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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
戦後
94/96

86.気が付けば三年

 気が付けばあの戦争から三年も経っている。

 世界は平和で、いい感じだ。

 エリカが出演した映画もそれなりに当たって、少しずつ人気になっている。


 そんな穏やかで幸福な日々を過ごしている中、私は久しぶりの仲間たちと会っていた。


「乾杯!」


 リョーヴァとミールだ。

 2人とも随分と大人らしくなっていって、軍人としての雰囲気が溢れるようになっていた。顔もどこか精悍になっている。


「久しぶりだなリーナ! 最近どうだ?」

「ちょっと寂しくなりそう。航空学校の教え子たちが来年で卒業しちゃうからさ……。リョーヴァは?」


 リョーヴァは銀髪を伸ばして、後ろでゆるく結っていた。中性的だったその顔には男性成分が増えていて、なんというか、正統派イケメン? 軍人にしては線も細いし、世間で人気が出そうな感じだった。


「ここんところ毎日新型機の試験だな。音速を超えるつもりらしいんだ」

「音速超えたら機体が分解されちゃうかもね」

「怖いこと言うなよミール!」


 お酒を一口飲んで軽口を叩いたミール。

 彼は筋肉が増えていた。元々ガタイが良かったのもあって、平和な時だから時間もあるのだろう。バランスの良い体格になっていて、頼りがいのある雰囲気が出ている。

 にしても、何をしているんだろう。リョーヴァの話は同僚伝いでたまに聞くけれど、ミールが何をしているのかは全く聞かない。


「ミールは何してんの?」

「秘密」


 ミールは笑顔でそう言った。

 またまたお冗談を……。


「もったいぶらずにさあ」

「秘密」


 ミールは表情を変えずに言った。

 訓練された、仮面のような笑顔だった。


「……本当に?」

「それも秘密」

「ほぼ言ってるようなものじゃん……」


 ……深く聞くのはやめておこう。藪蛇になりそうだ。

 よし、気を取り直して飲み始めよう。久しぶりの戦友との再開だ。

 たくさん飲んじゃうぞ!







 視界が……揺れる。

 酔ってはない。まだ大丈夫、ちょっと危ないけど、ここで止めておけば平気だ。

 水を飲もうとして透明な液体を喉に流し込んで――ウォトカだった。まあ、ちょっとくらいだいじょうぶ。


「オイ……どうするよコイツ……」

「飲み過ぎだよリーナ。リーナ? ……だめだね」


 声が聞こえる。けど、雑音が混ざっている。いや、なんだか、声が声じゃないみたい。

 ああ、でも、何を言っているかはなんとなくわかる。どうせ、私の心配だろう。

 このくらい平気だっていうのに。


「酔ってないよぉ~。大丈夫、これくらいなら帰れるからぁ」

「いや無理だぞ!? 運転したら大事故になるからな!?」

「仕方ないね……。リーナ、家に電話ってある?」


 電話……。電話くらい、うちにもある。

 アンナさんが新しいもの好きだから、家電だったり調理器具だったり、最新のものは続々導入している。

 返事をしようとすると、胃がひっくり返りそうになった……。


「あるよ……うぷ」

「うおっ吐くなここではやめろ! 家の電話番号教えてくれ!」

「あ~……うん……」


 酔ってない……けど、ちょっと酔ってきたかもしれない。

 電話番号をどうにか頭の中の辞書から導き出して、2人に伝えた。不可能という言葉はないのだ。がんばればできる。


「よし、ミール、お前は店の電話借りてきてくれ! 俺はリーナのこと見張っとく!」

「了解! なんだか空戦してた時を思い出すね、こんな緊急事態は!」

「言ってる場合じゃねえだろ早く行って来い!」


 なにやら、ミールが急いで走り去った。空戦だのなんだの聞こえた。そうだね、あの時……戦争の時を思い出す。

 こんなに酔っ払えなかった。いや、酔ってないけどさ。でも、前線でこんなに無防備にはなれなかった。いつでも空に飛べるように、ゆっくりすることは出来ても今みたいにはなれなかった。

 楽しいなぁ、平和って。


「ほら、水飲めリーナ」

「うん……ありがと……」

「にしても珍しいな。お前が飲みすぎるなんて。なんかあったのか?」


 こくり、こくり。

 ゆっくりと水を飲むと、ちょっとだけ頭もはっきりしてくる。

 リョーヴァは私に聞いてきた。なにかあったか……あったけど……あるんだよ!

 こうなっちゃったのは全部あの人のせい。そうなのだ、私は悪くない!


「……さん。アンナさんがぁ、最近、かわいすぎるんだよっ!」

「……はぁ?」


 リョーヴァの肩を掴んで、私の視線に強引に合わせた。

 なんとも言えない顔をしている。いいから聞きなさい。

 誰にも吐き出せないでいた感情のダムにちょっと亀裂が入ると、結構な量が溢れてきた。


「私の気持ちも知らないで! どんなに頑張って我慢しているのかも知らないで……自分だけ想いを告げているからってぐいぐいくるし……」

「いや、付き合っちまえば良いじゃねえか」

「ダメなの! 私は……わかんないし……恋愛とか……。だから、幻滅させちゃって……バイバイになっちゃったらヤだし……」


 付き合うとか、そういうのは、嫌だ。

 でも、誰かに渡すのも嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。……頭の中で同じ言葉がぐるぐる回る。

 次第に……思考の渦が……ずっと頭の中で……ねむ…………。


「お、ミール。どうだった?」

「チェレンコワさんが迎えに来てくれるって。リーナは?」

「惚気たら寝ちまったよ」

「『白聖女』様は変わらないね」



 がたん!

 大きな揺れで目が覚めた。

 真っ暗だ。いや、目の前は明るい。ライトに照らされた郊外の道。家の近く。車。

 隣を見ると、アンナさんが運転してくれていた。いつの間に……?


「あれ……? アンナさん……?」

「起きましたか。ミロスラフから、リーナがひどく酔っているという電話を貰いまして。迎えに来たんですよ」

「あう……ごめんなさい……」


 あんまり覚えていないけれど、リョーヴァとミールに迷惑を掛けてしまっていたことは覚えていた。

 今度謝っておこう。……あんなに酔っ払うのは久しぶりだった。


「……ところで、酔った理由、聞きましたよ」

「え……? 私、なんか言ったっけ……?」

「私は、そんなことはない、とだけ言っておきます」

「ごめんない、あんまり覚えてなくてわかんないんですけど……。ありがとう?」


 なんだか言ってしまったらしい。アンナさんがそのことに答えてくれているんだけれど、私にはあんまりわかっていない。

 とりあえず感謝をしておいた。まあ、大事なことならいつか思い出すだろう。酒の席での言葉なんだから、どうせ大したことじゃないからあんまり気にしすぎなくても良いかもしれない。


 起きたばかりなのに、また眠くなってきて大きくあくびをした。まぶたが重い。

 本当に飲みすぎちゃったから、今度からは気を付けないと。アンナさんに迷惑掛けたくないし。


「……はぁ、泥酔ですね。今日はもう寝てください。寝室にも私が運んであげます」

「えへ……ありがとう、アンナさん……」


 あと一言、何か言おうとしたんだけど、私の意識は沈んでいった。







 ある日、私はリーリヤ少将に呼び出されていた。

 家に呼び出されているので、ミラーナさんとも会える。久しぶりだから楽しみだ。


 リーリヤ少将とミラーナさんの家は、首都の大通りの近くの集合住宅の一室にあった。

 私の実家のような団地みたいな集合住宅(ピャチエターシュカ)ではなく、もうちょっと高級な建物だった。


 教えてもらった部屋に行って、インターホンを押した。

 すぐに鍵が開く音がして、ミラーナさんが私を出迎えてくれた。

 「お邪魔します」と言って中に入ると、お香を焚いているのかもしれない。なんだかおしゃれな香りがした。後で教えてもらおう。


「お久しぶりです、ミラーナさん」

「結婚式以来ね、エカチェリーナちゃん。元気にしてたかしら?」


 久しぶりに会ったミラーナさんの薬指を自然に指輪が彩っていた。

 結婚式の時にはまだまだ装飾品という感じだったのに、今ではそこにあるのが当たり前のようになっていた。


「教え子に揉まれる日々ですよ! ミラーナさんはどうでしたか?」

「予算獲得のために党と日々戦ってるわよ」

「それは……すごいですね……」


 ミラーナさんは魔法学の学者として徐々に功績を上げていた。

 各国の魔法使いとの伝手も生まれているようで、魔法学の総本山であるアカデメイア(ギリシャみたいな場所にある国)の大学へと学びに行ったり、精力的に学問を頑張っていた。


 そうして近況報告を交わすことしばらく、玄関から鍵を開く音が聞こえて、私を呼んだ張本人が遅刻して入ってきた。

 一応起立して敬礼をしておく。必要ないだろうけど、軍人同士だからね。


「おーおー、申し訳ねえ。遅れた」

「リーリヤ少将! お疲れ様です!」

「やめてくれや大佐。プライベートだぜ」


 私の敬礼を受けて、リーリヤ少将は外套を脱ぎながら手をひらひらと動かした。

 出会った当初は少佐だった彼女は、今では少将になっていた。第33航空連隊や特殊任務航空小隊としての活躍のほかにも、首都の近くの村を救っていたり、イゾルゴロドのパルチザンとして活躍したり、人民からの支持も篤かったらしい。そうしたことから、少将にまで昇進した。


 私の上司でもある。仕事の関係で話すことも割とあるけれど、それなりに真面目に接していた。

 元帥から少将の評判を聞いてみたこともあるけれど、結構人気があるらしい。話しやすいし、実は真面目だからね。人気なのも頷ける。


「……ふふっ」

「んだよラーナ?」

「いえ、リーリャは私の見てない所でしっかり軍人やってるんだなって思って……ちょっと面白かったの」

「少将だからな。サボれる立場じゃなくなっちまったぜ……。早く頼れる副官が来てくれればいいんだけどなあ!」


 リーリヤ少将は私の方をちらちらと見てきた。

 残念だけど、私は大佐で十分なのだ。それに、先生としての立場も結構楽しんでいる。


「飛行機乗れなくなるからこれ以上偉くなるつもりはないですよ、残念ですけど」

「つれねえな。んじゃラーナ、復帰してくれないか?」

「嫌よ。私は学者の方が肌に合ってるわ」


 ミラーナさんは即答した。

 今のほうが生き生きとしているから、本当に天性の仕事なんだろう。いいことだね。


「2人とも変わりませんねぇ」

「そりゃそうだ。未だに新婚気分だぜ。な、ラーナ?」

「私はちょっとは落ち着いてきたわよ」

「口ではなんとでも言えるからな」


 リーリヤ少将はいつもより機嫌が良いみたいだ。昔みたいに軽口を叩いた少将は、ミラーナさんに叩かれることになった。

 ぽこぽこ殴られている。


「痛い痛い。……いやマジで痛いんだけど!?」

「少将様は大佐ちゃんの前では調子に乗っちゃうのね。お仕置きしないといけないわ」

「いちゃつくのは私が帰ってからにしてくださいー」


 苦笑しながら私が言うと、ようやく2人は落ち着いてくれた。

 早速用事を聞いてみよう。どうして私を呼んだんだろう?


「それでリーリヤ少将……話ってなんですか?」

「そうだな。昨今の宇宙開発事情についてはどの程度まで知っている?」


 用件を聞くと、少将はキリリと顔を整えてお仕事モードに切り替わった。

 宇宙開発は、一昨年の我が国による初の衛星の打ち上げ以来、大国間で熾烈な争いが繰り広げられている。日進月歩で成長していて、経済的・技術的な冷戦のようになっていた。


「どの程度までって言われましても……一昨年我が国が世界で初めて衛星を打ち上げて、最近もちょくちょく軌道に乗せているってことくらいですね」

「しっかり新聞は読んでいるみたいだな。結構だ」


 椅子にもたれかかって腕を組んでいた少将は、私の言葉を聞いて一本指を立てて一瞬だけ私を指してきた。良い答えだ、とでも言いたげな仕草で。

 なんだかあの人を思い出す。


「なんか元帥みたいになりましたね……」

「あんなオッサンと一緒にしないでくれ。んで次だけど、国際情勢は?」


 理解を促すために質問するのも元帥っぽい。言わないでおくけど。

 そして、最近の国際情勢。平和そのものだった。

 海軍では空母や戦艦、空軍ではジェット戦闘機や爆撃機、陸軍では戦車や装甲車の生産が行われ続けているけれど、軍を精強にするというよりは、軍需産業の保護という面の方が大きい。

 宇宙開発では熾烈な競争となっている一方で、国際協調は外交の基本として根を張り始めていた。国際分業もちょっとずつ進んでいる。


「平和ですね。火種はちょっと見つかってますけど、そういうのに対しては国連が積極的に動いていますし」

「そう。そんな国際協調の雰囲気の中で、面白い計画が出てきてな――」


 もったいぶって言葉を溜めた少将は、続きを急かすために私が腕を組むとようやく次に進んでくれた。


「――人類初の有人宇宙飛行は、全世界で協力して行うつもりなんだ」


 もったいぶるのもよく分かる内容だった――!

 凄い。まさか、ここで一致団結することができるなんて。

 一番の勝負どころだけど、一番危険なところでもある。だけど、どこか一国が先んじれば歴史に功績を刻むことは確実なのに、ここで理性を保つなんて。


「すごいですね……!」

「だろう? んで、我が国からは大佐、お前を推すつもりだ」


 なるほど。競争が無いわけではないらしい。

 最初の宇宙飛行士はどこかの出身で、そこの国がちょっとだけ名声を得られるってことなのか。

 まあ、メインは機体開発とかだろうし、ここは仕方のない部分なのだろう。


「へえ、そうなんですか」


 で、我が国からは私を出すことになるらしい。

 そういう人がいるんだね。宇宙飛行士に適してる人が。

 ……ていうか、私?


「そうそう。はい承諾得たな。ラーナも聞いてたよな?」

「そうね。しっかり聞いていたわよ」

「……え?」


 ……!?

 なんだかとんでもないことを伝えられたんだけど!?


「……有人宇宙飛行!? 私を!? なんで当然のように言ったんですか!? 人類初の偉大な事業になるやつじゃないですか!!」

「『白聖女』がごちゃごちゃ言うんじゃねえよ。大丈夫、敵のエースと空戦するよりは安全だ。科学万歳ってやつだな」


 がたん、と立ち上がりながら私は叫んだ。

 そりゃ戦うよりは安全なんでしょうけど……!

 ミラーナさんの方を見る。目が合う!


「ちょっと、ミラーナさんもなんか言ってくださいよ……!」

「私もエカチェリーナちゃんが一番の適役だと思ってるわ、頑張ってね」

「おお、もう……」


 座って、顔を覆った。

 もっと正式な場で伝えてほしかった。衝撃が凄いよ……。


「……私以外にも候補はいるんですよね?」

「まあな。各国から一人ずつ出す。だが適正的に考えたら、大佐、お前でほぼ確定だ」

「ええ……」


 未だ現実感がない。

 当然だろう。だって、急に伝えられたんだもの。ここで情報を押し付けられても明日には全て夢だと思っているかもしれない!


「ということで、今後は仕事内容が増えるぞ、っていう伝達だ」

「アンナさんとの時間が……」

「そこは平気よ。私の研究室をエカチェリーナちゃんが訓練する施設の近くに移すことにしたの」


 ちょっとした懸念を呟くと、ミラーナさんは既に対応を始めていた。

 何から何まで、私のために動きつつある。

 夢じゃない。現実なんだ。


「えっ、それって」

「そう。チェレンコワさんといつでも会えるわよ。安心してちょうだい」

「ありがたいですけど……。外堀を埋める速度が早くないですか?」


 ……これ、私が知らない場所で全部決まってるやつでは?

 戦時中にもたまにあった。信頼の証であるから、嬉しくないこともないんだけど、私にも根回しをしてほしくなる。


「まあ、気にすんな。つーことで大佐、こっからは仕事の話はナシだ。ゆっくり飯と会話を楽しもうや!」

「はあ……仕方ないですね! お酒は控えめにしておきますけど、その代わりたくさん食べますから!」


 もう……未来のことは未来の自分に任せてしまおう。

 とりあえず、今は目の前のことを楽しんじゃおう!







 ミラーナさんとリーリヤ少将が集まって、そこでお酒が出たらどうなるか?

 当然こうなる。


「やっぱり……。お二方、そろそろ私帰りますからね。戸締まりしっかりしてくださいね……」


 「大丈夫よぉ」というミラーナさんの酷い声を信じて、私は家に帰ることにした。


 それにしても、有人宇宙飛行か。

 ……私が。


 口ではああ言ったけれど、正直、すごく嬉しい。

 帰りのバスを待っている時、周りに人がいなかったから大きな声で喜んだ。


 ウラー!

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