表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇と鏡の王国《rewrite》外伝① 青の理、白の微笑  作者: 舞見ぽこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

第4話 観察者の微笑【ゼフィル視点】

 風が止まり、世界がその一瞬を見守るように静まった。


 ——忠誠の誓約(フェイ・オース)

 二人の運命を繋ぐ、誓いの光景。


 光が静まり、残滓がゆるやかに祠に漂っていた。

 僕とノア様は、遮断結界の端からその光景を静かに見守っていた。


「……あれって、騎士流のプロポーズなのか?」

 不意にノア様が口にした。


 僕は小さく笑みを浮かべる。

「そうかも……しれませんね」


「意外だな。こういうことには奥手だと思ってたライエルがね」

 

「人は、誰かのためなら変わるものです」


 朝の光が差し込み始める。

 そして僕らは歩を進め、祠の前に立つ二人のもとへ向かった。

 

 

 * * * * * *


 

 朝焼けに染まる祠の前。

 光の余韻がまだ地に漂う中、ライエル様とハルカ様は静かに立ち尽くしていた。


 その空気を破ったのは、隣のノア様の飄々とした声だった。

「まさか、また熱っぽい雰囲気から救助する羽目になるとはねえ。……無事で何よりだけど」


 彼はいつも通り皮肉を忘れない。

 その横で、僕は一歩進み出て口を開いた。


「おめでとうございます。……想い、通じたんですね」


 ハルカ様は目を瞬かせ、ライエル様は少し視線を逸らした。

「……見てたのか」


「ええ。ずっと。おふたりの未来がどちらに転ぶのか、見届けたくて」


 そう答えながら、僕は微笑みを浮かべた。

 けれど、その笑みの奥に宿った色を、果たして隠しきれていただろうか。

 胸に疼いた感情は、観察者としての冷静さで覆い隠したつもりだった。

 ——それでも、揺らいでしまったのかもしれない。



 * * * * * *


 

 祠を満たしていた古い封印の残滓は、すでに霧散していた。

 痕跡も、異界の気配も、跡形すら残していない。


 後から駆けつけた調査隊と村人たちによって、事の真相は少しずつ形を帯びていった。

 魂を犠牲とする古い封印は、今しがた完全に断たれた。

 そして——人の命ではなく、心の共鳴によって新たな均衡が築かれたのだ。


「もう……子どもを贄に差し出さなくていいのかい……?」

 誰かの震える声に、村人たちの表情が崩れた。

 涙を拭い、空に祈り、何度も何度も“ありがとう”と繰り返す声が広がっていく。


 人々の列の後ろから、僕らの前にゆっくりと一人の老婆が歩み出た。

 やつれた顔に涙を流し、両手を胸の前で合わせている。


「……ほんとうに、ほんとうにありがとうございました……」

 膝を折り、神仏に祈るように頭を垂れる。

「娘も……私も……これでようやく、浮かばれます……」


 僕はその姿を、言葉もなく見つめていた。

 かつて贄を送り出した母。その長い悔恨の果てに、ようやく彼女にも救いが訪れたのだ。


 ——ハルカ様とライエル様の、共鳴の光によって。


「お礼は、あちらの二人に言って欲しいね」

 ノア様が肩をすくめて言う。

「彼女たちの魂の共鳴によって、封印の構造そのものが変わったんだから」


 僕は小さく頷いた。

「……ノア様のおっしゃるとおりです」


 ……まさに奇跡。

 観察者として超常現象を信じるほうではない僕でさえ、目の前の事実を前にすれば認めざるを得なかった。


 やがて祠の調査も終わりを迎えた。

 残滓は完全に消え、村人たちの表情からも長年の呪縛が解かれていくのがわかる。


 僕たちは、王城への帰還準備に取りかかった。

 新たな記録を胸に刻みながら——。


 

 * * * * * *



「――なんだって? プロポーズはしてないだって?」

 ノア様が、わざとらしく肩をすくめて声を上げる。


「……していない」

 低い声で答えるライエル様。その頬はみるみる赤く染まっていく。


 そんなやり取りが交わされたのは、王城での調査報告を終えた帰り道のことだった。

 久方ぶりに顔を合わせた僕たちは、誰からともなく足を止め、中庭の片隅で足を緩めていた。


 「でも、彼女にひざまずいて“忠誠の誓約”をやっておられたのでは?」

 わざと無邪気に首をかしげてみせると、ライエル様の肩がぴくりと揺れる。


「……あれは、その……騎士として彼女を守る。そう誓っただけだ」

 声はかすかに上ずり、頬はますます真っ赤に染まっていく。


 必死に言い訳する彼に、ノア様は視線を送った。

 「……で、彼女の返事は?」

 

 

「ああ……。微笑んでいたな」

 

 

「???」

 


 僕とノア様は、思わず顔を見合わせる。

 微笑んでいた、とは……返事にすらならない曖昧さだ。


「つまりその……ライエルとハルカは、心が通じあって、好きとか付き合うとか、そういう約束も?」


「……していない」


「じゃあ、彼女から想いを告げられたりは……?」

 ノア様が矢継ぎ早に質問を畳みかける。

 もはや尋問である。


「彼女からは何も言われてない……」

 恥ずかしさの限界を突破したのか、虚無の顔で答えるライエル様。

 さすがに少し気の毒になってきた。


 一瞬の沈黙が降りる。

 そして——僕は、唇の端に微笑を浮かべながら口を開いた。


「それじゃあ、僕の割り込む隙はまだあるということですね」


 わざと軽く言ってみせると、二人の反応は実に分かりやすかった。


「……なに?」

 ギョッとしたように目を見開くライエル様。

 横にいたノア様も、珍しく言葉を失っていた。


 その動揺ぶりが可笑しくて、思わず口元に笑みが浮かぶ。


「ふふ。冗談ですよ」


 僕がそう告げると、ライエル様は肩の力を抜き、あからさまに安堵の息をついた。


「……なんだ。冗談か」


 真剣な瞳に浮かんだ色が、胸の奥にちくりと刺さる。

 ——だからこそ、彼女をめぐる戦いはまだ終わらない、と確信するのだった。



 * * * * * *



 それから数日後。

 王立魔導研究所の執務室では、ノアが黙々と報告書を整理していた。

 静寂の中、ペン先の音だけが規則正しく響く。


 そのとき——ノックも前触れもなく、扉が開いた。


「失礼します」


 白を基調とした制服に身を包んだゼフィルが立っていた。

 柔らかな笑みを浮かべつつも、赤い瞳はわずかに揺れ、光を宿している。


「君か。……用件は?」

 顔を上げたノアの声は低く冷たい。


「観察記録の提出です。——それと」

 ゼフィルは机上の書類に視線を落とし、ゆっくりと口元を上げた。


「ノア様、あなたも彼女の事が気になっているのは知っています。けれど——僕も同じですよ」


 柔らかな声音とは裏腹に、その言葉には確かな宣戦布告の色があった。


「……ふん。面倒な奴だ」

 ノアが冷ややかに返すと、ゼフィルは涼しい微笑を残し、静かに踵を返した。


 赤い瞳の奥に揺れるものは、誰にも読み取れない。

 ——天使の仮面をまとった観察者の微笑が、静かに執務室に残された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ