第6章 リトル・ナポレオンの策謀
ついに迎えた生徒会長選挙。特濃キャラのジャイ子先輩まで加わり、JKらしからぬ戦略的選挙戦が展開される。
才女の生徒会長選挙はミッションスクールらしく、合衆国大統領選を模したスタイルで行われる。
九月の予備選は、大統領選における党代表の選出と同様、中高一貫クラス代表と高校クラス代表をそれぞれ決定するためのものである。
中高一貫クラス、高校クラスともに各学年四クラスずつで編成されているが、予備選の段階では、クラスごとにどの候補を支持するかを決定するだけで、総得票数が当落を左右するわけではない。
例えばあるクラスで圧倒的な支持を得ようが、僅差であろうが、支持クラスを一つ獲得したということに変わりはない。あくまでも予備選の勝敗は受験学年を除く一、二学年の各コース八クラス中、何クラスの支持を得たかにかかっているのだ。
ちなみに支持クラスが同数だった場合は、三学年の現生徒会執行部二十名が臨時会議を召集し、その中の多数決で最終決定を下すことになっている。
中・高一貫コースと高校コース代表者による決選投票は、公開討論会を経て一・二学年全生徒(四百八十名)ならびに管理職を除く高等部教諭(五十名)の投票によって行われる。
ここが合衆国大統領選と違うところで、決戦投票はコースやクラスという枠にとらわれず、実数でどれだけの支持を得たかがポイントとなるため、極めて民主主義的である。
集計時に教諭票に十掛けしてほぼ生徒票と同数にするのは、あくまでも学校運営は教師側が主導権を握るべきであるという保守的な考え方と、一部生徒による組織票の効力を抑える目的によるものだ。
まず、立候補を宣言した生徒は自作のポスターと五分間のプレゼンDVDを生徒指導部に提出する。その後、各クラスでDVDが放映され、各陣営の選挙代理人を募るのだが、実際は候補者による事前の根回しが行われているため形式的なものに過ぎない。
選挙代理人が出揃ったところで、各陣営は選挙代理人によるクラス演説の準備に入る。例えば、二年四組は美樹本真里が私の選挙代理人であるから、彼女が私のことをいかに上手くPR出来るかが票獲得のポイントとなるわけだ。
代理人が全クラスで推薦演説を行った翌日に、講堂で候補者による演説会が開かれ、即日投票、即日開票となる。この時点でコース代表が決定し、それから一週間後の中高コース代表と高校コース代表による公開討論会というのが大まかな流れである。
今回の生徒会長選挙は、中高一貫クラスから私、篠崎、中井の三名、高校クラスから二名が名乗りをあげている。校内での知名度は中高一貫の私たち三名がダントツで、下馬評では予備選が実質的な本選と言われているが、私はそれほど本選を楽観視してはいない。というのも、おそらく高校クラス代表になるであろう神楽坂しのぶは、現生徒会長神楽坂みゆきの実妹にして、生徒会顧問安永妙子のお気に入り生徒だからだ。
当年五十歳の安永妙子はバツ3の国語教師で、進路指導主事と生徒会顧問を兼任するわが学園の女帝とでも言うべき実力者である。元福岡高裁判事を父に持つ安永は、才女OBにしてお茶の水卒という才媛で相当に弁も立つ。口ごたえする者があれば生徒だろうが教師だろうが容赦しないことから、「才女の則天武后」の異名を取り、校長や事務長までが彼女のことを腫れ物に触るように扱っている。
私に言わせれば「更年期障害の毒蛇女」だが、保護者からのクレームなど一切聞いたことがない。それは進路指導主事として推薦関係の権限を握っていることもさることながら、大半を独身の女教師が占める「ゼノビア・クラブ」なる総勢三十余名の女性職員親睦会の会長として国語科以外にも幅を利かせていることが大きい。つまり、ゼノビア・クラブに所属する教員が評定値を出す場合、安永に気に入られている生徒は甘く、睨まれている生徒は厳しくなるのが通例だからだ。
反抗的な態度が目立つ生徒に対しては、担任に圧力をかけて「素行不良」を理由に推薦状すら書いてもらえない場合がある。これでは保護者からすれば、生徒を人質に取られているようなもので、下手にクレームなど付けようものなら内申書に何を書かれるかわかったものではない。しかもやっかいなことに、彼女には政治的な圧力さえも通用しないのだ。
九州経団連常任理事夫人を会長に頂く才女の同窓会組織は、地元の政財界、法曹界、医学界に網の目のように張り巡らされており、その結束力は往年のナンバースクールに匹敵すると言われている。ましてや安永は事務局長という要職にある。これはもう鉄のカーテンで守られているに等しい。したがって本来ならなるべく係わり合いを避けたい相手なのだが、強大な組織力を背景に教諭投票に大きな影響力を持っているとあっては無視するわけにはゆかない。
ゼノビア・クラブ所属の高等部教諭十五名と、才女OBつながりでよくつるんでいる家庭科、書道、音楽、保健体育、宗教の五教諭は間違いなく安永の意向に従うとして、投票権を持つ他の三十名中、十名前後は安永一派に抱き込まれる可能性が高いと見積もっておくべきだろう。いくら男性教員から忌み嫌われていると言っても、不正を防ぐための記名投票が義務付けられている以上、少なくとも国語科と進路指導部、生徒会関係の教諭は後難を恐れて忖度を貫くに違いないからだ。
安永の暗躍で神楽坂が獲得できる教諭票が三十票とすると、残り二十票を私が獲得したとしても、アドバンテージポイントは一〇〇だから、生徒得票数四八〇のうち一九〇以上、つまり40%を越えれば、神楽坂の勝利ということになる。
しかし用心深い安永のこと、念には念を入れて同窓会を通じて娘が才女に通っているOBに圧力をかけてでも神楽坂への生徒票の取りまとめを進めてゆくだろう。交渉術には長けているだけに、在校生のほぼ一割に及ぶOBの子女の大半は取り込んでしまうかもしれない。
もし安永の思惑通りの組織票が確保されてしまうと、私はその他の七割近くを取り込まなければならず、たとえ予備選でコース代表に選ばれても、本選は予断を許さないものとなる。
ただし、安永さえ出しゃばらなければ、教師うけはイーブンとしても、学園の有名人である私と交遊半径が高校クラスに限定される神楽坂ではシンパの数が段違いだから、私が負けることなどありえない。
要するに邪魔者を消せばいいということだ。
体育会系部活動の票の取りまとめは「ジャイ子先輩」こと庄崎静香先輩にお願いした。
柔道部主将を務めるジャイ子先輩は一七五センチ七十五キロの偉丈夫で、ある角度から見ると男性ホルモンが過剰分泌した天海祐希のように見えなくもない(本人は明らかにそれをを意識している)。
そんな“男前”の庄崎先輩が「ジャイ子」と呼ばれるのは、ロンドンオリンピックの強化選手にして元世界選手権一〇〇キロ超級銅メダリストの兄、猛が「どらえもん」でお馴染みのガキ大将「ジャイアン」に容姿が酷似していることによる(つまり、その妹だからジャイ子というわけだ)。
庄崎先輩とは、高一の秋休みに天神ライオン広場でしつこい田舎ヤンキーにからまれていた私とマリリンを助けてくれて以来の付き合いだ。
その日はマリリンが一緒にいる私が恥ずかしくなるほど露出度の高い格好をしていたため、やたらと色んな男たちから声を掛けられる一日だった。それでもマリリンクラスともなると、声を掛けてくるのもそれなりにおシャレで垢抜けた男性に限られ、視界に入った瞬間、迎撃ミサイルのセンサーが起動するようなお門違いなヤツはほぼ皆無だった。しかも場馴れした男たちはこちらがさりげなく拒否のポーズを取れば、紳士的にスッと引き下がってくれるので、互いに気分を害さなくて済む。
問題はイケてない男たちほど諦めが悪いことだ。
人が誰かに好意を感じるとき、七十パーセントは第一印象で決まる。確かに最初に会った印象は最悪だったのに次第に惹かれてゆくケースもないではない。ただし、それは嫌悪感を抱いた主要因が相手の言動によるものだったからで、後に誤解が解けたり、見直す部分が出てきたりすれば、印象が変る可能性はある。もちろん誤解を解くための時間は不可欠だが。
一方、容姿が受け入れられなければ、逆転は極めて厳しいものになる。恋愛のストライクゾーンというのは結構狭く、一番の決め球である「容姿」でストライクが入らないと恋のゲームの勝者になるのは難しい。ナンパという一球勝負になればなおさらだ。
ところが、私とマリリンがライオン広場で対峙したナンパ男二人は、これがプロ野球なら危険球で退場処分間違いなしのビーンボールを投げ込んできたのだ。
「ちょー、そきん姉ちゃんどー。お茶すうえ」
コンマ〇・七秒の声のトーンだけで振り返る価値もないと判断した私たちは、何事もなかったかのように歩き続けたが、諦めの悪いサルたちはいきなり私たちの前に立ち塞がって声を荒げた。
「なん、シカトしよんのんか。田舎もんっち、なむんなや」
「ビーバップ・ハイスクール」を教科書に偏向教育を受けてきたかのようないでたちは、二十一世紀においてはまさしく外来種害獣そのもので、銃を携帯していたらその場で射殺して、ピラニアの餌にしてやりたいくらいだった。
それでも下手に取り合うとわずらわしいので、無言で横をすり抜けようとしたところ、バッグをつかまれ揉み合いになってしまった。しかもどさくさに紛れて胸まで触ろうとしてきた。
そこに通りかかったのが庄崎先輩だった。
「くぉらっ、そこの田舎っぺ大将。いい加減にせんと、くらすっぞ」
血迷った類人猿たちの目には一瞬男に映ったのだろう。先手必勝とばかりに振り向きざまに蹴りを入れてきた奴は、先輩のローキックばりの足払いで後頭部から石畳に叩きつけられた。
横から組み付いてきたもう一人は、切れ味抜群の袖釣り込み腰を喰らって、花壇に頭から突き刺さり、DVD画面を早送りしているかのようなスピードで害獣駆除は完了した。
私はあまりの格好良さに感動に打ち震えながら、「センパーイ」と庄崎先輩の胸に飛び込んだ。
先輩にのされたヤンキー二人は、その後の取り調べで同日薬院駅前交番に被害届が出ていたカツアゲ事件の犯人だったこともわかり、後日少年鑑別所に送致された。
かくして「女三四郎、大手柄❘恐喝少年二人をKO!」という見出しで地元新聞に写真入りの記事が掲載された庄崎先輩は、前年度金鷲旗柔道大会での十七人抜きに続く偉業によって、さらに知名度を上げた。
しかも、新聞掲載用の写真を何度も納得がゆくまで顔の角度を変えて撮らせた結果、天海祐希度四十五パーセントくらいの見栄えになったからたまらない。新聞掲載からしばらくの間は、他校の女生徒たちからのファンレターが学校宛に毎日束で届き、先輩の下校時には女子高生パパラッチが群がるほどのフィーバーぶりだった。
ひょんなことから庄崎先輩が男ぶりをあげるきっかけを作った私とマリリンは、以来先輩から可愛がられるようになり、私たちも時間が許す限り差し入れ持参で試合の応援に行った。おかげで私たちはごく親しい間柄以外は禁句となっている「ジャイ子先輩」という呼称を使うことを許可されているのだ。
というわけで、ここからは「ジャイ子先輩」と呼ばせていただくことにする。
こんなジャイ子先輩だから、生徒は言うに及ばず教職員もその存在には一目置いている。あの陰湿でヒステリックな安永でさえ、本能的に危険を感じるのか、ジャイ子先輩だけには妙に馴れ馴れしい。
それはともかく、才女の番長的存在のジャイ子先輩のこと、大抵の運動部には顔が利く。先輩から「槙村のことよろしくな」と頼まれればイヤとは言えないだろう。
ジャイ子先輩の奮闘の結果、私は体育会系部活動に所属する生徒の四分の三の票をほぼ手中に収める算段が整った。
予備選まであと三日の時点での不二子の独自解析によると、私の得票率が三十八パーセント、篠崎が三十五パーセント、アンヌが二十七パーセントと出ており、新聞部による予想とほとんど誤差はない。
ボランティア団体のリーダーにして、園芸部、演劇部、軽音楽同好会にも片足を突っ込んでいる私の支持層は後輩が中心で、一学年の六割以上は私を支持してくれている。これにリトル・ピーセスの会員と賛助員、体育部系生徒が加わる。
問題は中高一貫コースの二年なのだ。たまたまなのだが、ビリオネアの子女がごろごろ転がっているこの学年は、知事に匹敵する権力を持つと言われる篠崎家の息がかかっている家庭も少なくない。もちろん同業者の中にはアンチ篠崎派もいるだろうが、だからといって私を支持してくれるとは限らない。
ざっと見積もって、二年の中高一貫四クラス中、最低二クラスは篠崎、残りを私とアンヌが折半といったところだろう。
私の父がPTA役員をやっているといったところで、福岡市在住ではないため、県医師会を除くと大して顔が利かず、メガシティ福岡の名士である篠崎家と比べれば、蟷螂の斧に等しい。
しかし私には悲壮感などこれっぽっちもない。
戦いは不利な方がやりがいがあるのだ。
第二次世界大戦における冬戦争の最中、ソ連兵四千名をたった三十二名の小隊で迎え撃つことになったフィンランドの英雄シモ・ヘイヘは、周囲から生存を絶望視されていた守備隊員たちを前にこう言ったそうだ。
「要するに一人が一二五人倒せばいいだけのことだ」
史上最強の狙撃手と言われるヘイヘは、わずか五日間で一三八名のソ連兵を射殺し、部下とともに陣地を守りぬいた。これが世に言う「コッラーの奇跡」である。
私は生前のヘイヘと会ったことがあるというマリリンのパパからこの逸話を聞いた時、心が震えた。
人間はやはり神の創造物で、無限の可能性を持って生まれたことをこの時初めて実感した。
“白い死神”と恐れられたヘイヘほどではないにせよ、私の傍にも“西夏の死神”がいる。
白い妖精のマリリンも黒い天使のカトリーヌも私の守護神だ。
だから私が負けるはずがない。
たった今、私の携帯にポチから、安永をシュートしたというメールが届いた。
色道にかけては「千手観音」の尊称を持つ寝室のイリュージョニストの魔手に落ちたとなると、安永はもう操り人形同然だ。
後は「槙村病院に入院している小児癌の従妹が、槙村弘美を実の姉のように慕っていてさ・・」というチープなお涙頂戴話で釣れば、安永による選挙干渉の心配はなくなる。
忠実なるプリアーボス(生殖と豊穣の神)よ、ご苦労だったわね。
あと一人は、私が片付けるわ。
ポスターは選挙の顔だ。それだけにフォトスタジオで撮った数百枚の飛び切りの笑顔の中から最高の一枚を選ぶところから全てが始まる。篠崎はプロのカメラマンとコピーライターまで雇って万全の体制で臨んでいるようだが、万能の神が肩入れしたアンヌとはモノが違う。どうメイクしようが、写真に修正を加えようが、相手はアフロディーテなのだ。
仮に男子校の近隣に三人のポスターを貼れば、アンヌのはまるで最初からそこになかったかのように瞬時に消えうせ、私と篠崎のポスターは放送禁止用語の落書きに埋もれてしまうことは目に見えている。
そこで私は正攻法を捨て、選挙ポスターというよりヌーベルバーグ期のフランス映画のポスターのようなドライな雰囲気のアートで勝負することにした。
素材の写真は夏休みをマリリンとチンクエテッレ(イタリアの景勝地)で過ごしたついでに、近年まで凄惨な民族紛争が続いていたコソボまで足を伸ばして撮影した。
親指を立てたサムズアップ・ポーズで微笑みながら向き合った私と小さな女の子の間に両手で目を覆った男の子が見えるというのが写真の構図だが、この三歳くらいの女の子がとてもキュートで私よりも存在感があるのがちょっと癪に障る。
戦争という悲劇を凝視できない少年と未来への希望に満ちた二人の少女という対照的な構図は、古代ギリシアの作家アリストパネスの「女の平和」を意識したものだ。
男は戦争をやめられないが、女は男を制御することで人類にとって最大の災いたる戦争をも放棄させることが出来る。社会の再生とはゆかないまでも、学園の再生は私たち女子高生にお任せを、という意味を込めたつもりだが、そこまで深読みしてくれる生徒がいるかどうかは疑わしい。
まあそこは各自の解釈に任せるにしても、まだ瓦礫の残る場所で一昔前の垢抜けない服装で写っている私たち三人は、モノクロフィルムで撮影しているだけにノスタルジックな雰囲気に溢れていて、見る人にほんのりとした温かみが伝わってくるようだ。
マリリンが祖父の形見のドイツ海軍用ライカⅢcで撮ったこの写真をもとにシルクスクリーンを製作してくれたのが、世界的な前衛芸術家、美樹本英二。マリリンのパパである。
明るめのモスグリーンを基調としたポスターは、私の注文どおり退廃的な中に希望という名の光陰を宿した芸術的センス抜群の一品に仕上がった。文字も全てアルファベットのため、ややもすれば方向違いとも取られかねないが、最大の目的である「目立つ」という点においては、誰もが足を止めて見入ること疑いなしのマスターピースである。
もし、正規のエージェントを通じて美樹本英二に依頼したなら、一千万円は下らないシロモノだ。
それどころか、滅多に開かない個展では画商が徹夜で並ぶほどの人気画家だから、よほど個人的に親しい場合はともかく「いちげんさん」では幾らお金を積んでも相手にされないだろう。
それを「弘美ちゃん、生徒会長に立候補するの?じゃあポスターは僕がデザインしてあげるよ」とタダで引き受けてくれたマリリンのパパは神のような人だ。やはり持つべきものは親友だ。
ちなみに原画の方は私の父が院長室に額装して飾っている。美樹本英二ファンの父は私以上に大喜びで、「もし美樹本先生が入院されるようなことがあったら、先生好みのセクシーな看護師をたくさんつけて生涯医療費無料で面倒を見させていただく」とお里が知れるようなことまで口走る始末だ。
いざ三人のポスターが出来上がってみると、さすがに世界的巨匠が手がけた私のポスターが一番評判にはなったが、アイドル歌手の新譜の宣材と見間違いそうなアンヌのポスターも、インパクトという点においてはさほど遜色はなかった。結局ワリを食ったのは一番金がかかっているはずの篠崎のポスターで、私たち二人のポスターに挟まれたそれは、電信柱に貼られた「尋ね人」のチラシのようにしか見えなかった。
入場時に使用する音楽や演説中のパフォーマンスなど多岐にわたって独創性が認められているのが
「才女」の演説会の特徴で、ここまで本格的なものは例を見ない。
これは、頭が良いとか雄弁であるというだけでは有能な政治家とは言えないというリアルな現実を反映させたもので、合衆国大統領選に見られるようなイベント性を導入することによって、よりグローバルな視点から候補者のリーダーとしての資質を見極めることが目的である。
したがって演説会の演出も凝りに凝ったものとなる。
一般的な例で言うと、持ち時間七分の応援演説者は、弁論部のエース級か知名度の高い体育部の著名選手、歌劇の主演クラスを抜擢する。これは大物議員やタレントが街頭演説の応援に駆けつけるのと同じ理由によるものだ。そして候補者演説中は候補者が扇の要になるように各クラスの選挙人を背後に立たせておき、少し気の利いた候補者になると会場にサクラを配置して周囲を扇動する。
今回の選挙では、篠崎はほぼ従来の形を踏襲し、サクラの数を増やしていた。応援演説は高校生物理オリンピックに出場した大神はるかが務め、篠崎陣営のインテリジェンスな魅力のアピールに一役買った。
一方、アンヌは一人だけで登壇し、パフォーマンスも控えめにシンプルな演説に終始した。壇上に立ち、スポットライトを浴びただけでもタカラジェンヌのように煌びやかなオーラを発散する彼女が、感情を抑えて聴衆に語りかけるように演説する姿は、かえって共感を呼び拍手の数も篠崎をはるかに上回った。
トリは私だった。
応援演説は意表を突いてカトリーヌを選んだ。マリリンではなくあえて日本語のたどたどしいカトリーヌを立てたのは、マリリンは声質が甘ったるく男性を挑発するようなフェロモンを発散し過ぎているため、生徒には人気があっても演説会という特殊な舞台にはややそぐわないような気がしたからだ。では日本語の語彙に限りがあるカトリーヌは役割を果たせたのかというと、意外に好評だった。彼女には英語で演説してもらったのだ。
いくら才女がインテリ揃いといっても、ネイティブの発音を聞いて内容をほぼ完全に理解出来るのは一割にも満たない。そこで私は背後にプロジェクターで字幕スーパーを出したのだ。演説スタイルは元パキスタン首相のベナジール・ブット女史を参考にさせていただいた。
エネルギッシュで歯切れの良いカトリーヌの演説は、主義主張が明瞭でかえって抽象的な表現が多い日本語の演説よりも説得力があった。「メイ・ゴッド・ブレス・ユー(皆様に神の祝福を)」で締め、最後に十字を切る仕草も堂に入っていて、講堂全体をまるで国際的な宗教会議のような厳かな雰囲気に変えた。
そしていよいよ私の番だが、登壇するのは私とカトリーヌだけで、それ以外のメンバーは演台の真下に配置した。それもファッションショーのような艶やかさを演出するために、マリリンをはじめとする長身で容姿端麗な生徒をずらりと揃えたのだ。
いくら綺麗どころを揃えたといっても、並んで入場する際に一六〇センチの私がチビに見えると見栄えが悪いので、インソールで三センチほど盛って前後の生徒とのバランスは整えた。
先頭に一七三センチのカトリーヌを、最後尾に一六九センチのマリリンがSP然として構えた長身のセーラー服集団は、私以外は冬服を着用しているだけにビジュアルバランスも申し分なかった。
舞台に上がる階段のところで十三人の集団は二手に別れ、カトリーヌと私だけが壇上に立つ。まるでイエス・キリストと十二使徒のようだが、私は殉教などするつもりはない。これはアーサー王と円卓の騎士をもじったものだ。
静寂の中、演台の前で私が踵を鳴らしたのを合図に一斉に頭を下げると、それまで私の右後方に控えていたカトリーヌが演台に向かい、私は一旦左後方に下がる。こういう一連の動作でさえも日体大の集団歩行のようにキビキビと美しく見せるため、何度も繰り返しリハーサルを重ねた。
演台の後方には鮮やかなインクブルー地の中央にジャンヌ・ダルクのサインを檸檬色であしらった「リトル・ピーセス」のフラッグを横断幕のように掲げた。縦2メートル、横3メートルの巨大な旗をバックに私が演台に立つと、白い夏服が背景色に映え、抜群の視覚効果をもたらすのだ。
ステージマイクはブラウナー社の最高級真空管マイクVW1を用意した。音の素晴らしさもさることながらプロフェッショナル仕様ならではのヘビーデューティーな造形美も演者を引き立ててくれる。
これはわが校のガールズバンド『スピリット・オブ・エクスタシー』のリーダー弘中愛の私物で、以前私がインディーズCDのレコーディングでピアノパートを担当した縁もあって、自ら提供を申し出てくれたのだ。
私とは「ヒロポン、あいちん」と呼び合う仲の愛は、すっぴんだとどこにでもいそうなは素朴な女の子だが、ひとたびステージメイクを施せば、バングルスのマイケル・スティールを彷彿とさせるクールビューティーなヴォーカリスト兼ベーシストに早変わりする。中高生の追っかけファンも多く、学園祭でのステージの後でインディーズCDを販売したところ、たちまち一千枚を売り尽くし、最終的にはセカンドプレスの二千枚もネットオークションで売り切ってしまった。
今年の校内音楽祭では、ラストの一曲だけ私がゲストキーボーディストとして参加したが、そこで演奏したシド・ビシャス版『マイウェイ』で会場がトランス状態に陥ってしまい、シドのミュージッククリップを真似て、最後に愛が観客に向かってモデルガンのコルト・パイソンをぶっ放したところ、失神者五名、失禁者三名を出す大惨事となった。
お嬢様学校らしからぬ粗相?によって『スピリット・オブ・エクスタシー』は校内における無期限活動停止処分を受けたが、一部の生徒の中ではカリスマ的人気を誇る弘中愛のこと。今回の選挙でも選挙代理人兼入場同伴者として私のサポート役を十二分に演じてくれた。
鳴り止まぬ拍手というのはこのことを言うのだろう。
演説の最後に芝居がかった見栄を切ってから数秒の沈黙の後、「ご清聴有難うございました」と挨拶するや、堰を切ったように万雷の拍手とシュプレヒコールが湧き、私たちが舞台裏に退いてからも拍手と会場のざわめきは一向に収まる気配を見せなかった。
私は勝利を確信した。
一・二限で演説会が終わると、生徒はクラスに戻り投票に入る。各クラス担任が回収した投票用紙を職員室に持ち寄り、一・二年の全クラス分が揃ったところで職員による集計が始まる。その間、一・二学年はロングホームルームを行い、集計結果は昼休みに入って五分後に校内放送で発表される。
いよいよその時が来た。
十分な手応えを感じながらも、教室にいるとみんなのからみつくような視線がわずらわしくなった私は、四限目のロングホームルームが終わると、朝コンビニで買っておいた冷製野菜パスタとパック牛乳を抱えて、そそくさと軽音楽室に避難した。
ちょうど昼御飯時で誰もいない部室の中で、興奮を抑え切れないせいか、時折むせながら下品な音を立ててパスタをすすっているとチャイムが鳴り、校内放送が始まった。
得票は演説の順に発表され、まず高校コースは予想通り神楽坂しのぶが代表に選出された。実に八クラス中、六クラスを征する圧勝だった。
続いて、中・高一貫コースの結果発表が始まった。
「一年一組、槙村弘美、一年二組、中井アンヌ、一年三組、槙村弘美・・・」
放送部顧問の寺門恭子先生の球場アナウンスのような間延びした美声が、淡々と結果を読み上げてゆく。
一年が終わった時点で私が二クラス、篠崎とアンヌが一クラスずつで、ここまでは想定内だった。
「続きまして❘、二年生に入りたいと思います。二年一組、篠崎高子、二年二組、中井アンヌ・・」
横一線に並ばれたけど、勝負はここからだ。いけー槙村!
「・・二年四組、槙村弘美。以上中・高一貫コース八クラス中ー、四クラスの支持を持ちましてえー」
もったいぶらずに早く言いなさいよ、この行けず後家!
「中・高コース代表はー、二年四組槙村弘美さんにー、決定いたしましたあー」
「弘美、やったな!」
放送に集中しすぎて不覚にも全く気配に気付かなかった。
振り返る間もなく、アントニオ猪木のビンタのようなジャイ子先輩の激励の一撃を背中に浴びた私は、目の前のシンセサイザーのキーボードで腹部を圧迫され、パスタと牛乳を鼻から逆流させてしまった。
「おい、大丈夫かヒロ!」
ジャイ子先輩から激しく揺すられ、再び吐き気をもよおした私は、薄れてゆく視界の片隅で笑い転げているマリリンとカトリーヌを呪いながら、「あじがどう」と一言つぶやいて事切れた。
かくして代表者討論会に臨んだ私は、ポチの裏工作が効いて予定通り大差の圧勝。見事生徒会長の栄誉を手にすることが出来た。私にはすでに結果の予想はついていても、敗れた神楽坂は安永の根回しに全幅の信頼を寄せていただけに、あまりの得票率の低さに常軌を逸した動揺ぶりを見せていた。
結果発表の後はオリンピックのように全力を尽くして戦った者同士がすがすがしく握手をするのが慣わしなのだが、神楽坂は私を睨みつけると唇を噛みしめたまま足早に壇上を後にし、かえって全生徒の前で育ちの悪さを露呈した格好になった。