美女を召喚したら怪しい関西弁を喋るオークがきた
「…帰れ。」
その高いフェンスに囲まれた社屋の少しじめじめした地下室に、私の理性的で否と言わせない声が凛と響き渡った。
「えっ…何ででっか…?」
それを聞いてこのピンクの肌をもつ、薄汚れた腰布を穿いた豚面の生き物は不服そうに尋ねてくる。まるで自分が不当な扱いを受けてるような表情をしているのが、私の感情を逆なでしてきて、非常に気分が悪い。
「…いいから帰りなさい。」
豚面の生き物の抗議に耳を貸すこともなく、私は機械を操作し、魔力流を逆流させて豚男を元の世界に帰そうと試みる。
「え…ちょっ、ちょっと待ってーな!」
途端に、帰されることが分かったのか豚男は慌てて魔方陣から飛び出し、私の手を左手で握りしめ、機械の操作を止めるべく、右手で制御スイッチをオフに切り替えた。途端に機械は唸りを止め、魔方陣も輝きを失い、地下室には急激な運動をした豚男の荒い息だけが残る。
「ふう、あぶなー!ホンマ危なかったわー…。にいちゃん…呼び出しといていきなり帰すとか、常識考えてやー!ワイら評判が命の商売やねん!即チェンジされたら、傷物になってしまうねんで!」
豚男はよほど頭に来たのか、ピンク色の顔を真っ赤に染めて、主任作業員である私に詰り寄ってくる。
「で!なんでワイを帰そうとしてんねん!これは納得いく説明してくれへんといかんで!異世界間労働契約基本条約違反やで!違反してんねんで!」
そう言って制御盤の前に胡坐をかき座り込むと、『納得するまでここを動かへんで!』と強情な態度を崩そうとしない。
それを見た私は、軽く「ふう」とため息をつくと、備え付けのインターフォンから警備に連絡し、警備が来るまでの間にこの醜悪な豚男の説得を試みることにした。
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『異世界間労働契約基本条約』とは数十年前から急激に増え続けた異世界間召喚契約者の均等取扱い等を規定した条約である。
かつて魔法などで極々稀に行われていた異世界間での召喚においては、召喚のできる魔法士が少ない事、また多量の魔力を消費することなどの要因により、特殊な技能や能力・知識をもつ人物のみを国賓・特別待遇で召喚するのが常であった。
しかし、百年ほど前、魔法世界に召喚され続けるのみであった地球で、機械を使い特殊なエネルギー場を作ることで異世界からの召喚・送還ができる召喚機械が発明されたことにより、事情は一変する。
町工場の機械を動かす程度の電力で異世界住人を召喚できる召喚機械の誕生はそれまで行われていたような産業革命規模の変革を行うほどの傑物の召喚のみならず、アイドルや教師・サーカスの団員といった仕事を行う一般労働者の召喚をも可能にしたのである。
当初は物珍しさや人的価値の維持のためか、ごく少数のエルフや精霊がお金持ちのために存在するだけだった異世界からの労働者も、機械が普及し、あちこちに召喚会社が設立されるに従ってドワーフやコボルトなどの危険な鉱山使役や風俗店でのサキュバスの強制労働などが問題となり始め、ついにはアイドルとして人気の落ちたエルフが吉原ソープ街に溢れる程となり社会問題化。
数十年前、ついに異世界への召喚機械の流出が始まるに至り、各異世界間での労働者の取り扱いの差が異世界間の神の会議で議題に上がることになる。
ここで問題となったのは、地球で奴隷扱いされていた異世界間労働者の待遇改善であり、話し合いの結果、『異世界からの労働者の労役に対しては適正な対価を持って行うべし』という1条から始まる、108条からなる条約が結ばれるに至った。
これを『異世界間労働契約基本条約』という。
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「な、ここに書いてあんねんで! 第・3・条! 『被召喚者との契約に当たり、召喚時に設定された召喚条件に違反してない被召喚者(以下適正者とす)を容姿・言語・その他の理由を持ってこれを差別的取扱いをしてはならない。』ここにちゃあんと書いてあんねんで!」
豚男は警備のエルフが来ると、わが意を得たりとばかりに召喚機械に備え付けてある条文集をペラペラとめくり、該当の条文を泥で黒ずんだ人差し指の爪で指し示しながら先ほどと同じ主張を繰り返した。どうやら、警備のエルフを見て自分と同じ異世界の出身と知り勢いづいたようで私の顔をニマニマ笑いながら話し続ける。
「な、ワイはちゃあんと条件満たしてんねん。あんたもよく見たってや。ワイは不当な差別を受けとんねん。」
豚男から仲間扱いされたのがよほど不快だったのか、いつも玄関で私に美しい微笑をくれるエルフの警備員はあからさまに嫌そうに豚男の示す条文を読むと。
「事実ですか」
と問いかけてきた。
もちろん私はとんでもないと返す。
そのまま続けて、召喚条件を満たさない召喚が行われたので送還しようとしたのみですと告げると、彼女は豚男に聞こえぬようにテレパシーで『まあオークですからね』とにこやかに私の味方をする。
オークか。なるほどエルフである彼女が嫌な顔をするわけだ。
オークと言えば美しい女であれば、人間だろうと天使だろうとかまわずに犯して、次々と子供を産ませ、短時間で群れをなすことで有名な戦闘種族である。
戦争の絶えない世界や魔人の治める世界では人気があるものの、地球やエルフヘブンといった平和な世界ではまずお目にかかることがない種族であり、その生態上、地球では法律で召喚禁止措置が取られている。
特にエルフは美しい女性が多い分、一方的に恋い焦がれたオークの毒牙にかかるケースもあるらしく、種族全体から仇敵といった感情を持たれているそうだ。
このオークも
「どうや~。早くワイと契約しよか~。早くワイ、この姉ちゃんと一緒にしっぽり…じゃなくて、仕事したいわ~」
とオーク自慢の一物で股間の布を突き上げ、そのあまりの勢いに突っ張る布の隙間から裏筋を半分見せる程に劣情を漲らせ、ぎらぎらとした目で彼女を見ている。
さすがに恐怖を感じたのか後ずさる彼女に他の警備員を呼ぶようにインターフォンを指さして合図を送ると、私は仕方なしに契約ボードを手に取り、オークに質問を始めた。
「召喚条件の件でご質問があるのですが」
「なんやー。ワイは満たしとるで~」
オークはエルフが来たことで自分の味方が増えたとでも思い安心したのか、胡坐をかいたままおもむろに腰布のポケットから木煙草を取り出し咥えると、爪で先端をカリカリ掻いて火をつけて吸い始めた。
「今回の召喚は風俗店『オデュッセイア』からの派遣依頼を受けたものでして、『性的なサービスに抵抗がない事と性的に強靭であること』が第一条件に設定されております」
「おお、ワイにぴったりやがな!ワイのモノはゴっついでー。ガマン汁が媚薬やさかい、男女問わず前や後ろに突っ込めばヒイヒイよがり狂いおるし、何より絶倫や!」
オークはそうガハハと笑いながら壁際のエルフを視姦しながら腰布の中に左手を入れ、布の隙間から彼女に見えるように自慢のモノを撫で始めた。
ゴホンッと私は咳払いをして続きを始める。
「さらに『オデュッセイア』は高級店であり、『美形であること』を第2条件としております」
「ん~、やっぱわかる人にはわかんねんな~。ワイ自分で言うのもなんやけど、仲間内では東の森のナルキッソスって言われてる程やねん。いやー照れるわ―」
異世界でもナルキッソスは美形で有名なのだろうか。
いや、豚男はナルシストの方でそう呼ばれてるのだろうか。
不覚にも一瞬、話に乗りそうになったが、気を落ち着かせ次の条件に向かう。
「コホンッ、そして『オデュッセイア』はプロポーションを重視しております第三条件として『胸が大きい事』が設定されております」
「ワイの胸…でっかいでー!前の仕事場で女捕まえて、食って孕ませて寝て、食って孕ませて寝ての生活やったからなー。胸だけじゃなくて腹まででっかいわ―。」
プロポーションはウエストが絞られてる事も含むと思うのだが、と思いチラリとオークを見るといまだに左手で腰布の中のモノを撫でながら木煙草の煙をぷかーと吹かしており、意に介している様子はまったくない。
しょうがない、最後の条件に行こう。
「最後の条件ですが『オデュッセイア』は人妻ヘルスであり妙齢の女性が『特殊な性癖を持つ』男性を満足させることが求められております。よって最終条件に『男性が射精を感じるまで必ず続ける事』が業務の完了条件として設定されております。残念ながら被召喚者様に適正なスキルがある様には見えません。これが被召喚者様を送還する理由です。」
「舐ァめたこチュうなァァァァ!!!!」
私が伝えた内容が気に喰わなかったのか、なぜかオークは勢いよく立ち上がると、それまでにない勢いで怒りだした。
「おどれ、さっきからワイの事バカにしとるヤロォォォォ」
オークはピンクの肌に紫の血管を浮き上がらせ、腕に力を込めて威嚇するかのように私にじり寄ってくる。
私は、オークが戦闘種族な事を思い出し、震えてボードをその場に落とすと壁の方へじりじりと後ずさりし始めた。
「ワイ、言ったやろォ?ワイのモノォ使えば女でも『男でも』よがり狂いおるって」
オークのあまりの迫力と怒りに後ずさりしていた私の背中にドンと壁に付いた感触がし、にじり寄ってくるオークとの距離が短くなってゆく。
自分の職務を思い出したのだろう。
私の危険を感じ、同じく壁際に居た警備のエルフが私とオークの間に盾になるかのように立ちふさがるが、魔法を主とするエルフが盾になったとて、あまり私の安全は確保されていないのが難点だ。
「しかし、この条件を満たせるほどの人材はサキュバス(夢魔)しかおりません。派遣登録の適正シートの特別欄にあるこの最終条件はサキュバス種族の方のみに推奨されている物で、オークであるあなたには」
「まだ差別するかァァァァァァァ!!!!」
私の決死の覚悟の説得もオークには通じずにさらににじり寄ってくる。
エルフとの距離は1メートル程度であり、すぐ後ろの私でもオークの鼻の広がった毛穴まで見ることができる位置だ。
「ワイはなあァ、前の仕事で1000人のおなごと500人の男をコマシて戦ってんねんやぁ。一回ワイに抱かれると、ワイのために命さえ投げ出すほどに男も忠誠を誓うほどやでぇ…それを…なんや、サキュバスの足元にも及ばんやてぇ? なんや?喧嘩うっとるんかぁ?ワイにケンカうっとるんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あまりの勢いに私の前のエルフも震えているのが分かるが、彼女は気丈にも電磁警棒を取り出すとバリバリと電流を流し、迎撃態勢を取る。
それを見たオークはぺろりと舌なめずりすると好色そうな目を隠さずににじり寄る。
「そうやなぁ…ほなら姉ちゃんと兄ちゃんで実演したろかぁ。ワイの自慢の一物の威力をなぁ…」
そう呟き、エルフの肩に手を掛けようとした時
「そこまで自信があるのであれば、ぜひとも働いていただきたいですな!」
どっしりした重量感のある声が地下室に響き渡った。
その声にが振り返った3人の目に飛び込んだのは、この部署の部長であるマスターデーモンが自慢の牛の蹄をコツコツと響かせながら、巨体をかがませ扉を窮屈そうに潜り抜けるところだった。
そして驚いてフリーズしている3人を尻目に、扉を潜り抜けると、優雅だが威厳のある足取りでこちらに近づき、オークに『部長のマスターデーモンです、以後お見知りおきを』と名刺を差し出し握手を求める。
あまりにも格が違う相手にビビったのか、すっかりオークはおとなしくなり、名刺を受取るとそのまま壁際から離れヘコヘコと頭を下げ続ける。
腰布の中であれほどいきり立っていた自慢の一物も垂れ下がり、紫色の血管が網の目のように張っていた肌もすっかり血の気が抜けてやや緑がかったピンク色に戻ってしまった。
「いや、ワイも本気でいったんと違いますぅ。ただ、ちょっとむげに断られて、怒ってしもうただけですさかいに、勘弁しておくんなはれ」
そう言って魔方陣に戻ろうとするオーク。
しかし部長はオークの肩をつかむと
「いえ、私どもはあなたのような人材を探しておりました。じつは今日サキュバス一人の契約が切れるところでして。私が彼女を迎えに行く間に、急ぎで替えの人材を召喚させていたのですよ」
そう言い、部長が入口に向かい『どうぞ』と声を掛けると見た目が30ほどの妖艶なサキュバスが姿を現した。
「あらー、お兄さんお久しぶりー♪元気だったー?」
そう言うサキュバスは私が1年ほど前に召喚した方で、契約時のノルマであった3000回分の行為を終えて今日送還予定となっている。
互いに一通りの挨拶を終えた後、エルフを交え談笑している間に、部長とオークが契約ボードを使い契約を済ましたようで、人材を確保しすっかり機嫌のよくなった部長と予想外の心強い味方ができたオークはともに笑顔で地下室を出て行った。どうやらそのまま『オデュッセイア』に向かうらしい。
そんな様子を見ていた私たちは、さっきの疲れもあって食堂でランチを取ってから彼女を送還することにした。
地下室のエレベーターから社屋の最上階に位置する展望レストランに向かい、受付のウッドゴーレムから今日のランチを受け取る。私とサキュバスはハンバーグメインのAセット。エルフはベジタブルメインのBセットだ。
展望席に着き、しばらく談笑しながら食事をしていると、サキュバスが先ほどのオークの契約書の写しを見たいというので、持っていたケースから取り出して見せる。
「へえ、内容は私と変わんないのね。行為数…一万!?」
「ああ…よっぽど自信があるらしいな…」
「オークは嫌いですが…なんだか騙したみたいで気の毒ですね」
破格の行為数はおそらく部長がサキュバスの数字を暗に示して向こうから上乗せさせたのだろう。悪魔だけあって相変わらずえげつない。
「やっぱり契約社員ならあれぐらい押しが強くなきゃいけないかな」
そう呟く私にサキュバスはうんうんと同調する。
「私もここでは回数こなすの難しくってさ。思ったより時間かかっちゃったよ」
話しながら、マズそうにハンバーグセットを食べている。
この世界では肉類はすべて合成に頼らざるを得ないためゴムの感触がするのだ。
そんな横を地元の住民だろうか、見かけない外装を纏った家族がテーブルの横を通り真ん中のメインカメラで私たちを物珍しそうに見て行った。
「ここの男ってホント使えないよねー」
通り過ぎて行った家族を遠い目で見ながらサキュバスが続ける。
「でも、私たちエルフにとっては危険が少ないんですよ」
確かに男に狙われやすいエルフにはこの世界は危険が少なく働きやすいだろう。
女同士の話に入れず、窓の外を見ていると、離れた所にある宇宙船のポートに色とりどりの外装をした四角い箱のようなものが次々と積み込まれていき、しばらくすると発射台にカウントダウンの数字が浮かび始めた。
「あっシャトルが出ますよ」
そう呟いたエルフの声に反応してサキュバスが窓の外のシャトルを見る。
その瞬間、シャトルはまっ白い煙を上げながら空に浮かぶ3つの月に向かって飛び立っていった。
「俺の世界には月が1つしかないんだぜ」
月に見とれる2人に私がそう話題を振ると、エルフとサキュバスが自分たちの世界の月の数について自慢し始め、ついには喧嘩をし始めた。
一つの月――地球が懐かしい
ここは異世界No26.キリリピルル
私は地球から召喚された召喚機械の契約オペレーターで、後1年ここで働くこととなっている。
キリリピルルは機械科学が発達した国であり、すべての生命体は生まれながらにして四角い箱のような機械の体を持って生まれてくる。
しかし、肉体の無くなった彼らにも性欲―リビドーは無意識下に残っており、かつては抑圧された欲求の暴走によって演算装置に致命的なバグを引き起こす病に苦しんでいた。
「なあ、なんでここでは回数こなすの難しかったんだ?」
今日のオークの事が気になって、私はサキュバスに尋ねた。
「えーとね、最初は他の世界と同じで私の肉体で満足させようと思ったのね。あの四角い箱を抱きしめたり、なでまわしたり、キスしたりしてね」
「ふむ」
「でもね、それをしても、あいてが興奮してあたしの体に電流流したり、コードで絞めたり、差し込んだりしてくるだけで、終わりがないのよ。契約にもあったじゃない。射精するまでって。」
「ああ…」
オークに告げた契約の内容を思い出して、俺の背中をたらりと冷たい汗が一筋流れる。
「イかなくてもお客は私の体を痛めつけて満足して帰ってくれるけど、契約上は行為数にならなくてねー。それで毎日延々と拷問されるだけで、『このままじゃ死ぬまでここから出られなくなるわ』って焦って考えた挙句、夢魔の能力使って夢の中に入ってみたら…ビンゴ!人の体の形の精神があったからねぇ♪夢の中でイかしちゃったのぉ♪」
「そうなのか…」
嬉しそうなサキュバスと黙り込む私に気付いたのか、話題を変えるためにエルフがサキュバスに質問をし始めた。
「サキュバスはこの世界の男の人って他の世界に比べてどう思うの?他に比べてかなり好条件で迎え入れられてると思うんだけど」
質問を受けて一瞬考え込んだサキュバスは輝く笑顔で迷うことなく『他の世界』と答えた。
「だって他の世界では男の精液が栄養補給のごちそうになるけど、ここの世界の男は夢でしか射精しないんだもん。」
ここは異世界No26.キリリピルル
私は地球から召喚された召喚機械の契約オペレーターで、後1年ここで働くこととなっている。
キリリピルルは機械科学が発達した国であり、すべての生命体は生まれながらにして四角い箱のような機械の体を持って生まれてくる。
しかし、肉体の無くなった彼らにも性欲―リビドーは無意識下に残っており、かつては抑圧された欲求の暴走によって演算装置に致命的なバグを引き起こす病に苦しんでいた。
他の異世界よりもはるかに広範囲に生命活動を広げた彼らが異世界から唯一必要とした人材、それが夢の中で自らのリビドーを解消してくれるサキュバス/インキュバスであった。
今や彼ら彼女らの中には有力者の寵愛を受け、政治を左右しているものも少なくない。