第13話 あなた何者なの?
テツナンド王国が新たに雇った3つの傭兵隊は、ダナウェイ女王国に対する備えであるサイバラ砦に移動する前に、テツナンド城の近くの軍事訓練場の端のほうで数日のあいだ野営する。 食料や武器を補給するためだ。 いま訓練場には "マキハタヤ傭兵隊" のほか "テツナンド兄弟団" と "ジー・ルオ傭兵隊" が補給待ちのため野営しており、多数のテントが立ち並んでいる。
傭兵隊の兵士たちが商人の荷車から積み荷を降ろす間、士官連中はベンチを持ち寄って集まり、酒杯を片手に雑談している。 荒くれ者の男性に混じって3人の女性がいる。 うち2人は、"マキハタヤ傭兵隊" の隊長マキハタヤ・マリカと副隊長シュクガワ・マナミ。 もう1人は "ジー・ルオ傭兵隊" の隊長ジー・ルオである。
ルオは黒髪黒目のキュートで活発な印象の女の子。 マリカの正面まで来て、ベンチに座るマリカを見下ろす。
「あなたも魔女なのよね? 名前を聞かせてくれる? 私はジー・ルオ」
「マキハタヤ・マリカだ」
ルオはマリカに微笑みかける。
「あなたも魔力が少ないのね。 お友達になりましょう」
魔女は人体を包む魔力のオーラを視れる。 魔女はオーラの量が普通のニンゲンより桁違いに多い。 ルオの体を包むオーラは他の魔女より随分と薄い。 しかしマリカのオーラは、もっと薄い。 ルオはマリカの魔力の少なさに仲間意識を覚えたのだ。
「ジー殿はいつから傭兵を?」
"ジー・ルオ傭兵隊" という部隊名がマリカは初耳だった。
ルオはマリカの隣に腰を下ろした。
「始めたばかりなの。 去年、ダナウェイの魔女学校を卒業して武将になったんだけど、武力が高くないと出世できないでしょう? だから私、旗揚げして新勢力を作るの。 傭兵隊は、そのための基盤づくりってわけ」
「新勢力? 生半可な実力で出来ることではないぞ?」
「わかってる。 でも、私の知力値は80。 ゼロから南方の雄に伸し上がったツァオ・リーリィエンと同じ。 ツァオに出来たことは私にも出来る」
魔女は武将に任ぜられるとき能力値を検査される。 検査するのは〈能力視〉の異能を持つ魔女である。 能力値は、武力・知力・魅力の3つが知られている。 人の能力のパラメーターは他にもあるはずだが、魔女社会が気にするのはこの3つだ。
「そうか。 困り事があれば私のところに来るといい。 相談に乗ってやろう」
貧弱な魔力で世界を這い上がろうとするルオに、マリカは昔の自分を見た。
ルオはようやくマリカの貫禄に気付いた。
「マキハタヤ殿って、ひょっとして私より年上?」
マリカが答えようとしたとき、 馬に乗る一団がやって来た。
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一団の先頭は柿色の鎧下に身を包み金の髪飾りを付けた女性。 テツナンド王国の魔女王フジワラノ・ハズキだ。
馬から降りてベンチに歩み寄るハズキ。 マリカたちは全員起立し、ハズキに向けて胸の前で左の手の平に右手の拳をあてがう。 雇い主に対し、拱手で敬意を表した。
ハズキは全員に向けて拱手で返礼し、マリカに向き直る。
「マキハタヤ殿、今日の3時のオヤツと晩餐をご一緒にいかがです? ガブリエラ様とイナギリ殿もいらっしゃいます」
「ほう、懐かしい顔ぶれだ。 喜んでご一緒させて頂きますよ」
マキハタヤ傭兵隊の副隊長シュクガワ・マナミがマリカの決定に抗議する。
「待ってマリカちゃん。 私はどうなるの?」 一人で寂しくオヤツと晩ゴハンを食べろというの?
ハズキは、マリカの隣に立つマナミに目を向けた。 ふわふわした栗色の髪の女の子である。 鎧下姿が大勢を占める中で、黄色のワンピースが異彩を放つ。 マリカと対照的に豊かなオーラを纏っている。 明らかに魔女だ。
「そちらの方も魔女とお見受けしますが、どなた様でしょう?」
マナミの代わりにマリカが答える。
「マキハタヤ傭兵隊の副隊長... と言うより私の相棒です」
「相棒?」
「かつてのジャオ・ジエ殿のような存在です」
「ジャオ・ジエ殿の...」
ディアマンテ女王国のトパーズ将軍ジャオ・ジエはタバサ王国時代にもトパーズ将軍で、マリカのパートナーを務めていた。 マリカと共に敵陣に突入し、武力が低いマリカの盾となり矛となった。
ハズキは改めてマナミに目を向ける。 お人形さんのように可愛いこの魔女が本当に、一名将軍であるジャオ・ジエ殿の代わりを務めているのだろうか?
「シュクガワ・マナミです。 よろしくね魔女王サン」
マナミはハズキに笑いかけ、ハズキはマナミの気安い態度に面食らう。
「は、はい。 よろしくお願い致します」
「それで、お茶会と晩餐の件なんだけど?」
自分も招待しろと暗に要求している。
「アッ、そうですね。 でしたらシュクガワ殿もご一緒に―」
「お招きありがとう!」
ハズキはマリカに尋ねずにいられない。
「あの、マキハタヤ殿はシュクガワ殿と何処でお知り合いに?」
シュクガワ殿の氏素性を知りたい。 かつてタバサ王国でダイヤモンド将軍だったマキハタヤ殿を気安く "マリカちゃん" と呼び、三流国のとはいえ魔女王にお茶会への御招待をせびる。 シュクガワ殿の太々しさは只者ではない。 自分は顔も名も知らなかったが、知る人ぞ知る強力な魔女なのでは?
「マナミとは師匠が同じでした」
「師匠と言いますと...?」
ハズキが魔女になった頃には、どの国でも師弟制度が魔女学校に置き換わっていた。
「魔女学校の教師のようなものです。 私たちは同期の魔女なのです」
「マキハタヤ殿と同期!? ...ならば第三世代。 シュクガワ殿も "古き魔女" の1人なのですね」
『魔女化の秘法』を生み出した3人の魔女に直接スカウトされたのが第二世代。 第二世代にスカウトされたのが第三世代だ。 世代が明確なのは第四世代までで、それより後は不明瞭。 世代が明確な第四世代までが "古き魔女" と呼ばれる。 おしなべて魔女は古いほど強いが、"古き魔女" は別格とされる。
「そうなりますね、一応」
「ですが... だとすればシュクガワ殿もタバサ系列の魔女。 どうして私はシュクガワ殿を存じあげなかったのでしょう?」
マリカが フフッ と笑う。
「マナミは修行の途中でタバサ王国を脱走し、魔女武将に任官していません。 フジワラノ殿が魔女武将になった頃には、ダナウェイ女王国で... なんだっけ?」
マリカの知識不足をマナミが補う。
「マフィアの首領」
「...をやっていたそうです」
" マフィア" とか "ドン" ってなあに? ハズキはマナミの半生を半分しか理解できなかった。
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ハズキが去ると、またもやジー・ルオがマリカのところへやって来た。
「あなた何者なの?」
さっきまでの友好的な雰囲気は消え失せ、口調に刺がある。 ハズキがお茶会を誘いに来たことで、ルオはマリカが魔女社会の高い場所にいると察した。 自分が打ち倒したい魔女社会の。
マリカはルオの質問の意図を察した。
「なぜテツナンドの魔女王が私をお茶会に誘ったか知りたいのか?」
「それだけじゃない。 ジャオ・ジエって、ディアマンテ女王国のトパーズ将軍のことでしょう? 一名将軍が相棒だったなら、あなたもそれなりの地位に―」
「その通り。 かつて私はタバサ王国のダイヤモンド将軍だった」
マリカの回答にルオは息を呑む。
「っ! 本当に?」
「本当だ」
「信じられない。 私より魔力が少ない魔女がどうやって...」
「それを知りたければ、戦場で私の戦いぶりをよく見ておくことだ」
立ち去ろうとするマリカに、ルオはすがるように尋ねる。
「もう1つだけ訊かせて。 元ダイヤモンド将軍が、どうして傭兵なんてやっているの?」
「...それも私の戦いぶりを見れば分かる」
マリカの顔を通り過ぎた苦悩に、ルオは気付かない。
(見てなさいマキハタヤ・マリカ。 来るべき戦場じゃ、絶対に貴女の傍を離れないから)




