53.すべての戦争を終わらせるための戦争
「――戦争が全てを狂わせた」
すぐに終わると思っていた。
誰にも犠牲が出ずに、非日常を楽しむ余裕さえあった。
だけど、それは全て間違っていた。
「連隊の上官は行方不明となりました。家族と親友に疎開を勧めたら、疎開先が空襲されて行方不明です。無事だった人も、様々な形でその人生を大きく狂わされました」
戦争は決して、楽しいものではない。
物語のようなロマンは無く、巻き込まれるのは無辜の市民ばかりで、唯一の強者の軍隊も弱者を虐げることばかりが得意になっていく。
どんなに「人道的」な軍隊も、そのしがらみから逃れられることは出来ない。歴史が証明してきた。
評議会共和国の軍隊だって、今は祖国を守っているから理性的なだけだ。大衆ゲルマンへの逆侵攻ともなれば、きっと、溜め込んでいたモノが爆発する。
「私は、エースとなりました。数多の命を燃やし、堕としてきた結果、血塗られた栄誉を手に入れました。そんな、戦争に人生を変えられた人間の話で良かったら、聞いてください。……本来ならば、私はここに立つに値しませんから」
目を伏せながら私が言うと、議員の一人が「そんなことない!」と言ってくれた。彼女に続いて、他の議員たちも次々に同じようなことを言ってくれる。
「ありがとうございます」と小さく言って、息を吸った。
「――忘れてはならないものがあります。私たちは、正義のために戦っているということです。権益を取り戻すためではなく、大衆ゲルマンの愚かな民衆に懲罰を与える為でもありません」
私のこの話は、評議会共和国に暮らしている、戦争で家族を失った人には響かないだろう。
だから、合衆国という第三者は、理性を保って戦争をしてもらわないと困る。
熾烈な攻撃は、苛烈な守りを生み出す。その先にあるのは、スターリングラード、ベルリン、沖縄――地上の地獄だ。
「道を踏み外した同胞を、正しき場所へと取り戻す戦いなのです。決して、大衆ゲルマンというパイを切り分けるための戦いではないのです」
私は『白聖女』。空の英雄、評議会共和国の切り札だ。
祖国では言えなくても、外国でこう言ったことが伝われば、故郷のみんなも気にしてくれるだろう。
本音を言うなら、私だって敵が憎い。全員殺してしまいたい。
笑顔の仮面が理性を生んでくれるだけで、家族が無事な人たちを見ると妬み嫉み僻みで心は焼けそうになる。
けど、駄目なんだ。それをしたら、恒久的な平和は遥か遠くへと行ってしまう。
「人間は欲望に弱い。これほどの規模の武力による変更を容認してしまえば、この大戦争はもう一度引き起こされる」
この世界に生まれて、およそ20年。
前世の記憶は懐かしい物語のようで、薄らとした輪郭しか思い出せなくなっている。
その中でも、強烈に焼け付いて、決して色褪せることの無い記憶もあった。
美味しい料理。心躍る物語。人類が紡いだ歴史。壮大な景色。家族との交流。
――そして、悲惨な戦争や、大規模な災害。
「ゆえに、私はここにあなた達へと提言致します――この戦争を、『すべての戦争を終わらせるための戦争』としましょう!」
私は理想を語る。
思えば、ここまで来たのは理想と夢が原動力となってくれたからだった。
初めは、ずっと空を飛びたいという夢から。戦争が始まってからは、平和のためという理想から。そして今では、大切な人を救うため、こんなに耳目を集めている。
「推平主義的なスローガンではなく、あなたたちを戦争へ誘うためのプロパガンダでもない! これは万人のための理想だ!」
人類は古から戦争を行ってきた。古代の人々が争いを行わなかったなんていうことはなく、縄張り争いは規模を変えてずっと続けられていた。
「不可能だと思いますか? 当然だ! ですが、我々は既に不可能を可能にして来た!」
まあ、それは前世の人類の話だ。
この世界の人々は、戦争よりも、手を取り合うことで生き延びることを優先していた。
「あらゆる人々と、肌の色や瞳の色、髪の色が違う隣人たちと手を取り合い、私たちは世界に蔓延る脅威、『魔物』を駆逐した!」
私の理想は、夢想ではない。
過去になされていた事を、今再び行うだけだ。
それは、ゼロをイチにするよりももっと簡単な事だった。
「それが出来たのなら――戦争が存在しない世界を作るのは、遥かに容易なはずだ!」
きっと、前世の人々でも不可能では無いだろう。
私が死んでから約20年、案外、みんなで手を取り合って、幸せな社会を築けているのかもしれない。平和の尊さと人々の多様性を、みんなが尊重し始めた世界だったから。
こっちの世界と比べたら、もっと難しいことではあるだろうけどね。
「『すべての戦争を終わらせるための戦争』。理想主義と批判するのは結構。ですが、歴史を鑑みてください。理想は実現出来ましたよ? 今は、人の時代です――魔女はもう居ない! 私たちが全てを決められる!」
ここが歴史の転換点だ。
世界大戦をこれで終わりにするか、もう何度か行うか。
……2度目の人生だ。
どうせなら、幾千万の悲劇を未然に防いでも良いよね?
「同胞を救いましょう。西方帝国、クレプスキュール共和国、ズウォタ王国、そして、評議会共和国の人民たち――」
前世のエゴに付き合わせてごめん、エカチェリーナ。
だけど、世界をより良くする手段が今目の前にあるというのに、何もしないのは我慢出来ないんだ。
「――なにより、ゲルマニカの地の、我らが同胞を救いましょう。もし、彼の地に友人がいるならその人の顔を思い浮かべて下さい。……彼らは、長く続いた凄惨な内戦によって心を痛めている。これ以上の苦難は必要ない。平和の尊さ美しさを知るべきだ!」
私はエリカを思い浮かべた。彼女は、平和を求めていた。小さな夢を叶えたがっていた。
そんな人は、あの地には無数にいるのだろう。平和になればすぐにでも叶うささやかな夢を求めている、普通の人たちが。
「平和のために、正義のために! 私たちは、あなたたちの手を借りたい! 合衆国の同胞よ、私の理想に賛同できるのなら、大きく拍手をして下さい!」
大きく腕を振り上げて、半ば叫びながら私は言い切った。
フラッシュが炊かれて、カメラのシャッター音が無数に響く。
それと一緒に、議事堂は拍手の音に包まれた。
飛行機のエンジンと同じくらいに、大きな音だった。
◇
議事堂を出ると、大統領が待っていた。
「見事な演説だった。カレーニナ大尉。戦後は政治家にでもなるつもりか?」
「人民会議はあまり演説の機会はありませんので、合衆国でならまだしも、祖国では政治家になれませんよ。実直で堅実な態度が評価されやすいんです」
「ハハハ! 我が国とは大違いだな。議会で人目を集めてカリスマ性を発揮できるのが、我が国の政治家における一番の素質だよ」
大統領は豪快に笑いながら、私を黒い車の方へと案内してくれていた。
外交使節団の人たちは、議員の人たちとの会食があるらしい。私の仕事は演説で終わりだから、私はそれには出席しない。テーブルマナーとかも要求されるらしいし、まあ、仕方ないね。
結構疲れたし、今日はこのまま寝てしまいたい。
車の後部座席に大統領と並んで座った。
ふう、と一息ついてから、会話を再開する。
「どっちが良いというわけでもないですけどね。どっちも良いですし、良くないところもあります。……真面目な話題に戻しましょう」
「拍手喝采の中に居たのに、まだ心配しているのか?」
「絶対はありませんから」
ほぼ確実だろう。だけど、油断はできない。
「SIAの報告だと、君は直情的な人間だという話だったが、存外慎重なのだな。大丈夫だ、今回のことは明日の朝刊の一面に乗るだろう。あそこまで啖呵を切られて怖気付く人間は、合衆国では暮らしていけないさ」
「SIA……?」
「ああ、気にするな。ともかく、合衆国は君たちの味方をする。保証するよ。帰りは……私が着いて行こうか。ゲルマニカも、合衆国大統領がいる場所に下手に攻撃はできないだろう」
……?
帰り、えっと、なんだか我が国まで着いてくるって言っている気がするんだけど?
頭の上にハテナを浮かべながら、私は大統領に聞いてみた。
「……えっと、本気ですか?」
「パヴェルフスクとやらにも行ってみたいし、トゥハチェフスキー元帥にも会ってみたいのだ。カメラの前で私たちが握手を交わせば、君の演説の効果も倍増、そうだろう?」
「…………確認します!」
「色よい返事を待っている」
車の運転手さんに伝えて、行先をホテルから評議会共和国の大使館へと変更してもらった。
あそこからなら、本国に通信できる。
……首都は占領されてたけど、たぶん、しっかり変えてるはずだ。
はあ、あんな大立ち回りをした後に党本部のお偉いさんの説得までしないといけないなんて。
政治の世界って大変だね。私には絶対無理だ。今回だけで十分だよ……。
ここまで一話で終わらせるつもりだったのに長くなってしまった