第9章 ピンチヒッター・デラックス
久々のデート中、相手に愛想をつかしてしまった弘美は、代わりにポチ(石山新次郎)を呼び出してみるが・・
十二月上旬に市内のS学院高校で行われた私立学校生徒会長懇親会の席で知り合ったF大付属高校の生徒会長から、帰り際にメルアドを渡された私は、後日久々のデートに誘われ、クリスマス当日までハートウォーミーな日々を過ごしていた。
医学部志望の彼は県立病院内科部長の息子ということで結構話も弾み、シーズン柄予約困難な人気パスタ店のスペシャルランチも満喫できたせいか、私の恋愛対象偏差値もB判定に達していたが、会計票がテーブルに置かれた瞬間に、判定無効のアラートがけたたましく鳴り始めた。
「僕たち高校生だから、割り勘でいいよね」
はあ?クリスマスデートに誘っておいて割り勘って何?
たかだか携帯料金程度の会計で、「高校生だから」なんて、あんたいつの時代の人間なのよ。
夏にボランティアで知り合った他校の高三生と回転寿司を食べにいった時も、同じパターンだった。
草食系のどケチ野郎!
頭にきた私は「Be my guest(私の奢りよ)」と、ストローのように丸めた福澤諭吉を彼のアイスティーのグラスに差し込んで店を出た。
そこいくと、ポチの奴は計算高くて多分に胡散臭いところはあるにせよ、金離れはいい。
大して金があるわけでもないから、奢ってくれるっていっても大抵行きつけのうどん屋や定食屋で、景気のいい時で喫茶店のランチといったところだけど。
ただ、ポチの奢り方って普通とはちょっと違うんだ。
いつもレジに寄らずにアメリカ映画のようにテーブルにお金を置いてさっさっと出てしまう。店員から咎められたこともないから馴染み客だからなんだろうって漠然と思ってたけど、実はそれだけじゃなかった。
気がついたのは同じ喫茶店で三度目のランチを一緒に食べた時のことだ。
デザートのアイスが来る前にお手洗いに立った私が席に戻る途中、他のテーブルに配膳されているアイスが明らかに私たちのとは違うことに気がついた。他のテーブルのはバニラアイスにハッカの葉とウエハースが添えられているだけなのに、私たちのテーブルに運ばれてきたのは、アイスの上にブランデー漬けのチェリーが乗っかっていたのだ。
思い返せば、ポチが行きつけの店で釣り銭をもらうのを見たことがないし、テーブルに置くお金だっていつもお札だけだった。おそらくチップのつもりだろう。以前、レジに行かない理由を聞いたら、「レジ待ちするのが面倒臭いからだよ」って言ってたけど、そんなに大きな店に行くわけじゃないから、サラリーマンの昼御飯時でも、ポチと行った店でレジが渋滞するほど混んでいたことはなかったはずだ。
ということは、ポチの行きつけの店のプチサービスは全て根回しの賜物であって、チップの真の目的はあくまでも女性を口説くための食前酒ということなのだろう。
つまりこれってポチの口説き手段なんだ。
私は少々鈍感で気が利かないから、ポチのハ二―トラップ(私の前ではルーティーンワークに過ぎないが)の意味するところを理解するまでに相当な時間を要したが、恋のかけひきに敏感な女性なら、こういったさりげない気遣いに警戒システムを自動解除する可能性だってあるだろう。
持っているブランド服だって新品は一着もなく、全て中古のリペアだが、ジャンク品をポチ自身が補修して細部に手を加えているので、襟やポケットの形状、ステッチなど市販のものとは微妙に異なっていて、見る人が見ればオートクチュールと勘違いするほどの出来栄えだ。
唯一のバッタもんである腕時計にしても、どこで手に入れたのかかなり完成度が高く、本物のウブロを手にとって見たことがない限りは気付かれる心配はなさそうだ。
ポチは純粋な友だち(っていうか下僕?)だし、私を口説こうとするわけでもないから、一緒にいても、デート感っていうのは全くないけれど、他人からの好奇の視線を感じることはある。それも、いぶかしげな視線というよりは、羨望の眼差しに近い。
大してイケてないカップルがこれ見よがしにいちゃついて歩いてくるのを見かけると、少し意地悪な気分になって心持ちポチの方に身体を傾けながら上から目線になってしまうのは、グラサンで目元さえ隠していれば、スタイル着こなしともに人気モデルと遜色のないポチが隣にいることで、主観的美少女偏差値65の私がさらに引き立つことを、自分なりに十分に意識しているからに他ならない。
そう考えると、私は贅沢な女なのかもしれない。
稀代の色事師を日常的に手玉にとってるわけだもんね。
だけど、これが当たり前の生活になってしまうと、ちょっとヤバいかも。
何だかんだいってコイツよりモテる男はそうそういるわけじゃないから、ハードル下げられなくなって、「行かず後家」路線で終点まで直行という悲劇もありうる。
最悪、体裁だけ取り繕うなら、ポチで妥協という線も考えておかねば・・・
「弘美ちゃん、お待たせー。せっかくのクリスマスなのに、どういう風の吹き回しかな?」
パスタ店を出た直後に私が発信した天神パルコ前への呼び出しメールに応じたポチが、完璧にホワイトニングされた白い歯をキラキラさせながら微笑みかけてきた。
やっぱやめとくわ。
私は心の中のため息を押し殺すように一〇〇万ドルの作り笑いを浮かべて、
「映画、映画観に行こうよ」
と、ポチの袖を引っ張ると、
「いいねえ。森下悠里の『ふたりエッチ』・・じゃなくて、『ワイルド7』なんてどう、すごく観たかったんだよ」
一瞬間があったのは、こんな日に私の方から映画に誘われるのが、相当に意外だったからだろう。
大抵が頼み事か飲み会の語り部としてしか声がかかることはなかったはずだから。
それにしても、ポチのヤツがクリスマスにフリーとは考え難い。
昨年もオーバーブッキングして、綱渡りのようなクリスマスデートしてたくらいだから、それに懲りたといっても、セフレの準レギュラー陣が相当数指名を待っているのは間違いないはず。
ということは、今夜のナイトゲームは全て順延ってこと?
今は涼しい顔してるけど、結構、修羅場だったんじゃないかな。
そうまでして気まぐれわがまま娘の憂さ晴らしに付き合ってくれるなんて、いいとこあるじゃん。
じゃあ、今日くらいはクリプレ代わりに腕くらい組んであげようかな。
もー、せっかく腕組んであげたのに、ショーウィンドーに映ってるポチの横顔、妙に引きつっててだっさー。やっぱコイツ、イケてねー。