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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
クラースヌィ・オクチャブリスキー
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55.赤い十月

 赤い(クラースヌィ・)十月(オクチャブリスキー)(あかいじゅうがつ)は、世界戦争中の1892年7月7日に開始された、評議会共和国の首都を奪還することを目的とした、党の軍隊による攻勢作戦の名称である。



 1892年、7月初頭。


 作戦が開始された。

 赤い十月――クラースヌィ・オクチャブリスキー。

 首都の奪還を目的とする作戦だ。


 西の方では、西方帝国には合衆国軍が5月に、クレプスキュールにはマーレ海(地中海みたいな海)から太平連盟の軍隊が進軍して6月に戦闘を開始していた。

 比較的鉄道網が綿密な西方では飛行爆弾やラケータが大きな脅威となっているようで、戦況にはあまり大きな変化が起こってはいない。大陸とミストランド(グレートブリテン島みたいなとこ)との間の海峡も大衆ゲルマンが制空権を握っているようで、海軍はあまり近づけないみたいだ。ままならない。

 だけど、私たち側に向けられている敵軍が半数近く配置転換してすごく楽になっていた。リヒトホーフェン隊のエースたちも西側で暴れているようで、たまに新聞で取り上げられていた。それによるとハンナさんは戦艦を撃沈したらしい。……やばいね。私でも無理だよ。


 ということで、大チャンスだ。

 元帥肝いりの大作戦が始まろうとしていた。


『あーあー。どうですかー。聞こえますかー。』

『聞こえるぞ。少し雑音が混ざってはいるが、この距離でも可能か。……空陸共同作戦の革新が起こるぞ!』

『はあ、戦術は専門外ですからよくわかりませんが』


 深夜から明け方にかけて大攻勢が行われる、ということだけ元帥から聞いていた。

 そして、その始まりの砲撃の弾着観測と偵察のための任務を言い渡されていた。

 新型の無線機付きだ。結構な距離でも声が届く。あのモールス信号めいたものとはおさらばかもしれない。

 私が試しに総司令部(スタフカ)へと通信を行ってみると、元帥は興奮していた。ようやく、現代戦の近接航空支援(CAS)みたいなことが出来るようになるからかな。


『今回の君たちの任務でも、その効果はよくわかるだろう。さて、大尉は偵察機乗りだから大丈夫だろうが……『銀猫』、『山脈』。君たちはどうだ?』


 偵察や観測任務っていうのは、第33航空連隊のような部隊でもなければやることはない。

 リョーヴァやミールは戦闘機と襲撃機だった。学校で訓練はしたけど、やり方は忘れているかもね。


『航空学校以来ですよ。信号を忘れてたんで、それが無くなったからなんとかなりそうですがね』


 リョーヴァが心配していたのはトンツーの信号だったようで、それさえ無ければどうにか出来るみたいだ。なかなかやる。


『ぼくは偵察機の指示の下に動くこともよくありましたから。あんまり慣れていないですけど、頑張りますよ』


 ミールに関しては地上攻撃は上空の偵察機の指示を受けて行うこともあったから、それなりに経験というかやり方はわかっているみたいだった。そういえば、学校を卒業した後に演習で一緒にやったね。


『困ったことがあったら大尉に聞いてくれ。それでは、私は他部隊に指示を伝えるから切るぞ。これより先はシャルロットの部隊に引き継ぐ』

『了解です』

『了解』

『わかりました……ぼくも襲撃機に乗りたかったなぁ』


 ぷつ、と総司令部との無線が切れる音が鳴った。

 ミールはすぐに愚痴っていた。いつもは冷静沈着なのに地上攻撃となるとなんでか人が変わる。

 ハンナさんもそうだし、ミールもそうだし、地上攻撃っていうのは人を変える何かがあるのかもしれない。怖いね。


『Lav-7貰えたんだからいいじゃない。すごい機体だよ、これ。文句なしの傑作機だ』


 実は、この作戦の前になって新型機の受領が行われた。

 Lav-7だ。見た目はLav-5と大きく変わらないけれど、ちょっとしたところに手が加えられていてすごく扱いやすい。

 すぐに機種転換ができるわけでもないから、私たちみたいなエースたちが優先して受領していた。ジェット機みたいなわかりやすい見た目をしているわけじゃないから、あんまり宣伝効果とかは無いみたいだけどね。

 

 ……そういえば、ミコヤンさんは無事だったのかな。今の基地では設計局は基地内ではなく街の中心の方に置かれているから、姿を見る機会がなくて心配だ。案外、今頃はジェット機の試作をしているのかもしれないけど。


『ぼくは合衆国の戦闘機のほうが良かったなぁ。見た? あの爆弾の量……素晴らしいよ!』

『格闘戦が弱くなったら本末転倒だろ……お、通信来たな』


 無線が入ってくる時のノイズもちょっとだけ軽減されていた。

 そんな少しのノイズの後に、夜の戦場に似つかわしくない朗らかな声が聞こえてきた。


御機嫌よう(ボンジュール)、エースさんたち。こちらの準備は完了しているよ。いつでも指示をくれ』


 シャルロットさんの機嫌は良さそうだった。少し低めのよく通る声が無線越しに聞こえてきた。

 私たちも攻撃目標の基地へと近付く。その基地は見覚えのある場所だった。


『あっ、ここ……私が囚われていたとこだ。結構規模大きい基地だったんだね』

『だな。よく逃げられたぜ、本当に』

『運が良かったよ。聖女に感謝だね』


 ミールがそう言ったけど、あながち間違いでもないかもしれない。

 夜は運が良い。特に、月が出ている夜は。

 教主クリスタと聖女カタリナによる教えは月を信仰対象としている。そんなこともあるから、月から聖女は見守ってくれているのかもしれない。感謝しておこう。


 地上を見ると、基地には幾つもの装甲車や戦車、自走砲が見えた。重戦車を多めに配備している、機動性よりも耐久性を重視した機甲部隊。頭の中の情報をもとに、眼下の敵部隊の特定を行う。


『こちら特殊任務航空小隊。トゥハチェフスカヤ少将、基地に敵影確認しました。装備からして恐らく……第3機甲師団です』

『すげえな、この距離で見えるのかよリーナ』

『……暗いしわかんないな。どうなってんの?』


 徹夜のフライトをたくさんしたお陰で、夜目がよく効くようになっていた。私からすれば星明かりと月明かりでよく見えるんだけど、2人からはあんまり見えていないらしい。

 今は戦闘機に乗っているけどこっちが本職だからね。これくらいはできないと。


『了解、オルガンを奏でよう。ようく見ておいてくれ。――反撃の狼煙だ!』


 無線越しに音が聞こえた。オルガンのような音だった。

 東の地上を見ると、数え切れないほどの光が現れていた。地上で灯ったその光は次々に空へと浮かんでいく。


『なにあれ……花火?』

『違うな。ウチの砲撃だ!』


 数十秒ほど光は続いた。

 そして、遥かな地平線の光が落ち着いたとき――


『カレーニナ大尉、そろそろ着弾した頃だろう。どうだい?』


 真下の基地が爆発音と鮮やかな炎で包まれた。

 小さなひとつの町ほどの大きさの基地――その全てが爆発して、破壊されていく。


 ――多連装ロケット砲(カチューシャ)だ!


 地平線が光ったのと同じ時間、爆発が続いた。

 そうして生まれた黒煙が風に攫われると、私が見ていた機甲師団は消えていた。


『……壊滅です! 師団が、師団が消え去りました!!』 

素晴らしい(ブラヴォ)! でもこの程度で驚いちゃならないよ。ミーシャの考えた縦深作戦理論の真髄はここからだ。さて、ボクたちは移動するよ。幸運を祈る、エース小隊!』


 シャルロットさんの激励の通信が切れると、次に元帥からの連絡がすぐに入ってきた。


『特殊任務航空小隊! 聞こえるか?』

『聞こえます!』

『次の任務だ。空挺軍(VDV)の輸送機の護衛を頼む』

『了解です!』


 さあ、ここからは戦闘機としてのお仕事だ。

 『白聖女』の名前をもっともっと知らしめてやろう。







 元帥から伝えられた場所は敵陣の奥深くだった。

 入りすぎじゃないの? と心配になったものの、道中にはいくつもの敵基地だったモノや敵部隊だった残骸が転がっていた。


『うわ、ここもやられてる』

『信じられない規模で同時攻撃してるんだな。……元帥の頭はどうなってるんだ? こんなに複雑なこと出来ないだろ普通』

『お、見えてきたよ。空挺軍だ』


 ミールの声に反応して地上から空へと視線を戻すと、銀色の機体が星の光を受けて静かに輝いていた。それなりに大きな輸送機だ。

 ……それが、何十機も編隊を組んで飛んでいた。この全てに空挺兵が乗っていて、旅団ほどの規模になる。

 敵地の奥深くとも言えるこんな場所に突然、精鋭旅団が現れる――空挺軍の強さはこの機動性と奇襲性だった。敵からしたらすっごい嫌だよね。


『おお、『白聖女』! 本当に生きていたのか!』

『彼女が着いてくれるなら余裕の作戦だな。これから飛び降りる奴らに伝えられないのが残念だ』


 私たちが輸送機を見つけたように、輸送機も私たちを見つけていた。

 わざわざ無線の周波数を合わせてこんなことまで言ってくれる。

 合衆国であんな演説をしたからちょっと嫌われちゃってるかも、とか思っていたけど杞憂だったみたいだ。


『降りる途中で見えるだろうよ! 『銀猫』も『山脈』も、よく来てくれた!』


 後ろを振り向くと、空挺軍の言葉に2人は機体を左右に傾け(バンクす)ることで答えていた。


 その時、私たちの真下を撤退する敵部隊を視認した。いくつかの自動車と対空兵器も備えている上、今この時点で退いているということは迅速な判断ができる部隊だ。

 寄せ集めの雑魚ではない。このまま地上降下したらまずい、教えないと!


『待って下さい! もう通り過ぎてしまいましたが、敵部隊がいました!』

『大丈夫、想定通りの動きだ。さあ、空挺軍の誇りを見せてやれ!』


 私の警告を無視して、空挺兵は降下を始めた。

 たんぽぽの綿毛が風に吹かれた時のように、落下傘がいくつも開いていく。……敵にとっては良い的だ!


 そう思ったのも束の間。

 初めに到着した空挺兵から次々と敵の対空兵器へ攻撃が開始される。そんなに動かないはずのパラシュートを巧みに操って敵の後ろや左右に展開した兵士たちにより、瞬く間に敵部隊は包囲された。

 半分の降下も終わらないうちに、奇襲された敵部隊は投降していった。


『リョーヴァ、あれできる?』

『絶対に嫌だな。ほぼ自殺だろ。なんで自分から飛び降りられんだ?』

『リーナは?』

『私も嫌だよ。そういうミールはどうなの?』

『ぼくも嫌だよ。空挺軍ってすごいね』


 呆気にとられる私たちを他所に、空挺降下はまだ続いていた。兵士たちが全員飛び降りたと思ったら、次に空に浮かんだのは大きなパラシュート。その先には、何やら機械のようなものが吊るされている。

 暗闇でよく見えないけれど、目を凝らした。


『……なにあれ、軽戦車とか自動車も投下してるの? 信じられない……』


 歩兵部隊が投下されたものだと思っていたら、投下されたのは機甲旅団だった。……元帥は敗走した敵を逃さないつもりだね。こわい。


『元帥が司令官してるだけあって、あの人の好きそうなのが大盛りだな。だけど、使い所を間違えたら精鋭部隊を無駄死にさせるんだろ? よくやるぜ』

『……パイロットでよかったね』


 ミールの呟いたことに同意しようとした時、無線が入ってきた。総司令部からだ。


空挺軍(ウチの奴ら)から連絡を貰った。特殊任務航空小隊、今日はもう十分だ! 君たちにはまだまだ働いてもらうからな、帰って英気を養っておいてくれ!』


 耳元からご機嫌そうな元帥の声が聞こえた。

 そりゃ気持ちいいだろうね、こんなに綺麗な大作戦を成功させられたらさ!


 けど、本当の結果を知ったのは基地に戻って一眠りした翌朝だった。

 私たちは、山脈の向こうまで前線を押し戻していた。

 たった一晩で、膠着した前線を一気に前進させたのだ。そして、その攻撃は今も止まっていない――決して止まらない大反撃だった。

反撃開始です

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