欲しがりな妹が姉の体を強請った末路
「……朝……?」
窓からの日差しで起きた私の体は、どっと重い。
「あぁ、昨晩色んなことがあったな――」
そう、色々な事があった。
あの時のことは、きっと生涯忘れないだろう。
◇◇◇
昨日の夜11時、自室の扉がコンコンと叩かれた。
そのことだけで私は察する。妹だ。
「入っていいわ」
「ありがとう、お姉様」
私の予想通り、妹が部屋に入ってくる。
「お姉様、私、欲しいものがあるの。だからちょうだい」
「何かしら」
妹は、私のものをなんでも欲しがる癖がある。
断ったらいいとみんなは思うだろう。私も心底断りたかった。
私の妹……ジェリアス・ハイラナーは神の愛子なのだ。
何かいいことがあるわけでもない。その人自体が直接的に幸福になるわけでもない。
ただ逆らえないだけだった。
彼女に逆らえば天罰がくだる。だから誰も逆らえない。
「どうしたのかしら? なんでも言っていいわよ」
妹の前ではいいお姉様でないといけない。
私はともかく、家族も巻き込むかもしれないから。
「お姉様……私、「シェレーラ・ハイラナー」の体がほしいの」
心臓がドクンと脈打つ。
「ジェリアス……それってつまり、私の体?」
シェレーラ・ハイラナー。それは私の名前だった。
「そう! お姉様はとっても美人だし、スタイルいいし、髪もサラサラで光沢があって、陶器肌で……!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
興奮して頬が赤くなっている妹を、私は必死でとめる。
「私の体なんて……いったいどうしちゃったの? 美人になりたいなら整形魔法が得意な人に……」
「それじゃ駄目なの!」
「!」
「お姉様がいいの……私の面影を少し残したその顔がいいの……」
(妹の様子がおかしい。何かあったのかしら……いえ、今はそれどころじゃないわ)
「ジェリアス、他のものじゃ駄目かしら?」
「駄目よ。お姉様、神の愛子は願いを半強制的に叶える力を持っていることは知っているかしら」
「なっ……ジェリアス!」
「今まですべての願いが叶ってきたから、この力は必要なかった。でも今回は……こうでもしないと手にはいらないから、しょうがないわよね?」
妹が私の顔に手をかざす。
「やめなさ――……」
そこで、私の意識は途切れた。
◇◇◇
「あの後どうなったのかしら」
私は鏡で自分の顔や姿をちゃんと自分のものかを確認してから、朝の支度を急いで整え、早足で妹の部屋へ向かう。
少し歩くと、執事にこんな事を言われた。
「お嬢様、どこへ向かわれるのですか?」
「ジェリアスの部屋へ」
「ジェリアス……? そんな人物は、この屋敷にはいませんよ?」
嫌な予感がした。
私は足をもっと速めて部屋へ行く。
「え…………」
そこは何もない、空き部屋だった。
「ジェリアスが、いなくなった……?」
過呼吸気味になりふらふらとしながら、様々な考えが頭を過ぎる。
「いや、まだ確定するのには早いわ。でも……」
目の前の光景が、嫌なほど真実を伝えようとしてくる。
煩い心臓を抑えながら、朝食の際お父様へ遠回しに質問をする。
「お父様、この屋敷には何人が住んでいますか?」
「は? 50人だが」
50人。
元々この屋敷にいたのは51人だ。朝食の場にも妹はいない。
お父様もお母様も、この屋敷にいる全員も、何も変わった様子はなかった。
それから私はこの家にある資料などを片っ端から見ていった。
どこにも妹に関することが書かれていない。
妹は神の愛子なこともあり、学園にいる上位貴族でも知らない人はいなかった。
なのに、誰も覚えていなかった。
それからも、私は色々なところで聞き込みをした。親戚、知り合い、友達、関わりのある人ほぼ全員に聞いた。
しかし。
「誰も、ジェリアスの事を覚えていない……」
何かが決定づけられた気がする。
ベッドの上で、私は手を耳の上に当ててじっと考える。
「あれ……?」
はっとした。
手を耳の上に当ててなにかを考えるのは、妹の癖だったはず。なぜ私がこんなことをしているのだろうか。
「いや、きっと妹の事を考えすぎているだけだわ」
そう言いながらも私は部屋を見回す。
妹に取られたものは私の所持物の中にまだあるし、妹にもらったものはなくなっている。
もう会えない妹の笑顔が、脳裏に浮かぶ。
「もう……声すら聞くことができないのね……」
ジェリアスは、私の「妹」だった。
物を取られてもわがままを言われても、その事実は変わらない。
妹がいなくなったことに涙が出そうになったが、すぐに引っ込んだ。
「なんで、消えたの……?」
神という存在、消えた妹、それだけで背筋がゾッとする。
何も知らないお父様とお母様。私の気持ちは誰にも分かってもらえないまま、消滅していく。
関わってはいけない。そうもう1人の私が訴えかけてくる。
「「ジェリアス・ハイラナー」がこの世にいたことは、私だけが知っているのね」
自分以外の人 全員に忘れ去られた妹。
それは残酷で、容赦のない、シェレーラの体を取った代償だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シェレーラの様子を、天界からじっと見ていた人物がいた。
それは神でもなく、ジェリアスでもなく、『本物のシェレーラ・ハイラナー』だった。
「私は確かに体を取られたわ。でも、あれは本物の私ではない」
シェレーラの体をジェリアスのものにするのは簡単だった。
しかし、それではジェリアスの体の持ち主がいなくなってしまう。
2つの体を行き来できるようにすることも考えたが、魂がいろいろな場所に移動するのは生命力を大幅に削ることになる。
そこで、ジェリアス自体の存在を消すことにした。
そこで余ってしまう『本物のシェレーラ』の意識を、天界に置いておく予定だった。
「だけど、神といえど失敗はするわ。私の体の記憶をジェリアスのものにするはずだったのに、間違えて記憶を私のものにしたままでジェリアスという『存在の記憶』を消してしまった。そのせいで妹は自分が誰かも忘れて、無意識に私のふりをして過ごしている」
神はそのミスに気づかぬまま、結果的にこうなってしまった。
「『偽物のシェレーラ・ハイラナー』はジェリアスが一番可哀想と思っているみたいだけど、本当に可哀想なのは私なのよ」
今も地上で、『偽物のシェレーラ・ハイラナー』がジェリアスに同情している。
「これは、本当にジェリアスが望んでいたことなのかしらね?」
シェレーラの問いは、誰の耳にも届かないまま天界にうっすらとかかる霧の中へ消えていった。
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