、夏輝は応えられなかった。氷室の身体であった粒子を指ですくう。灰だった。薄い白色を見せるその灰は、再び吹いた風に飛散していった。

「さあな」

 夏輝はしばらく黙った後で、呟いた。

「どちらにしろ、すっきりしない終わり方だ」

 遠くからヘリの近づく音が聞こえてくる。退避していた輸送スタッフのものだろう。

 事態の終わりを告げる音だったが、どこか心の奥底をかきむしるような音にも聞こえた。

6674→3473

全体は約57000→12000くらいに

改善点:いろいろ(汗)。

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