54.連合国宣言
大使館から連絡すると、党本部のアレクサンドラさんとやらに繋がった。
どうやら元帥ともシャルロットさんとも仲が良い方だったようで、私の話は簡単に承諾して貰えた。……いいの!?
大統領に伝えると、彼は大いに喜んでいた。
そして議会で演説をした翌日。外交使節団の他の人たちはまだお仕事があるから残るけれど、私は帰る。
大統領とその護衛の人何人かを連れて、祖国へ凱旋だ。なんだか拉致してきたみたいだな。
来た時と同じように飛行機に乗って西へ。今回は近隣の軍の航空基地から出発することになった。
とんでもない数の軍用機が集まっていた。さすが合衆国だ。民主主義の兵器廠はこの世界でも健在らしい。
半日程度のフライトを経て、今回はそのまま船へ乗ることになった。
港には、合衆国のミズーリみたいな戦艦と、夜見の大和みたいな戦艦が仲良く並んでいた。
そうか、君たちはこの世界では本当に仲が良いんだね。……よかった。
変なところで涙ぐんでしまったから、大統領に不思議な顔をされた。
気にしないで、なんでもないよ。
◇
空が一番だけど、海も結構良い。
特に夜は最高だ。穏やかな海に揺蕩いながら、星々のまたたきを一身に浴びることができる。
……船酔いにさえ慣れれば、という条件付きではあるんだけど。
「うっぷ……おえええ…………」
大統領は、護衛の人たちに支えられながらバケツに頭を突っ込んでいた。
胃の中はからっぽになったらしくて、いくら吐いても何も出てきていない。かわいそうに。
「大統領……あなた、船に乗った経験は?」
「ない……先祖代々、合衆国の地に暮らしている……」
「……まあ、あと2、3日耐えれば慣れますよ」
「…………ま、まてっ、置いてか……ぉえっ……」
夜も遅いので、哀れな船酔い客を放っておいて自室に戻ろうとすると、背後の彼は最後にとんでもないことを言った。
「もう船に乗りたくない……このまま評議会共和国に移住してしまおうか……」
……冗談でもやめてよね!
そして、それから何日か。
東海岸に着く頃になって、大統領の船酔いはようやく治まった。
久しぶりの祖国の大地は、やっぱり、安心するものだった。
「くう、ここが君たちの大陸か……! なんだか匂いも違う気がするな」
船から降りたばかりの地面は、なんだか揺れているような気もする。
大統領は伸びをして地面のありがたさを噛み締めていた。
「そうですかね? あ、迎えの車です。行きましょう」
船を降りたすぐ先に、党の人たちがよく使う車が停まっていた。
軍のものとは違う、素朴なデザインのかわいらしい車。
その近くに立っていた人が私たちの方へと歩いてきて、挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります、大統領。私はアレクサンドラ・フョードロヴナ・ケレンスカヤ。党の中央委員会、政治局長です。短い間となりますが、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。そう畏まらなくても良い。私は貴族や皇帝ではなく、民衆に選ばれた君たちと同じ人民なのだから」
「そう? それなら、そうしようかしら。よろしく、大統領」
この人がケレンスカヤさんなのか。大使館で連絡をした時に、私の応対をしてくれた人だ。
緑色の髪に、ツンと立った耳。馬の獣人だった。リョーヴァ以外の獣人を見るのは久しぶりだね。
そして、その彼女は緑の髪を揺らしながら私の方を見てきた。
「そして、カレーニナ大尉」
「はい」
「貴女も一緒にパヴェルフスクへ帰るのよね?」
「その予定です。一人、想定外の人が追加になりましたが」
「本当に。……元帥もそうだけれど、貴女たち軍人は、いつもいつも私たち党の人間の事を考えないで好き勝手動くのよね」
「……お世話になってます」
「いいのよ。貴女たちが命を掛けてくれているから、祖国は保っているのだから。平和な時にやられたら絶対に許さないけれど、戦時中だから特別よ」
目が怖い。
美人さんなんだけど、雰囲気が堅物な感じがする。……ちょっと苦手なタイプかも。
びくびくしながら返事をすると、彼女はそれで満足してくれたみたいだった。よかった。
「では、大統領。それに大尉。列車に向かいましょう。……コーバ!」
「……なんで俺が運転手の真似事しなくちゃならないんだ? 常々思っていたがよ、サーシャ。くそったれの元帥もそうだしお前もそうだし俺が実権を握ったら絶対に――」
「ありえない話はやめなさい。ほら、お客さんが待っているのよ。早く列車に乗ってゆっくりするわよ」
コーバと呼ばれた人とケレンスカヤさんの話を聞き流しながら、私と大統領は後部座席に乗り込んだ。
犬猿の仲のようだけど、喧嘩するほど仲が良いって感じなのかな。コーバさんも党の人だろうから、あんまり関わりがなくてわかんないけど。
「俺の運転にケチつけたら、あんたらがどれだけ有名でも放り出すからな。行くぞ」
そう言ったコーバさんの運転は、思ってるよりも丁寧だった。
顔もちょっと怖いし口も悪いけど、根は真面目な人みたいだ。
◇
駅に着くと、大統領は評議会共和国の列車に感嘆していた。
「これが革命鉄道か! 元の名前は皇帝鉄道だったか?」
「そうですね。名前も正式には変わっていなくて、まちまちです。西の人は革命鉄道、東の人は皇帝鉄道って呼ぶのが多いですね」
「それなら私は皇帝鉄道と呼ぶことにしよう。この地より東の大陸で生まれ育っているわけだからな」
党の人たちとは別の車両に私と大統領は乗ることになった。
来賓スタイルだ。行きと同じ、高級客車だった。相変わらず楽しい。
「おお……! 列車に力を入れている国は良いな。鉄道の旅は面白いものだ」
「合衆国の鉄道はどうなんですか?」
「私の生まれた頃が全盛期だったようだ。その後に自動車が発明されて、大量生産が開始されると、あっという間に鉄道は駆逐されてしまったよ」
なるほどね。合衆国の人は、鉄道旅行にある種の憧れみたいな感情を持っているのかもしれない。
大統領がハマって、平和になったら、あっちから評議会共和国へと旅行に来る人も増えたりするのかな。だといいなあ。
帰りの鉄道旅行も、往路と同じく快適に過ごすことが出来た。
地元の猟師さんが獲った獣のお肉の料理が出たり、|新鮮な魚を使ったスープ《ウハー》を食べたり――大統領へのアピールとして郷土料理が多めで、ついでに私の献立もそれと一緒になったので、いろいろな料理を楽しむことが出来た。
そんな楽しい旅はあっという間に終わる。気が付けばパヴェルフスクに到着だ。
空を見ると、今日は私たちの国の戦闘機が飛んでいた。ちょっと旧式の戦闘機だった。
パヴェルフスクからはまた、コーバさんの運転で党の臨時本部へと向かった。
大統領はここで用事があるみたいで、一旦お別れだ。
「楽しい旅をありがとう、大尉。私は書記長と面会してくる。終わったら、君たちの基地で元帥と会談を行うから、その時にまた会おう」
「はい。こちらこそ。頑張ってくださいね」
「ハハハ、秘密のヴェールに包まれた書記長の顔を眺めるのが、今から楽しみだよ」
車から降りる際に握手をした。
少し赤い肌の大きな手は、岩みたいに固くて頼もしかった。
そして、私は基地へと向かう。運転は変わらず。
降りる時にその彼から「元帥によろしくな」と言われた。なんだ、なんだかんだ言って仲いいじゃん。
総司令部に行って、元帥に報告して、リョーヴァとミールが帰ってくるのを待つ。
彼らは今は警戒飛行に向かっているようだった。大統領が来ているから、パイロット総出で警戒を行っているらしい。そういえば、レーダーとかはまだないのかな?
総司令部のロビーみたいなところには、ベンチが置いてあった。待ち合わせをする時には、よくここで待っている。
はやく帰って来ないかなぁ、と思いながらぼーっとしていると、総司令部に大統領が入ってきた。次は元帥とのお話があるのかな。
「お疲れ様です」
「おや、大尉。ここにいたのか」
「待ち合わせ中ですよ」
誰も顔を知らない、謎めいて神秘的な我らが指導者殿と話してきたというのに大統領は全く疲れていなかった。さすがあの国でトップを務めているだけある。
ふと、思いついた。
この人なら教えてくれるかも知れない。気になっていたことを聞いてみよう。
「そうだ、指導者殿ってどんな人でしたか?」
「大尉よりも若い女性だったよ」
「えっ!?」
「ハハハ、冗談だ。その事に関しては話さないようにと頼まれていてな。だが、大尉のことは知っているようだった。演説に関しても、よく褒めていたよ」
「直接褒めてくだされば良いのに。なんで会ってくれないんですかねぇ」
「さてな。元帥との会見の時間だ。私は行くよ」
「はい。私は戦友と一緒に遠くから眺めていますよ」
大統領が去っていく。背中が大きく見えた。ついに、私たちの国と合衆国――世界のトップのワンツーが協力して、反撃が始まる。
アツいね。
また少し待っていると、いつもの2人が入ってきた。一応着替えてから来たようで、空を飛んできたのに飛行服ではなく軍服を来ていた。
「リョーヴァ、ミール。久しぶり」
「聞いたぜ、演説のこと。すげえじゃねえか」
「よくやるね。リーナ、あんなに大胆だったっけ?」
2人とも元気そうでよかった。そりゃ、一ヶ月にも満たないくらいの時間だったけど。だけど、もっと長い間離れていたから、どうにも心配性な私になっていた。
見慣れた顔が元気そうで、すぐ近くにいるっていうのはすごく安心できる。
「照れるな、なんか。必要だからやっただけだよ。それに――いや、なんでもない」
私のあの議会での演説は、その日のうちに新聞になっていたらしい。そして、それは我が国にも来ていた。もしかすると、太平連盟とかにも伝わっているかもしれない。
それもあって、帰りの列車ではよく話しかけられた。東部は戦禍を免れているから、優しい言葉ばかりだったけど。
でも、戦争で被害を受けた人からの批判なら耳を傾けるべきだろう。語ったのは理想なのだから。
けど、決して捨ててはならない理想でもある。だから、意見を変えるつもりはない。
「? 変な事言うな。まあいいか、行こうぜ。大統領と元帥の会見だ。歴史に残りそうな一場面じゃねえか」
「そうだね。けど、それを言うなら、我らが『白聖女』の名前は歴史の偉人として残りそうな気もするけどね」
「……面と向かって恥ずかしいこと言わないでよ、ミール」
偉人になれるならいいことかもしれない。ネームバリューが高まれば高まるほど、後で使う時に強くなるからね。
◇
リョーヴァとミールと一緒に、元帥と大統領が会見をしている場所に来た。
記者の人たちが沢山のカメラを構える後ろから覗き込む。
様々なことを語って、2人は握手を交わして、カメラに向かって表情を作った。
「我々は、この大戦争を――『すべての戦争を終わらせるための戦争』とするために努力することを誓おう」
大統領が語る言葉と共に、カメラのシャッターが切られる。機関銃の音みたいだ。
「合衆国はここに宣言する。評議会共和国と手を組み、諸国民を戦争から解放するための戦争に従事することを」
大統領は言って、カメラから元帥へと視線を戻した。
「ありがとう、ロズウェルト大統領。私たち『連合国』は、平和のために戦うことを、人民に誓おう。――なんだ、どうした?」
元帥の最後の言葉で、会見が終わろうとしていたその時。
がちゃん! と大きな音を立てて、部屋の扉が開いた。
息を切らしながら入ってきたその人は元帥に近寄って、手に持った手紙のようなものを耳打ちしながら渡した。
「太平連盟の三帝からの書簡? ……驚いた。太平連盟も『連合国』に加わるそうだ」
元帥のその言葉は、大統領だけでなくその部屋の人全員に衝撃を与えた。
なんで太平連盟までが!?
さも今知りました、って顔してるけど、実は裏でいろいろ協議してたんじゃないの、元帥……?
それか、本当に豪運持ちなのかもしれないね。
「本当か? ……これから忙しくなりそうだ! 元帥、申し訳ない。早くに帰る用事が出来てしまった。武運を祈る」
「こちらこそ。最後になるが、多様な支援は我が国を大いに救ってくれた。平和になったら、ぜひ恩を返させてくれ」
「楽しみにしているよ。では、また会おう!」
最後に一度握手をして、大統領は部屋を出ようとした。
「大尉もな! 合衆国はいつでも君を歓迎する!」
……けど、大統領が去り際にそんな事を言うものだから、カメラが一斉に私の方を向いた。
控えめに笑って手を振ったら、その瞬間にたくさん写真を撮られた。
今日は身だしなみしっかり整えてないから、あんまり撮られたくなかったんだけどなぁ。
これで本章は終わりです。ちょっと長くなってしまった
次章から反撃です。バグラチオン!
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