69.懇親会
元帥と少佐になる手続きを色々行うと同時に、リーリヤ少佐とミラーナ少佐も呼び出されて、彼女たちは中佐へと昇進することになった。
パルチザンからの強い要望によるものだという。人望だね。
ちなみに、ミールとリョーヴァは昨日のうちに大尉に昇進していたらしい。教えてくれなかったんだけど?
そして、少佐……中佐たちは特殊任務航空小隊に入ることになった。
2人とも私と関係が深いし、なにより戦争開始当初から戦い続けたエースだ。首都の攻撃で壊滅してしまったけど、親衛連隊にも入っていたし。
誰からも異論は出なかった。正直、3人だとちょっと足りない事も多かったから大助かりだった。
「つーことで、えっと、特殊……」
「特殊任務航空小隊よ」
リョーヴァとミールも呼んで、新生部隊の顔合わせだ。
党本部の一室を借りて行っている。このくらいの役得はね。
「ああ、それの新人になったぜ。リーリヤ・ウラジーミロヴナ・マルメラードワだ」
「同じく、ミラーナ・ヴァシーリエヴナ・ラスコーリニコワよ。私もリーリャも中佐になったから、宜しくね」
中佐たちは揃って軽く頭を下げる。
私は立ち上がって拍手をした。
「お願いしますっ!」
「おう少尉……じゃなくて少佐か。大出世だな。元気そうでなによりだ」
「少佐は上官の部下を持つことになるわね。頑張ってちょうだい」
私に続いて、残りの2人も挨拶を始める。
「よろしくっす」
「よろしくお願いします」
……でもなんだか元気がない。というか他人行儀だった。
「……ああ、よろしく。……なんかアレだな、姪っ子の友人に会うみたいで気まずいな」
「はは、そっすね」
「リーナを間に立たせればどんどん慣れていきますよ」
中佐たちも同じような感じだった。
距離感が掴めないというか……これじゃ空を飛んでもうまく連携できるかちょっと心配になる。
「良いこと言うじゃない。えっと……ミロスラフくん?」
……気まずい。
ここは私がどうにかしないと。この小隊のリーダーでもあるからね。
「……あの! 懇親会みたいなのでもしましょうか。元帥から予算引っ張って来ますから。あ……その……行ってきますから、とりあえず、自由時間で……いい感じに交流してくださいね……」
この場から逃げるわけじゃない。
ちょっと相談に向かうだけだから!
◇
ちょうどよく元帥はお偉いさん専用の部屋で仕事をこなしていた。
アポも無しに向かったけど、私と元帥の仲だ。許される。
早速、懇親会の予算を請求してみた。
「予算? それくらい構わんが……」
ノーラと同じく、元帥もなんだかたくさんの書類と格闘していた。
そんな書類の束をとんとん、として整えてから脇に除けて、机に肘を付いて私と向かい合った。
「ありがとうございます!」
「そうか、よく考えれば階級と歳、どちらも離れてるものな。少佐との関係だけ考えていた俺の不手際だ」
私は軍の経験は少ない。だから、他の部隊がどのように親睦を深めるのかはわからない。
元帥と仲良くなっているのだって、そうしておかないと問題が起きるっていう打算的な理由も結構あった。
だから、それよりも親密――あるいは信頼の置ける関係にならないといけないとなると、少し困る。
「いろんな差はありますけどパイロットですからね。実戦を経験すれば大分良くなるとは思います」
まあ、一回共に戦えばだいぶ良くなるだろう。だけど、その時のミスで損害を出すのは絶対に避けておきたい。
となると、地上の時点で仲良しになるべきなのだ。私はどっちとも仲が良いし信頼できる人たちだと感じているけれど、中佐たちと僚機たちはほぼ初対面。さてはて。
「そうだな。……ついでだ、君にあることを伝えておこう」
「え、なんですか?」
どうするかな、と思案していると元帥がなにやら伝えようとしてきた。
「少佐に昇進しただろう?」
「は、はあ」
今更激励だろうか?
そんなの言われなくても大丈夫なんだけど……。
「仕事は倍増だ」
「はあっ!?」
予想だにしていなかったことを言われて、素っ頓狂な声が出てしまった。
今ですら結構忙しいのに、更に仕事が増えるらしい。
……なんで?
「階級に関しては、戦前組との差を無くすため、戦時中に昇進した者にも平等な扱いをしているんだ」
「平等的ですね。流石党の軍隊」
「だからだな……本来なら学校に送って半年程度学ばせるところなんだが、戦時中だからな。戦争の功績で昇進した者は現場で覚えるほかないのだ」
尉官から佐官になるわけだもんね。責任も仕事も増えるわけだ。
で、平和なときならこのタイミングで指揮とかそういった面における教育を行うのだろう。中佐たちはそこらへんをしっかり受けている。
……けど、私は戦時昇進組。見て学ばなければならない。
そういえば、小隊の指揮官ではあったけどあまり仕事は多くなかった。これまでは大尉だったから色々オミットされていたのかもしれない。
それで済むならそのままにしてほしいんだけどね。
「君の小隊の中佐たちに教えて貰ってくれ。当然、俺も色々と教えようとは思うが、多忙でな……」
「お気持ちだけ受け取っておきますよ」
「ズウォタの解放が終わったら、同盟国と歩調を合わせるために二週間程度進軍を休止する予定だ。その時にまとめて学ぼう」
「……楽しみにしてます」
目の前の元帥様は、作戦が完了したら、半年分の過程を二週間でやるつもりらしい。いやあ、楽しみだなあ。
作戦を策定する立場の人がそんなどんぶり勘定しちゃうっていうのはちょっと心配になるけどね……!
遠い目をする私に気が付いていないのかはたまた無視しているのか、ともかく私を気にせずに元帥は話を続けた。
「さてと、それで懇親会だったか? 嗜好品は酒くらいしか届いていないから用意できるのはそれくらいだな。後は合衆国の加工食品か。厨房の同志に俺の名前を伝えてくれ。好きなだけ持っていっていいぞ」
「はい、遠慮なく貰っていきますね!」
「飲み過ぎには気を付けるんだぞ。明日から作戦は再開するからな」
未来には面倒くさい事がたくさん待っている。
今日くらいはたくさん飲まないとやってらんない。
◇
何人か人を借りて、余っていたものをいくつか貰ってきた。
机の上に乗せると、それなりの量がある。結構楽しめそうだ。
「中佐たちはお酒は控えめでお願いします」
だけどこの2人は別。だって制御不能になるから……。
「いいじゃないの、たまには。久しぶりのお酒よ?」
「そうだそうだ。嗜好品もずっと我慢してたんだから、良いだろ?」
「……仕方ないですね」
でも、私が伝えたことにそう反論されてしまう。
これまでずっと戦ってきたし、今日は特別にしてもいいか。折角の懇親会だしね。
「え、酒乱なの?」
「おっとミロスラフ。失礼だな。アタシたちは酒からの愛に精一杯答えてるだけだ」
「それって一緒じゃねっすかね……」
「レフくん。大人って、大変なことが多いのよ」
お酒の準備が進む中で、すでにこうした場を設けた効果は出てきていた。
ミールとリーリヤ中佐、リョーヴァとミラーナ中佐が仲良くお話している。
「そういえばリーナも最近酒飲むこと増えてますし、昇進するとひどくなるんすか?」
「そうね。偉い人ほどそうなるわ」
――リョーヴァがなにやら中佐に吹き込んでいるけれど、そんなことはない。アルコールの消費量は人並です。今まであんまり飲んでこなかっただけです。
でも、こうしたストレスの解消方法は手軽でよく効くから危険性も感じていた。元帥はよくタバコを吸っているけれど、私も手を出したらやめられなさそうだ。
ちなみに、パイロットでヘビースモーカーは結構少ない。空の上では火気厳禁だからね。
「えー、ごほん。乾杯しましょうか」
なんだかいい感じになっているから止めちゃうのは少しもったいないけれど、メリハリは付けとかないといつまでもだらだら続いちゃう。
私がみんなに声をかけると、リーリヤ中佐が言ってくる。
「そうだな。んじゃ少佐、適当に頼むわ」
音頭は私がやるらしい。
……あんまり得意じゃないんだけどな、人前であれこれするの。
上手いことも言えないけどがんばろう。
「えーっと……我が特殊任務航空小隊のさらなる発展を祈って……乾杯!」
「これ以上人は増えないだろうけどね。乾杯!」
ミールの余計な一言は無視して、一気にお酒を流し込んだ。
臓腑が熱くなる。この感覚!
◇
「っ……おぇっ……」
部屋は酒臭く、私たちは倒れ伏していた。
死屍累々の戦場だ……空の上では見ることのできないそれが、今この部屋に生まれていた。……おえ。