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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
膠着
61/96

幕間:合流

 リーリヤ・ウラジーミロヴナ・マルメラードワはゆっくりとベッドから起き上がった。

 腕や足には大きな傷跡が出来ていた。

 彼女は傷ついた手足を慎重に動かして、状態を確認した。痛みは無くなっていた。


「手は大丈夫、足も完璧だな。――おい、おっちゃん!」

「おお、少佐殿! 痛みは無さそうですか?」

「ようやくな。万全を期すためとは言え、休みすぎたよ。世話になったな」

「いえいえ……あなたの知恵のお陰で、私たちの村は奴らの侵攻から逃れられたのですから」


 リーリヤは墜落された直後に、近隣の村の住民によって保護されていた。

 燃える機体からかろうじて脱出したものの、厚い雲の中では降下する先も選ぶことは出来ず、森林の只中に着陸したが、その際に両手両足を骨折する大怪我を負ってしまった。

 死を覚悟していたが、偶然にも通りがかったこの村の住民によって彼女は救われた。

 その後すぐに大衆ゲルマンの機甲師団もやって来たのだが、彼女の機転によって、この村は廃村であるか、そうでなくとも価値のない目標だと見做されて、大衆ゲルマンによる破壊に巻き込まれることを回避した。


「まあ……無茶はすんなよ。アタシが言えたことじゃねえけどさ」

「はい。……少佐殿は、もう出発するので?」

「愛する人が囚われている場所がわかってるからな。動けるようになったのに助けに行かないなんて、アタシはそこまで忍耐強くないんだ」

「わかりました。少佐殿も、無茶はなさりませんように」

「あはは、出来ない相談だな。けど、死ぬつもりはねえよ。達者でな」


 村の住民から借り受けた小銃を肩に掛け、そして幾つかの弾を鞄に詰めて、リーリヤは村を発った。

 冬の終わり際、雪はまだ残っている時期だった。

 雪に反射した陽光が、リーリヤの揺れる金色の髪を煌めかせた。







「さて、と……」


 首都を望める小高い丘。航空学校に近い場所で、目的の場所を双眼鏡で覗いていた。

 鞄を地面に置き、その上に紙を開き、簡単な地図と敵の配置を描く。

 故郷の曽祖父に教わった、未知なる土地へ進む時の冒険者流のやり方だった。懐かしい思い出とともに、リーリヤは微笑を零した。


「へえ、情報通りだな。ラティニ王国の奴らに背後の守りは任せてんのか、人手不足も深刻そうだ」


 抵抗組織は首都でも結成されていた。リーリヤは、その組織を通じて捕虜の情報を手に入れていた。

 そして、その中にミラーナの名前があることを確認した。


 リーリヤは決して『良い人』ではない。他人にあまり関心は無く、自分の家族とミラーナ以外には興味がなかった。その中に最近ではエカチェリーナが入ったものの、それ以上は変わっていない。

 模範的な軍人でもなかった。むしろ、素行は不良な方だった。手を差し伸べて助けられるのなら助けるが、決して無理はしない。軍人の義務にもさほど興味は無かった。

 今回助けるのはミラーナのみ。他は見捨てる。

 彼女は心に決めていた。


 ――『白聖女』なら、全員助けるのかもしれないな。


 幾つもの言い訳とともに、頭の中でそう言いながら自嘲した。


 夕暮れ時に、影は一番濃くなる。

 リーリヤはその時間を待って、行動を開始した。


 いくつか警戒網を抜けて、敵の兵士を何人か静かにさせて、目的の建物に辿り着いた。

 基地を流用しているようだが、党の軍隊の基地には牢獄や独房は併設されていない。敵は、宿舎を流用して監獄としていた。

 目的の建物は、その宿舎だった――しかも何の偶然か、彼女たちの連隊が過ごした宿舎だった。コンクリートで作られた、無機質な建物。


 扉を開けると、少し軋んだ音がした。

 ゆっくりと足を動かして、部屋を一つ一つ確認した。……最後になったのは、元々自身の部屋だったところだ。

 扉を開ける。


「動かないでッ! 誰!」


 その中に入ると、目元を布で覆われた女が鋭い声を上げた。

 リーリヤは、安堵と歓喜、憤怒と怨嗟の感情を同時に覚えながら――そして、その奇妙な感覚に困惑をしながら――短く深呼吸をした。

 そして、目の前の彼女をなるべく刺激しないように、ゆっくりと声を掛けた。


「……久しぶりだな、ラーナ。元気してたか?」

「ウソ……その声……リーリャ……?」


 ミラーナの両手は縛られていた。道中手に入れた鍵で手枷を解錠して、目元を覆っていた布をゆっくりと取った。

 久しぶりに見た桃色の魔眼は、感情の昂りと共に仄かに光を帯びていた。

 リーリヤはその瞳を、いつか都会の店で見た、桃色の宝石のようだと思った。


「幻覚……じゃないのよね?」


 久しぶりのミラーナの声は身体の奥底から熱を沸かせた。手に取った白い指を自身と絡ませると、抑えきれない情動で支配されそうになった。

 今すぐにでも抱きしめたい。口付けをしたい。だけど、今ではない。

 リーリヤは、奥歯を噛み締めて感情を押し込んだ。


「少なくとも、アタシが見ているのはそうだな。確かめさせてやってもいいけどよ、ここじゃ雰囲気が台無しだ。もっと良い所に行こうぜ」







 敵軍の車を拝借して、ライトを消して夜道を走らせていた。

 幸いにも今夜は満月だった。


「……思ったよりも酷いことにはなってなくて良かったよ。誰かになんかされたか?」

「大衆ゲルマンの奴ら、捕虜は取ったけれど、管理はラティニの人たちに任せていたわ。東に進軍するのを優先したみたいね。そのお陰で、まだマシよ。ラティニの人たちも、仕方なく彼らの側に着いただけみたいだから」


 リーリヤは安堵の息を吐いた。

 ミラーナは、リーリヤの横顔をじっと見つめていた。彼女の感情もリーリヤとそう変わらなかった。瞳の光は、今も治まらない。

 唇を噛んで、別の話題を出すことにした。


「……ところで、聞いたかしら?」

「うん、何をだ?」

「『白聖女』が堕とされたって」

「初耳だ。……けど、少尉が簡単にくたばるとは思えねえな。たぶん大丈夫だろ」

「そうね。あの子も元気にしてくれているといいのだけれど……」


 煮えたぎる心を押さえつけたままの会話は長くは続かない。

 会話はすぐに途切れて、暫くはエンジンとタイヤが地面を走る音が暗闇に満ちていた。


 首都を出て、北へ進んだ。

 日付が変わった頃になって、リーリヤは車を停めた。今日はここで休むことにした。

 ミラーナを休ませて、車の周りを簡単に偽装した。北の方にはあまり重要な場所はないために敵軍の警戒は薄いと予想していたが、念には念を入れた。

 車の中に戻って、ミラーナに話しかけた。


「さて、どこに行こうか。アタシの実家もあるし、東か? やっぱり」

「遠すぎるわ。それに、東に向かうほど大衆ゲルマンの警戒も高まるわよ」

「となると古巣か。あっちにもパルチザンはあるらしいからな」

「そうね。そうしましょう」


 手を重ねて、指を絡ませた。

 親指、人差し指、中指、薬指、小指。愛おしい人の、久しぶりの形を思い出すように、ゆっくりと。熱を分け合うように、ずっと触れ続けて。

 どちらともなく見つめ合って、キスをした。


「2人で旅行なんて何年ぶりだ?」

「5……6年ぶりかしら」

「そんなにか。楽しもうぜ。暗くなっても良いことなんて一つもねえからな」


 共に過ごす夜は、積み重なった不安や後悔を打ち消してくれた。

 寒い夜でも、暖かかった。







 しばらく経って、彼女たちはイゾルゴロドの近郊にまで辿り着いた。


「久しぶりのイゾルゴロドだな。まずはどこ行けば良いか……」


 爆撃の日のことを思い出しながら、リーリヤは呟いた。

 空から見た時には炎で街が呑まれているようにも見えたが、地上から見ると想定よりも被害は少なかった。とはいえ、それでも甚大な被害であることには変わりなかったが。


「工科大学はどうかしら?」

「どうしてだ?」

「前に、エカチェリーナちゃんが話してくれたのよ。疎開してきた故郷の親友が工科大学に進学する、って」

「なるほどな。まだ生きてれば、そこに居てもおかしくないってことか」

「そういうことよ」


 目的地が決まれば行動は早い。イゾルゴロドともなれば、長い間過ごしていた都市だ。

 爆撃によって多少違いは現れていても、敵の警戒が薄いであろう場所を通りながら工科大学まで行くのは造作もないことだった。


 工科大学の裏手に回って、建物の間の細い道に来た。

 隠れる場所が多く、薄暗い。適当(不幸)な誰かを捕まえて、情報を聞き出すにはちょうど良い場所だった。

 物陰に身を潜めて、容易く御せそうな標的を待ち構える。

 兵士、兵士、技術者――彼らは力がありそうだから無し。

 そして、ようやくお目当ての標的が現れた。科学者だった。


 リーリヤはゆっくりと物陰から出て、後ろから銃を突き付けた。


「ひっ!?」

「ようお嬢ちゃん……悪いことはしねえから、ちょっとだけ話を聞かせて貰えないか?」

「ちょっと……ごめんなさいね、振り向かないで話しましょう。顔を覚えられると不味いのよ」


 相手が年若い女だったから、ミラーナは嘆息した。もう少しくらい優しくやればいいのに。そう思った。


「まずは身分証を貰おうか」

「……は、はい」

「見てくれ」


 彼女が取り出したのは、イゾルゴロド工科大学の学生手帳だった。

 装丁された表紙には、工科大学の学章が描かれていた。戦火の中にあったのに、手入れを欠かしていないのだろう。少し薄汚れてしまっていたが、この彼女が国内最高峰の学府の所属であることを誇りに思っていることが見て取れた。

 リーリヤから手帳を受け取ったミラーナは、一つ一つ漏れのないように確かめながらページを捲った。


「エレオノーラ・オシポヴナ・スハーヤ……あら、入学と戦争が重なっちゃったのね。かわいそうに」

「なんだ、ウチの国の人か。強引なことして悪いな、だけど振り向くなよ」


 リーリヤは口ではそう言いながらも、突き付けた銃を更に強く押し付けた。

 敵なら顔と声を結びつけられない人間も多いだろうが、祖国の人間は別だ。どこかで知り合っているかもしれない。場合によっては、口止めの必要もある。

 後処理の方法まで頭の中で思い描いているリーリヤをよそに、ミラーナは手帳から見覚えのある名詞を見つけて、声を上げた。


「出身は……ヴォルシノフ? どこかで……」

「少尉の地元じゃないか?」

「それよ。スハーヤさん、あなた、『エカチェリーナ・ヴォルシノワ』という名前に聞き覚えは?」


 ミラーナがエカチェリーナの名前を出すと、エレオノーラは過敏に反応した。


「リーナちゃんですか!? 親友です、私の!」

「……リーリャ、もういいわよ。この子が目的の子みたいね」

「そうか。アタシたちは少尉と同じ連隊に所属していたパイロットだ。第33航空連隊だぜ」


 突き付けた銃を下ろして、リーリヤは優しげに声を掛けた。エレオノーラは安堵で崩れ落ちそうになったが、なんとか耐えていた。


「あ、あなたたちが! お話は聞いています……!」

「ここで長々と話すのはまずいな。死角が多すぎる。どこか別の場所は無いのか?」

「ふふ、ありますよ、良いところが。着いてきて下さい!」


 今日は最悪の日になってしまったと先程まで思っていたエレオノーラは一転、今日は最高の日だと思っていた。

 久しぶりの朗報を、同志(パルチザン)たちに伝えられそうだった。

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