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第11章 サヨナラのクロスカウンター

生徒会執行部の中に弘美たちの素行を暴いて陥れようとする裏切り者がいた。裏切り者をあぶり出し、排除するために彼女たちが立てた計画とは?

 今年の体育祭の打ち上げは例の赤坂のアジト『シュテルン・ヴァイス(Stern Weiss)』で催される

ことになった。

 昨年は内輪の四人で『フィオ』に繰り出したが、今回は生徒会執行部全員を招待して大々的に盛り上がろうという話になったのだ。

 上下両隣が相変わらず空室といっても、近所迷惑になったらまずいので窓は閉め切ってエアコンを全開にしているが、さすがに二十人も集うと部屋中が熱気でムンムンしている。

 キッチンではアンヌ手作りのベリークリームケーキが切り分けられ、各自が紙皿にとってゆく。乾杯用の飲み物はコークだが、マリリンとカトリーヌと不二子はもちろんのこと高子の分にもラムを垂らしてある。実は高子、ああ見えて梅酒で晩酌をするほどのアルコール好きなのだ。これは家族で唯一の上戸であるジイさまが、ためしに梅酒サワーを作って高子に飲ませてみたところ、意外にもこれにハマって、時折、晩酌にもご相伴するようになったらしい。

 乾杯の音頭を取るのは本日の主役カトリーヌだ。

 「キョウハ、ミナサンノダイスキナ、フランスゴデ、イキマスヨ。デハミナサン、ゴショウワクダサーイ。チンチーン!」

 「チンチーン!」

 特に下級生たちの威勢がいい。みんな向日葵のような笑みを浮かべている。


 陽もとっぷり暮れて宴もたけなわになった頃、いきなりスピーカーから大音量のシンセサイザー音が聞こえてきた。少女時代の「TAXI・TAXI」だ。

「ハーイ、エブリバディ、ローリング。レッツダンス!」

 カトリーヌが声を掛けた瞬間、照明が落ちてミラーボールの七色の輝きが周囲を覆い尽くした。これを合図にマリリンとアンヌが並んでステップを刻み始めると、周囲にいた子たちもリズムに合わせるようにおずおずと身体を揺らしながら、やがて激しいビートの渦に溶け込んでいった。

 ジャネット・ジャクソン級のカトリーヌは別格としても、マリリンにリードしてもらいながら背中合わせで踊っているアンヌもとってもキュートだ。動きは少しぎこちないが、高子も結構弾けている。不二子・・は、やすき節にしか見えない。

 三曲目の「江南スタイル」が終わる頃には、みんな汗だくでセーラー服が身体にへばりついていた。四曲目の「ボーン・ジス・ウェイ」のイントロがかかると、カトリーヌがいきなりセーラー服を脱ぎ捨てた。

 「ヘイ、カマン!」黒のセクシーランジェリーに身を包んだカトリーヌに煽られると、続いてマリリン、アンヌとどんどん脱ぎ始め、まるで洗脳された宗教集団のように二十人全員が下着姿になってしまった。もうこうなったらやけくそである。私も狂乱女子に同化して狂ったように踊りまくった。

 三十分も経つと部屋はサウナ状態になってしまい、ブラジャーを脱ぎ捨てる子まで出てきた。中にはシルクのパンティが完全に透けてしまった子もいるが、ハイになっているので全く気にならないようだ。男っ気がないからいいようなものの、ここにポチでも居ようものならヤク中の乱交パーティにしか見えないだろう。

 「・・ワオ、ファンタスティック・ベイビー」でラストナンバーが終わると、一斉に明かりが点いた。ちょっと目が慣れるまで、みんなまばたきしたり、目をこすったりしていたが、突然マリリンがけたたましく笑い始めたと思ったら、「ヒロポーン、ピカチュー」と私の方を指さした。

 一瞬何のことだかわからなかったが、みんなの大爆笑で気が付いた。

 私としたことが不覚だった。そう、私のパンティのお尻にはピカチューが印刷されているのだ。

 しかも半尻剥き出し状態だった。

 私が小学生のパンツのような下着を身に着けていたのには訳がある。

 これは中一のクリスマスにマリリンからシャレでプレゼントされたものだが、不思議とこのパンティを身につけている時はツキに恵まれていて、勝負事にも結構ご利益があるのだ。今年のクラス対抗リレーも、必勝を期して幸運のピカチューパンティを履いてきたのをすっかり忘れていた。

 踊っている時はノリで服を脱いでしまったものの、暗がりの中で誰も気が付かないのをいいことに弾けすぎて、照明が灯った時には輪の中央にいたので、完全にさらしものになったという次第だ。

「弘美先輩、かわいいー」「ヒロポン、ちぇくちーだよ」などとみんな慰めているのか小馬鹿にしているのかわからないようなことを言いたい放題だが、両手で尻を隠してトイレに駆け込んだ私の傷ついた心はしばらく癒されそうにない。

 カクテル光線の下では股上の低いセクシー系ランジェリーに見えたかもしれない。しかし実際はサイズが小さいだけのことで、半尻だって見せているのではなく、見えてしまっているのだ。十七歳の乙女がお子様パンツ履いて半尻出して踊っていたなどと学校で知られたら、それこそ槙村家末代までの恥だ。

 拳を握りしめてワナワナと震えているうちに、急に便意をもよおしてきた私がそのまま便座でロダンの『考える人』になっていると、突然、激しくドアを叩く音が聞こえ、先ほどまで笑い声が聞こえていた室内に静寂が戻った。

 「どなたですか」不二子がインターフォンを取ると、

 「赤坂交番の者です。ちょっと開けてもらえますか」の声。

 「ちょっと取り込んでますので、少々お待ち下さい」不二子の目配せでみんな一目散にあちこちに脱ぎ捨ててあるセーラー服に群がった。

 私がそっとトイレのドアの隙間から覗いてみると、セーラー服が小さすぎてヘソは出てるわ、胸元もほとんど乳輪が見えそうなくらい露わにしたマリリンが目の前を通り過ぎるところだった。みんな慌ててそこらにあった服を着込んだのはいいけど、どれが誰のか確認する間もなかったので、ほとんどがサイズ違いでチンチクリンな恰好をしているのだ。中でも一番恰幅がいいマリリンは、自分の服以外はどれも小さすぎて、引っ越し嫌いのヤドカリのような有様だ。こんな恰好で出て行ったら、かえって後ろめたいことをしてたんじゃないかと勘繰られてしまう。

 私は咄嗟にマリリンを制止し、「高子お願い!」と比較的まともに見える彼女に対応を頼んだ。


 「どんな御用でしょうか」高子が下手に出ると、

 「近所の住民から通報がありましてね。この部屋で酔っ払った女子高生が乱痴気騒ぎしているようだと」三十代前半くらいの巡査がバッジと身分証を見せながら、いぶかしげに部屋の中を覗き込んだ。

 私は不二子の携帯からの送信動画をトイレの中で眺めていた。


 「え、どちらの方から苦情があったんですか」

 「お隣ですよ」

 「隣ってどちらの?」

 「この部屋の右隣の方ですよ」

 「おかしいですね。右は空室のはずですけど」

 「ん、それじゃあ、左だったかな。私が直接電話を受けたわけじゃないんで・・」

 「左も空室ですよ」高子がしれっと突っ込む。

 「じゃあ、上か下か斜めかの人が、通報したのが自分と思われたくないから部屋番号を偽ったんでしょう」巡査がちょっと声を荒げて苦しい言い訳を始めた。

 焦りを見透かしたかのように、高子がさらにハッタリをかます。

 「おかしいですね。上下も空室ですし、右斜め下のサラリーマンは今夜は友人たちと部屋で麻雀。

 斜め上の左右はまだ帰宅してませんし、左斜め下は補聴器をつけた難聴のご老人が一人暮らしですが、他に隠し部屋でもあるんでしょうかね」

 間抜けなポリスが墓穴を掘ったようだ。これはもうすぐキレるパターンかな。


 「誰が通報したかなんて問題じゃないんだよ。ん、何か酒臭いぞ。お前ら未成年だろ。疑われたくなかったら部屋の中を見せなさい」若い方の警官が猿芝居に打って出た。

 アルコールを飲んだのは四人だけで、しかも一時間前に少量口にしただけだ。先ほどベランダの窓を全開にして部屋中にファブリーズしてあるし、高子もブレスケアを口にしてからドアを開けたので物理的にアルコールの匂いなどするわけがないのだ。犬じゃあるまいし。

 おっと、そういえば警察サツの犬だった。いや、犬というよりエテ公かな。

 

 「お酒なんて飲んでませんよ。証拠でもあるんですか」だんだん高子も高ピーになってきた。

 「変な叫び声が聞こえたっていうんだよ。誰かが集団暴行受けてるかもしれんだろう。我々も通報があった以上、一応安全確認させてもらってからでないと、後で何か起こったら大変だからな」

 今度はこうきたか。よくやるよまったく。猿知恵フル回転ってとこね。

 「安全確認するのは警察の義務だからな。じゃあちょっと上がらせてもらうよ」

 年長の巡査が靴を脱ごうとすると、背後から声が掛かった。

 「君たち、何を騒いでいるんだね?」

 二人の巡査が振り返ると、バーバリーのスーツ姿の上品な紳士が立っていた。

 「あんた一体誰だ」すでに熱くなっている若い方がぶっきらぼうに聞き返した。

 「尋ねているのはこちらの方ですよ」紳士が穏やかな声で答えると、

 「見たらわかるだろう。警察だよ。お前、警察舐めてんのか」

 巡査が暴言を吐いたとたんに、穏やかそうだった紳士の表情が豹変した。

 「貴様ら、上司に向かってお前とは何事だ。二人とも身分証を出せ!」


 あまりの迫力と貫禄に圧されたか、急にトーンが落ちた二人の巡査がハモりながら「あのう、失礼ですけど、どちらさんでしょうか」ともう一度尋ねると、紳士は鼻でせせら笑うようにこうつぶやいた。

 「お前たち、署長の顔も知らんのか。ン?」


 福岡中央署長、岡山文治警視正は生徒会執行部の後輩、岡山美菜の叔父である。何故こんなところに警察署長が現れ、私たちのピンチを救ってくれたかというと、私の頭の中にはラプラスの悪魔がいて未来が予知出来るのだ。というのは嘘で、私たちはあることをきっかけに生徒会執行部、特に私たち三役を不祥事によって失脚させようとする計画が水面下で進行していることを知り、それを迎え討つための罠を張っていたのだ。


 ちょうど二週間前のこと、不二子がエアコン内部の掃除をしようとカバーを外してみたところ、見慣れないパーツが見つかった。私たち素人ではわからなかったが、メカに詳しい不二子はあるべきはずのない小さなトランジスタのようなパーツに不信感を抱き、早速分解して調べてみた。何とそれは盗聴器だった。

 誰が何のために?

 ここに仕掛けられる生徒は限られるとして、こんなことをする目的は人の弱みに付け込もうとする以外は考えられない。しかし、ここに集まる大半は真面目な生徒たちばかりで、やっていることも座談会やちょっとした雑談程度だ。内輪でくつろいでいる時こそマリリンとカトリーヌが缶ビールを口にすることはあるが、盗聴したところで何の証拠にもならない。

 不二子がふと気が付いたようにこう言い始めた。

 「これはダミーよ。きっと。私たちがやってるヤバいことで動かぬ証拠をつかむためには、写真か画像しかないのよ。とすると、この辺かな」

 不二子が壁掛け時計を外すと、裏蓋に小型のリチウムイオンバッテリーが埋め込まれていた。太陽光発電であるにもかかわらずだ。ピンホールカメラは文字盤に仕込んであった。全てはラジオコントロールでで操作出来るようになっている。

 「バッテリーはある程度放電するから、このサイズじゃ盗撮するのは一ヶ月以内でないと、長時間の画像送信は無理ね。で、次回私たち以外のメンバーも集う日というと・・」

 「体育祭の打ち上げの日だ!」ようやく私にも見えてきた。


 一部の子たちは、私たちが学校ではそれなりに優等生ぶってはいても、私生活は破天荒で遊び人であることを知っている。多くはそんな自由気ままな私たちに憧れを抱いているが、面白くないと思っている子だっているだろう。だけど、ここまでして私たちを陥れるにはもっと大きな理由があるはずだ。それもシンパを装って生徒会に潜りこんでまでとなると、相当根深いものがあるに違いない。

 最も考えられそうなことは、私たちの暴走を止めようとしている教師の差し金だ。といっても、その代償は何だろう。これだけのリスクを冒してエスピオナージをやるからには、それ相応の報酬がなければおかしい。

 次に私たちの誰かに反感を持っていそうな子。マリリンやアンヌは人畜無害だし、カトリーヌもちょっと生意気なだけで恨みを買うタイプではない。かといっていまさら不二子でもないだろうし・・

 ん?じゃあ私ってことか。

 「ねえ不二子、私、最近何か恨みを買うようなことってしたっけ?」

 「逆に考えたらどう。誰かが個人的に喜ぶことに弘美が関与したかどうかって。みんなが喜ぶなんてことはこの世にはないのよ。表向きは大勢から祝福されることであっても、影で悔し涙を流している人がいたりするかもしれない。世の中の出来事って必ず光あるところには影があるのよ」

 ほんとに厭世的な女だな、不二子って。でも待ってよ、この間、現行生徒会は次期生徒会長として岡山美菜を推すって話をしたんだっけ。岡山は予想外で驚いてたけど、私みたいなアクの強いのが続くと学校側も警戒するからね。ここはいかにも温厚そうな岡山を表に立てて有能なスタッフで支えるトロイカ体制でいった方が無難、という高子のアイデアを採用して・・

 「岡山が会長候補になって困るのは誰?」私の頭の中をスキャンしているかのように不二子が問いかける。

 「一万田弥生・・」

 「ご名答。ここは消去法でいってもあいつしかいないね。一万田は最初から生徒会長狙いで私たちに近づいてきたんだよ。だけど、あの程度の頭にしちゃ念が入りすぎてるから、背後で操っている教師がいるのは確実だね。そいつが誰かなんて今はどうでもいい。五月二十二日に何を仕掛けてくるかだけど、私ならガードが甘いマリリンかカトリーヌ狙いで、酒か煙草の動かぬ証拠を押さえるかな」

 「それだったら、盗撮だけでいいんじゃない?」

 「噂をばらまくだけならね。だけど非合法手段で手に入れた証拠じゃあ警察も相手にしてくれないし、学校側もそれで謹慎や退学処分にするわけにはいかないでしょ。盗撮は最悪の時の保険で、たとえ表沙汰に出来なくても、それを担保に、私たちに生徒会役員を辞任するよう諭すつもりなのよ」

 「じゃあ、有無を言わせず全てを片付けるとしたら?」

 「モチ、ガサ入れよ」


 ガサ入れにはタイミングが必要だから、アルコールが消費された後でないと意味がない。空の酒瓶かビール缶が転がっていて、酔っ払った子がいるという条件がベストだ。その時間を見計らって、交番のおまわりにでも連絡を入れて踏み込ませる。礼状が無くても、違法ドラッグパーティの情報を入手したということにして凄めば、普通の高校生なら折れるか保身に走って、私たちに無理やり誘われたって責任転嫁する子が出ないとも限らない。

 もちろん、ノンアルコールで健全なパーティーに終始すれば、何の問題もないのだが、あえて餌を撒いて影のフィクサーを炙り出したい。

 どのタイミングでガサ入れが入るかは、その時を見計らって携帯で連絡を入れるだろうから、トイレにカメラとマイクを仕掛けておき、不二子のノートブックパソコンを経由して、携帯で画像か音声がチェック出来ればOKだ。カメラのピントも便座に座って携帯を開くとしたらこのくらいという位置に合わせておけばいいだろうということになった。画面が鮮明でなくとも、指がタッチパネルのどこに触れているのかさえわかれば、すぐに文章は起こせるからだ。

 かなり手間がかかったが、専門職の麻吉親父の協力を得て、トイレの通風孔にピンホールカメラをビルトインし、準備は完了した。工賃はダンキチから送られてきた『旋風Z』のS席コンサートチケットと発売前の試聴版CD(メンバー全員の直筆サイン入り)で相殺ということになった。


 ここまでは私たちのディフェンス計画である。ここからオフェンスに変わる。

 警察官相手にぎゃふんと言わせるには、やはり法の番人たる同業者を使うのが一番効果的だ。私には福岡県警幹部にこれといった知り合いがいないので、高子に相談したところ、岡山の叔父が使えるだろうということになった。ただ、ともすれば人を罠にかけるようなことに警察幹部を協力させることは難しい。もちろん真面目な岡山こと、叔父に頼み込むにも二の足を踏むだろう。

 というわけで、篠崎のジイさまの出番である。

 相談がてらに高子と一緒に週末のピクニックに誘ってみると、二つ返事で日常の足代わりのランボルギーニ・エスパーダを転がして、今川の私の自宅マンションまで迎えに来てくれた。

 車高が低くシルル紀のウミサソリを思わせるファニーフェイスは、スポーツカーというよりもファミリーカーのような親しみを覚える。スポーツカーのランボルギーニだけにミッドシップかと思いきや、FRのため透明なリアゲートの奥にはエンジンはなく、実用性を考慮した幅広いパーセルトレイが鎮座している。

 同時期のフェラーリの2+2との最大の違いは、リアシートが補助席どころかVIPの送迎にも耐えうるよう設計されていることで、広さはもとよりメーカーオプションの小型テレビとミニバーまで付いているのには驚かされた。

 これなら家族での小旅行にも過不足はないし、シリーズⅢの3速ATだから市街地走行も楽ちんだ。ジイがファミリーカーとして利用していたマセラッティ・メキシコを下取りに出してまで新車で購入したのがよくわかる。

 かつて過激なセッティングのオーバーンでロデオ気分を味わわされた私にとっては、メーター読みで二四〇kmを越えても地を這うような安定感抜群のエスパーダでのクルージングは快適そのもので、これぞ12気筒という渇いたエグゾーストノートはショパンの早弾きパートのような高揚感をもたらしてくれる。

 エスパーダはその名のとおり、闘牛士の剣のようにしなやかで美しく、危険な輝きに満ちている。手強い女のハートもエスパーダの切っ先からは逃れられないだろう。私だってドライバーがジイでなければお持ち帰りされてしまうかもしれない。

 気の毒なことに、リアシートで巨大なふなっしーのクッションを抱いたまま微動だにしない高子には、この心地よさが理解出来ないようだ。


 鏡山で高子特製の豊後牛シャトーブリアンのローストビーフサンドをパクつきながら、今、生徒会執行部を陥れようとする計画が進められているから芝居に協力してほしい、と二人で訴えたところ、

 「こいつは傑作じゃ。わしも一枚加わらせてくれ」と大乗り気だった。

 意外と性格の悪いジジイだ。

 

 体育祭予行日の夕方、アジトから五十メートルと離れていない料亭『嘯月』に岡山署長を招いたジイさまは、一献傾けながらその日の計画に協力するよう説得を続けていた。最初は「お戯れを・・」と渋っていた署長も、打ち上げの面子の中に姪がいることを知ると、さすがに態度を軟化させた。

 県警本部長はおろか国家公安委員長にさえ顔が利く篠崎のジイさまのこと、ノンキャリアの署長を意のままに従わせることなど造作もない。ところがジイさまときたら芝居っ気満点で、格下相手でも平身低頭でしらじらしいほどおだてあげるのだ。大抵は相手の方が畏れ多くなって、ジイさまの頼みを喜んで聞き入れるのだが、たまにもったいぶってじらしてしまう身の程知らずがいる。そんな時はジイさま、急にドスの利いた声でこう言い放つや、さっさと席を立って帰ってしまうらしい。

 「ワシのおらん世界で楽しう暮らしや」と。

 これを聞くと十人が十人震えあがるのだそうだ。中には本当に失禁したお偉いさんもいるそうで、いい歳をした千両役者ぶりには頭が下がる。


 当日、料亭で待機中の岡山署長に連絡を入れるのはポチの役目だった。ポチはアジトの向かいのマンションの屋上で待機していて、不二子からショートメールが入った時点で双眼鏡でマンションの入り口を見張る。警察官が中に入ったことを確認すると、ジイさまに連絡が入り、署長がマンションに向かうという段取りだ。

 まさにグッドタイミングでの署長の登場に完全に舞い上がった二人の巡査は、一万田不動産の社長から密告があったことを白状した。しかも彼らは自分たちの意思ではなく、一万田不動産に天下った元上司から依頼され、金銭の授受があったことまで認めたのだ。


 「というわけなのよ、一万田弥生」

 岡山署長と交番の警官が去り、不二子が事の次第を説明し終えると、満を持してトイレの神様ならぬ槙村弘美が調子の悪いウォシュレットの轟音とともにリビングに登場した。

 「残念ながら、あんたの隠しカメラはあの通り。さて、これからどうするつもり。ここから飛び降りちゃう?」

 私は篠崎のジイさま気取りで思い切り凄んでみせた。

 肝心のピンホールカメラは不二子の小細工でレンズを埋め込んだ数字の上で長針が止まるように設定されていたため、何も写っていないのだ。一万田が部屋に入る前に確認した時は、送信された画像が携帯に写っていたかも知れないが、打ち上げが始まる直前には画面は真っ黒になっていたはずだ。

 「ところで誰に頼まれたのあなた?」篠崎が尋ねても、

 「私がそうしたかっただけよ」と一言返したきり、一万田はだんまりを決め込んだ。


 「じゃあ、今日ここで一番盛り上がったのは一万田のストリップショーだったって、ホームページに載せちゃおうか」と茶目っ気たっぷりの私。

 「セクシーダヨ、ヤヨイ」とカトリーヌが一枚の写真を見せた瞬間、一万田はその場でフリーズした。

 実は、みんなが下着姿でハイになって踊り狂っていた時、酔ったふりをしたカトリーヌが戯れるように一万田のパンティを腰まで下げたのだ。おそらく一万田は単なる酔っぱらいの悪戯と思っただけだろう。なぜならフラッシュもカクテル光線に紛れて気が付かなかったはずだからだ。

 この写真を撮った不二子は別室に姿をくらまし、イラストレーターを駆使して画像に修正を施した。出来上がった写真は、カトリーヌの指先が見事に消去されており、どう見ても一万田が自分でパンティを下げて踊っているようにしか見えない。もちろんアンダーヘアもばっちり写っている。

 こんなものネットに流されたら、私たちを盗撮行為で訴える以前に、一時的に海外逃亡でもして人生のキャリアをリセットでもしない限りは一生パラサイトシングルだろう。

 観念した一万田は号泣しながら指図した男の名前を白状した。

 目の前にひざまずいた一万田を見下ろすように仁王立ちし、遠山金四郎の世界に浸りきっていると、またしてもマリリンの馬鹿笑いで私は現実の世界に引き戻された。

 「何が可笑しいのよ!」

 不二子が背後から無言で写メの画面を差し出した。

 ゲロゲロ!

 まだ私だけ半尻ピカチュー姿だった。


 翌週から一万田は体調不良を理由に学校に来なくなった。そして後期の授業が始まる前に西夏を自主退学した。聞くところによると、小倉の通信制高校に通っているらしい。

 同時期に副校長の野見山も依願退職し、生まれ故郷である佐賀県馬渡島まだらしまに帰った。


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