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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
クラースヌィ・オクチャブリスキー
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56.無停止攻勢

 作戦が始まってから早3日。まだまだ攻勢は続いている。とはいえそろそろ息切れの様子で、動きを止める部隊も出てきていた。

 私たちは北へ行ったり南へ行ったりパヴェルフスクへ戻ったり、忙しなく動いているけど。


『そろそろ飛行爆弾とラケータに注意がいるね』


 ミールが言った。

 山脈から西へ攻めるということは祖国と人民を解放することである一方で、大衆ゲルマンにとっては前線が本国に近付くことで補給が容易になっていくことでもある。

 今は西側に集中配備しているだろう対処の難しい兵器たちも、徐々にこっち側へと戻ってくるだろう。


『ラケータに関しては祈るほか無いな。頼むぜ『白聖女』様』

『……なんで私に?』


 リョーヴァはミールの言葉を聞いて、そんな事を言った。

 私に祈られても困るんだけど? まだ生きてるし、ただのパイロットだし。聖女とは違うのだ。


『陸軍の知り合いが言ってたぜ。空に白い機体が見えた時は幸運が訪れるんだとさ』


 へえ、そんなことが……と関心する前に、元の由来を思い出した。

 この二つ名は、元々は幸運を運んでくれるから『聖女』って呼ばれていた。白は機体の色から。……その運んでくれる幸運っていうのが、賭け事にいつも勝たせてくれるから、っていうくだらない幸運なんだからなんとも言えないんだけど。

 私は苦い顔をした。せっかくいい感じになってきたのに元に戻っちゃいそうだ。


『……なんか、巡り巡って元通りになりそうな気がしてきたよ、『白聖女』って二つ名がさ』

『あはは、その時はその時だね。リーナもカードで賭けてみる?』

『私は賭け事はしないことにしてるんだ。この間マレーヴィチさんに機首の絵を描き直して貰ったばかりで出費がやばいし……』


 新しく受領したLav-7にも、マレーヴィチさんに聖女の絵を描いてもらっていた。お陰で散々に散財している。

 ……まあ、家族に送ることもできないからお金は貯まる一方だし良いんだけどさ。でも、貯金が消えていくのはちょっとつらい。

 エースになったからと言って賞金が貰えたり、お給料が増えたりもしない。

 ちょっとした雑談の時にシャルロットさんにその事を伝えたら、元帥に直談判してくれたので今後は良くなるかもしれないけど。


 頭の中で口座に入っているお金を数えていると、リョーヴァが声を上げた。


『おっと、2時の方向。敵さんだ』

『リーナは空戦久しぶりだからね。ぼくたちがしっかりエスコートするよ』


 合衆国から帰ってきた後も、私が空戦に直接参加することはなかった。万が一があってはいけないから、本格的な反撃が始まるまでは我慢してくれと言われていた。

 空戦自体に楽しみを見出すタイプでもないから快く承諾したけど。空を飛べれば、それで十分なのだ。


 ――でも、それはそれとして。久しぶりの空戦は心が躍る。


 ……興奮しかけた感情を、リヒトホーフェン卿との戦いを思い出して強引に鎮めた。

 冷静沈着に。撃墜数なんて関係なく、2人と提携して無理なく戦おう。


《特殊小隊だと!? ……くそ、運が無いな》

《無駄話をする前に、早く基地に戻ったほうが良いですよ。たぶん、今頃はもう占領されてますから》

《ハ、だとしても、任務を捨てる訳にもいかないだろう》


 敵は私たちに近付いてきて、その所属に気が付いたようだ。

 8機の編隊だった。4機と4機で組んでいるのかもしれない。

 私たちは3機だから、数の上では不利だけど、この程度なら戦力差はないものとしてしまっても問題はない。


《珍しい、随分と落ち着いていますね》


 無線越しに聞こえる敵の声は落ち着いていた。私たちを見かけたら報奨金だ仇だ魔女だ白兎だなんだと喚く人が多いから、ちょっと珍しい。


《アンタの演説は……我が国では検閲されているものの、実際は皆知っている。お陰で、目が覚めた兵士も多いよ》

 

 私の演説は、大衆ゲルマンにまで届いていた。

 そして、その演説は敵兵士にも響いてくれていたようだ。よかった。戦わないで済むのが一番だからね。


《そうですか。投降しますか?》

《地上のウチの部隊には徴集兵が何人かいる。そいつらは保護してやってくれ。だが、俺は志願兵だ。大衆ゲルマンの理想に惹かれて、国家の兵士となった》


 ……私の言葉は受け取って貰えなかった。

 敵編隊は変わらず機首をこちらへと向け続け、互いに機関砲で狙い合っている。

 照準に敵機を捉えた。

 速度と距離を考えると、あと10秒もしないうちに戦闘が始まる。


《アンタも同じようなものだろう、『白聖女』? 祖国に仕える軍人が何よりも優先するべきなのは――》

《下された命令ですか。良い覚悟です。敬意を持って、堕としましょう》


 操縦桿のボタンを押すと、機首が火を吹いた。

 敵編隊のうち3機は、私たちの射撃で最初に炎に包まれた。

 私たちに損害はない。一方的な戦いになりそうだ。







 遭遇戦はすぐに終わる。

 私の腕は落ちていない。


『立派なパイロットだったな』

『本当にね。ああいう人を堕とすときが、一番心が痛むよ』

『なんとか脱出してくれていればいいけど。……さてと、次いくよ。突出部分は今も進み続けてるからね』


 次の地点へ向かうと、ちょうど攻撃が行われていた。

 戦闘機は飛んでいない。空から戦場を眺めていよう。


『味方の襲撃機だ。……うわーお』


 味方の戦車と襲撃機が共同して、敵基地を襲撃している。

 T-34に似た戦車が塹壕や鉄条網を突破して、その奥にある対戦車砲陣地やトーチカには襲撃機が爆撃を行っていた。

 圧倒的だった。これが元帥がやりたかった攻撃か。


『先頭で突貫してるのは親衛装甲師団だな。シャルロット少将の指揮はすごいな……元帥の妻なだけある』

『上から見ても複雑なことしてるのに、それを地上からしているんだものね。将来は空軍のお偉いさんになりたかったけど、ぼく、こんなこと出来る自信ないなぁ』


 味方部隊は次々と攻撃を行っていた。爆撃によって出来た煙を蹴散らすように戦車が突入して、その戦車の後ろに乗った歩兵が一気に展開して辺りの掃討を行う。

 無駄のない洗練された動きだった。攻勢が行われていない間、私たちが空を守っていたように、歩兵部隊もずっと訓練をしていたみたいだ。

 とはいえ、敵ももちろんやられっぱなしではない。敵戦闘機が迎撃に上がってきた。


『7時の方向、戦闘機。あっ』


 しかし、その戦闘機は親衛装甲師団の対空戦車によって撃ち落とされた。……結構距離があったのに。化け物揃いなのかな?


『……どんな目してるんだ? なんで気付けたんだよ』

『リーナより目がいいね、あの師団の対空戦車の人は』


 そうして、今日の戦いはあまり危険もなく終わっていく。日が暮れる頃になると総司令部(スタフカ)から今晩滞在することになる前線飛行場が案内された。

 最前線からおよそ30km後ろにある、奪還ほやほやの場所だった。


「今日はここか。……仕方ないことだってのはわかってるけどよ、前線飛行場の使い回しってなんか嫌だよな」


 格納庫に飛行機を駐機させて、後続の支援部隊に引き継ぐ前に私たちで貯蔵物資のリストアップを簡単に終わらせておく。

 しなくてもいいんだけど、これくらいなら簡単に終わらせられるしね。協力だよ。


「さすがの我が国も、毎回作り直すことは無理だよ。にしても、どの飛行場も物資が少ないんだね。そんなに人が居なかったのかな」


 大衆ゲルマンがいた飛行場の例に漏れず、ここにも物資はあまり貯蔵されていなかった。かといって、補給するための大規模な基地が見つかったという話も聞かないので単純に物資不足みたいだった。

 ジェット機(シュヴァルベ)を大量生産しない理由がなんとなく察せられる。ジェット機っていうのはプロペラ機より燃費が悪いのがほとんどだから、作ったとしても配備できないのだろう。


「さてね……明日も早いし、早く寝よっ」

「そうだな。おやすみ、リーナ」

「良い夢見てね」


 2人に手を振って私は今日の部屋に行った。


 急いで逃げたのか、元の人の私物がいくつか残っていた。

 かわいらしい熊のぬいぐるみに、棚の上に置かれていたのは歳を取ったお婆さんと少し若い女性の写真。忘れ去られていた財布があったので開いてみると、我が国では紙切れにしかならない大衆ゲルマン発行の軍票がいくつか入っていた。

 書きかけの手紙もあったけど、読むのはやめておいた。


「――はあ、気にしない気にしない。早く寝ないと」


 シャワーを浴びようと思ったけど、敵の嫌がらせなのか冷たい水しか出てこなくなっていた。仕方が無いので濡れた布巾で身体を拭うだけにした。

 身体がさっぱりすると、気持ちも晴れやかになっていく。

 さあ、明日も戦争だ。祖国のためにがんばろう!

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