52.久しぶりに空を飛べるぞ!
翌日。
からっと乾燥していてよく快晴、気持ちのいい日だ。
再び高級車に乗って、私たち一行は近くの空港へとやって来た。
合衆国では民間航空がそれなりに発展しているらしく、小規模ながら旅客機も運用されているらしい。
それに乗れるのかな。楽しみだ!
空港に駐機されていたのは大きな飛行機だった。
よく見てみると、尾翼に合衆国の国章が描かれていた。そうなると、これはおそらく――
「政府の飛行機ですか?」
「そうだ。政府専用機として、輸送機の改造を行っていてな。船には未だ勝てないが、良い列車程度の設備を揃えているんだ」
「合衆国は大きいですもんね。大統領ともなれば、東へ西へ忙しいでしょうし」
「君たちの国のように、国家を横断する鉄道も一応は有るのだが……ほぼ貨物専用だからな。あまり到着時刻も当てにならないから、長距離では飛行機が必要なんだ」
久しぶりに空を飛べるぞ!
私が操縦するわけではないけれど、それでも心が躍る。
高級なホテルよりも、おいしいご飯よりも、雄大な景色よりも、私の心が惹かれるのはやっぱり空なのだ。
うきうきしながら私は大統領と使節団と一緒に飛行機へと歩いていく。スキップになりそうなのをどうにか押さえつける。
飛行機だ。
飛行機だ! 空だよ!
「随分と楽しそうじゃないか。なにが君の心を動かしているんだ?」
「久しぶりの空ですからね! それにしても良い飛行機ですね。輸送機ですがフォルムが洗練されていますねそれにしても双発ではなく四発のエンジンを使っているということは重爆撃機からの改造型なのでしょうかそうなると与圧装置も完備されているでしょうし上空を飛んでいくことで速度と燃費を向上させながら更に速く遠くへと移動することができますよね設計者はどなたでしょうかいえこの機体を政府専用機にしようと提言した方はどなたなのでしょうかその人はこの先も重用したほうが良いですよ良い目をしていますからね。それと――」
大統領に理由を聞かれたので、目の前の飛行機の素晴らしさを語ってみると、なんでか顔を顰められてしまった。
ううん、説明は苦手だからなあ。わかりにくかったかも。
「……大尉?」
「ああ、ごめんなさい、わかりにくかったですか?」
「いや、違うが……。ほら、君だけが楽しんでいても仕方がないだろう。続きは機内で聞かせてくれ」
「おっと、そうですね。そうしましょうか」
先に外交官の人たちに入ってもらって、私は最後に大統領と一緒に乗ることになった。……先に入っても立ち止まって観察したりはしないんだけど? 流石にそれくらいのマナーは守れるよ。
飛行機に乗ると、大統領はパイロットの人を連れてきてくれて、私に紹介してくれた。
「チャールズ少佐だ。彼も素晴らしい腕を持っているからな。着陸の時も離陸の時も、気付かないうちに行われているほどだ」
「へえ。よろしくお願いします」
そこまで誉めそやすほどの腕だなんて、気になるね。ちょっと厳しめに評価しちゃおうか。
パイロット――チャールズ少佐と握手を交わすと、その人は懐からメモ帳を取り出して私に手渡してきた。
「あなたが『白聖女』! 実は息子があなたのファンでしてね。良ければ、後でサインを貰えませんか?」
えっとぉ……。
私ってこの国だとそんなにスターみたいな扱いされてるの? ハリウッド俳優の気分だよ。
「サインですか? 俳優のようなサインはできませんが、それでよろしければ……」
「当然ですよ。パイロットをしていると、あまり家に帰れませんのでね。息子には土産をたくさん持って帰らないとならんのです」
まあ、別にいいんだけどさ。綺麗なサインとかは期待しないで欲しい。署名のようになっちゃうだろうけど、許してね。
チャールズ少佐との顔合わせを終えて、後ろの扉を抜けるとそこには椅子と机や仮眠用のベッドが備え付けられていた。
確かに、船には及ばないだろう。高級な列車にもまだ届かない。だけど、飛行機の中にこんな部屋を作り上げるのはすごいことだ。
「わあ、すごい……」
「道中での燃料補給も入れて、半日程度の空の旅だ。楽しんでくれ」
「はい!」
チャールズさんの腕は大統領の言う通りだった。
大統領と話しているうちに、気が付いたら空に浮かんでいたのだから。……なかなかやるね!
◇
東海岸の首都近くの空港に着いてから案内されたのはまた同じく高級ホテル。今日はここに泊まって、ついに明日、議会で演説だ。
綺麗にして、早めに寝ておこう。写真を撮られた時に、隈が映っていたら恥ずかしいからね。
すっきり眠って翌朝。
シャワーを浴びて美味しい朝ごはんを食べて、議会へと出発だ。
「気をつけておくことってありますか?」
「特に無い。議会が外国からの演説を受け入れる時点で、言ってしまえば、もはや結論は決まっているようなものだ。演説は国民への説明用だな」
「そうですか」
そう言われると、やる気が出てくる。政治家の人たちの心も動かしてやろうじゃないか!
どんなことを喋るかっていうのはだいたい決めていた。私は慎重になることを学んだのだ。
議事堂は白い大理石で建てられていた。なんでも、この大陸における最初の冒険者ギルドの建物を使っているらしい。結構歴史ある建物なのだ。
この床を踏んだ様々な人々の想いを想像しながら、一歩ずつ踏みしめてゆっくりと歩いた。
目の前には大きな扉がある。
ここを開けた先で議会は開かれている。思えば、空以外の戦場は初めてだ。やってやろう。
扉を開けると、大きな拍手で迎えられた。
照れくささと共に、ゆっくりと壇上へと向かう。
カメラのフラッシュが幾つも光った。少し目を細めて、それからマイクに向かって語り始めた。
「初めまして皆さん。私はエカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナ。評議会共和国の党の軍隊、その空軍において大尉をやらせてもらっています」
最初はわざと軽く。
若輩者であるというイメージを出しておこう。舐められない程度に、まだ、世間知らずなんだな、というイメージを与える程度に。
「こんな大人数の前で話をするのは初めてですから、至らぬ点もあるでしょうが、何卒ご容赦を……。ですが、初めて空を飛んだ時のような高揚感を味わっています」
知名度で選ばれた、お飾りの外交使節。それが私。
軍服を着ていることからわかるように、ちょっと挨拶をして、それだけで十分なのだ。それ以上は求められていない。――本来は。
「初めて飛んだ時、遥かな空に、私の心は奪われました。どこまでも行けて、どこまでも続く自由な空に、私は魅せられました」
大人数の前に立つ時の緊張感と興奮は、あの瞬間に似ていた。
決して忘れることの出来ない、3度目の人生になっても覚えていそうなあの瞬間。
「そして、それがずっと続けば良いと思い、空軍に志願しました。天職でした――ずっと飛行機に乗っていられるんですから!」
大袈裟に手を振りあげると、議席からちょっとした笑い声が聞こえた。
嘲笑ではなく、微笑ましいものを見た時の笑い声だった。いい感じだ。
「初めの1年は幸せでした。多忙な日々でしたが、連隊の上官2人は優しく、尊敬できる人物で、様々なことを学ばせて頂きました。……彼女たちとのことはいくらでも語れますが、今回はやめておきましょう。ええ、ふふ。ともかく、平和な日々が、ずっと続けば良いと願っていました」
みんなが私に注目している。幸せな過去を持った、幸福な空軍の若い飛行士を暖かい目で見守っていた。
今だ。
「しかし」
鋭く、短く。言葉を発した。
「――戦争が全てを狂わせた」