第2話 ごめんねドレミちゃん
軍議が終わり、ハズキはソ連合軍の諸将と共に自陣へ戻る。 そのハズキを呼び止める者がいる。
「ハズキちゃん」
振り向いたハズキの目に、赤毛の親友の姿が飛び込んでくる。 テツナンド王国で最強の魔女武将ハルカゼ・ド・レミーだ。 ただしハルカゼは、武将交換によりディアマンテ女王国に出向中の身である。
「ドレミちゃん!」
ハズキはハルカゼに駆け寄った。
✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩
「少しお話しない?」
ドレミに誘われて、ハズキは勢いよく頷く。
「うん!」
「そうこなくっちゃ」
ハルカゼはハズキを自分の幕舎へ案内した。 出陣前の忙しい時だが、こんな機会でもなければ2人は会えない。 ハルカゼがディアマンテ女王国に出向して8年が経つ。 武将交換の期間は3年なのに、ナタリー・ディアマンテは期限が来ると再びハルカゼを交換武将に指名する。 だからハルカゼは一向にテツナンドへ戻れない。 前にハズキがハルカゼと話せたのは半年前。 そのときも戦場だった。
✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩
ハルカゼがハズキを自分のテントに連れ込んだことは、ハルカゼの監視を担当するエージェントの報告により直ちにナタリー・ディアマンテが知るところとなった。 ナタリーはみるみる不機嫌になる。
「フジワラノ・ハズキめっ! 忌々しい! 8年もかけてド・レミー殿の忠誠度を96まで下げたのに! 2人が旧交を温めたら、また100に戻るじゃないっ!」
この世界には忠誠度というパラメーターがある。 最高値が100で最低値は0。 忠誠度が高い武将は他国に引き抜かれにくい。 100だと絶対に引き抜かれない。 忠誠度が30を下回ると、他国に引き抜かれなくとも下野することがある。 忠誠度は〈忠誠視〉の異能を持つ魔女に調させる。 対象の頭の周辺に忠誠度が数値として視えるという。
ハルカゼ・ド・レミーがフジワラノ・ハズキの親友であるのは周知の事実。 そういう個人的な結びつきがあると、忠誠度が極めて下がりにくい。 だから普通は引き抜きを断念するが、ナタリーは諦められずにいる。 ハルカゼの武力値は94。 ディアマンテ女王国のトップクラスの最高位の将軍と比べても遜色ないレベル。 テツナンドのごとき小国に居ていい人材ではない。
この世界には、武力値・知力値・魅力値というパラメーターも存在する。 人の能力のパラメーターは他にもあるはずだが、魔女社会が気にするのはこの3つだ。 魔女は武将に任ぜられるとき能力値を検査される。 検査するのは〈能力視〉の異能を持つ魔女である。
✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩
魔女武将の幕舎は、兵士用のテントと違って立派である。 地面にカーペットが敷かれ、簡素な家具まで置かれている。 ハルカゼは召使いにコーヒー2人前を注文し、ハズキと共に椅子に腰かけてお喋りを始めた。
「テツナンドは変わりない?」
「ええ」
変わりなくはない。 ディアマンテ女王国による搾取は年を追うごとに強まっている。 もう何年かすればテツナンド王国もセガワ王国と同じようには反乱か降伏かの選択を迫られる。 しかし、ハルカゼとの貴重な時間を、そのような話題に割きたくない。
✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩
2人が話し始めて幾らも経たずに、テントの外から兵士がハルカゼに呼びかける。
「ド・レミー様、ディアマンテ様がお呼びです」
ハズキとハルカゼのお喋りが止まる。 顔から笑みが消える。
「...だってさ。 行かなくちゃ」
ハズキは恨めしそうな顔になる。
「そうだね」
ハルカゼと戦場で久しぶりに会ってお喋りを始めるといつも、ナタリーから呼び出しがかかる。 きっとナタリーはハルカゼを監視していて、ハズキがハルカゼと旧交を温めるのを邪魔しているのだ。
「じゃあ、またね」
ハルカゼは立ち上がろうとするが、ハズキは座ったまま俯いている。
「コーヒー、無駄になっちゃうね」
ハルカゼが召使いに注文したコーヒーがまだ届いてすらいない。
「アハハ、そうだね。 でもまー、召使いが自分で飲むっしょ」
「そうね」
答えるハズキの目から、涙が1粒テーブルの上にポツリと落ちる。
突然の涙にハルカゼはびっくり仰天。
「ハズキちゃん!? 一体どーしたのさ」
「うううん、なんでもないの。 ごめんねドレミちゃん」
テントの外から、兵士が焦れた様子でハルカゼを急かす。
「ド・レミー様っ?」
「うるさいっ!」
テントの外に向けて一喝し、ドレミはハズキの両肩を掴む。
「どーしたの? なんで泣いてるの?」
「なんでもないの。 今度いつドレミちゃんに会えるのかなって思っただけ」
ハルカゼの顔に理解が閃いた。 厳かな表情でハズキに告げる。
「どれだけ長く離れていても、私はずっとハズキちゃんの友達だよ。 何があっても、私は絶対にハズキちゃんに味方する」
ハズキは顔を上げ、ハルカゼの緑色の瞳を見つめる。
「ドレミちゃん...」
「ってことで、じゃあまたね」
ハルカゼは笑顔になった。 釣られたハズキは泣き笑いの顔になる。
「うん、またね」




