61.解放
首都の解放という大事業を為しても、私たちの顔色は晴れなかった。
2人はアンナさんのことを初めて知って、思った以上にダメージを受けていた。
「まさかチェレンコワ大尉が……いや、なんて呼べば良いんだ」
「いいでしょ、そのままで。ねえ、リーナ。リーナは知ってたんだよね?」
「……うん」
私たちは元帥と総司令部の案内のもと、首都の大通りにあるホテルの一室にいた。幸運にも首都の中心部にありながらラケータの被害に合わなかった建物だ。
一週間程度の休養を命じられた。とはいえ、私たちが特別というわけではなく、休みの長さの違いはあれど全員に休養は与えられているらしい。
「どうして裏切ったのか、その理由も?」
「うん」
「良かったら聞かせてくれないかな。ぼくたちも、あの人がただ保身のためだけに裏切るなんてことはしないと思ってる。ね、リョーヴァ」
「ああ。……まあ、信じたいだけかもしれねえけどさ」
「わかった。他言無用だよ、元帥にしか報告してないからさ」
2人にそう断ってから、ところどころは曖昧にぼかしながらもほとんどのことは伝えた。
アンナさんが前線に送られていたこと、そこで敵にも味方にも疎まれていたこと、元が貴族で大衆ゲルマンにルーツがあって、リヒトホーフェン卿とは親戚だったこと。
リョーヴァは腕を組んで、ミールは椅子に腰掛けながら神妙に頷いて聞いていた。
「なるほどな」
「タイミングが悪かったね。あの時なら、そうした動きをするのも不思議じゃないよ……だって、ぼくたちだって負けると思ってたもの」
怒るのか失望するのかそのどちらかと思っていたけれど、2人の反応は違かった。
むしろ、背後関係を知れてさらに納得したような感じだった。
「なんにせよ、寝返ったこと自体は当然のことだけど悪いことだわな」
「そうだね。だけど、『魔女』って呼ばれるほどではないよ。……ていうか、元は味方からも呼ばれてたんだから、だいたいそいつらが悪いじゃん」
私が口を挟まなくとも、アンナさんは不必要な批判をされたり中傷されたりもしない。
用意していた擁護の言葉の行き先がなくなって、私は口をぱくぱくしていた。
「はーあ、あの人が最初っから親衛連隊に来てたらいろいろ変わってたのかもなあ」
「みんな揃ったしね。もしかしたら特殊任務航空小隊にチェレンコワ大尉がいた未来だってあったかもしれないよ」
ミールはリョーヴァの言葉に続いて、あり得たかもしれない素敵な未来を描いてくれた。
衝撃――呆気にとられていた私の頭はようやく働きを取り戻して、口を挟むことができた。
「えっと……2人とも」
何を言おうか逡巡すること一瞬、率直に聞くことにした。
「そんなにすんなり受け入れちゃっていいの?」
だって、アンナさんは裏切り者だ……それは擁護しようのない事実だ。魔法使いだし、祖国を裏切るし、どのように謗られても仕方ない部分はある。
「他の人が聞いたらこうはならないだろうけどな」
「けど、ぼくたちはチェレンコワ大尉の教え子だから。あの人がどれくらい良い人なのか、どれだけ祖国を思ってるのか、よくわかってるから」
「そっか……ありがと」
安堵からため息が出た。
なんていうか……抱えていた秘密を近くの人に吐き出せて、ようやく肩の荷が降りた感じ。いや、それよりも、私の大事な人を否定されなかった安心感かも。
壁に寄りかかっていたリョーヴァは勢いよく身体を起こして、ぱちんと手を叩いた。
「つーわけで」
銀色の髪がふわりと揺れて、猫耳がぴくりと動いた。おもちゃを見つけたときの猫ちゃんみたいだね。
「わだかまりが解消されたとこで、ぱーっと騒ごうや。お前ら外見たか? 誰も彼もがお祭り騒ぎだぜ」
がらりと部屋の窓を開けると、外からは人混みの声が聞こえる。機関砲より大きい音だ。誰も彼もが騒いでいて、喜んでいる。
……外を見ると、勝手に花火を打っている人もいた。危ないけど今日は無礼講だね。
「うわお……折角だし私も花火使っちゃお」
「花火? そんなんねえけど……」
「あれ、2人は知らなかったっけ? 光り、弾けよ。――『花火』」
窓から手を出して、空に向かって魔法を放った。
たっぷりの魔力を込めたその魔法は、遥かな上空に到達すると一際大きく彩り鮮やかに破裂した。
清々しい青空に負けないほどに美しく輝いた。
「そういえばリーナって魔法使えたんだったね……」
「簡単なやつだけだけどね。便利だよ」
「チェレンコワ大尉から教わったんだったか? 魔法使いの直接の弟子か、冒険者みてえだな」
そうして、いつもの調子に戻った私たちは昼食を食べた後に古巣――航空学校もある、首都近郊の基地へと向かうことにした。
◇
ホーム・スイート・ホーム。
久しぶりのこの基地は、やっぱりしっくり来る。イゾルゴロドの基地の次に好きだ。
……そして、1番気になるのはもちろん第33航空連隊の宿舎。あまり傷つけられてないといいけど。
「ちょっと私たちの宿舎見てきても良い?」
「おう、気をつけろよー」
「ぼくたちはこの辺で待ってるよ」
2人に断ってから、私は1人で様子を見に行くことにした。割と離れてるからね。自転車がないので走って向かうことにした。
しばらく走ると、宿舎に着いた。久しぶりのランニングは身体をちょうどよくほぐしてくれる。
無機質なコンクリ造りの宿舎に大きな違いはなく、手入れがされていないせいか少し汚れていた程度だった。誰かが使ったような跡も少なく、私たちの思い出はあまり汚されていない。
私物はほとんどない。全部、イゾルゴロドの空襲で焼けたから。けれども、短い間に出来た思い出はここにある。
「……ただいま」
扉は錆びついていた。
ぎぎぎ。
嫌な音を立てて、ゆっくりと開く。
建物というものは、人が出入りしなくなると急速に劣化していく。機能性を重視した軍隊の建物なんていうのは特に。宿舎の中は苔臭かった。
だけど、大きな違いはない。
手前の部屋から順番に見て回った。もしかして、ひょっこり少佐たちが出てくるかもしれない――そんな有り得ない希望を抱きながら。
……どの部屋も空っぽになっていた。私の部屋のラジオは誰かに持ち去られてしまったみたいだった。
最後に残ったのは、一番奥のリーリヤ少佐の部屋だった。
扉を開けると、そこだけは誰かが閉じ込められていたように、幾つかの家具が置かれていた。
その中には、リーリヤ少佐の机もそのままに置いてあった。
……そういえば、机の引き出しを二重底にしておいて大事なものをしまっているって言っていたな。
もしかしたら、少佐の……遺品となるものがあるかもしれない。そう思って、引き出しを引いた。
底のちょっとした窪みを押すとぱかりと外れて、いくつかの物がそのままに遺されていた。
懐中時計と、紙幣と、賭けに使うカードと、ミラーナ少佐と撮った少し若い2人の写真。
一つずつ取り出して、大事に仕舞った。
そして、一番奥の方には手紙が入っていた。
「これは……」
畳まれていたその手紙を開いた。
文字が書かれている。
『少尉へ。
首都の解放がされたらここに来るだろうから、ここに一筆置いていく。
読んでるヤツが少尉じゃなかったら代わりに送ってくれ。親衛連隊のエカチェリーナ・ヴォルシノワ少尉、『白聖女』宛だ。
結論だけ書くぞ。アタシは生きてる。ラーナも一緒だ。東へ行くつもりだけど、無理そうだったら西に向かう。
東に行ってたらもう会ってるだろうな。今も会ってないなら、西に向かっているっていうことだ。
たぶん、行くならイゾルゴロドだ。そこで待つ。早く来い。
少尉の最も信頼する上官、マルメラードワ少佐』
その手紙は、私に向けた手紙だった――!
「生きてる……2人とも……!」
リーリヤ少佐は、囚われていたミラーナ少佐を救出してここに手掛かりを置いてくれたようだ。
確かに、敵は二重底までわざわざ探すことはないだろう。……相変わらずずる賢いんだから!
手紙を手に持って、私は外に向かって走った。
朗報だ、それもこの戦争一番の朗報だ!!
私は待っている2人にこの朗報をいち早く持って帰りたくて、全力で駆けた。
全力疾走なんて滅多にしていなかったけど、全然苦しくない!
「はあ、はあ、おまたせっ!」
「どうかしたのリーナ? すごい嬉しそうだね」
「うんっ……! 実は……」
息を切らしながら、手紙を2人に見せてこの朗報を伝えてあげた。
身振り手振りを大きく、話は大げさに!
「おお、あの人たち生きてたか! 流石だなあ」
「リーナの上官なだけあるね。それで、イゾルゴロドか。次の作戦で重要な目標になってる所だね」
リョーヴァが素直に一緒に喜んでくれる横で、ミールは訳知り顔でなにやら不穏なことを語っていた。
なんで次の作戦のことも知ってるの……? 一応私のほうが階級高いのにまだ何も知らされてないよ?
「ええ……なんで知ってるの」
「秘密。ともかく、そこを解放してスオミと講和を結びたいみたい」
「1個ずつ確実にっていうわけだね」
ミールからイゾルゴロドを目標とする理由を教えられると、なるほどと納得がいった。
二正面作戦は回避したいんだろうね。スオミの人たちも、北方のちょっといざこざのある地域を占領するだけでそれ以上先まで行っていないようだから、講和もしやすいのだろう。
「スオミと和平が結べたら祖国を脅かす驚異も西だけに限定できるもんな」
「けどまあ……雪があるからね。解放は来年になっちゃうかも」
「それなんだけどね。元帥は1ヶ月でやるつもりみたい」
そりゃ、その短期間でできれば雪が本格的に積もる前に解放をすることができる。けど、たった1ヶ月でそんなに大規模な作戦は……。
「それは……無理があるんじゃないの?」
「そうだぜミール。珍しいな、お前も偽情報掴まされるんだな」
「……ふふ。楽しみにしているといいよ」
昨晩だけは特別にホテルだったけど、今日からはこの基地で過ごすことになる。
意味深な言葉を残してたミールは、私たちに割り振られた宿舎へと先に帰っていった。
「……え、本当なの?」
「……さあ。けど、あいつがあんな感じの時って間違えたことないよな……」
これで本章は終わりです。こっちは短くなっちゃった
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