表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「毒薬を作っている」と追放されましたが、これは豚骨スープです。 ~冷徹宰相をラーメンで餌付けしたら溺愛されました~  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 噂の「深夜の魔女」

帝都バルバロスの夜は、蒸気と鉄の匂いがする。

だが、ここ数日、騎士団の詰所では奇妙な噂がまことしやかに囁かれていた。


「おい、聞いたか? 宰相閣下の様子がおかしい」

「ああ。夕方になるとソワソワし始めて、定時になった瞬間に風のように消えるらしい」

「しかも、毎晩路地裏の奥深くへ吸い込まれていく姿が目撃されている」

「まさか……ハニートラップか?」

「いや、もっと恐ろしい噂だ。『深夜の魔女』が、閣下に謎の薬を盛って骨抜きにしているらしいぞ」


そんな噂話を耳にして、黙っていられない男が一人いた。

帝国の近衛騎士団長、レオンハルト・フォン・ベルガーである。


彼は豪快にバンッと机を叩いた。


「馬鹿な! あの『鉄の宰相』クラウスが、女ごときに現を抜かすはずがない!」


レオンハルトは立ち上がった。身長二メートル近い巨躯に、歴戦の傷跡が刻まれた強面。

クラウスとは幼馴染であり、彼の数少ない友人でもある。


「俺が確かめてくる。もし本当に魔女がクラウスをたぶらかしているなら、この剣で叩き斬ってやる!」


正義感(とお節介)に燃える騎士団長は、愛剣を腰に佩き、夜の街へと飛び出した。


   ◇


一方その頃、路地裏の屋台『極楽亭』。


「……んぐっ、はふっ」


クラウスは一心不乱にレンゲを動かしていた。

彼の目の前にあるのは、いつものラーメンではない。

黄金色に輝く山――『チャーハン』だ。


カッカッカッ!

ジャァァァァッ!!


厨房からは、小気味よいリズムとお玉が中華鍋(錬金術で作った特注品)に当たる金属音、そして食材が爆ぜる音が響き渡っている。


「お待ちどうさま! 騎士様も、お一ついかがですか?」


私が声をかけた相手は、屋台の入り口で呆然と立ち尽くしている大男だ。

先ほど勢いよく飛び込んできたかと思えば、「貴様か魔女は!」と叫んだきり、フリーズしてしまったのだ。


理由は単純。

私が鍋を振るう姿と、漂う香りに圧倒されたからだろう。


「……な、なんだその動きは」


大男――騎士団長レオンハルト様は、剣の柄に手をかけたまま、私の手元を凝視している。


私はニカッと笑い、中華鍋を大きく煽った。

中に入っているのは、硬めに炊いた白米、細かく刻んだオークのチャーシュー、ネギ、そしてたっぷりの卵だ。


強火の炎が鍋の中まで舞い上がり、米の一粒一粒を油と卵でコーティングしていく。

この火力こそが命。

家庭のコンロでは出せない、業務用の火力だ。


「魔術……いや、剣舞か?」


レオンハルト様が呟く。

彼には、私が鍋を振る姿が、高度な剣技のように見えているらしい。

あながち間違いではない。チャーハン作りは、炎と重力との戦いなのだから。


「はい、お待ち! 『極楽チャーハン』大盛りです!」


私はドンッ、とカウンターに皿を置いた。

湯気と共に立ち昇るのは、焦がし醤油とネギの香ばしさ、そしてラードの甘い香り。

頂上には、真っ赤な宝石――紅生姜を添えてある。


「さあ、まずは食べてみてください。話はそれからです」


「くっ、騙されんぞ! クラウス、お前もだ! そんな怪しいものを……」


レオンハルト様が隣を見ると、クラウス様は既に皿を空にしていた。

そして恍惚とした表情で、スープ(チャーハンについてくる中華スープ)をすすっている。


「……うるさいぞ、レオン。食事の邪魔をするな」


「ク、クラウス!? お前、その顔はどうした!?」


「どうしたもなにも、至福の時間に浸っているだけだ」


いつもの冷徹な仮面はどこへやら。

今のクラウス様は、口の端に米粒をつけたまま、とろんとした目で私を見ている。


「エレナ。……おかわりだ。この米料理、魔性の味がする」


「はいよ! じゃあ次はレオンさんの分と一緒に作りますね」


「なっ、俺は食わんぞ! 俺は魔女を成敗しに……」


レオンハルト様が抵抗しようとしたその時。

彼のお腹が、グゥゥゥゥゥゥッ! と盛大に鳴り響いた。

屋台が揺れるかと思うほどの重低音だ。


路地裏に沈黙が落ちる。


「……」


レオンハルト様は顔を真っ赤にして、咳払いをした。


「……毒見だ。あくまで、毒見として一口だけ頂く」


素直じゃないなぁ。

私は苦笑しながら、新しい鍋を振った。


数分後。

レオンハルト様の目の前にも、黄金の山が築かれた。


「これが……チャーハン……」


彼は恐る恐るレンゲを手に取り、山の一角を崩した。

パラリ。

米粒同士がくっつかず、見事にほぐれる。

それでいて、一粒一粒が黄金色の卵と油を纏い、艶やかに輝いている。


彼はそれを口に放り込んだ。


ハフッ、ハフッ。


熱々の米を咀嚼した瞬間。

カッ! と彼の目が見開かれた。


「――っ!?」


言葉が出ないらしい。

無理もない。

この世界の米料理といえば、ドロドロのお粥か、パサパサのリゾットもどきしかないのだから。

「パラパラ」で「ふっくら」という食感は、未体験の衝撃はずだ。


「……なんだこれは。口の中で、米が弾ける!」


彼は叫んだ。


「一粒一粒が独立しているのに、噛むと一体となって旨味が広がる! 肉の脂、卵の甘み、ネギの刺激……全てが完璧なバランスで踊っている!」


「紅生姜と一緒に食べると、さっぱりしてまた違った味になりますよ」


私が助言すると、彼は赤い生姜を混ぜてかき込んだ。


「酸っぱい!? ……いや、この酸味が脂を断ち切り、次の一口を欲させる! これは……戦術だ! 計算され尽くした布陣だ!」


彼は武人らしく、料理を戦術に例えて絶賛し始めた。

そして、その手はもう止まらない。


ガツガツッ!

カチャカチャッ!


レンゲが皿に当たる音と、咀嚼音だけが響く。

豪快な食べっぷりは見ていて気持ちがいい。


「おいレオン。私の分まで食うなよ」


「うるさい! 貴様だけこんな美味いものを独占していたのか! 抜け駆けは許さんぞ!」


「ふん、ここを見つけたのは私だ」


帝国のツートップである宰相と騎士団長が、路地裏の屋台でチャーハンを巡って子供のような言い争いをしている。

平和だなぁ。


「ぷはぁーっ!!」


レオンハルト様は、一粒残らず平らげると、空になった皿を掲げた。


「店主! これをもう一杯! いや、三杯だ!」


「ええっ、三杯も!?」


「俺の体はデカイからな、燃費が悪いんだ! あと、この『シュワシュワする麦酒』も樽ごと持ってこい!」


完全に常連コース入りました。

ありがとうございます。


「……はぁ。また騒がしくなるな」


クラウス様が眼鏡を拭きながらため息をついた。

その表情は呆れているが、どこか嬉しそうだ。


「だが、誤解は解けたようだな。彼女は魔女ではない」


「ああ、違いない。魔女どころか……これは『食の女神』だ!」


レオンハルト様が私の手をガシッと握りしめた。


「エレナ殿と言ったか! 感動した! 我が騎士団の糧食班長になってくれ! 兵士たちにこの飯を食わせれば、魔王軍など三日で殲滅できる!」


「お断りします!」


私は即答した。


「またか! なぜだ! 給金なら弾むぞ!」


「私はここがいいんです。地位とか名誉とか、そういう堅苦しいのはお腹いっぱいなので」


私は中華鍋をコンコンと叩いた。


「ここは『極楽亭』。身分も肩書きも関係なく、ただ美味しいものを食べて笑顔になる場所です。宰相様でも騎士団長様でも、ここではただの『お腹を空かせたお客さん』ですからね」


二人は顔を見合わせ、それから吹き出した。


「ハハハ! 違いない。ここでは俺も、ただの腹ペコだ」


「フッ……君には敵わないな」


こうして、騎士団長レオンハルト様も陥落。

「深夜の魔女」の噂は、「路地裏に極上の飯屋がある」という真実へと変わり、一部の上層部の間で極秘事項として共有されることになった。


だが、この賑わいが、さらなる大物を引き寄せることになる。

そう、この国の頂点に立つあのお方を。


「あ、そうだエレナ殿。明日は部下を数名連れてきてもいいか?」


「屋台に入り切る人数ならいいですけど……」


「大丈夫だ、立って食わせる!」


翌日、屋台の前には屈強な騎士たちの行列ができ、帝都の夜の新たな名所となるのだが、それはまた別の話。


「よし、追加のチャーハンお待ち! ついでに『唐揚げ』も揚げましたよ!」


「なんだその茶色い塊は! 香ばしい!」

「レオン、それは私の分だぞ」


帝国の夜は、今夜も脂と熱気に満ちている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ