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セーラー服と独裁者  作者: 滝 城太郎


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第27章 令和のサンダーバード

令和元年八月、未曽有の豪雨が佐賀県を襲った。ライフラインを断たれた大町町に向かった那智統所有の旧ドイツ海軍の戦闘艇シュネルボートが、往年のTVドラマのサンダーバードさながらの救助活動を行い、アースエンジェル株はストップ高の様相を呈してきた。

 令和元年八月二十八日、観測史上未曾有の豪雨に見舞われた佐賀県では、河川の氾濫によって大町町(おおまちちょう)全域に避難勧告が出され、病院を含む一部地域が孤立するという深刻な事態に陥っていた。

 わがアース・エンジェルは、堤防決壊の知らせを受ける前から、休暇で熊本県天草市に滞在中の那智さんとポチに救援活動と救援物資搬入の準備をするよう指示を出していた。

 釣り好きの二人は二日前から、天草沖でイワシの泳がせ釣りを楽しんでいたのだが、早速夏季休暇を返上して、党の佐賀県支部協力のもと、連絡からわずか二時間後には、佐賀港で那智さんの自家用ボートに物資の積載を終えたというメールが届いた。

 たかが自家用ボートと侮るなかれ、那智さん所有の通称SボートことシュネルボートS一〇〇型改は、第二次世界大戦で活躍したドイツ海軍の戦闘艇である。

 実戦に使用されたSボートは一隻しか現存しないが、那智さんの艇はノルウェーのベルゲン港で未完成のまま終戦を迎えたうちの一隻を、地元の資産家が買い取ってクルーザーに改装したものだ。したがって船体とメルセデス・ベンツ製のエンジン以外は後付けで、元々レジャーボートとして登録されていた。

 この艇を那智さんが手に入れるきっかけとなったのは、美樹本英二の作品の収集家だった前オーナーの招待を受け、久々にオスロを訪れたマリリンのパパが、クルージングに誘われた際に、ドックでスクラップ状態で眠っていたSボートのフォルムを気に入って、写真を撮って帰ったことによる。

 マリリンのパパを通じて交渉し、一年前に艇を手に入れた那智さんは、朽ちかけていた上部構造物をオリジナルに近い形に復元し、エンジンはウォータージェットに換装してある。

 武雄市から大町町を通って佐賀湾に注ぐ六角川は増水によって濁流と化していたが、過酷な海戦に耐えうるよう設計されたこの艇は、荒天のバルト海でも作戦遂行可能なスペックを有している。

 干潮を見計らって、魚雷格納庫を改造したバラストタンクに注水して、河口堰をぎりぎりで通過すると、その後は蛇行する川に何度も舵を取られそうになりながらも、那智さんの卓越した操舵技術によって、地元消防よりも一足速く大町町に到達することができた。

 Sボートが川登りに悪戦苦闘している間、私は高子を通じて海南銀行の社用ヘリを槙村病院まで回してもらい、非番の若手看護師三名を大町町まで緊急搬送した。

 孤立した病院は地域の避難所も兼ねていたため、医療従事者の人手が足りず二十四時間勤務を強いられるであろうことは想定済みだった。那智さんは医療スタッフとしてそのまま病院に残るにしても、ポチは肉体労働以外の役には立たない。そこで私は父から非番の看護師の連絡先を教えてもらい、二泊三日十万円の特別勤務手当と、シルバーウィークに福岡市の独身上級職との合コンを提示したところ、全員二つ返事でOKが貰えたという次第だ。

 海上保安庁第七管区佐世保所属の巡視艇「ことざくら」が漁船に見えてしまうほど洗練された近未来的フォルムを持つ全長三十四メートルのパールグレイの戦闘艇が被災地に姿を現した時には、第三国による奇襲攻撃かとパニックに陥った老人たちもいたらしい。

 流線型のキャビン以外に目立った上部構造物がないため、荒波を蹴って航行する姿は浮上中の潜水艦に見えなくもないからだ。

 喫水が一・四メートルのため、スクリューなしのウォータージェット推進とはいえ、冠水した住宅地周辺には接近できなかったが、そこから緊急脱出用のゴムボートで孤立した住民を次々と艇に運び、浮島のようになった病院にも必要十分な物資を届けたことで被害は最小限に食い止められた。

 地元消防のゴムボートでは数名単位のピストン搬送しかできなかったところ、定員三十名のSボートは被災者の大量搬送にはうってつけで、流木などの漂流物にもビクともしない頑丈な船体は危険区域での救助活動にも効力を発揮した。


 朝倉豪雨の時ほど過酷な条件ではなかったにせよ、Sボートのミリタリーアクション映画さながらの奮闘ぶりはテレビ映えし、水害とは全く関係のない関東地方でさえ、救援活動の画像を延々と流していたニュース番組が、裏番組の人気ドラマの視聴率を越えた地域も少なくなかった。

 特におじさん世代からは、懐かしのTVドラマ『サンダーバード』の現代版として、SNS上で大絶賛を浴びたばかりか、日本にもサンダーバードのようなハイパー救助隊を創設すべきだ、という意見も数多く寄せられている。

 さらに九月九日には台風十五号の影響で、房総半島南部を中心に大規模な停電と断水が発生した。

 この時は関東圏ということもあって、官房からの指示も迅速で、救援物資の供給も滞りなく行われたが、治安維持という点において、わが党の読みは民友党よりも一枚も二枚も上手だった。

 電気の普及が長引けば、家電の問題に留まらずセキュリティシステムにも不都合が生じるのは当然のことだ。つまり防犯カメラもホームセキュリティシステムも長期間機能が停止したままの地域があるというわけで、皮肉なことにハッキングによってそれらの詳細を知ることができる者にとっては、格好のカモとなる。

 私は電気の普及が予想外に長引くという情報を公式発表前に入手した時点で、自警団の召集に着手していた。

 私自身も関東圏の大学生には顔が広いが、体育会系に限るとジャイ子先輩には敵わない。

 そこで私は筑波大学大学院在学中のジャイ子先輩を訪ねて、主に格闘技系の学生を二百名程度集めてもらうよう頼み込み、当面の必要経費としてとりあえず五百万円ほどポケットマネーからキャッシュで渡してきた。

 先の世界選手権では個人戦こそ補欠だったが、金メダルを獲った団体戦のメンバーの一人だったジャイ子先輩のこと、LINEを駆使して、二十四時間後には、腕力自慢の格闘技系学生二百名を、JR千葉駅前に集結させた。

 私はその間、オリバー・クロムウェルの鉄騎隊(Ironsides)にちなんで、赤十字に酷似したイングランド国旗セント・ジョージ・クロスの白地部分に赤でIron sides と記したオリジナルTシャツの製作を、さやかの友人の美大生たちに委託しておいた。

 正義の味方をアピールするために、アメリカ第七騎兵隊のワッペンをパクることも考えたが、サーベルがモチーフになっていては物々しすぎるため、とりあえず白地に赤のイングランド十字の方が無難だと判断した。

 庄崎静香率いるアース・エンジェル版アイアンサイズの役割は、支援活動プラス警邏である。

 損壊家屋にはブルーシートを貼り、買出し等で不在の民家はガードマンとして留守を守るのだ。

 果たしてアイアンサイズが現地入りするや、東北や東海地方のナンバープレートを付けた怪しげなバンを何台も見かけたという報告が複数入った。

 予想どおりだ。その一部が火事場泥棒かリフォーム詐欺の類であることは間違いない。

 その一方で、ネット上で大量発生した寄付金募集広告も、ハッキング技術に長けたIT学生たちに真偽を裏取りさせた上で、詐欺広告と判断したものには、発信先のパソコンに片っ端から悪質なウィルスを送り込むよう指示を出しておいた。いずれの学生も私の後輩やシンパで、害虫駆除一件につき二万円の報酬で請け負わせた。

 

 SNS上で悪質なリフォーム集団が出没しているという投稿があった地域には、アイアンサイズが急行し、詐欺まがいの押し売りリフォームを相当数阻止することができた。

 もちろん何件かの諍いはあった模様だが、Tシャツパンパンの筋肉憲兵隊に本気で喧嘩を売るような馬鹿はさすがにおらず、ヤバそうな自警団の情報が広まったのか、数日でこの手のやからは見かけなくなったそうだ。

 これらのボランティア活動には私たちアース・エンジェルの面々は直接関わっておらず、全ては目立ちたがり屋のジャイ子先輩の声掛けで行われたことにしていたが、全戸の停電が普及した頃にアース・エンジェルの支援があったことを一部のマスコミが嗅ぎつけたため、またしてもわが党の評判は急上昇した。

 とはいえ先輩は先輩で、オリンピック強化選手という知名度に加えて高校時代の武勇伝まで改めてマスコミで紹介され、今や先の世界選手権金メダリストたちが霞んでしまうほどの人気ぶりだ。

 背負式のビールサーバーを二つ担ぎ、交換用タンクを前後の荷台に乗せた自転車で停電地域を走り回ったジャイ子先輩は、泥や瓦礫の撤去に汗を流している現地の人たちから熱狂的な歓迎を受け、ある町では町民栄誉賞の声も上がっているという。

 大酒飲みの先輩ならではのアイデアが効を奏したというわけだ。


 アイアンサイズの面々も、ほぼ一週間只働きさせられたにもかかわらず、各所でヒーロー、ヒロイン扱いされたことで結構悦に入っており、ルビヤンカ刑務所長顔負けのジャイ子先輩による酷使を根に持っている者は一人もいなかった。

 しかし、タダほど高いものはないと常々ジイから教わってきた私は、現地撤収後に帝都ホテルで盛大な慰労会を催し、労苦を労った。高級な肉と魚、酒をふんだんに用意するにあたって、経費は七百万円を要したが、私が海南銀行に融資を申し入れたことを知ったジイが「学生たちへのお盆玉じゃ」と言って全額負担してくれたのは有り難かった。


 アース・エンジェルの政治というカテゴリーを超えた活躍ぶりは、政界においてこそ「芝居がかった宣伝行為」と非難する者もいたが、有権者の間では、その活動に懐疑的な意見を述べたライバル政党の支持率が軒並み急降下したばかりか、その一ヵ月後に関東を襲った超大型台風十九号の被害状況に対し、民友党幹事長が「この程度は予想の範囲内」とコメントしたことが、被災地域の住民たちの逆鱗に触れ、来るべき衆議院選における関東地区の民友党の得票数が予想外に落ち込む要因となった。


 これに味をしめた私たちアース・エンジェルは、次期選挙のマニュフェストの中に自衛隊所属の特殊救助部隊の創設を盛り込むことにした。

 自衛隊は一部の国民から実質的な軍隊と見なされており、平和志向の若年層からも敬遠されがちである。そのためいくら隊員募集を強化しても、なかなか思うに任せない現状が続いているが、完全に別枠で特殊救助部隊を募集すれば、消防のレスキュー隊を凌ぐ人気を集めるはずだ。

 もちろん自衛隊所属である以上は軍事訓練も受けるわけだから、レスキュー隊員と違って有事に軍務転用が可能である。平素からハイテクの軍用車両、軍用機、軍用艦艇を救助活動用に改装したものを扱い慣れていればなおさらである。

 目的は救助活動であっても、本質は軍備拡張に等しいというわけだが、民友党時代の弱腰外交のおかげで、近隣国家による領空・領海侵犯の恒常化に危機感を募らせている国民の多くの賛同を得られるものと確信している。

 さらにその下部組織としての学生ボランティア部隊の創設も私の構想の中にある。

 彼らは頭脳と体力に秀でた学生によって編成され、被災地の支援活動は言うまでもなく、アイアンサイズのような治安維持の補助的役割も担うことになる。しかも平素はローテーションを組んで各種施設の子供たちの学習支援やリハビリ支援まで行わせる。いわばリトル・ピーセスの大学生版である。

 将来的には私の後輩たちが運営を続けているリトル・ピーセスと連携したいと考えている。

 現在の染井先輩他アース・エンジェルの党員に名を連ねる才女OBの立場を利用すれば、リトル・ピーセスをNPO法人として認可させ、福岡県内の企業からの政治献金の一部を寄付金として回すよう手配することも可能だろう。

 私の高校卒業後、後輩たちに託したリトル・ピーセスには、障害児童支援にも積極的に取り組ませており、昨年度は支援生徒の中から月謝のかからない産業医科大に現役合格させることができた。

 護送船団方式で明確な意図もなく当たり前のように高校・大学と進学する生徒がいる一方で、様々な事情によって、それが困難な生徒も少なからずいる。

 しかし、満たされた者よりもハングリーな者の方が逆境に耐えうる強い精神力を持っていることが多く、事実リトル・ピーセスが支援している児童・生徒においてもより厳しい学習飢餓状態に置かれた者の方が、上昇志向が強く根性もある。

 私はそういう子たちの中から将来的に私のブレーンとなる人材を育てるため、目ぼしい子には奨学資金を提供する条件で、高度なIT技能の習得にも取り組ませてきた。先の医学部合格者はその中の一人で、不二子の定期的なスカイプ指導もあって、高校生にして一般的な迷惑メールや詐欺サイトであれば、発信元の特定から迎撃ウィルスによるピンポイント攻撃まで行える腕前になった。

 こういう子たちも災害時のボランティア実働部隊の後方支援に使うというのが私の目論見である。

 情報が錯綜する災害時において正確な情報を収集し、悪意に満ちたデマをネットで流すやからにはすみやかに報復処置を取るのが彼らの役目である。

 ここ数年来の災害時フェイクニュース流布の常連はすでに証拠と個人情報は入手しているため、ネット上での旧悪の暴露から学校・企業への情報提供まで私の一存で何とでもなる。しかし、こういう目立ちたがりのお節介野郎たちも、上手く使えばスキャンダルの暴露合戦が渦巻く選挙戦で役に立つかもしれないと考え、今のところは私が管理する生け簀の中で泳がせている。

 もし役に立たなければ、水を抜いて始末すれば、それはそれで世のため人のためというわけで、彼らの人生をスポイルすることに何のためらいもない。 


 今、ちょうどAPの外電が入ってきた。


 現地時間十二月十日、フィンランドでサンナ・ミレッラ・マリン内閣発足。

 十九人の閣僚中十二人を女性が占め、「ガラスの天井」がついに破られた。

 尚、マリン首相(三十四歳)は同国最年少の首相にして、現職の首相としても世界最年少である。


 凄いわ、マリンちゃん!

 マリンちゃん、もといマリンさんには、先々月、染井先輩の海外視察に同伴して北欧三国を訪問した際に、私も初めてお目にかかったのだが、私とは価値観や嗜好が似ているせいか妙にウマが合い、今やプライベートでメール交換する間柄なのだ。

 ごくたまに国際電話で話をする時でも、私的な話題になると「ヒロちゃん、マリンちゃん」と呼び合っていることは、染井先輩さえ知らない。

 先週は、もし首相に任命されたら、ガラスの天井を破ってみせる、と公言していたが、ここまでやってしまうとは驚きだ。まだ議会の中には彼女に反発している分子も相当数存在し、前途多難であることは間違いないが、先輩が首相になったら、本格的に両国の協力体制を築こうと約束し合っているので、それが実現すれば、若い女性の政界進出の気運が国際的にもよりいっそう高まるに違いない。

 私が敬愛するシモ・ヘイヘの祖国で女性中心の内閣が発足したことは、心から嬉しいし、これほど励みになることはない。

 こうなったら、染井内閣が発足したら、公式来日して私と銀座で寿司三昧、というマリンちゃんとの秘密の約束は是が非でも果たさねば。


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