71.ボーナスステージ
進軍は順調に進んでいる。
イゾルゴロドから出立してたった3日でオルムゴロドの解放に成功し、今ではリヴォニアとの国境地帯を超えた辺りに来ていた。
森林地帯が多い場所なので、装甲部隊や機械化部隊の大々的な運用な難しい。けど、我らが党の軍隊の空軍は精強だ。地上の不足を大いに補ってくれる。
「この調子なら今週中にはリヴォニアの解放かな?」
「流石にそれは難しいよ」
「だな。お、中佐たち帰ってきたな。俺らの番だ」
人数に余裕が出た特殊任務航空小隊は、これまでは3人でずっと飛んでいた任務で交代制を取り入れることにした。余裕があるに越したことはない。
それに、どちらかが地上にいるという事は、この間のような首狩り作戦への対策にもなっていた。
片方が飛んでいる間も寝ているわけではない。地上で警戒しながら待機しているだけだ。
楽かどうかで言うと、あんまり変わらない。格納庫の片隅に机と椅子の一式を持ってきて座ってはいるけれど、いつでも飛べるように飛行服だしね。寒いし暇だしで早く空を飛びたくなる。
なお、元帥から特別に命令される任務は全員で出撃だ。
それに、メンバーもくじ引きで決めるようにしているのでこの間の懇親会が無駄になったわけではない。今回は偶然このメンツだったけど。
「リーリヤ中佐、ミラーナ中佐。お疲れ様です」
「おう、頑張ってきたぜ」
「簡単な任務の経過報告でもしましょうか?」
「良いんですか? お願いします」
私たちが任務の引き継ぎを行っている間、リーリヤ中佐はミールたちにちょっかいをかけに行っていた。
仲良しなのは結構だけど、あんまりいじめないでほしい。ミールはいいとして、リョーヴァは目上の人には逆らえないタイプなのだ。猫ちゃんだから小心者。
「……という感じね。私たちの担当空域は平和だったけれど、別のところでは偵察機が目撃されたみたい。注意してね」
「わかりました」
「それじゃ、気を付けて行ってらっしゃい。――リーリャ! 引き留めるのはそれくらいにしておきなさい!」
ミラーナ中佐はリーリヤ中佐の襟を引っ張って連れて行った。
私たちもコックピットに行こう。ぱんぱん、と手を叩いて2人を呼び寄せた。
エンジンを始動して、滑走路に行って、空に飛ぶ。
今日の天気ちょっと雲が多め。青空は見えるけれど、雨が降りそうな気もする。
雲の上に行っちゃえば関係ないけどね。
高度を稼ぎながら進路を取っている途中に、ミラーナ中佐から伝えられたことを僚機たちと共有した。
偵察機のことと、最前線近くで飛行爆弾の痕跡らしきものを見かけたこと。
『へえ、飛行爆弾か。そりゃ飛んできてるよなあ』
『ラケータも落ちてきてるって聞いたよ。ぼくたちも気を付けよう』
それから飛ぶことしばらく。
無線が入ってきた。元帥だ。
『少佐、緊急だ』
『元帥? どうかしましたか?』
『敵重爆撃機の編隊らしきものをレーダーに捉えた。確認を頼む』
『了解です。中佐たちはどうしますか?』
『陽動の可能性もある。彼女たちは基地で待機だ』
爆撃機の迎撃は得意だった。
少数なら私たちだけで余裕だし、それなりの規模でも無理せず撃退できるし、大規模だったらそもそも近付くことも無理なので判断が楽ちんなのだ。
『爆撃機だった場合は撃墜しますか?』
『大規模な編隊の可能性もある。無理のない範囲で頼んだ。……すまんな、君たちには毎度キツい仕事を押し付けてしまって』
珍しく――本当に珍しく――元帥が私たちを気にかけてくれて、普段は直接返答しない僚機たちが声を出した。
『気にしないでいいんすよ元帥。今更ぬるい仕事ばっかさせられても逆に調子が狂っちまいます』
『そうですよ。ぼくたちを一番有効活用できるのがそうした使い方なんですから、気にせず使ってください』
『恩に着る。生きて帰ってくるんだぞ』
ぷつりと途切れて、任務は変更だ。
進路を変えて爆撃機編隊の確認へと向かう。
それなりに飛んで地平線の彼方には海が見える辺りに来ると、目的の編隊が確認できた。
『見えてきたね……12……16機かな?』
結構な数だった。
敵はまだ気が付いていない様子だけど、あれに近付くのは難しい。危険すぎる。
『……なんつう数だよ。俺たちでやるのは無理だな。蜂の巣だ』
『さすがに無理だね。リーナ、元帥に応援を頼もう』
2人も同じ意見だった。
『そうだね。あれは無理――待って!』
諦念と一緒に嘆息して元帥に増援の連絡をしようとした時に、爆撃機が一斉に何かを投下した。
ここはほぼ敵地だ。味方のものがあってもまばらな塹壕とか簡単な陣地程度。この規模の爆撃機編隊の目標はない。
何を投下したのかと目を凝らしてみると、その投下物体は飛行を始めた。
一機につきおよそ4つ。それが16で64。
そして、気持ち悪い音を立てながら飛んでいる、おびただしい数のそれは――
『飛行爆弾だ!』
『一斉掃射!?』
『元帥、聞こえますか! 飛行爆弾の飽和攻撃です。気を付けてください!』
総司令部の返事や許可を待たずに迎撃を始める。爆撃機の編隊は踵を返していったけど、追う余裕なんてない。飛行爆弾を迎撃しなくちゃ。
敵の目標はわからない。だけど、なにをしようとしているのかはすぐに理解することが出来た。
『――思い出した、ズウォタに最初に攻撃を加えた時のやり方だ!』
『なんだそれ!?』
『あっちはたぶん地上発射だから違うけど、結果は一緒だよ。基地を壊すためのやり方だ!』
あの日の出来事。
私は幸運にも無事だったけど、あの攻撃を受けて基地は一瞬で壊滅した。
『けどよ、あっちの方角には俺たちの基地はないぜ!?』
『それは……』
『陸軍の補給基地があるんだよ。砲弾も銃弾もたくさん積まれてる……よし、ちょうどいい距離だね。口を動かすより一つでも数を減らそう!』
リョーヴァの言う事で確信を持てなくなりそうになった時、ミールがナイスな情報でフォローをしてくれた。
なるほどね。そこがやられたら大打撃だ。
『元帥、応答は不要です。敵の飛行爆弾の目標はおそらく陸軍の補給基地。対空部隊の展開をお願いします!』
飛行爆弾はジェットエンジンを積んでいるけれど、速度は比較的速くない。……そう、あくまで比較的。
降下しつつ速度を稼げば容易に追いつけるものの、水平飛行や上昇しながらとなると難しくなる。
よく考えてから動いて撃たないと、この数をどうにかするのは不可能だ。
『くっそ、飛行機を相手にするのと感覚が全く違う……!』
『落ち着いて撃とう。一発も無駄に出来ないよ』
真後ろにぴったりと付いて、照準をしっかりと調整して、操縦桿のボタンを一瞬だけ押す。
機関砲は弾を少しだけ放って、放物線を描いてから飛行爆弾のエンジンに着弾した。
推進力を失くした飛行爆弾はひゅるひゅると重力に引っ張られていく。
『まずひとつっ……!』
『上手い! ぼくもっ……』
『やるじゃねえか! よし、俺もだ!』
私に釣られて2人も上手く飛行爆弾の無力化に成功するも、目の前に壁のように広がるこの数を相手にすると全く変わっていないようにも見えてくる。
『焼け石に水だねこれじゃあ!』
『……ああ、なんとなく言いたいことはわかるぞ! 多すぎて大した損害にならねえってことか!』
『そういうこと。でもやるしかないね!』
今回だけは合衆国の戦闘機が羨ましい!
評議会共和国の戦闘機の武装は大口径少弾数なのだ。重機関銃をいくつも積めていればもっと楽に対処できるのに……!
『うおっと!』
『爆発が危ないね、距離を取って撃とう』
『あんまり速くないとはいえ距離を取りすぎても追いつけなくなるし……面倒だねこの戦法って』
飛行爆弾は空飛ぶ爆弾だ。
言ってしまえば巡航ミサイルのようなもので、本体に着弾すると爆発してしまう時もある。
周りの飛行爆弾にも余波で被害が出る時もあるけれど、飛んでいる私たちに被害が出る可能性のほうが高いし、なにより危ないので距離を取って攻撃する必要があった。
飛行爆弾は、私たちの機体の最高速度である時速600キロ程度を維持しながら飛ぶ。数が揃うと対処が面倒な相手だった。
『特殊任務航空小隊、聞こえるか。シャルロットに伝えて親衛師団の対空連隊を展開させている。すべて堕とす必要はないが、可能な限り削って貰えると助かる』
苦戦している中に、元帥から嬉しいお知らせが届いた。とはいえ、手を抜けるわけでもない。
私たちは全部堕とすつもりでかからないと。
『了解です!』
『そしてサプライズだ。その数の対処に相応しい増援を向かわせたぞ』
『それって……』
元帥の連絡とぴったりのタイミングで見慣れない機影が乱入してきた。
野太く低いエンジン音が空に響き、赤い弾幕が飛行爆弾に降り注ぐ。
一掃射で多数の撃破に成功したそれは、ゆっくりと旋回して私たちの近くへとやって来る。
『こちら合衆国義勇軍。『白聖女』との共演は初めてだな。生憎アメリア隊長は別件で忙しくて飛べないが、容赦してくれ』
『はははっ! 最高だな元帥! 本当にぴったりじゃねえか!』
『君たちの助けになれるとは光栄だ。『銀猫』、『山脈』。久しぶりだな』
『その声は確か……イェーガーだったっけ? 久しぶり』
アンウェルカムズだった。
私が思っていたように、合衆国の機体はぴったりだ。元帥もそのことをわかっていて増援として向かわせてくれていた。おもしろいことしてくれるじゃないの。
『私とは初対面ですか。それにしても良い腕してますね』
『これでもエースだからな。まだ一桁だから、あんたらと比べたらひよっこだがよ』
『十分ですよ! 飛行爆弾もスコアとして数えちゃいましょう、ボーナスステージですね!』
『……? よくわからんが、その通りだな。俺に任せとけ!』
それからは彼――イェーガーさんと協力することで飛行爆弾は地上へ近付く前に撃墜することに成功した。
西方への進軍は順調だ。だけど、抵抗が強まっているのも確かだった。