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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
オペラツィヤ・エカチェリーナ
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64.第一目標

 エカチェリーナ作戦が発動されて、激しい戦闘を繰り返すこと2週間程度。雪が徐々に強まりつつある中で、私たちはついにイゾルゴロドの前方にまで辿り着いた。

 ここで戦線は二手に分かれ、オルムゴロドの解放とイゾルゴロド以北の解放を目指す部隊によるエカチェリーナ作戦内でのまた別の作戦が行われ始めた。……ややこしいな!

 私たちは後者だった。主攻を担う。


『今日は特に寒いな……ウォトカ飲みたいぜ』

『コーヒー飲んだでしょ……飲酒飛行なんてしたら注意散漫になって墜落するよ』


 飲酒飛行はあいも変わらず許可されている。だけど、事故がたまに起こっているせいで、総司令部(スタフカ)の会議とかでたまに議題に上がっているようだった。

 なお、それでも禁止される気配はない。血液の代わりにアルコールが流れているのが評議会共和国の正しい人民なのだ。最近は私もお酒を飲む機会が増えてきたから気を付けておこう。


『時々聞くよねそんな話。戦車乗りにも同じような問題が起こってるみたいだよ』

『あー、地上だと俺等とは別の寒さが辛いよな。風は当たるし暖房は無えし……』

『私たちは空軍で良かったね。少なくとも、塹壕で凍傷になることは絶対にないよ』


 飛行服は毛皮で作られていて、与圧装置の力で外の空気がそのまま流れてくることもない。

 だけど、それなりに寒かった。常に冷房がガンガンに効いてる部屋に居るようなものだ。耐えられるけど、ちょっと辛い。


『もしやられても暖には困らねえしな』

『お、おもしろい事言うじゃんリョーヴァ。そのままアネクドートにできそうだよ』


 ワハハ、と男2人は笑っていた。いやあ、撃墜された人の目の前でそんな冗談を言うなんて随分と勇気があるんだなぁ。

 組んでいる編隊の陣形では私が一番前で飛ぶ形なので、彼らを照準に捉えることは出来ない。残念だ。


『そういえばリーナは最近全く言わねえな、アネクドート。好きだったろ?』

『航空学校だと暇なときは娯楽室でいろいろ読んでたから色々知れたんだけどね……最近は新聞をたまに読むくらいだからさ』


 アネクドートは評議会共和国の文化だ。戦時下においても数え切れないほどのアネクドートが生まれ、中でも秀逸なものはあっという間に人民の間で広がっていく。

 航空学校に居たときは自由時間が多かったからいろいろと考えたり読んだり出来たものだけど、軍に入ってから――特に戦争が始まってからはあまり余裕はなかった。他にやりたいこともたくさんあるしね。

 でも、そんな中でもよく覚えているものがある。

 ごほん、と咳払いをして私が披露しようとすると、急に外の天気は悪くなっていった。天に嫌われている。


『あー……最悪。雪が強くなっちゃった』


 風防に雪が纏わりついていく。しかし、エンジンからの排熱や高速で飛ぶことによる風であっという間に溶けていく。

 こんなに強い雪の中を飛ぶのは久しぶりだった。……そういえば、初めてアンナさんと飛んだ時もこんな感じだったな。

 あの時の飛行機は風防がないタイプだから、ひどく寒かった。


『霧みたいでなにも見えないね。どうしようか』

『何も起きてないのに撤退する訳にもいかねえよなあ』


 今回の任務は警戒飛行だった。ある地点からある地点へと飛び回って、周辺でなにかが起こったらすぐに飛んで行く――警戒とは言うけれど、遊撃だね。

 だからこそ、道中で偵察も兼ねて低空を飛んでいたんだけど、この雪の中ではそれも出来ない。

 さてはて。


『雲の上まで飛ぼうか?』

『こんなに大雪だし、敵も飛んでるならそうするかもね。よし、高度上げよっか』


 悩んでいると、ミールがナイスな提案をしてくれた。

 早速高度を上げて、私たちは分厚い雲の上へと上昇する。







 分厚い雲を抜ける最高の瞬間を味わって、青空の下に出る。

 太陽が白い雲海を照らしていた。

 晴れている日の雪の平原みたいだった。なんだか、空の上という感じもしない。


『やっぱり日の光が当たるほうが気持ちいいね』

『そうだな。さてと、敵さんは見えるか、リーナ?』


 もっと高い場所にも雲がいくつか見える程度で、ほかは完璧な快晴だった。視界がよく通る。

 目を凝らして見渡してみても、怪しいものは見つけられなかった。


『うーん、居ないね。次の地点向かおうか』


 操縦桿を握って、方角を大きく変えた。

 傾いた機体を水平に戻した時、無線が入ってきた。


『――尉、大尉。聞こえるか!』


 元帥だった。

 珍しく焦っている。


『元帥? どうかしましたか?』

『緊急事態だ。至急帰還してくれ』

『何が――』

『簡潔に伝える。敵エースの編隊が総司令部(スタフカ)に向かってきている。俺を直接仕留めるつもりらしいな』

『奇襲ですか……! 了解です!』


 敵エース……リヒトホーフェン卿にハンナさんにエリカ、それにアンナさん……。

 地上部隊も果敢に応戦するだろうけれど、勢いは止められないだろう。それに、敵はジェット機だ。迎撃部隊が今から飛んだところで間に合うかどうかわからない。

 その点、私たちはちょうどよい位置に居た。今から向かえば間に合う。


『聞いたね、2人とも!』

『うん、急ごう』

『早く行こうぜ!』


 首狩りは脅威だ。

 首都の攻撃の時を思い出す。

 あの時は、恐らく、ハンナさんが党本部と総司令部を破壊したのだろう。その結果として、私たちは一気に潰走することになった。

 空挺軍が東から来ることでなんとか体制を建て直したものの、次はない。予備は訓練中の徴兵部隊くらいで、戦える部隊の殆どはこの作戦に参加していた。

 

 逆転される。――急いで向かわないと!


『……待って、聞こえない?』


 しかし、その時。

 澄んだ冬の空に、一際高い音が聞こえた。


『……聞き間違いかと思ったが』

『……ぼくだけじゃなかったか』


 気のせいかと思ったけれど、本物だったみたいだ。


『ああもうクソ(スーカ)、なんでこんなタイミングで!』


 リヒトホーフェン隊はその全てが向かっていたわけではないらしい。

 最悪のタイミングだと思ったけれど、織り込み済みだったのかもしれない。

 私たちを足止めするためだ。


 ――いや、あの人を向かわせるということは、私たちも仕留めるつもりだね。

 青空によく目立つのは、赤いジェット機だった。私たちから何キロも離れているのに、よく見えた。

 接敵するまではまだ時間がある。……だけど、迷う時間はない。


『不味いな……どっちを優先する?』

『わかってるでしょ。()()()()だよ』


 やるしかない。


『……また?』

『その通り! リョーヴァ、ミール、総司令部の救援に向かって! あの人は私が食い止める』

『……墜ちるなよ』


 大きく息を吐いて、心を落ち着かせた。

 興奮は邪魔だ。恐怖も邪魔だ。

 決して驕ってはならないし、かといって、自信を無くす必要もない。


 冷静に、フラットに。

 勝利への秘訣はただ集中して戦うことにある――リヒトホーフェン卿に、痛みを伴って教えてもらったことだ。


 視界が晴れる。聞こえる音も最小限になる。

 良いね。

 無線に向かって、私は返事を返した。


『2度もやられるつもりはないよ』

『うん。ぼくたちはリーナを信じてるから。絶対に……そうだな、ここは――』


 一拍置いて、ミールが私に激励の言葉を言ってくれる。


『勝ってね』

『――任せて! 2人も気をつけてね!』


 さあ、やってやろう!


 スロットルを押し込んで、近付くジェット機に向かって飛んでいく。

 無線の出力を上げて、誰に対しても聞こえるようにした。


《お久しぶりですね、リヒトホーフェン卿》


 私が挨拶をすると、卿は呆れたように言ってくる。


《また君ひとりなのか、大尉?》

《今度は無謀じゃないですよ。頃合を見計らって逃げるつもりですし》


 勝利条件は簡単だ。

 私は時間稼ぎ。ミールにはああ言ったけど堕とす必要はない。

 一方で、相手は私を堕とす必要がある。

 私のほうがほんの少しだけ優位。無理をしないで、着実に確実に。命を大事にやっていこう。


《そうか、反省しているようで何よりだ。だが、私は君を逃すつもりはない》

《はは……どうかお手柔らかに。戦後になって恨まれたらたまりませんから》

《クク、もう勝ったつもりか》


 接敵する。

 内戦から戦い抜いたベテラン相手に小細工は通用しないだろう。

 航空学校で学んだことを思い出しながら、基本に忠実にやっていこう。


 まず――機関砲を向け合うヘッドオンは悪手だ。

 攻撃を仕掛けるなら、上か背後から。横も悪くないけれど、狙いにくいからあまりやらない方が良い。

 だけど、この瞬間に上へ向かっても相手の機首が上がって簡単に堕とされるだけだ。

 ここで狙うなら、速度差を考えて通り越す(オーバーシュートする)のを勘案して……。


 直前まではヘッドオンの軌道をとる。単純に、真っ直ぐ向かい合う。

 そして――相手の機関砲が光った瞬間――今!


 敵の攻撃を避けるのと同時に操縦桿を斜めに動かす。

 僅かに上昇しながら運動エネルギーを位置エネルギーに変えて、エネルギーの損失を最小限に抑える。

 旋回が完了すれば目の前にあるのはジェット機の背後――まあ、相手は最強のエースだ。

 当然のように私の視界から逃れようとしているけれど、それくらいこっちも考えている。


 足元のペダルを押し込んで、ラダーを動かした。無理な動きに機体が悲鳴を上げるけれど、照準は完璧な場所を捉える。

 操縦桿のボタンを押して、赤い曳光弾を放つ。


 ……外れた! 真っ直ぐ飛んでいるように見えたけれど、リヒトホーフェン卿はほんの少し横に滑りながら動いていたようだ。

 鼻先を掠める程度の差で、私の機関砲は空を切った。


《ほう――甘えが消えたな。成長したじゃないか、大尉》

《お褒め頂いて光栄です、公爵殿!》


 一撃で全てを決めることは失敗に終わった。

 ここからが本番だ。

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