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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
オペラツィヤ・エカチェリーナ
73/96

65.伝説になりたかった

《お褒め頂いて光栄です、公爵殿!》

《やめてくれ。本来の私の爵位は男爵だ》

《ならなおさら凄いじゃないですか。そこから公爵になるなんて》


 旋回した後の加速では、私とリヒトホーフェン卿の機体では大きな違いはない。

 ただ、最大速度になるとその限りではない。なるべく速度を失わせて、私の優位な立場で事を運ばないと不利になる。


《本来ならばな。これは大衆党が皇帝(カイゼル)の遺志を無視して私に贈ったものなのだ》


 口を動かしながらも、目と腕が休むこともない。

 瞬きのタイミングもしっかりと考えて、一瞬の隙を逃さないように狙い続ける。

 最初の判断のお陰で、位置としては私が優位だ。


《故に、君のような素晴らしい飛行士にそのように呼ばれるのは、あまり好かん》

《へえ、なんか意外ですね……貴方は大衆ゲルマンに全てを尽くしているものかと思いましたよ――おっと!》


 わざと失速させるような無理のある機動を行って、リヒトホーフェン卿は私の背後へと躍り出た。

 真っ直ぐ飛ぶのはまずい。横に飛ぶのも、下に飛ぶのも言わずもがな。

 加速性能を考えると、上へと旋回して、視界から逃れた上で再び攻撃の姿勢に入るのが良さそうだ。


《今の祖国は腐った納屋よりも酷い体制だが、(かつ)てのゲルマニカの継承者だ。全てを尽くしているというのも、間違いではない》


 フラップを展開して、操縦桿を引いた。

 ぐぐ、と身体に負荷がかかる。一瞬だけ視界の端が黒くなるけど、すぐに姿勢を直して真っ直ぐの形に戻す。

 インメルマンターンだ。


《おや……内戦で散った戦友を思い出す機動だ。良い腕をしているな》

《観察する余裕まで……あるんですかっ》

《観察は大事だぞ、大尉。隙を見つけられるからな――ほら》


 再び鋭く旋回を行って、リヒトホーフェン卿の機体の背後へと向かう。

 しかし、私の機体を(バレル)中心に旋回(ロール)して、再び背後へと回られた。

 頭と目玉が上下左右へと忙しなく動くせいで、少し気持ち悪くなってきた。


《まだ荒いな。経験が少し足りないか》

《これでも、私、評議会共和国のエースなんですけどね》

《そうだな。大尉の腕前は、君たち『連合国』の中でも随一だろう》


 速度は随分と遅かった。背後の機体を引き離そうと旋回を行う。

 基本に忠実なその動きは簡単に対処できるものだったが、しかし、機体の性能というものはそれ以上を超えることは出来ない。

 私の背後を取り続けることを難しいと悟ったリヒトホーフェン卿は、速度を上げて距離を取り始めた。


 隙だった。

 素早く機体を動かして、照準をその背後に合わせる。機関砲を放つも、卿はそれを避けた。

 でも、そのお陰で加速を止めることは出来た。上々だ。


《良く喰らいついているな。羨ましいよ。荒々しく、若々しい。飛行士としてあるべき姿だ》


 まだまだ発展しきっていないジェット機だ。それが一度速度を失えば、速度的なアドバンテージはほぼ解消される。

 むしろ、加速し始めた私のほうが優位。

 ――もしこれが並のエースだったら、この時点で勝負は決められただろう。だけど、リヒトホーフェン卿は甘えを許してくれない。


《今もゲルマニカが健在で、私が男爵(バロン)なら……。祖国のために喜んで戦い、華々しく散れていたのかもしれない》


 追い詰められているというのに、その声に焦りは微塵も滲んでいなかった。

 どんな状況においても冷静沈着で、余裕すら伺える。

 実力と経験に裏打ちされた、ベテランの風格だった。


《あなたほどの人が簡単にやられるとは思いませんけどねっ!》

《私は凡人だよ、君や娘たちのような天才ではない》


 凡人だなんて……どの口が言っているのか。

 もし本当にそうだったら、内戦から生き延びていられるはずもない。自覚のない天才っていうのは厄介だね。


《しかし私は公爵となってしまった。皇帝程に権威が無ければ、男爵や騎士のように戦場で散ることも許されない。中途半端な場所に来てしまったよ》


 悲しそうな声色で呟きながらも、目の前の敵機は俊敏に動き、目敏く私の隙を伺っている。

 一瞬の油断が命取り。言葉ではまるで死に場所を探しているかのように言っているけれど、負けるつもりはないらしい。


《知っているだろう、大尉? 伝説の冒険者たちは皆、最期の行方が知れないことを》

《そう……ですね》


 有名な話だ。

 大活躍した者で、大往生を遂げた者は存在していない。みんなどこかで死ぬか、あるいは、行方不明になっている。


《『英雄』たちは最初の竜を斃した後、魔女を討伐するための旅に出た。それより先は誰も知らない》


 最初の『英雄』、古代から語り継がれている物語。

 魔物が生まれた時に最も活躍した、最も有名な最初のS級冒険者たち。まさに伝説のような存在で、実在すら疑われていたらしい。

 そんな彼女たちは、どこかに消えてしまった。


《『常勝無敗』は、大罪を犯した後には歴史に名前が出ることは無くなった》


 『常勝無敗』――聖女カタリナ。

 教主を救うことに失敗してからは、帝国にずっと追われていたという。

 彼女の剣術だけは今に伝わっているけれど、他の記録は、信徒たちの口伝の他に何も残っていなかった。


 残りのS級冒険者たちも同様だった。

 皆、志半ばで居なくなっていた。


《私はきっと……伝説になりたかったのだろう。戦場で華々しく散ることで、名前を残したかったのかもしれない》

《だったら今ここで、大人しくやられて下さいよっ!》


 シュヴァルベは角度を付けて急降下を始めた。

 一気に加速して、私から距離を取るつもりだろう。

 そうなったら形勢は逆転――常に私が不利だったけど、更に悪くなっていく――ここで距離を離してしまうのはまずい。


《ハハ、そうだな……。大尉のようなエースに堕とされるなら本望だった》


 機関砲を撃つことで牽制を行いながら、下側への進路を塞ぐ。

 だが、相手はうまい具合に避けながら加速を続ける。雲の中に入ってしまいそうだった。

 ……そうなると尚更まずい。雲海の中で距離を離されると、見失うことは確実だ。


《だがね》


 しかし、雲の中に入る直前で、赤いシュヴァルベは突然に高く舞い上がった。


《私は騎士でも男爵でもなく、護るべきものを持った公爵だ》


 合わせて操縦桿を引くと、視界が一気に狭まる。徐々に暗くなっていき、意識が飛びそうになるも歯を食いしばって我慢した。

 赤色は太陽に重なってその姿は強い光で隠された。


《君が、君たちの国が、私たち家族の障害となるのならば――》


 大きく息を吐いて、視界を取り戻す――居ない。

 見失った。

 背後に回られたかと思うも、そこではない。

 もしかしたら――


《容赦無く潰そう》


 操縦桿をもう一度、強く引いた。

 雲海が頭の上に広がる。天地が裏返った。


感謝する(ダンケシェーン)、大尉。良い戦いを有難う。若い頃を思い出したよ。君の名前は、よく覚えておく》


 勘だったけど、当たっていた。

 見失った機体は雲の中を通って来たようだ。


 ただ、気付くのが一瞬遅れた。

 空戦においては、それだけで最大の過ちとなる。


 上下を反転させるように旋回した機体は、重力に従って視線を下へと導いている。

 遅かった。


 白色が広がっていた。

 一点映えているのは、真っ赤な燕。

 私の未来位置へと機関砲を発射していて、その軌道は絶対に避けられない。


 コンマ数秒にも満たない時間で、私の身体は熟した果実が潰れたときのように、ぐちゃぐちゃになるのだろう。

 死ぬ寸前の思考のフル回転。おおよそ20年ぶりの感覚だ。

 ちょっと早かったね。


 これは覚悟を与える時間。人間のセーフティかもしれない。

 次の人生はどうなるかな、でもそれよりも訪れる瞬間に備えないと。

 せめて、痛みを感じませんように――そう祈って、私は目を瞑った。







 ――がくん。

 強い衝撃。


 全てが遅くなるような、気持ち悪い感覚。


 死んだ?


 恐る恐る目を開くと、()()()()()()

 私の機体は空に張り付くように、空中にピンで留められたかのように――


 眼前を機関砲の曳光弾が通過していく。


 生きている。


 曳光弾に続いて、リヒトホーフェン卿の機体も通過していった。

 コックピット越しに目が合って、私も卿も、どちらもただただ驚いていた。


《魔法ッ!?》

《な、にが……》


 止まっていた機体は急速に速度を回復して、プロペラは再び目に見えない速さで回り始める。

 愛機はこの時を待っていたのか勇猛に嘶き、それと同時に、ノイズ混じりの無線が割り込んでくる。


《久しぶりだなイモ野郎ォ……アタシらの愛しの少尉様を虐めるたぁいい度胸じゃねえか!》

《ふ、うっ……。やっぱり魔眼の負担は酷いわね》


 無線越しに聞こえてきたのは、上官たちの声だった。

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