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ガール・ハント!の心得


 『お前、それ我之世界サバンナでも同じこといえるの?』


 ぼうの隣で初夏の風に尾をゆらしつつ、半人獅子ライオネルはそういった。


 ゆうに坊の3倍はあろう背丈と丸太のような筋肉質な腕。しかし頭から背中にかけてのごわごわした剛毛に立派な鬣があり、顔は肉食獣特有の鋭い牙と金色の瞳が輝いている。


 「いえ、でも、僕らは先生たちとはやり方が違うっていうか」

 煮え切らない坊への怒りに満ちた家庭教師ライオネルの叱咤激励に耐え兼ねて、坊は及び腰でそう言い返す。


 「同じだ。要は、お前はあの年上の雌を押し倒して尖らした男根を雌の股に入れ込み、孕ませて仔を生ませたいのだろう?その行為に我等と違いはないだろう。だったら堂々と姿を遠くから晒して目の前に行き、威風堂々と『我が雌になれ』と言い、そのまま犯して、モノにする。なぜそれが出来んのだ。」


 「だから、そんなことやったら、僕、恥ずかしくて死んじゃうよ。」


 「一人前の雄なら出来て当然の事を出来んのか。そのような事を続けているのだから貴様らは軟弱と言われてるのではないか。それを断ち切るために、我等を呼んで教育を乞うたのではないのか。その頭領の息子であるお前が雌を狩る事さえ恥ずかしがるとは、雄としての自覚が足りん。死んだ方がいいな」


 そういうと、獅子は坊を捕まえ、そのまま池に投げ飛ばした。


 「うわっ助けて!」

 池は予想より深かったのか、坊は慌てて両手両足をバタバタと動かし、必死に岸にたどり着こうとする。


 「泳げ!死にたくなければ泳げ!泳げないなら死んでしまえ!一人前の雄とは苦難に次ぐ苦難を越えてたどり着くものなのだ!」


 獅子は溺れそうな坊を見て、当初の目的を失念したのか、坊を鍛えることに夢中になり始め、ついには岸辺から坊めがけて石を投げ始めた。


 「ライオネルさん。いけません。それ以上は契約条項に違反してしまいます。」


 私は獅子が公園の枝を折り、爪で木刀を削り上げて、岸に上がろうとする坊を壇ノ浦の源平合戦よろしく討ち取ろうとし始めたのを見て、慌てて止めに入った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・


 『異世界間労働契約基本条約』とは数十年前から急激に増え続けた異世界間召喚契約者の均等取扱い等を規定した条約である。


 かつて魔法などで極々稀に行われていた異世界間での召喚においては、召喚のできる魔法士が少ない事、また多量の魔力を消費することなどの要因により、特殊な技能や能力・知識をもつ人物のみを国賓・特別待遇で召喚するのが常であった。

 しかし、百年ほど前、魔法世界に召喚され続けるのみであった地球で、機械を使い特殊なエネルギー場を作ることで異世界からの召喚・送還ができる召喚機械が発明されたことにより、事情は一変する。

 町工場の機械を動かす程度の電力で異世界住人を召喚できる召喚機械の誕生はそれまで行われていたような産業革命規模の変革を行うほどの傑物の召喚のみならず、アイドルや教師・サーカスの団員といった仕事を行う一般労働者の召喚をも可能にしたのである。



 異世界からの人材の流入は、成長し停滞した社会への起爆剤としての効果をもたらすこともあった。


 科学と文明が進んだ世界では、争いのない、平和で協調的な社会が進んだ世界では、種族のユニセックス化が進み、女性の社会進出が活発になるにつれて、男性の優位性が失われる事が多発していた。


 それは、社会の平等や、安定には確かに貢献していた。しかし、同時に、女性に対して積極的になりにくい草食系男子や全く興味さえ抱かない絶食系男子という存在をも同時に生み出し、人口成長力の低下や他者と争わない協調志向による社会的競争志向の欠落にともなう社会の硬直的マンネリ化をも生み出し、緩やかな死を迎えようとする文明が多数あったのだ。

 そのような世界では、状況の打開として、争いの絶えない世界の住民が求められた。


 ある異世界では、住人として。

 ある異世界では、自分たちの仮想敵として。

 そして、ある異世界では、自分たちの子の教育係としてワイルドな種族を求めたのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 「監督官、すまなかったな。むやみな怪我をさせることは違反だったな」


 坊を池から救い出し、ベンチに座らせてこちらに来た獅子は頭を下げながらそう言った。


 「いえ、しかしなかなか大変そうですね」

 私は獅子の優雅なしぐさに敬意を持ちつつ、そう返した。こう見えて、獅子は異世界の貴族なのだ。教育は荒っぽいが、そこから離れれば紳士である。文武両道。才能に溢れ、異世界間労働契約の約款もこの獅子が美しい文章でしたためたものが、両世界で保存されているほどだ。


 「うむ。我等も全力でやってはいるのだがな」

 そう言いながら獅子はベンチの上で寂しそうに布にくるまる坊を見てため息をついた。


 「効果はあまりないようですね。」

 「うむ。何というか、何をやっても良くなる気配がないのだ。担当官の世界の言葉で言うなら、のれんに腕押しと言ったらいいだろうか。」

 「やはりそうですか。」

 「というと、他の教育官も似たような様子か?」

 「ええ。教育して頂いている全員の結果を平均化したデータと、この世界の教育をした子の平均と比較しても、意欲・積極性・リーダーシップにほとんど差が出てません。」


 私はそういうと、鞄からグラフィカルボードを出して、獅子にグラフを見せる。あまりの惨憺たる結果に、獅子が顔を歪めた。


 「ここまでひどいと、遺伝子まで女性化が進行したとしか思えないですね」

 私はかつて、派遣された異世界での監督経験から、似たような経験を思い出していた。


 「フィゼンテのメスティエフ人か。あれは結局、教育では変わらず、遺伝子操作技師が解決したと聞くが。それに類するほどか?」

 知識ある獅子もその事を知っていた。


 「ええ。今回の契約の時も契約したいのか、したくないのか煮え切らない態度で。あの優柔不断さと積極性の乏しさはあの時と似たり寄ったりの状況でして。」


 「ふむ。」

 「どちらになるにせよ、まだ契約時期は半分以上残ってますから、それ以後改善されていなければ、先方に話を持ち掛けることになるでしょうね。」


 「それは悔しいな。我らが無能の様に思えて。」


 獅子は本当に悔しそうな表情を見せた。それを見て、私はあわてて、話をつけ足した。


 「でも、フィゼンテの時よりは、脱落者や途中落伍するものははるかに少ない状態です。フィゼンテの時は半期で80%が脱落してましたが、こちらではわずか2例だけ。率にして0.5%ですから。教育担当としては無能とは言われませんでしょう。」


 言ってから、少し苦しい褒め方かな。と自分でも思った。


 「だといいがな。傍から見たら、我等の鍛え方が足りないと思われていそうだ」

 獅子はやはり不服だったのか、自嘲気味だった。


 ライオネル族はプライドが高いのだ。それだけに礼儀正しく、全てにおいて率先して結果を出そうとする。それは他者だけでなく、自分達にも厳しい。依頼された仕事に失敗すると、自ら腹を切って死ぬことさえあるほど、プライドが高いのだ。雄の中の雄と言われる程、見栄とプライドの高い種族なので、こちらのメンタルケアも私の仕事に含まれているほどだ。



 「ところで、脱落した2名の理由はどのような事であったか?担当は?」

 獅子は私が暗に彼らのメンタルを心配し始めている事を悟ったのか、再び話を仕事の事に切り替えてきた。


 「担当はジング氏とスカール氏です。」

 「二人とも高名な方だ。家名に頼らぬ叩き上げで、勇ましさと博愛の両方を備えた立派な方だが。失敗するとは意外だ」

 「ええ。脱落といっても、教育が下手だったわけではなかったんです。」

 「というと?」


 「担当してた対象の坊が性成長した結果、女の子であることが判明しましたので、取りやめに」


 「そうか、それは致し方ない。」

 「坊は二人とも、教育にも意欲的に取り組み、ジング氏・スカール氏ともによく尊敬を得ていました。最も成功に近いと思われていたため、私としても残念です。」


 そう言ったところで、ライオネルの担当する坊が、体が温まったのか再びこちらにやって来た。

 「先生、再びお願いします!」

 坊は怖い目に合ったためやる気がなくなったかと思ったが、予想外に、ライオネルに再びの指導を望んできた。


 「うむ。いい心がけだ。では監督官これにて失礼する」


 坊の様子に嬉しそうに答える獅子を見送り、私はその地を後にした。


――――――――――――――


 私は統括センターに帰ると、溜まっていた報告書を届けに受け入れ側の責任者の元へ向かった。


 乗った電車は定刻から少し遅れて出発し、車内では人々がおしゃべりをし続けていた。


 彼らはまるで地球の女子高生の様に化粧品や共通の知り合いの噂話をしていた。聞き流していると、ふと彼女とデートするか迷ってると言い始めたのを聞いて初めて彼らが男性であることを知った。


 テレンス人は美形が多い。長年に及ぶ文明の成熟と社会のユニセックス化の影響で総じてお洒落で髪が長く、地球の私たちから見ると、男性と女性の区別がつかないほど性差が失われているのだ。それが高じたせいか、幼少時には生殖器の区別が殆どつかず、遺伝子さえも男女の分化がついていない。YとXが両方存在するのだ。思春期に入り性成長をし始めて初めて生殖器が発現し、遺伝子もどちらかが消える。それまでは体が比較的大きいから男になるだろうというあいまいな選別しかできないことも、男性としての教育が難航している原因だった。


 向かいの席ではデートに誘おうか迷っているといった男が周りに囃し立てられていた。言葉からすると男の子になって間もないようだった。


 「デートに誘うなんてよくそんな勇気があるね。」

 その中で一回り小さなテレンス人が尊敬するように言った。分化前の幼少な子のようだった。


 「でも。彼女、おれよりシャイで昔から俺がリードしなきゃ家からも出られないぐらいだから」

 若い男の子は恥ずかしがりながらも、弱弱しい声でしっかりとそう言った。


 (やはり、この世界でも男になれば少しは積極性は出るんだよな)

 電車の中の青春を見て俺は少しだけ、安心して電車を降りた。



――――――――――――――



 「監督官、この数字は、どういう事だ?」


 半人獅子は私が持ってきたデータを見て、混乱した顔を向けた。肉食獣の顔が混乱するとひどく間抜けに見える。仕事と無関係なそんな現実逃避的な思いに逃げるほど、私も弱っていた。


 「はい、それが。何と言ったらいいのか。」


 私は弱り果てながら、そう答えるのが精いっぱいだった。

 ライオネルさんに見せているのはつい先日、センターで先方から受け取ったデータだ。彼らの担当する坊たちの親から行政機関にそれぞれ報告があり、それがまとめられて私の所に特急便で送られてきたものだ。


 「教育からの脱落率・・・86%!?」

 半人獅子は困惑した顔の次は恥辱を感じたのか憤怒の表情を浮かべ、表情が面白いぐらいに変化し続けていた。


 「監督官、この前は2%だと言ったではないか。だから我らの教育は、悪いわけではないと。」

 プライドをズッタズタに切り裂かれ、ライオネルさんは泣きそうな顔になっていた。


 「そうですね。」返すのはそれだけが精いっぱいだった。


 「これでは、われらが、まったくの無能という事ではないか。」


 これには無言でしか答えられなかった。


 「我等の何が悪いのだ!我らは誇りと、一族の威厳を持ち教育に当たった!我々と違う坊たちの脆弱性も考え、肉体的な指導の他に精神的な支えとなれるように、導くことも皆に言い聞かせていた!他の世界での教育経験を積んだベテランばかりで来た!それなのに!史上最悪の!結果が出た!」


 ライオネルさんは自らへの怒りのあまり目が血走り、うなりを上げて叫んだ。ほとんど獅子の咆哮となった嘆きの叫びは公園を貫き、ベンチに座っていたテレンス人は衝撃で転げ落ち、歩いていた者は腰砕けとなり、慌ててこそこそと逃げて行った。


 「監督官!詳しい説明を!理由によっては我ら、恥辱をそそぐため、腹を切って一族に詫びねばならん!監督官である、そなたも共に!」


 ライオネルさんの突然の申し出でいきなり切腹の矛先が向けられた私は慌てて理由を説明し始めた。

 「理由はこの前と同じです!担当していた坊が性成長したところ、全員女の子になってしまったのです。」 


 「雌に!?」

 「雌にです!」

 「全員が!?」

 「全員です!」

 「なぜ!?」

 「分かりません!」

 「・・・・・」

 「・・・・・」


 ライオネルさんは、グラフィックボードを手にしたまま立ち竦んでいた。


 私は急に押し付けられた切腹の役目に恐怖して、動けないでいた。


 ライオネルさんの咆哮で人々が逃げ去った公園には動くものがなかった。


 ただ、異世界の、部外者の私たちだけが、混乱して立ち竦んでいた。



 しばらくして、誰かが息せき切って走る音が静寂に満ちた公園に聞こえてきた。


 見ると、ライオネルさんの担当する坊だった。


 ただ、見た目がいつものそっけないズボンとシャツだけの姿と違い、より可愛らしい色使いのブラウスと足首まである長い『スカート』を、長い長いスカートを穿いて、立ち竦むライオネルさんの横までやって来た。


 私たちは、混乱していたので。

 ただ首だけをまげて彼女・・の方を見ていた。


 「先生!わたし、女の子になりました!ごめんなさい!」

 彼女は開口一番、頭を下げながら、ライオネルさんに教育を受けていた時より、元気に言った。


 「あ、ああ。」

 ライオネルさんは相変わらずグラフィックボードを手にしたまま、呆けた顔でそう答えた。


 「先生はわたしが女の子になってしまって、すごく残念に思っていると思ってます!わたしも、昨日、体が変わってしまったとき、すごくショックだったんです。先生の期待に応えられなかった。わたしって駄目だなあって。」


 彼女は坊の頃には見られなかったほど、さらさらと冗長に言葉を連ねていく。


 「でも、思ってたんです。前からずっと。わたし、すごく先生の事尊敬してたから。立派な男になれたら先生が居なくなっちゃうなって」

 彼女は少し恥ずかしそうに、照れるように言葉を続ける。


 「そうなったら、嬉しいけど、すごく寂しいなって思ったんです。今までにないぐらい私を『リード』してくれて、こんなに親身になってくれた人、居なかったから。わたしが立派な男に成長して分かれること考えたら苦しくて。」


 そこまで言うと、彼女は『きっ』と口を結び決意を込めて呆けた顔のライオネルさんの空いている手を握った。


 「だから、わたし、おんなになった時、ショックだったけど、その苦しみから解放された気がしたんです!男になれなかったから、まだ先生の指導を受けれるなって。」

 彼女は今までにないほど輝く目で嬉しそうな表情を浮かべた。


「もし受けれなくても、先生の為にお近くでお手伝いしたいです!だから、私をライオネル先生のおそばに置いて欲しいんです。」



 そう言った彼女は


 私から見ても、


 明らかに




 恋する雌の顔をしていた・・・・・




 ライオネルさんも同じことを思ったんだろう。


 一ミリも体は動かなかったが、右手のグラフィックボードを掴む力が微かに緩んだのか


 カシャん


 と音を立てて、ボードが地面に落ちて転がっていった。



 急に吹いた風に吹かれてライオネルさんの雄々しい鬣が坊の長いスカートと一緒に揺れていた。




――――――――――――――


~報告書~


異世界No69.テレスフェニエス


 テレンス人 男性教育を通じた社会活性化依頼について


依頼者 テレンス東共和国 最高行政官 クラリス・イニシエ(引継 フーリエ・ライオネル)

受託者 ライオネル・フルクリン 他120名


 当初、男性力の強い個体(以下α)の教育プログラムの実行において多少の失敗があり、教育対象者の全員が女性化する問題が発生、原因を調査したところ、テレンス人の性分化に置いて、他者への依存度により性分化への偏った圧力が発生することをライオネル氏が発見。トップダウン式の教育を通じた活性化よりも、より弱い性質をもつ個体と比較的強い性質を持つ個体を幼少時にペアで育成することで集団内の依存心を偏重させるボトムアップ式の教育方法を取り入れた所、当該世代に置いて積極性・リーダシップ等に有意な結果を得ることができ、当該依頼は一応の成功を収めた。


 ~付記~

 その後、ライオネル氏とその助手のテレンス人、フーリエ・ライオネル氏により、幼少教育における選別手法としてより他者への依存心が高くかつ社交的な個体を投入することで、男性候補者に競争心を養わせる事に成功。当初の目的である男性力に優れたαでなはく、真逆なもの(以下ω)を育てることが逆に強いαを生み出すことから、ω教育と命名される。


  この手法はそれまで遺伝子治療に頼らざるを得なかった他の異世界での草食化病文明にも適用が確認され、ライオネル氏は異世界間労働契約基本条約委員会から、特別勲章を受章。後に委員会入りを果たした。


 監督官 オンダ カゲミチ

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