63.北へ
『リョーヴァ後ろっ!』
『了解っ!』
エカチェリーナ作戦の第一目標は、ミールが言っていた通りイゾルゴロドとなった。
あの演説の後に元帥はラジオにも出ていて、『雪よりも早く北方を解放する』と語っていた。
おもしろい言い回しだね。
『これで3機かな……!』
『やるねリーナ!』
イゾルゴロドの解放とスオミとの講話の後にはオルムゴロド、西方地域、国土を全て奪還した後にリヴォニア(バルト三国みたいな国)、ズウォタ王国(ポーランドみたいな国)の解放という作戦になっていた。
作戦のうち、国土の解放は今年中に終えるつもりらしいけど……。流石に難しいんじゃないかなあ……。
『おい、なんでこんなに敵居るんだ今日は!?』
『元帥が強行軍で行かせてるからだよ! 無理じゃないけどさっ……現場の苦労も考えてほしいよね!』
ということで、雪がちらつくよりも先に進軍を開始している。
イゾルゴロドへと近付くに連れて、敵の抵抗も徐々に強くなっていっていた。報告によると、西方から続々と援軍が到着しているらしい。
元帥の判断だから間違いはないんだろうけど、開戦以来の激しい戦闘が様々な場所で行われていた。……本当に大丈夫なの?
『敵さんが本気でレーダーを使うとこんなに効率的に迎撃されるんだね』
『余裕そうじゃねえかミール!』
『退ける余地があるっていうのは心が楽で良いよ』
どこもかしこもそれなりにキツい戦いを強いられてはいるけれど、犠牲はそこまで増えていない。適宜後退したり撤退したりしているので、激しい戦闘の割には損耗は非常に少なかった。
ミールのひとことで、私は元帥の言葉を思い返した。
『言われてみると確かに……元帥って無理な進撃はするなとか言ってなかったっけ?』
『各自の判断で退けとも言われてたな……でもこのくらいなら捌き切れる……切れちゃうからな』
そう、元帥の命令ではなく、現場の判断で激しい戦闘が行われているだけだった。
リョーヴァの言う通り、昔の私たちと違ってこの程度――敵の迎撃部隊丸ごとくらいなら、ちょっとやる気を出せば特殊任務航空小隊単独で撃退できてしまう。
たぶん、他の部隊も同じように練度が上がっているんだろう。だから、戦闘は一層激しくなっていた。
『あはは、そういうことだね。元帥が悪いんじゃなくて、ぼくたちが勝手に頑張ってるだけだよ』
『いっそ敵さんのエースでも来てくれればすぐに退けるんだがな!』
『……フラグはやめて』
リョーヴァが余計なことを言うものだから、つい私は呟いてしまった。
誰が来るのかわからないけれど、誰が来ても苦戦するのは確かなんだから。負けるとは思わないけれど、犠牲が出ないと信じられる程でもない。
折角もう少しで会いたい人たちに会えるというのに、ここで壁が現れたりはしないでほしいな……。
『また変な言葉言ってる。さて、一息つけそうだね』
ミールがそう言って、機体を水平に戻した。
周囲を見渡すと、話しているうちに空戦は終わっていた。私たち以外全て撃墜、いつもの戦果だった。
◇
そうして、前線基地に戻って来る。
空を飛んでいる最中に比べたら地上は温かいものの、最近は結構寒い。戦闘機から降りてすぐに建物の中に入った。
まとめて3つのコーヒーを淹れて、2人にも手渡した。合衆国からの支援物資は参戦をした後も(民間用に限っては)止まることはなく、こうしたコーヒーだったり、例の加工肉だったりは大量に届いていた。
このインスタントコーヒーは特に評判が良い支援物資だった。みんなお手軽だと言ってたくさん貰っていくので、戦後になったらたくさん輸入することになりそうだ。……もしかして支援物資って広告としてすごいコスパが良いやつなの?
「お、あんがと。そういえばリーナ、第33航空連隊の少佐たちはイゾルゴロドに居るんだよな?」
「うん、そうだね」
「となると、やっぱりパルチザンに加わってるのかもな」
パルチザン――抵抗組織。民間の人から構成される、軍隊ではない軍隊のようなものだ。
……民間の人から構成されるということは、その危険性は私たちとは比べ物にならない。それなのに、我が国ではいくつものパルチザン組織が結成されていた。
「イゾルゴロドのパルチザンって有名なの?」
「スオミ経由で比較的連絡が取りやすいから、あそこに実家がある奴は少し詳しかったりするんだ。と言っても、その中身は全く謎だがな」
イゾルゴロドはスオミによって占領されていた。だから、他よりはまだ暮らしやすいと言われている。
けどそれでも、パルチザンを組織するというのは非常に危険だろう。普通に暮らす人が入るのなら、そのような危険の中に居ても折れない強い信念が必要だ。……だけど、お母さんは別として、ノーラやミハイルおじさんは専門的な技術を持っている人たちだ。
もしかしたら、そうした方面での協力者としてパルチザンに加入しているのかもしれない。生きていればの話だけど。
「そうなんだ……もしかしたら、親友もいるかもな……」
「だな。早く解放して安心しようぜ」
そうだね、と返事をしながら椅子に座った。
丸テーブルの周りに椅子が三脚。ぴったり。テーブルの真ん中には余り物のお菓子がいくつも積まれていて、これだけでも戦況に余裕が出てきていることを如実に表している。
なんせ、ここは前線基地だ。こんなところまで嗜好品が届くなんて……戦争開始当初以来な気もする。
「スオミの人たちの間では厭戦感情が高まってるらしいよ」
「うわ出たミールの謎情報、どこから知ったの?」
「……これは合衆国の新聞で報じられてたからだよ。スオミが正式に交戦してるのは我が国だけだからね、連合国の他の国はそれなりに自由に動けているんだ」
へえ、わざわざ外国の新聞まで読んでいるんだなあ。情報通には情報通なりの努力があるみたいだ。
「ほー、だから講和もしやすいってことか」
「そういうこと。和平合意の落とし所が簡単に見つかるかは別だけど。まあ、これはぼくたちが考えることじゃないね」
戦争を始めるのは簡単だけど終わらせるのは難しい――どこかで聞いたことがある。
その通りだろう。スオミは係争していた領土を獲得した一方で、我が国にとってはその逆だ。
イゾルゴロドは返してもらえるだろう。帝国時代の首都だし、あれを持ち続けたらどうなるかなんていうのは火を見るよりも明らかだからね。
一方で、他の所についてはなんとも言えない。我が国でもあり彼の国でもある、というのが本当のところだからね。係争地によくあるやつだ。
……結局はミールの言う通り、「私たちが考えること」ではない。これは外交官の仕事だ。
「北方が早く解放することはわかったんだけどさ。西はどうなるんだろう?」
良い機会なので、情報通クンに私が疑問に思っていたことを聞いてみよう。
なんせ、西には我が故郷――我らがヴォルシノフがあるのだ。
「やっぱり地元が気になる?」
「そりゃあね。リョーヴァみたいに大都会じゃないし、ミールみたいにみんな知り合いの農村ってわけでもないちょっと大きな町だけどさ。生まれ故郷は気になるよ」
青春の思い出が詰まった学校は壊れてないのか。実家の集合住宅はあまり汚れていないか。それになにより、革命記念第24飛行場はどうなっているのか。
気になることはたくさんあった。航空クラブの先輩たちや学校の友人たち、戦争が始まってからは連絡は取れなくなっている。所在もわからないし、私はずっと多忙だったし。
「残念だけど、今年中、としか言えないみたいだね」
「……そもそもそれって本気なの? あと3ヶ月もないじゃん。雪もあるし」
「ぼくも戦略の専門家じゃないからなんとも言えないけどね。国土の解放は難しくても、ヴォルシノフまでは行けそうな気もするよ」
「だと良いんだけど」
地上での雑談と高空での戦いを繰り返しながら、私たちはイゾルゴロドへと徐々に近付いていく。
それが希望となるのかはたまた絶望となるのか……私の心は、目標へと近付く毎に落ち着かなくなっていった。




