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「毒薬を作っている」と追放されましたが、これは豚骨スープです。 ~冷徹宰相をラーメンで餌付けしたら溺愛されました~  作者: 月雅


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第10話 極上のプロポーズ

ルシエラ王国の元婚約者たちが、衛兵に引きずられて帝都を去ってから、一ヶ月が経った。


「はい、お待たせ! 特製チャーシュー麺大盛り、ニンニク増し増し!」

「こっちは餃子とエールだ!」

「親父さん、俺にはいつものセットね!」


今夜も、路地裏の屋台『極楽亭』は、戦場のような忙しさだった。

赤提灯が揺れる下、帝国の重鎮から下町の労働者までが肩を並べ、麺をすする音が絶え間なく響いている。


「ああもう、猫の手も借りたいわ!」


私は額の汗を拭いながら、錬金術で三つの鍋を同時に操った。

右で麺を茹で、左で餃子を焼き、中央でチャーハンを煽る。

もはや曲芸の域だ。


「エレナ殿、皿洗いなら任せろ!」


「いやレオンさん、貴方は騎士団長なんだから座っててよ! 鎧がガチャガチャうるさいし!」


エプロン姿のレオンハルトさんが、なぜか洗い場を占領している。

彼曰く「ここで働けば賄いが一番に食える」という不純な動機らしいが、正直助かっている。


「エレナ。……会計だ」


カウンターの端から、落ち着いた声がかかった。

クラウスだ。

彼は今日も、いつもの席で静かにラーメンを完食し、満足げに茶をすすっていた。


「はいはい。……って、クラウスさんまで手伝わなくていいですからね?」


「ふむ。だが、君があまりに忙しそうだからな」


彼は眼鏡の位置を直しながら、愛しげに店内を見渡した。


「……良い店になったな」


「ええ。おかげさまで」


最初は「毒薬」と疑われ、誰も寄り付かなかったこの屋台。

それが今では、帝国の夜に欠かせない「憩いの場」となっている。

みんなが笑顔で丼を囲み、「美味い」と言ってくれる。

私が夢見た光景が、ここにあった。


「さあ、ラストオーダーだよ! 麺がなくなるからね!」


私の声に、客たちが歓声を上げた。


   ◇


深夜二時。

最後のお客さんを送り出し、レオンハルトさんも「明日の朝練があるから」と帰っていった。


路地裏に、静寂が戻ってくる。

残ったのは、私とクラウスの二人だけ。


「ふぅ……。今日も完売御礼ですね」


私はパイプ椅子にドサッと座り込んだ。

心地よい疲労感が全身を包む。


「お疲れ様、エレナ」


クラウスが、冷えた手ぬぐいを渡してくれた。

その自然な気遣いが嬉しい。

出会った頃は「鉄の宰相」なんて呼ばれていて、表情筋が死滅しているのかと思ったけれど、最近の彼はよく笑うようになった。

顔色も良く、肌にもツヤがある。私のスープのおかげだ。


「クラウスさんも、毎日ありがとうございます。飽きないんですか?」


「飽きる? 愚問だな」


彼は真顔で首を横に振った。


「君の料理は、毎日違う発見がある。昨日はスープのコクが深かったし、今日は麺のコシが強かった。……それに」


彼は言葉を切り、少しだけ視線を逸らした。


「……君の顔を見ないと、一日が終わった気がしないんだ」


「……っ」


不意打ちだ。

最近の彼は、こういう恥ずかしいセリフをサラッと言うから心臓に悪い。

私は顔が熱くなるのをごまかすために、立ち上がって片付けを始めた。


「さ、さあ! 片付けちゃいますね! 明日の仕込みもしなきゃいけないし!」


「エレナ。……少し、いいか」


クラウスが立ち上がり、私の手首をそっと掴んだ。

その手は温かく、そして強かった。


「は、はい?」


振り返ると、彼はいつになく真剣な表情をしていた。

眉間の皺はない。

ただ、その青い瞳が、真っ直ぐに私を射抜いている。


「君に、渡したいものがあるんだ」


「渡したいもの? ……もしかして、新しい食材ですか? ドラゴンの尻尾とか?」


「違う」


彼は苦笑すると、懐から小さな箱を取り出した。

ビロード張りの、高級そうな箱だ。


(えっ……まさか、指輪?)


ドキン、と心臓が跳ねた。

期待と不安が入り混じり、私は身構えた。


彼がパカッと箱を開ける。


そこに入っていたのは――


「……え?」


指輪ではなかった。

宝石でもなかった。


そこにあったのは、銀色に輝く、小さな金属製のプレートだった。

よく見ると、複雑な魔法陣が刻印されている。


「これは……?」


「『空間拡張型・携帯厨房』だ」


「はい?」


「私の私財を投じて、帝国の魔導研究所に特注で作らせた。……このプレートを展開すると、中には最高級のミスリルで作られた寸胴鍋、オリハルコンのフライパン、そして永久氷結石を組み込んだ冷蔵庫が完備されている」


彼はまるで愛を語るように、調理器具のスペックを語り始めた。


「ミスリルは熱伝導率が最高だ。スープの火加減を完璧にコントロールできる。オリハルコンは焦げ付かない。そして何より、これらは全て自動洗浄機能付きだ」


「……」


私は呆気に取られた。

指輪じゃなかった。

でも、これは……。


「すごい……! ミスリルの寸胴鍋なんて、国宝級じゃないですか!?」


料理人として、これ以上のプレゼントはない。

喉から手が出るほど欲しい。

でも、こんな高価なものを貰う理由がない。


「クラウスさん、こんなの受け取れませんよ。私、まだ借金も返してないのに……」


「借金などないだろう。……いや、違うな」


彼はプレートを私の手に握らせ、そして私の両手を包み込んだ。


「これは、契約の前金だと思ってほしい」


「契約?」


「ああ。……エレナ」


彼は一歩、距離を詰めた。

夜風に乗って、彼から微かに香るスープの匂いと、大人の男性の香りがした。


「私はもう、君なしでは生きていけない体になってしまった」


「大袈裟ですよ。他の料理人だって……」


「胃袋の話だけではない」


彼は私の言葉を遮った。


「君の笑顔を見ると、疲れが吹き飛ぶんだ。君が鍋を振る音を聞くと、心が安らぐんだ。……君が隣にいない未来など、もう考えられない」


彼の指が、私の頬を優しく撫でた。

その触れ方は、壊れ物を扱うように慎重で、大切そうだった。


「私の妻になってくれないか」


直球だった。

飾り気のない、真っ直ぐな言葉。


「君の料理を、毎日食べたい。……いや、それは建前だ」


彼は照れくさそうに視線を泳がせ、そして再び私を見た。


「私は、君という人間を愛してしまった。君を誰にも渡したくない。皇帝陛下にも、他の誰にもだ。……私だけの『おかみさん』になってほしい」


路地裏の静寂の中に、蒸気の音だけがシューシューと響いている。

私の顔は、きっと完熟トマトみたいに真っ赤になっているはずだ。


嬉しかった。

国を追われ、「毒物使い」と罵られ、一人で生きていくと決めた私。

そんな私を見つけ出し、料理だけでなく、私自身を必要としてくれた人。


私は、手の中にあるプレートを強く握りしめた。

ミスリルの冷たさが、逆に心地よい。


「……条件があります」


私は震える声で言った。


「なんだ? 給金か? 休日か? なんなりと申せ」


「違います。……私、屋台は辞めませんよ? 宰相夫人になっても、毎晩ここでラーメンを作りますからね」


「ふっ……。もちろんだ。君から料理を取り上げるような真似はしない。私も毎晩、手伝いに来よう」


「それと……」


私は顔を上げて、彼に向かってニカッと笑った。


「一生、替え玉無料にしてあげます」


それが、私なりの精一杯の「イエス」だった。


クラウスは一瞬きょとんとして、それから堪えきれないように吹き出した。


「ハハハ! それはありがたい。私の胃袋は底なしだからな、覚悟しておいてくれ」


「望むところです。貴方のお腹、タヌキみたいになるまで餌付けしてあげますから」


「お手柔らかに頼むよ、私の愛しい料理人殿」


彼は優しく微笑むと、ゆっくりと顔を近づけてきた。

私は目を閉じた。


唇に触れたのは、温かくて、柔らかい感触。

それは、どんな高級なデザートよりも甘く、そして微かにラーメンの味がした。


   ◇


それから数年後。

帝都の路地裏にある屋台『極楽亭』は、伝説の名店として大陸中にその名を轟かせていた。


「いらっしゃいませー!」


今日も元気な声が響く。

厨房に立つのは、少しだけふっくらとした(幸せ太りの)赤髪の店主と、その横で手際よく皿を洗う、銀縁眼鏡の美形宰相。


そして、屋台の奥のベビーベッドでは、二人の子供がスヤスヤと眠っている。

その手には、ガラガラの代わりに小さな「おたま」が握られているとかいないとか。


「あなた、あのお客さんに餃子追加ね!」

「ああ、分かった。……エレナ、愛しているよ」

「はいはい、私も愛してますから手を動かしてください!」


冷徹な宰相様は、今や帝国一の愛妻家であり、最強のホールスタッフだ。

かつて「毒薬」と呼ばれたスープは、今夜も多くの人々を温め、笑顔にし、そして愛を育んでいる。


私の新しい人生は、最高に美味しくて、幸せな味で満ちている。


さあ、今夜も一杯、いかがですか?

極上の豚骨スープと、とびきりの愛を込めて。


お待ちしております!


(完)


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