第5話 いつもの朝
次の日。
教室のざわめき、机を引く音、日直の号令、黒板にチョークの音──
それは、いつもの日常。だけど、秋人たち3人にとっては、もう“ただの学校”ではなかった。
「──なあ、あの声、今も耳に残ってねぇ?」
1時間目の国語の途中、蓮が教科書の影からボソリと呟く。
秋人はノートに漢字を書きながら、目線は先生を向いているが、小さくうなずいた。
「うん……あれ、マジで夢じゃなかったな……。手の汗も、息切れも、全部覚えてる」
「俺なんて朝起きても園芸用の杭、握ったままだったんだよ!? お母さんに見つかりかけて焦ったし!」
リクが、前の席から振り返って、声を潜めて訴える。
「お前それ、ガチでヤバいって。親にバレたら説明できねーぞ」
「だから今朝、道具全部リュックに詰めて押し入れの奥に隠した。次使う時まで秘密兵器ってことで」
蓮が吹き出しかけて慌てて咳払いする。秋人も思わず笑いそうになったが、すぐ真顔に戻った。
教室には、まだ“日常”の皮を被った空気が満ちている。でも──彼らにとっては、すでにそこに隙間ができていた。
-放課後、作戦会議-
「なあ、今日の夜だけどさ──」
放課後、3人は学校から少し離れた公園に集合していた。
ベンチに座り、ジュースの缶を片手に、ひそひそと話し合う。
「行くのは決まりだよね? 昨日のまま引き下がったら、一生後悔する気がする」
リクが最初に口を開いた。秋人もうなずき、続ける。
「ただし、昨日みたいに無防備に突っ込んだらヤバい。今回はちゃんと準備してから入ろう。ライトの予備と、護身用の道具は最低限いる」
「ってか、武器な。さすがに家から包丁とか木刀とか持ってったら、親にバレた時にシャレになんねーし」
「持ち歩いてると職質されるかもしれないしな……。バールとかも、よく考えたら普通にアウトだし……」
3人は顔を見合わせ、同時に言った。
「「「ホームセンターで調達しよう」」」
──昨日まで自分たちが当たり前に見ていたその場所が、今や武器庫に見える。
「中、結構残ってたしな。探せばいいのあるかも。長めの工具とか、アウトドア用品とか」
「火の道具も必要かもな。ライターとか、燃えるものとか。あと、ライトの予備バッテリーとか懐中電灯本体も多めに持っておきたい」
秋人が手帳を取り出して、持っていくべき道具をリストアップしていく。
•懐中電灯(+予備電池)
•バール(整備済)
•園芸用杭・ハンマー類
•軍手/作業用手袋
•スマホ+モバイルバッテリー
•ライター/キャンプ用火起こしグッズ
•水と非常食
「これだけあれば、とりあえず第一段階は大丈夫そうかな」
「一応、縄とかもあったほうがいいかも。登ったり、何かくくったりできるし」
「探索っぽくなってきたな……やべぇ、ちょっとテンション上がってきた」
蓮がニヤリと笑い、リクは目を輝かせて頷く。
秋人も、緊張と同時に、妙な高揚感を感じていた。
「集合はいつもの橋の下。20時ちょうどに。」
「秋人の家で勉強会ってことでいいよね」
リクが秋人に確認する。
秋人の家は、母親が1人で、その母親も病院の仕事が忙しく帰りは遅い。
「……あれだけワクワクしてんのに、バレて怒られるのは普通にイヤっていうこの矛盾」
「当然でしょ。ワクワクとビビリは共存するんだよ」
3人は笑い合いながら、缶を持ち上げた。
「じゃ、今夜──また冒険、始めようぜ」
缶をカツンとぶつけ合う音が、公園の静かな空気に響いた。