第12話 お断りですね。 そのような日陰の身は
傭兵隊長マキハタヤ・マリカが待つ部屋の扉が開き、上司の上司が戻って来た。 黒髪黒目の魔女が一緒である。 ボーイッシュなショート・ヘアの頭にティアラをかぶり、絹のワンピースを身に纏っている。
女性はマリカに丁寧にお辞儀をする。
「お待たせして申し訳ありません、マキハタヤ殿。 テツナンド王国の魔女王フジワラノ・ハズキでございます」
「むろん存じておりますよ。 お久しぶりですね。 フジワラノ殿」
マキハタヤ傭兵隊は先日までダナウェイ女王国と契約していた。 立場的にハズキの敵だった。 しかしマキハタヤ傭兵隊はツァオ王国方面に配置されていたため、タバサ連盟とは戦わなかった。
「はい。 マキハタヤ殿がダイヤモンド将軍だった頃、私はまだ魔女武将になったばかりでした」
マリカは、ガブリエラやクルチアと同じくハズキの先輩である。
「それが今ではテツナンド王国の魔女王。 ご立派になられた」
「ハニーゴールド殿の後ろ盾があってのことです」
ハズキの言葉にマリカは黙って頷いた。 謙遜ではなく額面通りの意味なのは明白だ。
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挨拶もそこそこに、ハズキは本題に入る。
「さて、私どもテツナンド王国はマキハタヤ殿を魔女武将としてお迎えしたいと考えております」
傭兵として雇うのではなく魔女武将として登用したいと申し出た。 恒久的に召し抱えたい。
「せっかくのお申し出ですが、お断りさせて頂きます」
速やかな拒絶にハズキは面食らう。
「どうしてでしょう? マキハタヤ殿といえば、魔女史上で唯一 "名将" と呼ばれた御方。 傭兵部隊などではなく正規軍を率いたいと思わないのですか?」
マリカの顔を一瞬の苦悩が走り抜けた。
「フジワラノ殿も御存じでしょう。 戦を勝利に導いた私が、戦勝の宴の場でタバサ様に卑怯者と叱責され国を追われた一件を。 あのような屈辱は二度と御免なのです」
マリカは強い調子で言い切ったが、ハズキは食い下がる。
「あれから何世紀も経ち、マキハタヤ殿の戦い方を卑怯と見なす風習は消えつつあります。 私は決してマキハタヤ殿を放逐するような真似を致しません。 お願いしますマキハタヤ殿、ぜひテツナンド王国の魔女武将になってください!」
思いがけず懐に飛び込んできた稀代の名将を、なんとしても自陣営に迎え入れたい。 テツナンド王国の何十倍も強大だった最盛期のタバサ王国で最高位の将軍だった魔女。 万単位の軍勢がぶつかる大国同士の戦で常に渦中にあり戦局を左右した魔女。 武将不足に悩むテツナンド王国にとって、喉から手が出るほど欲しい人材だ。
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強い調子で言い切ってもハズキを振り切れなかったので、マリカは断り方を変えることにした。
「仮に私がフジワラノ殿の配下になれば、私はディアマンテ女王国に出向することになるのではありませんか?」
ハズキの表情が暗くなる。
「ご存じなのですね、武将交換制度のことを...」
「傭兵部隊は契約先の国を事前に調べるものです。 仮に私がテツナンド王国に仕官した場合、フジワラノ殿は私のディアマンテ女王国への出向を阻止できますか?」
その点をハズキは既に考えていた。
「できます。 マキハタヤ殿に秘密武将になって頂きます」
マリカは怪訝な顔になる。
「はて、秘密武将とは何でしょう?」
聞いたことがない言葉だ。
「はい、マキハタヤ殿に表向きは傭兵を続けて頂き、裏で我が国の魔女武将として―」
ハズキの甘ったれた言い草に、マリカは苦笑する。
「お断りですね。 そのような日陰の身は」
腹を立ててはいない。 マリカは甘ったれに寛容だ。 事実、甘ったれったことを言いだしたハズキに向ける目は優しい。 だがそれはそれとして、日陰の身はお断りだ。
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身勝手を自覚するハズキは秘密武将の案を主張し続けられなかった。 マリカの登用を諦め、マキハタヤ傭兵隊と契約するしかなかった。 雇用費は月額10億モンヌ。 年間で120億モンヌ。 三流国にとっては出費に二の足を踏む巨額だが、それでも1千人の兵士と元ダイヤモンド将軍を雇うにしては安い。 何より、マキハタヤ・マリカを他国に渡したくない。 他の面で出費を切り詰めてでも契約したい。
上司の上司が持ってきた契約書は契約期間が "99年" になっていた。 マリカはそれに目敏く気づき、ペンを要求した。 魔女が不老だとは言え、99年は長すぎる。
羽根ペンで契約期間を "1年" に書き改めるマリカの手に恨めしい視線を注ぎながら、ハズキは服の裾をギュッと握る。
「テツナンド王国に仕官したくなったら、いつでもおっしゃって下さいね。 マキハタヤ殿に我が国の門戸は常に開かれています。 そのことをお忘れなきよう」
ハズキの言葉に軽く頷きながら、マリカは契約書に署名を済ませた。
「これでマキハタヤ傭兵隊はテツナンド王国に雇われる身となりました。 戦場での活躍にご期待ください」




