第26章 銀座マイトガイ
再び襲撃を受けた弘美と那智はジーマの活躍で事なきを得るが、銀座で暴漢と大立ち回りを演じた那智の勇姿が大きな話題となり、アースエンジェルの人気はさらに拡大する。
東京で合流したジーマには、高円寺駅前のビジネスホテルを常宿として用意し、六月二十一日から三十日間、私と那智さんのボディガード兼運転手を務めてもらうことになった。
それからしばらくの間は、いやがらせといえばSNS上での私に関する誹謗中傷程度のもので、日々は平穏に過ぎていった。
ジーマが送迎を始めてから二週間後の七月五日、銀座のメモリアルホールで、染井良乃の代理人として、某宗教法人の代表と票の取りまとめについての最終確認を終えた私たちが、部屋の外で待機していたジーマとともに三階の駐車場まで戻ってくると、コンクリートの柱の陰から突然現れたガンメタリックのモトクロスバイクが、私たち目がけて突進してきた。
ジーマに勢いよく突き飛ばされた私は、那智さんに抱き止められたままワーゲンのサイドドアに叩きつけられたため、無傷だったが、バイクのハンドルに接触したジーマは駒のように回転してコンクリートの床に尻餅をついていた。
黒のフルフェイスで顔を隠したバイク男は、素早くアクセルターンすると、再び私たちの方に向かってきた。那智さんが私を覆い隠すようにしてしゃがみこむ瞬間、男の手からきらりと光る何かが放たれるのが見えた。
咄嗟に立ち上がったジーマがジャケットで頭を覆うようにして、私の目の前に落下する寸前のテニスボールサイズのガラス玉に体当たりすると、外側の薄いガラスが粉々に弾け飛び、中の液体がジーマの身体を包み込むように降り注いできた。
私の頭を押さえこんだ那智さんが、「熱っ」と唸った。
驚いて顔を上げてみると、ジャケットに包まったジーマから白い湯気のようなものが立ち上っていた。
硫酸だ。
那智さんは飛沫が少し耳にかかっただけで、ジャケットに点在する焦げ痕も小さく、皮膚に達するほどのダメージは受けていなかった。
「大丈夫でっか、お二人はん」
ジャケットを脱いだジーマが、けろっとした顔でこちらへ歩いてきた。
「ジーマこそ、もろに硫酸かぶって、どこか火傷でもしてるんじゃないの?」
私が心配するように尋ねると、
「このジャケットは防弾で、化学薬品も浸透せえへん素材でできてまんねん。銃がよう手に入らへん国で硫酸使うんくらいは予想範囲やさかいな。ちなみに頭からこれを被りよったら、PXガス浴びたかて問題あらへん」
ジーマがスタントシーンを撮り終えたばかりのアクションスターのように見えた。
みんな無事なようなので、ほっとして車に乗り込もうとすると、
「ちょっと待ちなはれ」
私たちをコンクリートの柱の陰まで追い立てるように誘導したジーマは、遠隔操作でバンのドアロックを解除すると、十秒ほど置いてから一人でバンに近づいていった。
「ブレーキのオイルプレッシャーが落ちとるさかい、小細工でもされとるんやないかいな」
ジーマはダッシュボードに埋め込まれたモニターを見ながら、ひとり言のようにこうつぶやくと、バンの底に手を入れてブレーキラインのチェックを始めた。
すると案の定、ステンレスメッシュ加工のオイルチューブにニッパーで切断されたとおぼしき亀裂が見つかった。
このホールの駐車場は、スロープ状の通路を出口まで下りてゆく形状になっており、そこから並木通りに合流する。最後のスロープは角度が急なため、ここでブレーキが効かなくなると、人の行き交う並木通りまで突っ込んでゆくことになり、まず大事故は免れないだろう。
幸い敵のトラップは事前に暴き出したので、私はとりあえずポチに代車でも用意させようと、携帯を取り出したところ、ジーマから制止された。
「えっ、何よ。ポチに迎えにこさせた方がいいんじゃない。それに警察にも一報しとかないと」
「あかん、あかん。まだこれで終わりやないねん」
「はあ?どういうことよ。ここでまた襲われるってこと?もうバイクの人だって逃げちゃったじゃない」
ジーマに言わせると、最初の襲撃を回避して安心したところにもう一つの罠を張っておくダブルトラップまではアマチュアレベルで、万が一の失敗に備えてトリプルで仕掛けるのがプロの仕事だそうだ。
「ははーん。そういうことか」
那智さんには何かピンとくるものがあったようだ。
「つまり、ブレーキの小細工で事故を起こしたとしても、もし軽微であれば失敗に等しいから、負傷の具合を確認する別動部隊が控えていて、場合によってはとどめを差しに来るっていう寸法ですね」
「さすがは那智はんや。かっちゅうても車内の人間を狙撃すわけにはいかへんし、この人通りで複数の人間が襲撃をかけるんはリスク大きすぎるやろな。あんたらやったらどないする?」
ジーマがにやりと笑って私たちに問いかけてきた。
「大勢の人が見ているにもかかわらず、犯罪が行われているようには見えないってことよね」
「そうや」
「なら、警察とか救急隊員の格好だったら、絶対に誰も疑わないんじゃない?」
「まあ、それが一番安全な方法っちゅうこっちゃ」
ジーマの進言に従い、私たちはこの機会を利用してカウンタートラップを仕掛けることにした。
ワーゲンの後部座席はマジックフィルムを張っているので、外から乗員は確認できない。したがって私はこのままホールのフロントで待機し、那智さんはホールの公用車を借りて通行人に被害が及ばないよう、スロープから勢いよく下ってくるワーゲンをブロックする形で事故を装うというシナリオでゆくことにした。
時間を合わせるために、時計は三人ともドイツ軍特殊作戦遂行用のジンのハイドロで揃えているので、那智さんとジーマは衝突のタイミングを秒単位で打ち合わせをしたうえで、それぞれの配置に就いた。
ビジネススーツからワーゲンに積んであったジーパンとカラーシャツに着替えた私は、ここまでの詳細を携帯でポチに伝えてから、通りに面した一階のカフェに陣取った。もちろんこれから起こる全てを携帯で動画撮影するためである。
あと一分足らずで予定の時間だ。イアホンからジーマと那智さんが歩道の通行人の有無を確認している声が聞こえる。
「Go ahead, Make my day!」
ジーマが作戦開始を告げた。
那智さんが運転する白いクラウンが右手方向から低速で出口前に差し掛かったところに、ワーゲンが突っ込んできた。
ジーマはギリギリでサイドブレーキを引くから平気のようなことを言っていたが、クラウンの車体の左半分はバズーカ砲でも浴びたかのようにぐしゃぐしゃに潰れていた。
ワーゲンの方は装甲車のようなカスタムを施しているだけあって、フロントグラスこそ多少亀裂が入っているものの、サイドウィンドーは無事でドアにも全く歪みは見られない。
フロントのダメージは軽微でもエアバッグが作動しているため、これでは乗員の様子を外から確認することは不可能だ。
と、その時、まるで打ち合わせしておいたかのようなタイミングの良さで通りかかった救急車両がワーゲンの右隣に止まった。
停車と同時に後部ドアから駆け出してきた救急救命士が、二人がかりで昇降口になっているワーゲンの左のスライドドアを開けようと悪戦苦闘していると、いつの間にか右の運転席から抜け出していたジーマが背後からいきなり襲い掛かった。
おそらく気配すら感じなかったのだろう。ジーマが頚椎目がけて振り下ろした手刀が瞬時にして二人の男の思考回路をブラックアウトさせた。
救急車両の方に目をやると、加勢に出てきた運転手と那智さんが派手に殴り合っていた。
運転手は長身の那智さんよりふた周りほど大柄な男で、さすがの那智さんも苦戦気味だったが、ジーマときたら、手を貸そうともせずクラウンのボンネットに腰掛けて美味そうに煙草を吸い始めた。
リーチが違うので防戦一方の那智さんは、相手の出足に合わせるように、ふくらはぎにローキックを返すのが精一杯の様子だったが、運転手の方も扮装に用いた長い白衣とヘルメットで動きが制限されているらしく、あと一歩攻めきれないでいた。
左目がシャッターを下しかけている那智さんが、テレフォンパンチのような左を出し、運転手が余裕のダッキングでそれをかわしたと思った瞬間、空振りした那智さんの左腕が首に巻きつくと同時に飛び上がるような右の膝蹴りが顔面に炸裂した。
空振りの左フックを、ダッキングでかわした相手の首に腕を巻きつけて逃げられないようにしたと同時に右アッパーを突き上げるのはボクシングのダーティーテクニックの一つだが、ルールのないストリートファイトなら膝蹴りもありだ。
思わず「アッパレ!」を叫びたくなるほど見事な逆転KOだった。
ちょうどパトカーのサイレンが聞こえ始めたところで、立ち止まった通行人の群れが息を潜めて見守るリアルファイトも、終了のゴングが鳴った。
よろよろとこちらに歩いてきた那智さんをジーマがハイタッチで迎えると、通行人の間からパラパラと拍手が起こり始め、それはやがて口笛まで混じった喝采の渦となった。
水も滴るイイ男が、圧倒的不利な状況から、いかにも悪党顔した大男を起死回生の膝蹴り一発で眠らせてしまったのだから、女性ギャラリーが盛り上がらないはずはない。握手にサインに記念撮影と、もう大変な騒ぎとなり、この一幕は夜の報道番組で各局ともトップ扱いで報道された。
那智さんばかりに女性が群がるのを冷めた表情で眺めていたジーマに近づいた私が
「なぜ、那智さんを助けようとしなかったの?」と尋ねると、
いかにも不機嫌そうな口調で「那智はんの方が強いに決まっとりまっしゃろ」と答えた。
理由は二つ。
相手が那智さんを顔面ブロックごと吹っ飛ばしたように見えた渾身の一撃は、左腕の腕時計ロレックス・サブマリーナで受け止められていたため、その時点で相手の左拳はおそらく複雑骨折していただろうということ。
もう一つは、那智さんのローキックは、筋肉のないふくらはぎを狙うことで直接足の骨にダメージを与えるカーフキックといって、四~五発ももらえば、足の踏ん張りがきかなくなるらしい。
足が重くなれば、ステップでかわすのがしんどくなり、大振りのパンチはダッキングでやり過ごそうとするものだ。おまけに左拳は使い物にならず防御の役にも立たない。劣勢に見えながらも相手の戦闘能力の低下を見極めていた那智さんのファイトは計算づくだった、というのがジーマの見解だった。
もう一つ疑問に感じたのが、過剰防衛と判断されてもおかしくないのに、なぜ先に手を出したかということだったが、さすがジーマというべきか、私も納得の理由だった。
「そないなこと考えるまでもあらへんやろ。わてのバンのサイドウィンドーはスモークフィルムを張っとるよって、乗客が乗っとるかどうか外からはわからへん。そないな状況で、一番損傷の激しい運転席を無視して後部座席を確認しようとする救命士なんておりまっか?」
ジーマの臨機応変な情報解析能力に敬意を表して、私がほっぺにチューしてあげると、びっくりしたジーマは私から離れようとした弾みに電柱に頭をぶつけたうえ、電柱の真下にあった出したてほやほやの犬のうんこの上に座り込んでしまった。
周囲の通行人から笑いが漏れ、さっきまでふてくされていたジーマは、茹で蛸のように赤面して黙りこくってしまったが、私はいつものバカ笑いは封印して、熱いウィンクを送った。
「今日のヒーローはあなたよ、ジーマ。最高にイカしてたよ」という心の声とともに。
一味の三人は全員その場で逮捕され、那智さんとジーマは正当防衛が成立した。
救急車両は偽物で、男たちは極左組織の一員というところまでは判明したが、動機は、染井良乃の秘書を誘拐して身代金を取ろうとした、の一点張りで、背後関係には完全黙秘を貫いた。
警察も誘拐未遂事件というありきたりな見解しか示さず、報道各社も一部のゴシップ誌以外は、背後に政権与党による妨害計画を匂わすような記事の掲載は控えていた。おそらく警察庁、総務省あたりが火消しにやっきになっていたのだろうが、中国やロシアはさておき、SNS上での情報延焼ばかりは消火手段がない。
ゴシップ好きの国民の大半の関心は、携帯動画から広がった那智統という医師免許を持ったイケ面秘書のことだった。外務省キャリアの子弟という名血に加えて、剣道、フェンシング、格闘技の達人となれば、高級ブランド志向の独身女子が目の色を変えてアプローチしてくるのは必至である。最近では芸能人の中にも那智さんのファンが増殖中というから、もはやブームというより異常事態だ。
確かによくよく考えてみれば、芸能人でもこれほど何もかも揃った人となると、ちょっと思い浮かばない。元ヤンの喧嘩自慢や格闘技の有段者をウリにしている肉体派俳優にしたところで、「伝説」などいくらでも創作できる。
しかし、那智さんのストリートファイトは、大勢のギャラリーの前で起こった真実であり、相手は殺意を持って襲い掛かっているのだから、そのリアリティたるや、あくまでもスポーツ興行であるプロボクシングや総合格闘技の比ではない。モデル体型に俳優ばりのルックスをした高貴なる騎士が“殺し合い”の場を征した姿を、天孫降臨に例える者がいたとしても、私はそれを“幻想”と否定する気など毛頭ない。
那智さん人気はある意味誤算だったにせよ、マスコミがだんまりを決め込んだ襲撃事件が世の関心と憶測の拡大を煽り続けたことで、アース・エンジェルに絶大な宣伝効果をもたらしたことは確かである。
そこに不二子が民友党の陰謀を裏付けるような架空記事をネットに拡散させ、民友党に対する国民の不信感を助長したのだ。不二子の記事は、論理的で筋が通っているだけに、下手に反論するとブーメランになってしまう可能性があり、民友党はフェイクニュースとわかってはいても、スルーするほかに手立てがなかった。
選挙戦終盤のわが党の猛烈な追い上げは、ひとえに民友党のオウンゴールとでもいうべき失態のおかげといっていい。参議院ではまだ二議席しかなかったアース・エンジェルが、五十四議席へと急増した代わりに、民友党は二十五議席減の三十二議席と明暗を分けた。
もちろん改選は半数だから、民友党は合計八十二議席を占めてはいるが、斜陽化が顕著なだけに、次期参議院選挙ではさらに議席数を減らすことは間違いないだろう。それに引き換えわが党は、すでに無所属当選者のうち六名が入党を表明していることからもわかるように、完全に上昇気流に乗っている。したがって、衆議院選の結果次第では、寄らば大樹の陰とばかりになびいてくる議員がさらに出てくるはずだ。まあいずれにせよ、参議院が私たちのものになるのは、もはや時間の問題だ。
地元福岡における参議院選の祝勝会は七月二十八日、博多川沿いに本年度オープンしたホテル・ムーンレイカーの最上階、リバー・ビューイング・プラットフォームで催された。
同ホテルのオーナー、伏見十郎氏は『紫電会』の副会長を務めており、今回の選挙でアース・エンジェルから出馬した甥の智之氏の初当選祝いを兼ねて、全額ホテル側負担で会の主催を申し出てくれたのだ。
会は、篠崎高文前会長からの指名を受けて新会長に就任したばかりの竜野銀子女史による祝辞から始まり、主賓である伏見智之議員からのお礼の言葉と続き、染井良乃先輩の乾杯の音頭とともに、あちこちで互いの苦労を激励し合う拍手が起こった。
私と那智さんは議員ではないので、末席の方に控えていたが、那智さんはたちまち女性県議や才女同窓会のお局さまたちから取り囲まれ、もはや食事どころではなくなっていた。
下戸の私は、オジさま連中から差し出される酒瓶の十字砲火をかいくぐりながら、一通りの挨拶を済ませると、厨房に入って、本日のバリスタをかって出たジイの手伝いに勤しんだ。
宴席は嫌いではないのだが、女子会とオヤジの宴の温度差には順応できず、こういった政治家の立食パーティーでは、顔見せだけとっとと済ませて、控え室かクロークで演説原稿を練ったり、ポチと雑談したりして暇をつぶしていることが多い。
今回ポチを連れてこなかったのは、すでに複数名の女性県議とただならぬ関係にあるばかりか、現在はムーンレイカーのコンシェルジュに収まっている智之議員の婚約者を、彼女の大学時代に合コンでお持ち帰りをしたことがあるというゲス性歴まで、私の耳に入っているからだ。
話好きのアイツがここにいないのは残念だが、ここで内戦でも起ころうものなら、党内の結束に亀裂が生じ、次期衆議院選挙にも大きな影響が出かねないため、今回は東京で留守番させておくことにした。
それにしても、明日は私の誕生日というのに、午前中に福岡空港を発った後は、奥多摩のホスピスへの慰問に同伴しなければならず、とても仲間たちと誕生パーティーをする暇もない。
議員秘書って辛いわー
宴会がお開きになった後は、来賓客をエントランスまで見送りに行き、ジイをタクシーに乗せたところで本日の業務は全て終了したが、那智さんはオバサマ方から拘束されたまま下川端方面へと連れ去られていった。まあ、私と那智さんはこのままムーンレイカーに宿泊してから、朝方、染井先輩を実家まで迎えにゆくことになっているので、それまでにここに戻ってくればいいわけだが、あの様子では、グランサッソに軟禁されたムッソリーニを救出する方が成功確率は高いだろう。
今夜は川面から吹いてくる夜風が気持ちいいので、エントランスの車止め付近でしばらく酔い覚ましがてらにたたずんでいると、染井先輩をすぐ近くの実家までホテルの送迎車で送り届けたジーマが戻ってきた。
そういえば、ジーマは開票日の翌日で任務は完了していたにもかかわらず、中州の屋台ラーメンが食べたいという理由で、最後のご奉公とばかりに祝勝会に参加してくれたのだった。もちろん先輩を送り届けるまでが本日の業務なので、今晩はノンアルコールビールばかり飲んでいた。
「ジーマ、屋台ラーメンでも食べに行こうか」と私が声をかけると、
「そら助かりますわ。中州はよう知らんよってに、どこの屋台ゆこうか迷うてましてん」
と柄にもなく照れくさそうに答えた。
ラーメンを食べた後も、ずっと酒を控えていたジーマに付き合って、屋台を何件かはしごしてホテルまで歩いて戻った時には、もう午前十二時を回っていた。
「ジーマはこれからどうするの」
「博多駅のステーションホテルに泊まって、始発の新幹線で神戸まで帰りまっさ」
「そっかあ、じゃあしばらくは逢えないんだね」
「これでも売れっ子やさかいな。明日からは、灘のヤクザの親分はんのお嬢ちゃんの送迎や。最近ちょっとした抗争が起こりよって、愛娘でも誘拐されたらかなわんっちゅうことで、依頼を受けたわけや」
「さすが、腕利きのボディガードだね。だけど、また私たちが狙われても助けてくれる?」
「もちろんやがな。弘美はんの頼みやったら、他をキャンセルしても駆けつけまっせ」
あの自意識過剰なジーマにしては、殊勝な言葉で、ちょっぴり意外だった。
「あ、そうそう弘美はん、もう誕生日になったんやな」
「えっ、ジーマ、私の誕生日覚えてくれたんだ」
ジーマが懐から取り出したのは、十字架をモチーフにした手作りのペンダントだった。
特殊合金にプラチナをコーティングした十字架は、見た目の造形も美しいが、十字架をスライドさせると小さな刃が出てくる構造になっていた。しかも刃の部分は名のある刀工に鍛えてもらった業物で、小指くらいなら骨ごと簡単に切断できるほどの切れ味だという。
ジーマは私に万が一の事が起こった時のお守りとして、襲撃の翌日から三週間かけてこれを作ってくれたのだ。
「テッペン、取んなはれ」ジーマは一言だけこう言い残すと、振り返ることなく足早に大通りに向かって歩き去っていった。
「私が天下取ったら、専属で私を守ってねー」
私はちょっとウルウルしながら、遠ざかってゆくジーマの後姿に向かって大声で叫んだ。
ジーマ、有難う。二十五歳の誕生日、私は一生忘れないわ。
バスルームに入って、生まれたままの姿でペンダントをつけてみた。
あざとい小悪魔の私が聖天使に見えた。
まあ、心は薄汚れていても、身体はバージンだからね。
ペンダントを裏返してみると、小さなイタリック体の文字が刻印されている。先ほどジーマから渡された時は街灯が薄暗くて気付かなかったが、洗面台の灯りの下でよく見てみると、こう刻まれていた。
You only live twice.
“あなたは二度だけ生きられる”か。
うん、あなたが一度救ってくれたこの命、悪魔に捧げてでも天下を取って見せるからね。




