表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「毒薬を作っている」と追放されましたが、これは豚骨スープです。 ~冷徹宰相をラーメンで餌付けしたら溺愛されました~  作者: 月雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

第2話 帝都の片隅、屋台を引いて

ルシエラ王国を追放されてから十日後。

私は隣国、ガルディア帝国の帝都バルバロスに到着した。


目の前に広がるのは、鉄と蒸気に包まれた灰色の街並みだ。

王国の優雅な石造りの街とは違い、ここは空に無数のパイプが張り巡らされ、魔導機関車が重低音を響かせて走っている。


道ゆく人々も皆、軍服や実用的な作業着を身にまとい、殺伐とした空気を漂わせていた。

笑い声など一つも聞こえない。誰もが何かに追われるように早足で歩いている。


「……なるほど。これが『鉄と規律の国』ね」


私はフードを目深にかぶり、街の定食屋に入ってみた。

まずは敵情視察だ。この国の食レベルを知らなくてはならない。


出てきたのは、レンガのように硬い黒パンと、青菜が浮いただけのスープ。

スプーンですくって一口飲む。


「……しょっぱい」


ただの塩水だ。

野菜の甘みすら引き出されていない。

栄養補給のためだけに作られた、エサのような代物。


私はため息をつき、マジックバッグからこっそりと「乾燥ハーブ」を取り出してスープに混ぜ、なんとか胃に流し込んだ。


確信した。

この国には、娯楽がない。

そして、「食の快楽」を知らない人々が、ストレスを溜め込んで死んだような顔をしている。


ここなら、私のラーメンは爆発的に売れる。

勝算しか見えない。


「さて、まずは仕入れね」


私は店を出て、冒険者ギルドへと向かった。


   ◇


「は? 骨……ですか?」


ギルドの受付嬢が、素っ頓狂な声を上げた。

周囲の屈強な冒険者たちが、ギョッとして私を見る。


無理もない。

可憐な(と自分では思っている)元令嬢が、いきなり魔物の廃棄部位を大量注文しているのだから。


「ええ。グレート・ボアの大腿骨と背骨をありったけ。あと、コカトリスのガラがあればそれも」


「い、いや、ありますけど……。ボアの骨なんて、硬すぎて武具の素材にもなりませんし、肉もついていないので廃棄する予定でした」


「それを全て買い取ります。あと、背脂……いえ、皮の下についている白い脂肪の塊も、捨てずに残しておいてください」


「あんな油の塊、燃料にするくらいしか使い道がありませんよ?」


「いいんです。それが『宝』なんですから」


私は金貨を一枚カウンターに置いた。

王国を出る時に持ち出したへそくりだ。

受付嬢は目を丸くし、「ありがとうございます!」と頭を下げた。彼らにとってはゴミがお金に変わったのだから、大喜びだろう。


大量の骨と脂をマジックバッグに回収した私は、足取り軽く路地裏へと向かった。


   ◇


帝都の下町、さらにその奥。

蒸気パイプが入り組んだ薄暗い区画に、手頃な空き地を見つけた。

ここなら人通りも少なく、怪しまれずに準備ができる。


時刻は夕暮れ。

さあ、開店準備の時間だ。


「錬金術、展開」


私は地面に魔法陣を描き、バッグから木材と金属パーツを取り出した。

私の錬金術は、本来なら国を守るための兵器開発に使われるべき才能らしいが、そんなことは知ったことではない。


イメージするのは、前世の記憶にある「屋台」。

木材が組み上がり、車輪がつき、屋根ができあがる。

仕上げに、真っ赤な提灯を二つぶら下げた。

提灯には、こちらの文字で『極楽亭』と書き込んである。


「完璧ね」


リヤカー付きの移動式屋台の完成だ。

これなら衛兵に怒られても、すぐに撤収して逃げられる。


次に、一番重要なスープの仕上げだ。

私はバッグから、あの因縁の寸胴鍋を取り出した。


王国で煮込んでいたスープは、マジックバッグの時間停止機能のおかげで熱々のままだ。

だが、まだ完成ではない。


「ここからが本番よ」


私は鍋を屋台のコンロに設置し、火の魔石で着火した。

ボアの骨と、先ほど仕入れた新鮮な背脂を追加投入する。


グツグツと煮立ち始めると、再びあの強烈な獣臭が立ち昇り始めた。


「くっ……やっぱり臭いわね」


王国での失敗を繰り返すわけにはいかない。

私はすかさず、風属性の魔法で屋台の周囲に結界を張った。


【エア・カーテン】


これで臭いは外に漏れず、屋台の中だけで循環する。

私は鼻栓をして、ひたすらアクを取り続けた。


一時間、二時間。

豚骨スープ作りは、臭いとの戦いだ。

けれど、ある一線を越えると、その悪臭は劇的に変化する。

コラーゲンがゼラチン質に変わり、脂と水が完全に乳化して混ざり合った時。

獣臭さは消え、脳をトロけさせるような甘く濃厚な芳香へと変わるのだ。


「……来た」


鍋の中身が、ドロリとした黄金色に近いクリーム色に変わった。

おたまでひとすくいし、味見をする。


「んんっ……!」


口の中に広がる、爆発的な旨味。

まろやかで、クリーミーで、それでいて野性味あふれるパンチ力。

これだ。これが私が求めていた「呼び戻しスープ」だ。


次に麺だ。

これには、帝国の鉱山で採れる『黄岩塩』を使った。

これに含まれる成分は、前世の「かんすい」に近い。


小麦粉に黄岩塩の水溶液を混ぜ、錬金術で圧力をかけて練り上げる。

コシを出すために何度も生地を折りたたみ、包丁で細く切り出す。

手の中で揉み込めば、スープによく絡む「中太ちぢれ麺」の出来上がりだ。


トッピングは、王国から持ってきた秘蔵のチャーシュー。

そして、現地の市場で見つけたメンマ代わりの「タケノコモドキ」の煮付け。

ネギ代わりの薬草「グリーンオニオン」を刻んで準備完了。


   ◇


気がつけば、日付が変わっていた。

深夜二時。

「草木も眠る丑三つ時」と言うが、帝都の夜は眠らない。

遠くの官庁街の窓には、まだ明かりが灯っているのが見える。


残業続きの官僚、夜勤の兵士、魔導技師たち。

彼らは今頃、小腹を空かせてゾンビのように彷徨っているはずだ。


私はエア・カーテンを解除した。


ふわぁっ……。


閉じ込められていたスープの香りが、夜の路地裏へと解き放たれる。

焦がし醤油とニンニク、そして濃厚な豚骨の香り。

それは暴力的なまでに食欲を刺激する「飯テロ」の狼煙だ。


「さあ、開店よ」


私は長い赤髪を一本に縛り、気合を入れて鉢巻を締めた。

屋台の前に、「営業中」の木札を掲げる。


場所は路地裏。客足など期待できないかもしれない。

でも、私の勘が告げている。

この匂いは、飢えた獣たちを引き寄せる最強の餌だと。


カツ、カツ、カツ。


ほら、来た。

足音が聞こえる。

重たく、引きずるような、疲れ切った足音が。


暗闇の向こうから現れたのは、一人の男性だった。

仕立ての良い服を着ているが、その着こなしは乱れ、銀色の髪はボサボサ。

眼鏡の奥の瞳は死んだ魚のように濁り、頬はこけている。


まるで亡霊だ。

あるいは、過労死寸前の社畜か。


彼は鼻をヒクつかせながら、ふらふらと屋台の前に立ち止まった。

その視線は私ではなく、湯気を立てる寸胴鍋に釘付けになっている。


「……なんだ、この匂いは」


声は枯れ、震えていた。


「いらっしゃいませ」


私は営業用の笑顔を浮かべ、彼に声をかける。


「温かいスープ、ありますよ。一杯いかがですか?」


これが、運命の出会い。

そして、私が帝国を胃袋から支配する伝説の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ