51.合衆国遠征
帰ってきてから1週間、私は会見やら会議やらその他諸々に引っ張りだこだった。飛行機にはまだ乗れていない。
そんな中、元帥から非常に重要な任務を任された――外交任務だ。
まずは東へ、列車に乗って向かう。シベリア鉄道的なやつだ。
道中ではストロガニナ(凍った魚を削いだやつ。生だけど、凍ってるので寄生虫の心配もない)を肴にウォトカを飲んだり、外の空気を吸おうと停車中に降りた駅で地元のおばあさんから果物を買ったり、それなりに楽しんでいた。
なんと言っても特別客車だからね。いつでも軽食は出てくるし飲み物もなんでも頼めるし車両まるまるひとつが個室だし――ファーストクラスで空の旅をしているようなものだ。最高!
もちろん、前線を忘れているというわけでは無い。だけど、重大な任務を任された以上、それに専念するべきなのだ。
この待遇は、私が齎すことを期待されている結果と比べたらすごく安いものだろうしね。
元帥から頼まれたのは、大統領との面会。そして、議会での演説。『参戦させろ』そういう訳だ。
彼らは例によって正義とかマッチョイズム的なパワー信仰みたいなところがある。
正義と祖国のために戦う、捕虜になりつつも生還したトップエース――彼らの癖にぶっ刺さるのがこの私だった。
そして、我が国の東海岸に着くと、そこからは客船に乗って合衆国へ向かう。
その道中は、偶然にも大平連盟の空母機動艦隊が私たちのすぐ近くを航行してくれていた。遠洋訓練に向かう途中だという。偶然って不思議だね。
大平連盟の海軍では、夜見の割合が多いらしい。零戦そっくりの戦闘機が空母の上に置かれていた。戦後の旅行が楽しみだ! 空母着艦とかもいつかチャレンジしてみたいね。
船旅は1週間と少し続いた。
船酔いにも慣れてきて、海の景色を楽しめる余裕が出てきた頃に、合衆国の西海岸に到着した。
言ってしまえばロサンゼルスとかサンフランシスコとか、その辺りだね。……ていうか、この世界ってなんで都市関係まで地球そっくりなの?
太平連盟の機動艦隊も一緒に寄港していた。一旦補給をしてから、合衆国の近くで訓練を行うらしい。――仲良しなんだね、良いことだ。
客船から降りると、合衆国の海兵隊の儀仗隊の皆さんから熱烈な歓迎を受けた。
一応、正式な外交使節だから……。私ももっと正装で行きたかったんだけど、元帥から『イメージのために軍服を着ろ』とのご命令を受けているので、ちょっと浮いてしまっている。
高そうな黒塗りの車に別れて乗って、私たちは西海岸でも随一の高級ホテルに向かった。
目的地はここではないけれど、今日はここに泊まるらしい。
使節全員に個室が割り当てられている。当然、私もだ。部屋に入るとどれも綺羅びやかで目眩がした。
でも、水回りなら評議会共和国も負けてないぞ! 高級ホテルと同じ設備を全人民に行き渡らせている!
温かいシャワー、清潔な水、水洗トイレ。祖国万歳!
そんなお高いお部屋でくつろいでいると、こんこん、とノックがされた。
東海岸の議会へ向かう前に、政府のお偉いさんと面会の予定があった。身だしなみを軽く整えてから、私は早速向かった。
「合衆国にようこそ」
案内されてスイートルームに通された。最上階全てを占有する、最高級のホテルの最高級の部屋。
この部屋の窓から見える西海岸は、建物が太陽を照らし返して、地上はきらめく楽園のようだった。
そんな部屋の真ん中に少し大きな机が置かれていて、奥側の椅子に一人のおじさんが座っていた。
少し大柄で、どっしりと構えている。歳は40後半か、50前半くらい。若くはないけど、政治家っぽいから、まだ若手の部類に入るかもしれない。
私たちが入室すると、その人は立ち上がって歓迎の言葉を言ってから、さらに言葉を続けた。
「私は第30代合衆国大統領、ベニート・D・ロゼウェルト。我が国の国民を代表して、歓迎する」
……副大統領とかが最初に来ると思ったら、一番目から大統領でした。
これはサプライズだったようで、私以外の使節のみんなもうろたえている。アメリカンだねえ。アメリカじゃないけど。
驚いている私たちを尻目に、大統領は私たちの方へと近付いてきて、使節団の団長から握手と軽い自己紹介を交わし始めた。
「始めまして、――殿。あなたの功績はよく知っている――」
そうして、最後に位置するのは私だ。
ただの大尉だからね。たぶん、他の人より有名だろうけど、外交では素人だ。餅は餅屋だから、あんまり出しゃばる必要もない。
「――そして、『白聖女』。カレーニナ大尉、君は我が国でも有名だよ。義勇軍の指揮官とも顔見知りだったんだって?」
「……えっと、どなたですか?」
義勇軍の司令官……?
それが指すのはアンウェルカムズのことだろう。そういえば、まだ司令官と会ってなかったな。私の知り合いでもあるらしい。誰だろう?
「そうか、失礼。無事に戻ってきてからまだ時間も経っていないからな。会っていないのか。アメリア空軍大佐だ」
「アメリア。――あっ! あの、ハンバーガー屋さんの!」
大統領が言ったのは、懐かしい名前だった。そういえば、ちょっと前にミールが話題に出していた。まさか本当に来ているなんてね。
「オクチャブリスカヤでやっていたようだな。それなりに評判も良かったらしいが――評議会共和国に戻ったら面会をしてみると良い。君たちのことを、よく気にかけていたからな」
「はい、そうさせていただきます」
それにしても、中佐さんだったなんて。結構偉い人だ。
戦争の無い平和な合衆国で、それなりに若いうちに大佐にまで上り詰めるなんて、どんな功績を積んだんだろう。
ミラーナ少佐とかリーリヤ少佐は、10年間空軍に努めていたから、順当に昇格していけばおかしくない階級だった。……それ以上だなんて、何者なんだろう?
私と挨拶を交わしたことで、大統領と使節団の全員の顔合わせは完了した。
元の椅子に戻って、どかっと勢いよく座った大統領はコップに炭酸飲料を注いだ。あるんだ。
「さて、今回は顔合わせ程度に留めておこうか。ここで勝手に色々と決めてしまうことは出来なくもないのだが、そうすると、新聞に嗅ぎつけられて私の再選の芽が摘まれてしまうからな。ハハハ!」
一口飲んでから、大統領はそんな、私たちが反応しづらい冗談を言ってきた。
そういうの困るから辞めてほしいんだけどな……。
「さあ座ってくれ」と進めてきたので、私たちは椅子に座った。そして、大統領が合図をすると軽食が運ばれてきた。
マカロニとチーズ、ハンバーガー、炭酸飲料、フライドチキン……使節団の人たちはあまり見慣れない食べ物になんとも言えない笑顔を浮かべていたけれど、私は別だった。
――まさか、こんな身体に悪そうなものが食べられるなんて!
合衆国ばんざ……はっ。危ない、食べ物に釣られてしまうところだった。
「食べながら軽く、雑談でもしようか。……昨今の合衆国では社会保障制度の問題が指摘されていてな。君たちの国の推平主義的政策を参考に、新たな制度を導入したいのだが――」
雑談にしては随分と重大な話題のようだけど。
ちゃっかりしている人だな、この人は。
大統領が言ったのは推平主義――推進平等主義。祖国が掲げる思想であり、この世界における共産主義みたいなものだ。
党や新聞ではアグレコって呼ばれる場合が多い。経済成長や国家の強大化よりも、全人民の平等と日常生活の幸福を優先するイデオロギーだ。
最低を上げれば最大も上がるでしょ? 誰も損しないよね? っていう考えだったはず、たぶん。
他の思想のように、経済や哲学、色々なものが絡み合っているので私は授業で教えられている程度しかわからない。
小難しい会話は専門家たちに任せておこう。
私は軍人、それも空軍の軍人。胃へと食べ物を入れるのが仕事だ。
全部食べてやろう!