70.西方反攻
イゾルゴロドの解放が完了した我が軍は、西方へ反撃を行うことになった。
スオミとの停戦交渉は目下進行中とのことで、一時休戦となっている。まあ、どう転ぶにせよ、平和になることだけは確実だろうね。
イゾルゴロドから南西へ向かうと、同じくらい古い歴史を持つ古都――オルムゴロドにたどり着く。
まずはそこ、そしてリヴォニアの解放を行い、全長何百キロにも及ぶ片翼包囲を作り上げてから一気に国土の解放を行う――元帥はそう言っていたけど、私はあんまりよくわかってない。
ともかく、とんでもない規模の大攻勢を行おうとしているみたいだ。
故郷のヴォルシノフの解放はもう少し先。雪が強くなってきているけれど、本当に年末までに間に合うのかな。
『なあ、俺、めっちゃくちゃ頭痛いんだけど……』
『レフ! アタシらも一緒だ。イゾルゴロドの解放で再編が行われた部隊も多いらしいから、歩兵もたぶん一緒だ』
作戦目標の話を一旦置いておくと、目の前の課題に集中できるようになる。
そう、酷い二日酔いだ。……コックピットの中で吐いたら大惨事になるからそれだけは避けよう。
『物知りですねマルメラードワ中佐。ですがそれって危ないんじゃないんですか?』
『ミロスラフくん。党の軍隊っていうのは二日酔い程度、想定の上で作戦行動を行うものなのよ』
評議会共和国の人間は、酒で動いている。
外国でよく言われる言葉らしい。革命前の帝国時代も同じように言われていたとか。
この言葉の国の部分は変わりながら、何百年先も同じように言われ続けるのだろう。もしかすると、帝国より前の時代も言われていたかもしれない。
……まあ、それくらいにお酒は大事なのだ。文化でもあり、人々の燃料でもある。だから党の軍隊ではお酒関連の規律はゆるゆるだった。事故もそれなりに起こってるのにね。危ないよ。
『仲良くなったのはいいですけど、毎日酒盛りはしませんからね。私の小隊では飲酒飛行は厳禁ですよ、中佐?』
『当然ね』
『そうかよぉ。お硬いぜ。ラーナの影響か?』
このしきたりは第33航空連隊からの伝統だ。
航空部隊で飲酒飛行を禁止しているのは4分の1くらい。危険なのに気が付いてる人も多いけど、まだまだマイノリティだった。
平和になったら働きかけよう。このまま民間航空会社とかが開業したら大事故に繋がりかねない……。
『リーナは前からこんな感じですよ。変なところで真面目なんですよね』
『ちょっと、ミール?』
『あはは、ごめん。でも本当でしょ?』
私は常に真面目なんだけど?
いや、「常に」は言い過ぎかもしれないけど。でも真面目にやってるつもり。
昇進もしたからね。もうお偉いさんなのだ。それに相応しい振る舞いをしなければ。
そんなこんなで雑談をしながら飛ぶことしばらく。
レーダーが敵影を捉えた先、おそらくここに来るだろうという場所まで来た。
今回の任務はその敵の迎撃だった。珍しく遊撃ではない。元帥もちょっと気にかけてくれたみたいだ。
敵はどこだろう……と冬の澄んだ青空が焼き付くほどに目を凝らしてみても、あまり見えない。
機体を旋回させようとした時に、ミラーナ中佐からの無線が入った。
『楽しいお話を邪魔する敵機がいるわね。2時の方向よ』
『……え、本当だ。よく見つけられましたねミラーナ中佐』
『エカチェリーナちゃん少佐にもまだまだ負けられないわ。これでもベテランなんだから』
私の索敵は他人よりも優れているという自負がある。実際その通りだった。リョーヴァもミールも戦闘機パイロットの中ではトップ層だけど、私より先に敵を発見することはほぼない。
そしてそれはミラーナ中佐やリーリヤ中佐たちにも勝っているものだと思っていたけれど……まさか負けるなんて。
ちょっと悔しい。今度コツを教えてもらおう。私が知らないものがあるかもしれない。
『すげえな、リーナより目が良いのか?』
『第33航空連隊がずっと戦い続けられていた理由がよくわかるね』
私の内心なんて気にせず、いつもの2人組は無邪気に賞賛していた。そんなことしてるとめんどくさくなっちゃうけどいいのかな?
『……隊形変えて攻撃に移りましょうか』
指示を出すと、リーリヤ中佐からの提案が入ってくる。
『おっと少佐、ここはアタシとラーナに任せてもらおうか。良いよな?』
『そうね。上手くできるといいのだけれど』
敵は6機。最近はこの単位で運用していることが多い。
たぶん、この数だと訓練が不足していても上手く使えるのだろう。それを証明するように、6機編隊の敵機は先頭のリーダー機を堕とすと連携はボロボロになることが多かった。
彼らの本来の戦術は2機編隊を二つ組み合わせて一つの単位とする、様々な状況に柔軟に対応できるものだった。こんな所にも限界が滲み始めている。
『私たちは周りでいつでも援護できるようにしますね。リョーヴァ、ミール、いつもの編隊になろう』
『ああ、了解』
『わかったよ』
今接敵した戦闘機を相手にするなら、空戦のリハビリにはちょうど良さそうだ。
中佐たちの周りに浮かぶように、私たちはいつでもカバーに入れるような場所に陣取った。
『ラーナ、どっちがやる?』
『今更撃墜数も気にしないわ。どっちでもいいわよ』
『そうか。じゃあアタシがやる』
戦闘機の形がはっきりと見える距離になって、ようやく敵も私たちに気が付く。
数で言ったら大きな差はない。敵は教本通りの動きを始める。――珍しいな。いつもなら、私たちに気が付いたら急降下して離脱することが多いのに。
『よく見といた方がいいよ。中佐たちの連携はすごいから』
ひとつ、思い当たった。
私たちの数がいつもと違うから『白聖女』の部隊だと気がついていないのかもしれない。……かわいそうに。
ミラーナ中佐が真っ直ぐ敵に向かい、リーリヤ中佐は斜めに飛びながら高度を稼いでいた。
獣が大口を開くような形になっている。口の中に飛び込むのが敵だ。
そして、目の前の敵編隊に向かってミラーナ中佐が射撃を開始した。距離はあるけれど、その狙いは正確。練度不足からか、個々にバラバラに回避行動を取るものだから機体をぶつけそうになる敵もいた。
『リーリャ!』
『あいよっ!』
そんな大混乱の敵に向かってリーリヤ中佐は緩降下しながら敵への攻撃を開始して――後ろでまごつく哀れな3機を撃墜した。
『ははっ、さすが新型機だな――っと!』
再び高度を上げようとしたリーリヤ中佐の機体だが、急な動きに対応できず失速しそうになる。危ない。
『ちょっと、危ないわよ』
『ごめんごめん。思った以上に操縦桿の反応が良かったぜ』
中佐はすぐに機体を水平に戻した。
……習熟訓練もほぼ無しに最新機だからね。感覚とのズレが生まれるのも仕方ない。
最後が締まらなかったけれど、中佐たちが見せてくれた連携攻撃は完璧なものだった。以心伝心、なにも言わずとも心で通じあっているような理想的なもの。
『……すげえな。なんつーか、両手で文字書いてるみたいな感じだ』
『二刀流の剣の方がそれっぽいんじゃないの?』
『達人のそれか。確かにな、いい事言うじゃねえかミール』
『どの動きにも無駄がないよね。2人でやってるのに、ひとつの動きになってる』
普通、脳みそは一つだ。見られる方向も一つで、口も一つ。それは何人いても変わらない。
生半可な連携だと簡単に対処されて各個撃破されてしまうけれど、タイミングが完璧だと物凄い力を発揮する。さすがだね。
『へへ、褒められると照れちまうな』
『若い子にそう言われるのは嬉しいわね』
『……ラーナ、最近ちょっと発言が年寄――うおっあぶねっ何考えてんだオイ!』
残りの敵機へは格闘戦を仕掛けるらしい。2人並んで飛んでいる中佐たちだけど、リーリヤ中佐の失礼な発言を受けてミラーナ中佐は機体が擦れそうな程に近付けていた。
『これも歳のせいかしらね。ちょっと操縦が覚束無いことも増えてきちゃったわ』
大丈夫なんだろうけど、見ててひやひやする。真面目にやってください。
『いや悪気は無かったんだ。いくつになってもラーナはラーナだぜ。ずっとアタシの愛してる人のまんまだ』
『……リーリャ、少佐たちが聞いてるのによくそんなこと言えるわね?』
『うん? 良いだろ、牽制みたいなもんだよ』
なんだか小っ恥ずかしいことを言いながら、中佐たちの空戦が始まった。
2人が1機ずつ堕として、最後に残ったのは敵の隊長機。ミラーナ中佐が機動を制限して、そこにリーリヤ中佐が射撃を叩き込む。お得意の攻撃だった。
『今のラーナの射撃みたいにな。よし、全機撃墜』
『ふう……。やっぱり空戦は疲れるわね』
こうして、日常に戻ってきた。
家族や親友と過ごす穏やかな日々は、残念だけど、今では非日常だ。