第4話 興奮が冷めないうちに
「──はあ、…やべぇ……マジで死ぬかと思った……」
ホームセンターの従業員通路の隅、古びた棚の影に座り込みながら、蓮が荒い息を吐く。
リクも懐中電灯を床に置き、膝を抱えてしゃがみこんでいた。
興奮に任せ、一通り言いたいことを言い終わった3人は壁にもたれてぐったりとしていた。
「心臓バクバク……やば……まじで心臓何個あっても足りん……」
「でも……」
秋人は、まだ少し肩で息をしながらも、扉を見つめていた。
無機質な金属の扉は、まるで何事もなかったかのように、冷たく閉ざされている。
「……いたよな。ちゃんと“いた”よな、アレ」
「うん、いた。バッチリ見た……なんかもう、脳に焼き付いて離れないし」
リクが呻くように答える。
蓮もハンマーを床に置き、頭を掻いた。
「信じらんねぇけど……あれは、現実だ。あんなにくせぇし、動きも、声も、ガチだった」
「──ってか、俺ら何に遭遇したの? ファンタジーの世界とかじゃないよね、これ現代だよね?」
リクが言いながら、周囲をぐるりと見回す。そこにあるのは、かつて見慣れた場所、今は潰れたホームセンターの、ほこりと錆に包まれた空間だった。
現実。
だけど、あの扉の向こうには──“現実じゃない何か”が確かにあった。
「……これ、警察とかに言ったら信じるかな」
「バカ、通報したって“夢でも見たんだろ”で終わるに決まってんだろ。あんなの、誰が信じるかよ」
蓮が吐き捨てるように言いながらも、どこか悔しそうにしていた。
「でも、俺たちは見た。俺たちだけは……知ってる」
秋人の言葉に、2人は黙ってうなずく。
しばし沈黙のあと、リクがぽつりと口を開いた。
「……また、行こうよ。あそこ」
「はあ!?」
蓮が思わず声を上げる。
「いやいやいや! お前、さっきまでビビってたろ!? あんなもんにもう一回会いたいのか!?」
「いや、怖いよ!? 超怖い! でも……でもさ、見たんだよ。ダンジョン。ゲームの中にしかないはずの、ああいうやつ。俺たち、今のままじゃ絶対満足できないと思うんだ」
リクは、震える声ながらも目を輝かせていた。
「だってさ……今まで見てきた世界が全部変わるかもしれないんだよ? こんなこと、滅多に起きないって!」
「……」
蓮は黙り込んだ。
秋人は、バールを握りしめながら天井を見上げる。冷たい蛍光灯の残骸が、静かに軋んでいた。
「……俺も、行きたい」
静かな声で、秋人が言った。
「ビビったし、逃げたし、たぶんあのゴブリンってやつはヤバい。でも……確かめたい。あの中に、何があるのか。なんでこんなことが起きてるのか」
「……秋人」
リクが嬉しそうに笑い、蓮は眉をひそめながら立ち上がった。
「……チッ。しゃーねぇな。行くってんなら、俺も行くわ。2人だけで行かせて“おいてけぼり”はムカつくしな」
そう言って、ハンマーを肩に担ぐ蓮。その顔には、さっきの恐怖を噛み殺すような笑みがあった。
「ただし次は、ちゃんと準備してからな。明るいライトと、もっとマシな装備…あとは、食いもんと水もいるかもな」
「探索準備か……面白くなってきたね」
リクが立ち上がり、懐中電灯をポケットに戻す。
秋人もバールを背中に回し、静かにうなずいた。
「今日のとこは、もう帰ろう。装備を整えて……また、明日夜に集合だ」
3人は、何度も振り返りながら、夜明け前のホームセンターを後にした。
誰もいない駐車場。見上げた空には、うっすらと東の空が明るくなっていた。