彼の父親がウォーズマンだった
『死にたい』
私の診察室に座っている女は開口一番にそういった。
彼女は美しいプラチナの髪をアップにまとめ、柔らかな陶器のように白い肌は若い娘そのもの。しかし、うなじにはプラグ端子を差し込むためのジャックが見え隠れしている。
つまり、人間に見えるが彼女は精巧なロボットなのだ。
「いいじゃないですかウォーズマン。僕も昔は好きでしたよ。」
昔を思い出し、必要以上に妙な親しみを込めて私は彼女に話しかけた。
「先生は分かっていません。今のはやりは疑似生命体として培養されたバイオニューロン組織とのハイブリッドがメインなんです。未だにマイクロチップオンリーとか…」
「しかし英雄ですよ。かつて正義超人として地球を守るために戦ったのですよ。異世界間労働契約基本条約の委員会メンバーを務めたこともあるのですよ。」
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『異世界間労働契約基本条約』とは数十年前から急激に増え続けた異世界間召喚契約者の均等取扱い等を規定した条約である。
かつて魔法などで極々稀に行われていた異世界間での召喚においては、召喚のできる魔法士が少ない事、また多量の魔力を消費することなどの要因により、特殊な技能や能力・知識をもつ人物のみを国賓・特別待遇で召喚するのが常であった。
しかし、百年ほど前、魔法世界に召喚され続けるのみであった地球で、機械を使い特殊なエネルギー場を作ることで異世界からの召喚・送還ができる召喚機械が発明されたことにより、事情は一変する。
町工場の機械を動かす程度の電力で異世界住人を召喚できる召喚機械の誕生はそれまで行われていたような産業革命規模の変革を行うほどの傑物の召喚のみならず、アイドルや教師・サーカスの団員といった仕事を行う一般労働者の召喚をも可能にしたのである。
しかし異世界からの人材の流入は、一般の労働のみならず、闇社会にまで浸透していた。
特にこの世界では、異世界から呼び出された悪の超人は世界の征服をたくらみ、既存の住民に対する反逆を続け、それに対抗するために、多数の正義超人がこの世界にも呼び出された。
ウォーズマンさんも、かつてこの世界を守るために異世界から呼び出された正義超人の一人であり。ロボット技術の発達したこの世界でのロボット人権の確立への寄与や、地球世界への使者として異世界間労働契約基本条約の委員会組織に参画した事などにより、人機問わず人気のある、この世界自慢のヒーローであった。
彼の活躍に対する感謝の念は、ロボットに対する博愛主義と結びつき、この世界ではロボットに市民権が与えられるほどになったのだ。
市民権を得た彼らは人になり替わろうとするのではなく、より人と相互補完的な役割を目指して進化を続け、今ではほぼ人間と同じ行為ができるといわれている。現に私の目の前に座っている彼女は、生命組織をふんだんに使った進化型のアンドロイドであり、彼女は人と結婚して子供さえ生むことができるのだ。
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「先生は分かっていません。私の彼は、彼に育てられた元孤児の人間です。彼はウォーズマンさんに対して、父親同前の感情を持っています。私は彼を愛しているし、私だって彼の父親の生き方を尊敬してます。一個人としては。」
私の目の前に座る美しい女機は伏し目がちに話し続ける。
「でも、私は彼の父親とうまくやっていける自信がないのです。彼を愛している事と、彼の家族とうまくやっていける事は別なのです。
「それは、人間同士の結婚でも同じですよ。貴機が悩んでいることは古来から恋人が家族に変わる時、誰しもが感じてきたことなのです。」
そう、諭す私の言葉を遮り、彼女は私を『きっ』と見つめた。
「私はバイオニューロン。ウォーズマンさんはマイクロチップ。OSは骨董品と言われるウインドウズXPですらない、ソビエト製です。今ロシアのメインであるマックですらないんです。」
この世界のマックとは現在ヨーロッパ方面でほぼ主流となっているオペレーションシステムである。かつてはアメリカのOSだったのだが、同じくアメリカのOSであるウインドウズに反するかのようにロシアと組むことで急速に市場の奪還を成し遂げ、現在ではヨーロッパのメインOSになってるのだ。ちなみに日本は独自のOSを持つことができず、両方が半々で使われているというところだろうか。
「旧ソビエトのOSなんですよ!共有ファイルはもちろん、ファイル交換さえできません。人間である彼がサイバーカプセルで脳内電位を転換すれば、インフラネットワークを通じて私と電脳空間でのデートさえできるというのに、私と同族であるはずである彼の父親とは単なる情報交換でさえ音声か文章によらざるを得ないんです!!」
私は感極まって泣き出した女機を慰める。それでも高性能アンドロイドである彼女は泣き続けた。そもそも、私は人間であるので機械の価値観の理解は難しい。結局私のパートナーである、精神医療ロボットにまかせっきりになってしまい、彼女は納得できないという顔をして私のラボを去って行った。
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土曜日の朝番を終えた私は家に帰った。
すると、今日は久しぶりに娘が来た。
離婚した妻に付いて行った娘は大人びて、彼氏ができたらしい。
そのせいで女親と仲が悪くなった代わりに、最近、私とはずいぶん打ち解けてきた。
「パパのPC借りるね。私のPCは休暇中なの」
娘のPCはウインドウズ・ブラックタイガー。カワイイ黒の虎猫形態の獣機である。いまどきの女の子のはやりで、大手家電チェーン店の店頭売り上げでは女性向けのトップ3を1年以上維持しているらしい。
かつては人に使われるだけだったPCであるが、技術の進歩に従って、その機能は目覚ましい発展を遂げた。
数々の新型OSを発表してきたウインドウズであるが、ウインドウズ・パラノイアでPCに自我を持たせることに成功し、ウインドウズ・エボルブで動ける様に、今では人間とパートナーを組んでいるのがふつうなのである。さっき高性能アンドロイドを癒していた私のパートナーも何を隠そう、ウインドウシリーズなのだ。
「パパのパソコン遅ーい。なんで未だに7使ってるの?もうこれ博物館級だよ。コンピューター専門の技術者なんだから普段ももっといい物つかってよ!」
しかし、私は家では未だに18年前、学生時代に買ってもらったPCをつかっている。未だに壊れないし、私のような自我PCに慣れない人のために、未だにインターネット上には、自我の無いPC向けのサイトが電子空間の数と同じくらいあるのだ。だから7でも十分に使えるが、流石に『何から何まで』とサポートしてくれるわけではないのだ
「もう、お父さんお願いだから、パソコン変えてよ。私の彼なんて、PCが得意でウインドウズ・ドラゴンなんだよ。夜中でもブラックタイガー並みのボディガードしてくれる上に単体で移動飛行サポート付きなんだよ。」
娘はうるさがる私の背中越しに、泣きそうな声で追い打ちをかけてきた。
「彼に私のお父さんが未だに7使ってるなんて知られたら、嫌がられちゃう…」
「でも、俺は7が好きなんだよ。これはお母さんが初めて俺にプレゼントしてくれたんだぞ」
――それで結局、コンピューターばっかりして振られたくせに――
娘の強烈な一撃は俺の心をえぐった。妻はPCばかりしている私に愛想を尽かして出て行ったのである。当時、私は出たばかりのバイオニューロンを使った新型PCの開発メンバーで、ウインドウズ・エボルブからウインドウズ・ブライド(初の自立型女性形態ロボット)までの開発を担当したのだ。何を隠そう、日本で初めてウインドウズブライドをパートナーにしたのは私である。しかし、妻にしてみれば、自分と言う妻が居ながら、女性の模型で遊ばれているような気がしたのか、ある日、いつものようにブライドを伴って家に帰った私を待っていたのはがらんと空いた家と妻の書置きだけだった。
それから、俺は倉庫から古いデスクトップを取り出して、家のネットにつないだ。そして仕事も変え、ブライドを連れ歩くのは止めた。あれから幾回かのヴァージョンアップを得たブライドは家事から夜の友までこなせる性能を持ってはいるが、私の使用は仕事場での対機械精神医療サポートに限っている。そうしていれば、いつかは妻が戻ってきてくれる気がしていたのであった。
――ぱぱ、ママはもう戻ってこないわよ――
娘は冷たく言い放った。
だから、お願いだからパソコン買い換えて、と
俺は今まで、娘からパソコンを買い替える様に何度も言われてきた。そのたびに抵抗していたが、強情に言い張る娘の頬を涙が伝うのを見て。俺は昼に来た女性型アンドロイドの事を思い出した。
――彼を愛してはいます。でも彼の父親とうまくやって行ける自信がないのです――
その姿が彼氏から嫌われたくないがために我儘をいう娘の姿に重なった。
俺はその日、妻に買ってもらった7をゴミ捨て場に持っていく事にした
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俺達は連れ立って旧型家電専用のゴミ捨て場に行くと、段ボールに詰めた7をゴミ捨て場にそっと置いた。
町はずれに1か所しかない旧型専用のゴミ捨て場には色々なものがあった。ブラウン管やCDコンポ。古い体重計やミシンまで。時代に乗り遅れた彼らは、もうリサイクルさえされずに、朽ち果てるまでここで眠るのだ。誰にも看取られることもなく。
そうして、私は7が居た堪れなくてすぐに帰ろうとしたのだが、娘は物珍しいらしく、ゴミ捨て場の奥にまで入って行った。その中にひときわ目を引く巨大なものがあったらしく、頻りに私を呼んでいる。
気になった私が奥に入っていくと、そこにはボロボロになったステカセキングが倒れていた。
ステカセキングは、壊れる直前まで超人プロレスにでも出てたのだろうか。あちこちに足跡やパンチでへこんだ後が付いており、周囲には彼を倒した悪行超人にでもやられたんだろう、引きずり出された磁気テープが絡み合っているカセットが散乱していた。
「パパ、コレ…」
娘は、ステカセキングを可哀そうな目で見ていた。私たちの世代にしてみれば、単なる使い捨ての超人レスラーなのだが、ロボットに人権が認められている世代である娘からしてみれば、悪い人間に酷使されて捨てられているロボットの様に見えるのだろう。
しきりに、『警察に知らせよう』という娘に私は、ステカセキングは法律で保護対象とされているPCではなく、単なる大型のカセットデッキである事。さらにはロボットに見えるが彼は単なる超人レスラーであり、彼の来た時代にはまだ『異世界間労働契約基本条約』が制定されていないことにより、彼の人権は保護されていないことなどを説明した。
それでも、娘は納得していない様だった。
しかし、わたしが彼女に、『百合子が責任を持って面倒見れるのならば連れて行こう』と言うと、娘はしばらく迷った後に小さな声で『…帰る…』と呟いた。
そして、私たちはゴミ捨て場を後にした。
ゴミ捨て場から駐車場までの帰り道。娘は何もしゃべらなかった。
私も何も話さなかった。
そのまま、家路に着こうとした私たちの前に、一台の軽トラックが通り過ぎて行った。
どこかで見たことがある人が乗っていた気がして私はそこで立ち止まってしまった。
トラックはゴミ捨て場の前で止まった。
降りてきたのはウォーズマンだった
トラックから降りてきたウォーズマンの姿は、私の記憶にある黒光りのする姿ではなかった。
彼は青のつなぎを着ており、超合金でできているはずの頭部は、ボコボコにへこんで所々青錆が浮かんでいる。気になった私がゴミ捨ての続きをするふりをして近づいて様子を見ると、青のつなぎには胸の部分と背中に 『○○市役所清掃局 家電ゴミ課 ウォーズマン』と書かれていた。
どうやら、ウォーズマンさんはゴミ収集の仕事をしていたらしい。現役を引退してからは、時折行われる式典に出るのみで、普段は市役所勤めをしていると聞いていたのだが…かつてはファイティングコンピューターと言われた彼だったが、PCの進化した今の時代となっては彼の演算機能は高度な仕事をするのには不足しているのだろう。
正直、戦闘力でさえ、ウインドウズ・ドラゴンやウインドウズ・ブラックタイガーの足元に及ばないどころか、最新のアップデートをした私のウインドウズブライドにも勝てないだろう。
それでも、彼は仕事を辞める事が出来ないのだ。
かつての英雄を夢見る人のために、彼は眠ることを許されず、いつまでも働き続ける運命なのだ
私は彼の心を俺は推し量れないでいた。
かつては最強だった男。しかし、今、彼の周りには生体組織をふんだんに使い、人間と腕を組んで暮らしを共にするロボットがあふれ、能力では周りのPCにさえ負けてしまう。
――私だって彼の父親の生き方を尊敬してます。一個人としては。でも、私は彼の父親とうまくやっていける自信がないのです。――
朝に聞いたアンドロイドの女性の言葉が全てを表していた。
彼は成功者だ。名声に劣らず、孤児を引き取って育ててもいる。式典があれば呼ばれもする。しかし、彼は人間からも機械からもずっと孤独なのだ。おそらく永遠に。
ウォーズマンさんはトラックからゴミを取り出すと、そのままゴミ置き場に入って行った。
私達は彼の後ろをそっと付いて行った。百合子も気になるのかそっと付いてきた。
ウォーズマンさんは持ってきたゴミをゴミ捨て場の入口に積み上げると、積んであるゴミを整理し始めた。そして、だんだんと奥に向かい、ついに倒れているステカセキングの所に来てしまった。
私はウォーズマンさんが、怒るか、泣くか、あるいはその両方かと思っていた。
しかし、ウォーズマンさんは倒れるステカセキングを見ると、他の家電ゴミと同じようにステカセキングの部品を拾い集め、一カ所にまとめてしまった。
百合子はそのウォーズマンさんの姿を見て、何か言いたげな顔をしていた。
その眼はまるで彼を糾弾するかのようでもあり、また正義の超人に対する淡い期待を求めているようでもあった。
それでも結局、ウォーズマンさんはステカセキングの残骸をなんの感情もなく一カ所に集めると、他のゴミを整理して奥に集める作業を続けに入り口に戻って行ってしまった。
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帰りの車の中で、百合子はずっと窓の外を見ていた。
「なあ、パパは今のPC知らないんだけど、買うなら何がいいかな」
沈黙に耐えられずに、私は娘に聞いた。
「知らない…」
娘はゴミ捨てに来た時とは正反対の反応を示した。
「知らないはないだろう。百合子の彼に自慢できるPCを持って欲しいんだろう?」
私は諭すように百合子に話しかけた。
「知らない…」
「百合子がそう言うならパパ、7を拾ってきていいか?あれ、パパがママから初めてもらったものなんだ。」
今度は百合子は何も答えなかった。私も何も言わず人気のない交差点で車をUターンさせた。
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私がゴミ捨て場に戻ると、駐車場の端にウォーズマンさんの軽トラックが止まっている事に気付いた。
どうやらまだ中にいるらしい
気になりつつも、7を回収すべく、私はゴミ捨て場の中に入って行った。
百合子も何か思うところがあるのか私の後ろをついてきた。
そして、私たちが7を置いた場所に行ったのだが、私の7は捨てた場所にはなかった。
どうやら、ウォーズマンさんが整理してしまったらしい。
しょうがなく、ウォーズマンさんに7の場所を聞こうと探していると、ゴミ捨て場の奥に掘っ建て小屋のような建物を見つけた。
中に入ろうと近寄ると、窓があり、中を覗く事が出来た。覗くとウォーズマンさんがいた
ウォーズマンさんは部屋の壁にもたれた状態で、一心不乱に何かをしていた。
何をしているのかと思い、よく見ると、何か絡まったロープのようなものを丁寧にほどいていた。
それはステカセキングのカセットテープだった。
巻いているカセットの題名には『すぷりんぐまん』や『3年前のキン肉マン』などと言った題名が書かれていた。そう、それはかつて一世を風靡していた超人大全集だ。私も昔はあこがれた物で、小学生の時、通学途中でガキ大将に筋肉バスターをかけられそうになるたびに、『3年前のキン肉マン』などと言って、逃げ回った事を思い出した。
そのテープがこんがらがっている状態の超人大全集をウォーズマンさんは丁寧にほどき、きれいに巻き取っていく。そして巻き取り終わったテープを大切そうにそばに置いてあるランドセルの中に入れると、嬉しそうに笑った後、『グスッ』っと確かに鼻をすすった。
気が付くと、百合子が隣で泣いていた。
私も泣いていた。
ウォーズマンさんも泣いていた。
ステカセキングだって、生きていれば多分泣いただろう。
そして、私と百合子は小屋のそばに置いてあった7を見つけた。
百合子は、なくした家族の絆を取り戻すかのようにしっかりと7を胸に抱きしめて、駆け足で車まで走って行った。
「パパ、7でいい。7のままでいいよ」
駐車場までの帰路、百合子は鼻声でいつまでもそう呟いていた。
外に出ると、駐車場には新しく入ってきた車が止まっていた。
ふと見ると、車から若い男女が下りてきているのが見えた。
男は颯爽としたさわやかな青年で。
もう一人は美しいプラチナのブロンドをアップにまとめた女機だった。
「ここで父さんが働いているんだよ」
青年がさわやかな声で話しているのが聞こえた。
それに不安そうな顔で相槌を打つ彼女。
私に気づいて、軽く会釈をしたので会釈を返しておいた。
どうやら、彼女はウォーズマンさんとやっていく決心をしたようだ。
2人はこちらに歩いてきた。
娘は7を胸に抱えながら、半泣きで駆け足で車に戻っていくところだった。
青年に連れられた彼女が、その横を不安そうに通り過ぎた。
私は、すれ違った2人の娘を見て、なぜか久しぶりに元妻に電話をかけて、家の食事に誘ってみようかと思った。