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魔女戦記  作者: 好きな言葉はタナボタ
第一章

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9/21

第9話 あらやだ。 泣いてるの?

使者に先導されて、フジワラノ・ハズキはディアマンテ軍の本営に連れてこられた。 ソ連合軍が本営として使う幕舎より一回り大き幕舎である。 テントの頂上に、ダイヤモンドをあしらった旗が立っている。 ディアマンテ女王国の旗だ。


テントの前には二人の衛兵がいた。


「お腰の武器をお預かりします」


ハズキは言われるままに腰に帯びる細剣(レイピア)を取り外して渡し、幕舎の中へ案内された。


        ✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩


テントの中にはカーペットが敷かれ、大きなテーブルが置かれている。 魔女王ナタリー・ディアマンテはテーブルの椅子の1つに腰掛けており、テントに入って来たハズキに無遠慮な視線を向ける。


ナタリーの(かたわ)らに書記らしきニンゲン士官が座るほか、3人の魔女武将が同席している。


1人はディアマンテ軍で最強の魔女武将、トパーズ将軍ジャオ・ジエだ。 黒髪ベリーショート、黒眼。 浅黒い精悍な顔つき。 武力値99・知力値52・魅力値43。 甲冑を身に付けない鎧下(よろいした)姿だが、腰に細剣を帯びる。 ナタリーの護衛として、この場にいるのだろう。


もう1人は、ディアマンテ王国のクリソプレーズ将軍メグ・マグパイ。 金髪ショート、碧眼(へきがん)。 チャーム・ポイントは淡いそばかす。 武力値67・知力値80・魅力値56。 ナタリーの知恵袋であり、ナタリーが唯一戦友と見なす人物である。 原初の魔女にして旧タバサ王国の魔女王だったサマンサ・タバサが無責任に国を放り出して失踪(しっそう)して以来メグは、タバサ王国が他国に分割占領されるのをナタリーと共に必死で食い止めている。


最後の1人は赤髪緑眼の魔女武将。 ハルカゼ・ド・レミーである。 膝の間に両手を挟み、下を向いている。


思いがけぬ場で親友の姿を見て、ハズキは喜ぶよりも悪い予感を覚える。


(どうしてドレミちゃんがここに?)


無論、ナタリーがこの場に列席するよう指示したのだ。 でも、どうして?


ハズキが入ってきて、ハルカゼは顔を上げた。 食い入るようにハズキの顔を見つめる。 ハズキの顔を見るのがこれで最後とでも言うかのように。


硬直し立ち尽くすハズキに構わず、ナタリーはいきなり本題に入る。


「フジワラノ殿、あなたセガワ軍に寝返ろうとしたんですってね」


「あれは寝返りというか、結局は―」


メグ・マグパイが鋭く指摘する。


未遂(みすい)であっても、寝返りは重大な罪です」


「すみませんでした」


ペコリと頭を下げたハズキの頭上に、ナタリーの(あき)れた声が降り注ぐ。


「すみませんで済むわけないでしょ? 本来なら死刑に値する罪なのよ?」


「死刑... ですか?」


間抜けな反応を続けるハズキに、ナタリーは舌打ちする。チッ


「あなた、(こと)の重大性が分かってないようね。 未遂であっても謀反は重罪。 あなたは今この場で叩き斬られても文句を言えない立場にあるの」


説明しなきゃ分からないの、このボンクラ! ナタリーはハズキを怒鳴りつけたい気持ちである。 この女は実力も無いのに、巡り合わせの良さだけで、ソ連合の盟主にまで上り詰めた。 タバサ王国が崩壊したときに運よくテツナンド郡の太守だった。 周囲に()り立てられてテツナンド王国を建国した。 ガブリエラ・ハニーゴールドを後ろ盾としてソ連合の盟主に収まった。 常に周囲に甘やかされ(ぬる)い環境で過ごしてきたこの女には、自分が死刑になるなど想像がつかないらしい。


だが実際のところ、ナタリーはハズキを処刑できない。 フジワラノ・ハズキを殺せば、妙にハズキに肩入れするガブリエラ・ハニーゴールドが敵に回る。 ガブリエラはハズキの後釜に座り、ナタリーに牙を剥くだろう。 タバサ王国時代にはサファイア将軍だったガブリエラはハズキより桁違いに声望が高く、タバサ王国の後継国であるディアマンテ女王国の魔女武将たちにも影響力を持つ。 そんなガブリエラより、凡庸なハズキがトップにいる方が御しやすい。 ハズキをトップに据えたまま、真綿で首を絞めるようにソ連合の力を削いでゆくつもりだ。


「では、私はどうすれば―」


ナタリーはハズキの言葉を冷然と(さえぎ)る。


「ソ連合軍には、もう1つ罪があるわ。 セガワ・アイコを生かして捕らえよとの命に背いた罪よ。 ハニーゴールド殿はセガワを生け捕れる状況にあったのに斬り殺したそうね。 これも看過できない命令違反なの。 わかる?」


ハズキは勇気を出して尋ねる。


「ですが、どうして生かして捕らえる必要があったのでしょう。 ディアマンテ殿は、セガワ殿を生け捕りにしてどうするおつもりでしたの?」


ナタリーの忍耐は我慢の限界に達した。


「お黙りッ! 差し出がましいことを尋ねるんじゃないわよ属国の君主風情(ふぜい)がっ!」


ハズキはナタリーの恐ろしい剣幕に ビクリ と身をすくめ、ディアマンテ軍最強の魔女武将ジャオ・ジエはそれを鼻で(わら)った。 ハルカゼはナタリーに殺意の目を向けた。


        ✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩


ナタリーは、すっかり委縮したハズキに告げる。


「今回の戦でソ連合がしでかした不始末は、寝返り未遂と命令違反だけではない。 ディアマンテ女王国の交換武将キララ・カオリを戦死させもした。 これら3つの不始末の仕置きとして、テツナンド王国の魔女武将ハルカゼ・ド・レミー殿を我がディアマンテ女王国が貰い受けます」


ハズキは驚愕した。


「ドレミちゃんをっ!?」


メグ・マグパイが、この決定に至る理屈を述べる。


「テツナンドへの出向中に戦死したキララ・カオリは永遠にテツナンドに出向しているのと同じ。 だからハルカゼ殿にも永遠にディアマンテに出向してもらう。 そう考えてください。 確かに、ハルカゼ殿とキララでは武将としての価値が違います。 ハルカゼ殿の武力値94に対し、キララは30台。 その価値の差が、今回のソ連合の不始末に対する仕置(しおき)というわけです」


ナタリーと2人で頭を絞って考案した屁理屈である。


ハズキはナタリーの言葉が耳に入っていない。 ショックのあまり呆然としている。


(嘘でしょ!? そんな。 ドレミちゃんがディアマンテの武将に...)


ハルカゼに目を向けたハズキを、ハルカゼはじっと見つめ返す。 ナタリーの発言に驚く様子はない。 既にナタリーに移籍を言い含められていたのだ。 ハズキの死刑を帳消しにするためディアマンテ女王国に移籍せよ、と。


ナタリーはハルカゼに向けて、猫撫で声を出す。


「さあ、ド・レミー殿。 私に忠誠を誓ってくれるかしら」


ハルカゼは能面のような無表情で誓いを述べる。


「わたくしハルカゼ・ド・レミーは、フジワラノ・ハズキとの主従の(ちぎ)りを解消し、ナタリー・ディアマンテ様に忠誠を誓います」


ナタリーは満足そうに頷く。


「よろしい。 たった今からド・レミー殿は私の武将よ。 貴女にディアマンテ女王国ルビー将軍の地位を授けます。 赤髪の貴女にピッタリでしょう?」


無表情だったハルカゼの目が驚きに見開かれる


「私がルビー将軍に...?」


ルビー将軍は俗に一名(いちめい)将軍と呼ばれる最上位の将軍位の1つだ。 最上位の将軍位であるサファイア、エメラルド、ルビー、トパーズ、そしてダイヤモンドは定員が1名。 だから一名将軍と呼ばれる。 登用されたばかりの魔女武将が一名将軍の地位を与えられるのは異例のことだ。


ナタリーは柔らかい声でハルカゼを撫でるように言う。


「それだけ私は貴女を高く評価しているの。 これからの働きに期待します」


「承知しました」


答えるハルカゼの目と声に力が戻ったのを感じ取り、ナタリーはほくそ笑む。


(これで私に対するド・レミー殿の忠誠値が20は上がったはず)


自分を高く評価されて喜ばない武将はいない。


ジャオ・ジエがナタリーに確認を求める。


「ハナミズキ殿は一名将軍の座から転落ですか」


ナタリーはジエの口ぶりに微かな非難を感知した。


「仕方ないじゃない。 ハナミズキ殿は武力値が90にすら達しない。 もともと一名将軍にふさわしくないのを数合わせで()えてただけだもの」


タバサ王国の全盛期、一名将軍は1人の極端な例外を除いて全員が90台後半だった。 しかしタバサ王国の零落と崩壊に伴い、それら最強の魔女武将たちは四散した。 名将マキハタヤ・マリカは魔女王サマンサに追放され、傭兵に身を落とした。 才色兼備の猛将ガブリエラ・ハニーゴールドと知勇兼備の勇将イナギリ・クルチアはオリーブ村で隠居同然の身。 武力値100で "武神" とさえ呼ばれたルー・イエンは人生に()んで身罷みまかった。 タバサ王国の一名将軍のうちナタリーの手元に残ったのはジャオ・ジエただ一人。 空いた将軍位に武力値が90に満たぬ者を就けざるを得ず、一名将軍の質は落ちた。


(ドレミー殿の正式加入で、ようやく一名将軍の武力値が全員90台。 かつてのタバサ王国に一歩近づいた)


ディアマンテ女王国を、往年のタバサ王国に比肩する存在へと育て上げる。 それがナタリーの悲願である。


        ✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩


物思いにふけっていたナタリーが、思い出したようにハズキに目を向ける。


「あらやだ。 泣いてるのフジワラノ殿? もう行っていいわよ」


ハズキは泣いていた。 涙が頬を伝い顎からしたたり落ちている。 理由は無論、親友ハルカゼ・ド・レミーを奪われたから。


両手の(こう)(ひら)を総動員して涙を拭い幕舎から出てゆくハズキの背中に、ハルカゼが声をかける。


「ハズキちゃん」


しかしハズキは振り返らなかった。 まるでハルカゼの声がハズキを素通りしたかのようだった。

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