神剣×黒翼 プロローグ
2013年9月24日、全面的に改稿しました。※見やすさについて、話の流れに関係なく空行を設けている箇所があります。
追記その2 2015年9月に2年ぶりの改稿を行いました。追記3 2016年8月、改稿。
御殿には僅かな火しか焚かれず、内部のほとんどは薄闇に包まれていた。
風穴を利用して作られたその場所は、中央にある祭壇以外、むき出しになった岩肌が囲うだけのものだった。天井に開いた小さな穴からは月光が差し込み、祭壇に斜幕を降ろしている。
その光に当たらぬよう、祭壇を中心に十余りの人間が車座を作り、〈儀式〉を行っていた。
おうさ、ぐるあ、おるるおん。
あうら、ぐるあ、おるるおう。
揺らめく炎を背に受け、円心へと静かに座している者たちは、低い声音で、何事か呪文めいた言葉をつぶやいていた。
聞いていれば心がかき乱されるような、そんな声である。
唱和する声は岩の壁に反響し、風と混然一体となる。そうして、音は意図した場所――祭壇の中央へと収束していった。
祭壇に置かれていたのは一振りの剣だ。
古風な装いの剣である。
柄は汚れ、刀身は大量の錆と土塊に覆われている。もはや剣としての機能を果たさぬ代物といってよい。
鉄屑にしか見えぬその剣に対し、しかし彼らは、疲労と恍惚とをにじませた表情で、『儀式』を続けていた。
「さすがは神代の剣。簡単に封は破れぬか」
最も年かさの、白い神職服の老爺が口元を歪ませた。痩せこけているが、落ちくぼんだ目にはギラギラとした光がある。
「しかし、父祖の残した秘術は、必ずや、この剣を現代に蘇らせる」
一言ずつ、かすれた声には喜悦がにじんでいる。
剣の封印が解けようとしていたのだ。
彼らの先祖が施した強力な封印――それを解いた時、一族は莫大な力を手にすることができる。
「聞け」
老爺の目が、ぎょろり、と動いた。
周囲の、やはり神職服をきた年かさの男たちは、呪詛のような呟きをやめることはない。しかし、その意識は老爺へと集中しているようだった。
「明日、陽の出とともに封印は解けよう。あと少しのーー」
その時だった。遠くから悲鳴が聞こえてきた。御殿を守護する巫女たちのものだった。
断末魔の悲鳴だ。
異変に気づいた時には耳をつんざく音がして、風穴と外とを通じる扉が破壊されている。
高さが二メートル、厚さに至っては三十センチはありそうな重合金の扉だ。それが木の葉のように風穴の石畳を跳ねてきて、老爺たちの近くまで転がってようやく止まる。
扉は、砲弾でも受けたようにひしゃげていた。
車座を作っていた者たちにどよめきが生まれ、輪が乱れる。
「狼狽えるな」
老爺が一喝し、扉のあった場所を見る。
外は炎に包まれていた。
微かにだが、悲鳴や剣戟の音が聞こえる。襲撃されているのだ。そして炎や悲鳴を背にして、人影が一つ、風穴の中へと歩いてきていた。
「止まれ」
老爺が言うと、影は止まった。炎を背にしているため、その顔はうかがい知れない。
「何者か。ここは出雲衆の神聖な儀式場ぞ」
「神聖、か」
ク、という声が漏れた。
影の人物が嗤っているのだ。男のものだった。
「なにが神聖だ。ただの辛気臭い場所だろう」
男の影が再び歩を進めた。同時にパチンという、指を鳴らす音。風穴の天井に、輝く小さな球体が不意に現われた。周囲を照らし出す。
「滅びゆく一族の墓場。みすぼらしいな」
見えなかった男の顔もはっきりと浮かび上がった。
白髪を伸ばした、三十歳前後といった容貌の男。
病的に白い肌と、どこか冷たさを感じさせる痩躯。七月も半ばだというのに、ロングコートに身を包んでいる。
男の掛けている眼鏡の奥には、獲物を狙う蛇のような、冷たい光が宿っていた。
老爺たちの表情が驚愕に動いた。
「貴様……氷室!」
「生きていたのかっ」
老爺たちから驚く声があがる。氷室と言われた男は唇を歪めた。
「長老をはじめ、分家の当主方まで勢ぞろいのようで」
「死に損ないめが。今更何の用だ!」
「聞くまでもない……復讐だよ」
次の瞬間、男の周囲で大気が揺らめく。前触れもなく生まれた、突然の烈風だった。
渦巻くそれは凄まじい勢いで風穴内を――老爺たちを――駆け抜ける。
まず最初に音を立てたのは、奥にあった祭壇だった。
錆びた剣を乗せていた台座が、無数の刀剣で斬りつけられたかのように、鋭利な面を見せ、細かに分断されて散らばる。
そして――
びちゃり。
湿った音を立てて、男たちから何かが落ちてゆく。
斬り飛ばされた、男たちの首や四肢だった。
祭壇同様、男たちは見えざる刃に抵抗する間もなく斬り裂かれていた。あまりにも鋭利すぎて、切断された部分が一拍遅れて落ちたのだ。
積み木崩しのように、男たちだったモノが地面に落ちてゆく。
岩の地面に血だまりが広がり、生温かな血臭が漂う。
あまりに静かな、一瞬の殺戮だった。
「ば、かな」
バラバラとなった同胞たちの中、老爺がよろめいて後退った。上半身がおびただしい血で真っ赤に染まっていたが、彼だけは無事のようだった。
「お前が、なぜこれほどの力を……」
「良いスポンサーがつきましてね」
震える老爺を素通りして、氷室は祭壇のあった場所に進んだ。破片の中から剣を拾い上げる。顔をしかめた。
「なんだ、これだけしか魔力を込めてないのか」
「なに……?」
「血筋を誇るわりに、おそまつなものだな」
吐き捨てた氷室が剣を天に向ける。
直後、剣がまぶしく光り輝いた。天井にあった光の球をはるかに凌駕する光が、風穴内に満ちてゆく。
光とともに、波動のようななにかも空間に広がった。その正体を知って、老爺が声もなく目を瞠る。氷室が笑った。
「封印術式はこれで消し飛んだ。あとは俺の魔力を剣に注げばいい」
氷室の手にした剣はもう、先ほどまでの鉄錆びたものではなかった。磨き抜かれた刀身はそれ自体が淡く発光しており、刃では時折紫電が弾け散る。氷室が剣を振るえば鋭い音が鳴り響き、一拍遅れて閃光が煌めいた。
「さあ、見せてもらおうか。神代の剣、嵐と雷を操る力を!」
氷室の叫びに応え、刀身から光の柱が放たれる。
轟音。
天井を破壊し貫いたのは逆向きの雷だった。光の柱はさらに上空の星天へと伸びゆき、巨獣の唸り声のような響きを残して消えていく。
「ほぅ、中々悪くない」
満足そうにそれを見つめた後、氷室は震える老爺へと視線を移した。
「氷室……その、腕はなんだっ」
老爺の目は氷室の、剣持つ右手――そして腕に注がれていた。
右の腕は左に比べ、二倍はありそうなほどに膨らんでいる。コートの右袖は腕の膨張に耐えきれず、はち切れていた。
ただ太くなっただけではない。
破けた袖からのぞくその腕は、黒く変色している。濃く長く伸びた毛が覆っているせいだ。爪も長く鋭い。
明らかに人のものではない。
獣、あるいはそれ以外の存在のモノだ。
「それに先ほど感じた魔力……あれは、人の発するものではなかった!」
老爺が叫ぶ。その目は不気味なモノに対する恐怖に満ちていた。
「コレを説明したところで、お前には理解できないだろうな」
にぃ、と嗤って、氷室は剣の切っ先を老爺に向けた。
「剣は俺のものとなった。一族も消してやるよ。だからーーそろそろ死ね」
「氷室っ、貴様この父を……」
風穴に満ちた光と轟音が、老爺の声と存在をかき消した。
「いまさら世迷言か」
異形の腕と剣を下ろし、氷室はそう吐き捨てる。
そのあと、ふと気づいたように入口へと目を向けた。
「それで、さっきから見ているのは誰だ?」
返事はない。ただ息をのむ気配が生まれ、何者かが逃げていく音が聞こえてきた。氷室が唇を吊り上げ、声の無い笑いをあげる。
「せいぜい逃げろ。誰も生かしはしないがな」
そう言うと、悠然と歩き出した。
時を、ほぼ同じくして。
「どうなってんだ……?」
水谷夏輝は、見上げた空で起こる出来事が信じられなかった。
時刻は深更。さきほどまで満月と星々を遮るもののなかった空に、突如として渦巻く暗雲が出現していた。それも雷のようなものが発生した、岩山の峰を中心にしてだ。
その発生量はすさまじく、瞬く間に陰雲が周囲一帯にたちこめ、暗闇をもたらしていく。
時折、頭上で低い唸りを伴うそれは、雷雲の証だ。
山の天気は急に変わりやすいとは言うが、もはやそんなレベルを超えた超常現象だった。
夏輝にとって、それが示す可能性は一つ。
「剣の封印が解かれたってことかよ……」
面倒そうにそう言ってから、夏輝は山へ登る足を速めた。
3393文字→2203文字→3493文字(2016年8月)
「すんません、修行中なもので」に書いたあたりの要点から、
文字数を短縮し引き締めるを念頭に書き直し。
内容はやや変わっております。
2016年8月、短縮した文に、膨らませ作業を行いました。