28jewelry
人間の魔法を見せてあげる。
そういって可憐がマリンを連れてきたのは、動物園だった。
マリンはきょろきょろと辺りを見渡しながら、初めて見る生き物にはしゃいだ声を上げた。
「わあ! 見てみて可憐、あれ変な顔~っ」
「あれはゾウ」
「うっわ! あっちのとか口が長ーい!」
「ワニよ」
前回と同じくまわりからの視線が痛い。
けれども可憐は、気にならなかった。
「マリン。次はあっちに行ってみよう。私、ウサギみたいんだ!」
「ウサギ? なあに、それ」
「行けばわかるよ。すっごく可愛いんだからっ」
可愛いと聞いて、マリンは喜んでついてきた。
「でも人間界にいる生き物って、ほんとに不思議。なんでこんなに見た目が違うんだろう」
「…魔界にはあんまり生き物っていないの?」
「いるよ。でもあんまり姿を見せないの。鬼婆とかバンパイアとか、人魚とか河童とか、あと妖精とか!」
「妖精!?」
可憐は興奮して聞き返した。
「ほんとに妖精がいるの?」
「うん。いるよ」
「すっごーい。会ってみたいなぁ」
マリンは顔をしかめた。
「会ってみたい? なんで?」
「だって妖精でしょ? どんなに可愛らしいか、一度ぐらい見てみたいじゃない」
可憐はうっとりと想像した。
小さいころに絵本の挿絵に乗っていた、かわいい洋服を身にまとった小さな羽のある姿。
森に住んで木の実を食べて、木の葉で服を作ったり、仲間と歌って踊ったり…。
マリンはふんと鼻で笑った。
「やつらが可愛い? 冗談でしょ、可憐」
「冗談? どうして?」
「あいつらは悪魔だよ。すんごい性悪。森に入ったらいたずらばっかりするし。道に迷わせて森から出られなくするなんて、まだいい方だよ。木の実の幻を見させて、永遠にそれを追わせたりとかするし、魔法かけて生き物を木に変えちゃったりするし、同じところをぐるぐる回されたりするし」
可憐の胸のうちで、可愛らしい妖精のイメージががらがらと崩れた。
「そ、そうなんだ…」
「だからマリンね、女王になったら、妖精いたずら禁止令を作るんだ。そうすれば妖精はもういたずらなんてできない。破ったら追放されちゃうもん」
「へえ」
マリンはにっこりと笑った。
「それからね、妖精のための森をつくるの。そこはほかの生き物がいないから、妖精が好きにしていい場所にするんだ。それでもし、妖精がいたずらをしなくなったら、その時にほかの生き物たちを森に入れてあげようって」
可憐は感心した。
マリンも女王になったらのことを、意外とよく考えているのだ。
「もちろん考えているのは妖精のことだけじゃないよ! 最近、人魚や河童のせいで魔界の水がすっかり汚れちゃってるから、その対策も練らないといけないし。マリンが思うにはねえ、まず人魚と河童を一か所の川に移動させてから、もといた場所の水をぜーんぶ抜いて、浄化の魔法をかけてぇ」
キラキラとした表情で語るマリンを、可憐はまぶしい思いで見つめた。
きっと彼女は、女王になれる日を、心から楽しみにしているんだ。
私は彼女のためにも、早く願いを見つけなければ。
ふとマリンが話をやめ、不思議そうに可憐を見た。
「可憐、どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
可憐は笑うと、マリンの手を取った。
「行こう! とにかくウサギは可愛いんだからねっ」
「いたずらしないよね?」
最初は怖々とウサギを見ていたマリンも、数分もたてば顔がふにゃふにゃになっていた。
「かーわいいー!」
動物園で唯一触れることのできるウサギとモルモット。
それらを同時に抱きしめながら、マリンは頬を紅潮させた。
「もふもふだぁっ。フカフカ~。目がくりっくり! 鼻がぴくぴく~」
嬉しそうにウサギに頬ずりをするマリンに対し、ウサギは不満顔だった。
可憐は思わず吹き出しそうになりながら、ケータイを構えた。
「マリン。ちょっとこっち向いて」
「え? なーに」
カシャッ
マリンが顔を上げた瞬間、可憐はカメラ機能のシャッターを切った。
耳慣れない音にマリンはびくっとした。
「なに、なに!? 今の音なに!?」
「落ち着いてよ…」
可憐はマリンにケータイを差し出した。
「写真撮ってたの。ほら、マリンが写ってるでしょ」
「ほんとだぁっ。ねえ、これこの間とおんなじ魔法?」
「ん~…ちょっと違うかな」
ケータイに映るマリンとウサギとモルモット。
これで大丈夫。彼女がいなくなっても。
可憐は目に浮かびそうになった涙を頭を振って乾かすと、自分も足元にいたウサギを抱き上げた。
「よーし、今度は君も写るか?」
ウサギは興味なさげに鼻をひくつかせた。
マリンはウサギとモルモットを抱いたまま、可憐の隣に腰を下ろした。
「可憐、もう一回やって、さっきの魔法」
「えー? またウサギたちと撮るの?」
「違うよっ。今後は可憐も一緒に!」
マリンはむきになったように叫んだ。
可憐は一瞬びっくりしたが、すぐにほほ笑んだ。
「うん。一緒に撮ろう!」
近くにいた飼育員の人にシャッターをお願いする。快く承諾してくれた。
「いきますよー。はい、チーズ!」
先ほどとおなじシャッター音が鳴った。
可憐はケータイを受け取った。
可憐、マリン、そしてウサギ二匹とモルモットのファイブショット。
一生大事にしよう。これは私の宝物だ。
お昼は売店に売っているミルクパンを食べた。一緒に絞りたての牛乳も飲む。
魔界には乳製品は牛からまかなわれず、すべてミルスクなる生物から作るらしい。
何でも、牛と馬と羊と山羊とトナカイと鹿を掛け合わせたような見かけらしい…。
可憐は詳細は聞かないことにした。
デザートにアイスクリームが乗ったプリンを食べ終えると、マリンは満足そうに笑った。
「あー、美味しかった! いいなぁ、魔界にも牛がいればいいのに」
「ミルスク…」
思わず想像してしまい、可憐はぶるっと震えた。
けれどもマリンはそんな可憐の様子に気づくことなく、まだはしゃいでいた。
「ねえ、次は何を見るの!? マリン、ウサギとモルモットみたいな、可愛いやつ見たい!」
「う、うーんと…」
どうしようかと迷っていると、可憐の額に冷たいものが落ちてきた。
驚いて目をぱちぱちしていると、さらにぽつぽつ。
「雨だ」
あっという間に、雨はザーザーとふりだした。
二人はあわてて頭をおおい、売店の中へ駆け込んだ。
可憐は服の濡れ具合を見て、ため息をついた。
「うわー、ひどい。早く帰んなきゃ、風邪ひいちゃうよ」
「カゼって?」
マリンが聞き返した。
「病気だよ。人間がよくかかる…。魔界にはないの?」
「魔界じゃ病気は、魔法ですぐに治っちゃうから」
羨ましいものだ。
可憐は内心思った。
「でもここは人間界でしょ。とりあえず帰ろう」
「…うん」
「ごめん、マリン」
がっかりした様子のマリンに、可憐はつぶやいた。
「また今度来たら…」
いいかけて、はっと口をつぐんだ。
なにを言おうとしたのだろう、私は。
また? そんなものはない。彼女にはもう、先などないというのに。
マリンも少し複雑な表情になった。
「いいよ、別に。可憐が病気になっちゃったりしたら大変だもんね。帰ろう」
マリンが差し出す手を、可憐はそっと握った。
彼女の優しさをそのまま手に宿したように、温かで柔らかかった。
可憐は思わず鼻をすすった。
「マリン」
「ん? なーに」
「女王様になっても、人間界ってこれるのかなぁ」
可憐の問いかけに、マリンは顔をこわばらせた。
「…来れるよ。絶対に」
その言葉の力強さに、可憐はマリンの優しさを感じ取った。
きっと彼女に会えるのは、これから先ないのだろう。
ようやくできた親友を、私は早くも失う。
「じゃあ…その時はまた…」
それきり、可憐は続けなかった。
声が涙声になっていた。
言葉を発するのはやめよう。
今はただ、残された時間を楽しもう。
私と彼女が一緒にいることができる、最後の時間を。
ウサギの不満げな表情、興味なさげな表情。
それはおそらく、あのまんまだと思います(笑)
usaのうさはウサギのusa!




