第6話 頼みの綱はハルカゼの気の短さ
「セガワ殿...」「見事な最後でした。 かくなる上は―」「我らも後に続くべし!」
セガワ軍の魔女武将たちは主将を失っても戦意を失わず、一斉にソ連合軍に突撃してきた。 兵力も魔女数も倍のセガワ軍が、ソ連合軍を一気呵成に殲滅せんと襲いかかって来る。
ガブリエラとイナギリはハズキの両脇で、これを迎え撃つ。
「きてはー!」「へあっ!」
独特の掛け声と共に斧槍を縦横無尽に振り回し、敵の雑兵を次々に斬り倒してゆく。 ときおり出てくる敵の魔女武将も、数合打ち合うだけで葬り去る。
ハズキもとりあえず戦っているが、親友セガワ・アイコが討ち死にしたショックが抜けていない。 地面に落ちて血を流すアイコの生首が目に焼き付いて離れない。
(アイちゃん...)
ガブリエラとクルチアを擁するソ連合軍の中央部は、さしたる苦労もなくセガワ軍の内部に侵入した。 このまま貫通するだけで敵軍は崩壊する。
しかし中央部以外が弱かった。 兵の数で負けている。 魔女武将の質で負けている。 特に酷かったのは、ディアマンテから出向中の交換武将2人である。 1人は敵武将の猛威を恐れて自陣へ逃げ込み、もう1人はセガワ軍の魔女武将に簡単に斬り殺された。 2人が率いていた部隊は壊滅し、ソ連合軍はセガワ軍を包囲し始めた。
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テツナンド王国からディアマンテ女王国へ出向中の交換武将ハルカゼ・ド・レミーは、プチ大隊1千人を与えられ、ディアマンテ軍の先頭に配置されていた。 いま彼女は魔女王ナタリー・ディアマンテへの苛立ちを募らせている。
「もうっ! ディアマンテ殿は! またグズグズと突撃しないつもりだね!」
ソ連合軍のピンチに居ても立ってもいられず、ハルカゼはナタリーの命に背く突撃を強行しようとする。
「もー我慢なら~ん! シンゾウ、突撃するよ!」
ハルカゼの副官ハットリ・シンゾウ大尉が、それを諫める。
「なりません、ド・レミー殿。 ディアマンテ様の命に背くおつもりですか」
魔女武将には必ず副官が付き、用兵が苦手な魔女に代わって部隊の指揮を執る。 だからハルカゼにも当然、副官がいる。 しかしハットリ・シンゾウはただの副官ではない。 ナタリー直属のエリート軍人であり、従軍中のハルカゼを監視する密命を帯びる。
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ソ連合軍の最後尾にまでセガワ軍の包囲が及んだ。 2倍の数の敵に完全包囲され、今や全滅を待つばかり。 セガワ軍の諸将は決死の形相でソ連合軍に攻め寄せる。
「セガワ様の弔い合戦よ!」「ディアマンテに吠え面をかかせてやれ!」
セガワ兵も魔女武将たちの気持ちに染まって士気は最高潮。 雪崩を打ってソ連合軍に押し寄せる。 次から次へと現れる新手の兵に、さしものガブリエラ・ハニーゴールドとイナギリ・クルチアも余裕を失った。 前進は止まり、防戦一方。〈円陣〉の陣形を取り、ひたすらディアマンテ軍の参戦を待つ。
〈円陣〉では魔女武将が一定の間隔で配置される。 ガブリエラもクルチアも、〈円陣〉を維持するためハズキから離れる必要がある。 しかしハズキの武力値は69で、1人で戦わせるには不安が残る。 そこでクルチアはハズキを交換武将タマムシ・ズシコと組ませた。 ズシコは武力値36で魔女として最弱の部類。 一人で〈円陣〉の一部を担う能力は無い。 2人をセットで戦わせるクルチアの案は妥当だと思われた。
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「どうして私がこんな目に」
タマムシ・ズシコは先ほど自陣の中へ逃げ込んだ魔女武将。 テツナンド王国に出向になったことを恨みながらも、それなりに雑兵を倒していた。 しかしセガワ軍の猛将リー・ホイが魔女王であるハズキに目を付けてやって来ると―
「あなや!」
妙な声を残して、またもや兵士が作る隊列の後ろへと逃げ込んでしまった。 ホイの武力値は82。 今この場で戦う魔女は全員かつてはタバサ王国の所属だから、互いの強さを概ね把握している。 36のズシコに、82のホイは刺激が強すぎた。
尻尾を巻いて逃げ出したズシコを一顧だにせず、ホイはハズキに一騎討ちを申し込む。
「魔女王フジワラノ・ハズキ! 貴様の首をもらい受ける! 正々堂々と一騎討ちに応じよ!」
武力値82が相手では勝ち目は薄い。 追い詰められたハズキは論戦に逃げる。
「リー殿、私の首を取ったところでディアマンテ殿を喜ばせるだけです」
問答無用で襲い掛かっても良かったが、ホイはハズキの発言を無視できなかった。
「ぐぬっ... ならばなぜ! ソ連合は我らの申し出を断った!」
「私は... 私は貴方たちと共に戦いたいと思っていました」
「だったら、なぜ!」
ハズキは口ごもる。
「そ、それはイナギリ殿が...」
「イナギリ殿が?」
話題に上りかけた当人であるイナギリ・クルチアが駆けつけた。
「リー殿、フジワラノ殿に代わり私が相手になる!」
ハズキの危機に気付き、やむを得ず持ち場を離れてやってきた。
「イナギリ殿か... かつての一名将軍ならば相手にとって不足なし。 いざ尋常に勝負!」
ホイは死に場所を見つけたのだ。 ハズキを倒してナタリー・ディアマンテを喜ばせるのは本意ではなく、さりとて主君を失いおめおめと生き延びるつもりもない。 ならば高名な魔女武将を相手に自分の力を試して終わるのも悪くない。
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イナギリ・クルチアの武力値は98。 最強クラスの魔女武将だ。 ゆえに勝負はあっさり着いた。 ホイの斧槍を弾き飛ばしたクルチアの斧槍が、ホイの胸を鎧ごと貫いた。
ゴボっと血を吐き馬から落ちるホイを見て、ハズキは悲しくなる。
(憎しみ合わない者が戦い死んでいく。 どうして―)
益体の無い思考に埋没しかけるハズキを、クルチアが叱咤する。
「ハズキ、何をボーっとしてるの! 敵が来るわよっ!」
一騎討ちのあいだ手を休めていた両軍の兵士が、戦闘を再開している。 ホイが率いていた部隊は、ホイが敗死しても勢いを失わない。 決死の覚悟で攻め寄せる。
「リー殿の弔い合戦だ!」「恐れるな、敵は我らより少数だ!」
リー・ホイはたいそう兵士に慕われていたのだ。
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ハズキを助けるためクルチアが放棄した持ち場からソ連合軍の〈円陣〉は決壊した。 セガワ軍が〈円陣〉の中に雪崩れ込み、ソ連合軍は内と外からセガワ軍に挟み撃ちされることになった。
懸命に斧槍を振るって押し寄せるセガワ兵を退けながら、ハズキはナタリー・ディアマンテに決定的な不信の念を抱く。
( ディアマンテ殿は今度こそ、私たちが全滅するまで参戦しないのでは? セガワ王国と共にテツナンドも葬り去るつもりでは? 寝返っても寝返らなくても、どのみちソ連合軍の命運は尽きていた... それなら寝返っておけば良かった。 恨みますよ、イナギリ殿)
イナギリ・クルチアも、ほぼハズキと同意見である。 ソ連合軍の命運は、ほぼ尽きている。 寝返ればセガワ軍ごとディアマンテ軍に叩き潰され、寝返らなければディアマンテ軍に参戦を手控えられてセガワ軍に敗北する。
クルチアとハズキの認識の違いは、ただ1点。 交換武将としてディアマンテ軍中にいるハルカゼ・ド・レミーの存在である。 ハズキはソ連合が寝返った場合のハルカゼの動向のみを考えたが、クルチアは寝返らなかった場合の動向も考えた。 そしてそこに、ハズキが見出しそびれた活路を見出した。
(ハルカゼは、きっと今回の戦でもディアマンテの号令を待たず突撃する。 期待してるわよ、ハルカゼ)
ディアマンテ軍を裏切らぬことでディアマンテ軍に叩き潰されず、ハルカゼの気の短さを頼みにセガワ軍の攻撃を乗り切る。 これこそ知勇兼備の勇将イナギリ・クルチアが描く綱渡り的シナリオ。 ソ連合にとって唯一の活路であった。
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クルチアの期待に違わず、ハルカゼ・ド・レミーは忍耐の限界に達する。
「も~見てらんない。 ドレミ隊、突撃ぃー!」
ハルカゼが飛び出し、その後にド・レミー隊1千人が続く。
シンゾウも続いた。
(変わっていない。 今回もド・レミー殿はディアマンテ様の命令よりフジワラノ・ハズキとの友情を優先した。 登用など無理だろうに、ディアマンテ様も酔狂なことだ)
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ハルカゼはド・レミー隊を率いてソ連合軍を取り囲むセガワ軍に突撃した。
「それー!」
手に持つ斧槍を一閃して数名のセガワ兵をまとめて吹き飛ばし、そのままセガワ軍の奥へと侵攻。 その後にド・レミー隊1千人が続く。
「ドレミ殿に続けーッ!」
新鮮な活力に満ちるド・レミー隊は、武力値94の猛将を先頭にセガワ軍の中を縦横無尽に駆け巡り、セガワ軍を混乱に陥れる。 セガワ軍の圧力が減ったことで余裕ができたガブリエラとクルチアが敵の魔女武将を討ち取り、戦の帰趨が決した。




