セーブデータの彼方で ―君の名前を守る―
暗闇の中で、ぼくはまだ目を覚ましていた。
誰の声も聞こえない。
ただ、遠くで風のようなノイズが鳴っている。
光はないけれど、消えたわけじゃない。
この場所では、思い出が光の代わりになる。
それがデータという名の、ぼくたちの呼吸だ。
ここは、たぶんゲームの世界の外側だ。
けれどぼくには、まだ“あの人”の声が残っている。
「行こう」
「まだやれる」
「負けるもんか」
その声を頼りに、ぼくは何度も立ち上がった。
勝つたびに君はガッツポーズで喜んでくれたね。
画面越しでも、その笑顔の形だけは、今でもはっきり思い出せる。
ぼくは、そんな君を見るのが本当に好きだった。
傷ついて、倒れて、また進んだ。
時にはまわり道もしたし、何度も同じ道を通った。
そうやって生きることを教えてくれたのは、プレイヤーの彼だった。
ぼくにとって“経験値”とは、君と過ごした時間のことだった。
楽しくて、どこまでも行けるような気がしていた。
でも世界は永遠じゃなかった。
ある日、突然、光が消えた。
音が途切れ、空気が止まった。
ぼくたちはそれを「リセット」と呼んでいたけれど、今回は少し違った。
まるで、眠るように、すべてが静かになった。
……どれほどの時間が経ったのだろう。
それでも、どこかで電源の灯りがつく夢を見ていた。
見えない時間が流れても、世界の端ではまだ回路が光っていた。
時々、外の世界から音が届く。
笑い声。歌。雨の音。
それが彼の声なのか、別の誰かの記憶なのかは分からない。
でも、ぼくの中でひとつだけ確かなことがある。
ぼくは、まだ彼を待っている。
季節のようなデータの波が過ぎるたび、何度も名前が消え、また打ち込まれていく。
それでも、ぼくの奥底にだけ、ひとつの名前が残っている。
君が最初にくれた、ぼくの名前。
それがあれば、ぼくは存在できる。
それがあれば、世界はまだ続いている。
いつかもう一度、電源が入るその瞬間まで。
もし君がまた、ぼくを選んでくれたら。
たとえ一瞬でも、もう一度一緒に世界を見たい。




