29jewelry
夕食はごちそうだった。
母が腕によりを込めて作った料理と一目でわかる。
「ほらほら、早く。せっかくのごちそうが冷めちゃうわよ」
いくら空腹とはいえ、とてもごちそうだとはしゃげる気分ではない。可憐はうつむいた。
けれどもマリンは「お待たせしてごめんなさい」と明るく言うと、さっさと椅子に腰かけた。
「わあ! さすがおばさま。すっごくおいしそう!」
「ふふっ。そうでしょう? なんてね」
よくこの状況で笑っていられるものだ…。
ぽかんとしている可憐に、マリンは囁いた。
「これが最後なんだもん。お願い。明るく振舞って」
「…わかった」
それがマリンの願いなら。
可憐は無理に笑顔を作ると、自分とマリンのコップにジュースを注いだ。
初めて見るとろっとした白いジュースだった。
けど、それに関して突っ込む気にもなれない。
「それじゃ、カンパイ」
「カンパーイ!」
一人マリンが大きな声を上げた。
そのままジュースを一気にあおる。
「うーん。おいしー!」
可憐も一緒に、そのジュースを飲んだ。
途端、のどに走った衝撃にむせこんだ。
「な、な、なにこれ!?」
「どしたの、可憐」
「なんなのよ、このジュース! 激マズっ」
まだのどに絡みついている気分だ。
可憐は咳をして何とかそれを流した。またのどにむかむかする味が残った。
マリンはきょとんとした。
「えー? おいしいじゃん。うじ虫のミックスジュース」
聞きたくなかった。
強烈な吐き気をこらえ、可憐はコップを遠ざけた。
食卓に並んでいたのは、普通のから揚げ、ポテトフライ、ハンバーグ、マカロニサラダ。
そしてマリンの前にはやはり、いつものようによくわからない料理の数々がある。
きっとこれも、私には理解できない味に違いない、と可憐は思った。
マリンは早速、ステーキのようなものにナイフとフォークを伸ばしていた。茶色く変色していてよくわからないが、可憐は何かの内臓だと直感した。
ナイフがステーキに触れちょっと切れた途端、中からは青い液体がどろっと流れ出た。
可憐はあわてて目をそらした。胃の中でうじ虫が踊っている。
だがマリンは青い血なんか見慣れている、とでもいうように涼しい顔でそれを切っている。
ステーキに血をたっぷりつけ、マリンは幸せそうにそれを口に運んだ。
「ん~…! やっぱり最高だね、河童のフォアグラ!」
予想的中。
可憐はおえっと吐く真似をした。
その後も奇天烈な料理を、マリンは美味しそうに食べ続けた。
最後にお母さんが、デザートを持ってきた。
「はい。二人で仲良く食べてね」
二人で!? 冗談じゃない!
可憐は言い返そうとしたが、そのデザートを見て言葉が迷子になった。
ようやっと目の前のものが何かを理解すると、可憐はさらに驚いた。
「チョコレートフォンデュ…?」
湯気の立つ甘い香りのチョコレートの隣に、お母さんは別の皿を置いた。
パン、マシュマロ、イチゴ、バナナ、キウイ。それからマリン専用と思われる数種の物体。
マリンは歓声を上げた。
「わあ! なにこれ、すごーい!」
素直に喜ぶマリンを見て、可憐はそうか、と思った。
魔界にはチョコレートがないのだろう。あれだけ奇妙なものばかりを食べているのに、チョコレートに感動するとは、なんだか不思議な気がした。
可憐はフォークにマシュマロをさすと、マリンに言った。
「いい、マリン。これはこうやって食べるの」
そっとマシュマロをチョコレートの中に沈める。
真っ白なマシュマロは、あっという間に茶色くなった。
可憐がそれをほおばると、マリンも嬉々として真似を始めた。
ただし、つけているものは明らかに普通のものではなかった。
トカゲのしっぽのようなものにチョコレートをつけて食べると、マリンはうっとりと目を閉じた。
「甘ーい! 初めて食べた、こんなにおいしいもの!」
「そ、そう…」
マリンは次々にチョコレートをつけては食べた。
カエルの目玉、イモリの皮、クモの足…。
特にマリンは、カラスの軟骨が気に入ったらしく、何度も食べていた。
それを見ているうちに、可憐もそれが気になりだした。
「ねえ。それ、そんなにおいしいの?」
マリンはにこにこと答えた。
「うん! 可憐も食べてみる? ほら」
「え…」
笑顔で軟骨を差し出すマリンに対し、可憐は冷や汗をかきそうになっていた。
魔界の食べ物は、さっきのうじ虫でこりごりだ。
可憐の躊躇に気付いたのか、マリンは声のトーンを下げた。
「食べないの…?」
胸が締め付けられる。
そうだ。彼女といられるのはあとわずか。その時間の中で、ひとつでも多く思い出を残したい。彼女も気持ちは同じはずだ。
これを食べることで、彼女が喜ぶのなら…。
可憐は意を決し、口を開いた。
途端にマリンはぱっと顔を輝かせて、「あーん」といって可憐にそれを食べさせた。
ぐっと目をつぶり、出来るだけチョコレートだけを味わうようにする。
けれども軟骨は、予想以上に存在感があった。
何度かコリコリとしたそれをかんでいるうちに、可憐は違和感を感じた。
悪くない。普通の鳥の軟骨と同じではないか。ただそれが、カラスだというだけ…。
確かに…美味しい。
マリンが下から可憐の表情を覗き込んだ。
「どう?」
「うん…。おいしい」
「でしょっ」
マリンは得意げにいうと、自分もひとつぱくっと食べた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。
たくさんあったはずの具材はどんどん減っていき、最後のひとつになった。
残ったマシュマロを、可憐は半分に切った。
ひとつを自分の串に、そしてもう片方はマリンの方へ渡した。
「はい。半分こ」
「…うん!」
二人は一緒にマシュマロにチョコレートを付けた。
そしてそれを、同時に口へ運ぶ。
マリンが嬉しそうにそれを噛みしめた。
「おいしい…」
ぽつりとつぶやいたその言葉に、可憐は泣きそうになった。
だが、ここで涙を流してはいけないと、歯を食いしばった。
「おいしいね」
声は正直だった。
マリンの目も、わずかに潤んでいる。
けどそれをごまかすかのように、突然立ち上がった。
「さて…と! マリン、荷物まとめなくちゃ。おじさま、おばさま。可憐ちょっと借ります」
そういうと、マリンは可憐の手を引いた。
マリンにつれられるがまま、可憐もリビングを出た。
部屋に戻るのかと思いきや、マリンが向かったのは、まったく別の場所だった。




