7jewelry
翌日から、可憐の生活は一変した。
朝目覚めると、可憐の部屋はがらりと様子が変わっていた。
「な…何よこれぇっ!」
「…ふにゅ?」
寝ぼけた様子のマリンの胸ぐらを掴み、可憐は力の限り揺さぶった。
「ふにゅじゃないのよ!何私の部屋、勝手に改造してんのよ!」
可憐は泣きそうな気分で、部屋を見渡した。
今まで白やピンクなどで女の子らしくまとめていた家具が、全て水色に変化している。
そのせいで部屋がいつもよりも暗く見える。
おまけに、ベッドの周りには花がひきつめられていた。
マリンはひとつ欠伸をすると、しまりのない表情で笑った。
「あー、これぇ?すごいでしょぉ」
「すごかないっ!すぐに戻してよ」
可憐が怒鳴ると、マリンは不満げに唇を尖らせた。
「えぇ~?マリン、これ作るのに相当魔力使ったんだよ?今さらそれを無駄にさせる気ぃ?」
「そういう問題じゃないの!ここは私の部屋なんだから」
「でも、マリンて水色に囲まれてないと、力弱っちゃうし…」
そういわれると、可憐も一瞬言葉に詰まる。
「な、なんでよ?」
「水色はね、マリンの力の源なの。アクアマリンと同じで。だから、いつでも水色のものが近くにないと、すぐに魔力が消えちゃうわけ。もう少し年長にもなると、そういうことはなくなるんだけど…」
説明を受けても、可憐のいらだちはちっともおさまらない。
「だからって、ここまでやらなくてもいいでしょ。せめてひとつかふたつ。ね?」
なぜこちらが低姿勢にならなくてはいけないんだ。
可憐はチラッと思ったが、今はとりあえず頭を下げた。
しかし、マリンはすぐに頷いた。
「いいよ。可憐のうちにはこれからお世話になるんだし。マリンも我慢する」
お世話。
それを聞くと、可憐は不安になった。
「そういえば私、ゆうべもお母さんたちに何も話してないよ。突然、家に女の子が押しかけてくるなんて、不自然に思うんじゃない?」
マリンはにっこり笑った。
「ご安心を。これでもマリン、魔界のお姫さまだよ?」
可憐が頭にはてなマークをたくさん浮かべていると、マリンはあっという間に寝まきからワンピースへと着替えた。
「さ、早くご飯食べよ!マリンお腹ぺこぺこ」
戸惑う可憐の手を取ると、マリンは元気よくドアを開け、リビングへと走った。
リビングに入ると、トーストやコーヒーのいい香りがしてきた。
テーブルにはすでに、可憐のお父さんが座って、ニュースを見ていた。
可憐がどう説明しようか考えているうちに、マリンは一人でどんどん進んでいく。
「ちょ、ちょっと!」
「おはよう。おじさま、おばさま」
マリンは可憐のお父さんと、キッチンに立つお母さんに向かって笑顔でいった。
「今日もいいお天気ですね。ご飯も美味しそう」
可憐はさーっと血の気が引いた。
遅かった。
ああ、お父さんもお母さんも、大混乱だよ…。
しかし、両親の反応は可憐の予想とは全く異なるものだった。
「おはよう、マリンちゃん。今朝はちょっと凝ってみたのよ。気に入ってもらえるといいんだけど」
「あら。おばさまの料理は世界一よ!」
「そういってもらえるとねぇ。ほら、可憐!あんたもさっさと食べちゃいなさい」
可憐がポカンとしていると、今度はお父さんが口を開いた。
「朝から元気だな、マリンは。可憐も少しは見習いなさい。朝はいつもブスッとして…」
「おじさま、可憐はちょっと寝起きが悪いだけよ。いつも優しいんだから、ちょうどいいわ」
「そうか?それもそうだな!」
マリンはにこにこと笑うと、お父さんの斜め前の椅子に座った。
可憐も慌てて隣に座る。
お母さんが上機嫌で朝食を運んできた。
メニューは、トーストとスクランブルエッグ、ソーセージにコーヒー。
凝ったという割には、いつもと何ら変わりない。
可憐が不思議に思っていると、マリンが隣で歓声をあげた。
「わぁ、おばさま!私これ大好きっ」
「本当?作りがいがあるわぁ」
可憐はそっと、マリンの皿を見やった。
そこにあるものを見た瞬間、可憐の顔が引きつった。
「ひっ…」
マリンはきょとんとしてこちらを見た。
「どうかした?可憐」
「ど、どうって…それはこっちのセリフよ!なんなのよ、それ!」
可憐は皿を見ないようにしながら、それを指差した。
マリンは皿を眺めた。
「マリンの朝ごはんだけど…?」
「何食べてんのよっ」
「?カエルのステーキ」
ほら、というように、マリンは皿をずいっと可憐に近付けてきた。
「ぎゃあぁぁあっ!何考えてんのよ、あんた!」
「えー?普通だけど」
二人が騒いでいると、お母さんが顔をしかめてやってきた。
「うるさいわよ!可憐もそれくらいでキャーキャーいわないの」
「お、お母さん、なんで何もいわないわけ?」
「はあ?」
「急に見ず知らずの女の子が家にきてるっていうのに…」
お母さんは可憐の顔をまじまじと見た。
「あなた、大丈夫?」
「えっ?」
「見ず知らずの女の子って…。親戚のマリンちゃんじゃない。一週間前から家に泊まりにきてる」
これにはなんの言葉も出ない。
可憐は口を開けたまま、マリンの方を見た。
マリンは茶色くなったカエルをナイフで切りながら、ウインクしてきた。
魔法に慣れるにはまだ大分時間がかかりそうだ。
可憐はひそかにため息をついた。