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TS飛行士は空を飛ぶ  作者: そら
膠着
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49.脱出

 髪が伸びた。

 ぼさぼさで、枝毛まみれ。最悪。

 どのくらい経ったかな……半年は経っていない。でも、1ヶ月以上は経ってる。満月を2回は見たから。

 窓の板に小さな穴を開けて、最低限の時間感覚は取り戻した。顔を近づければ外が見えたから、大まかな現在地も把握した。


 貞操は奪われてない。最高だね。その代わり、身体中痣と傷だらけだけど。


 魔法が使えるお陰で、最悪の状況になるのは回避できていた。清潔な水と暖かい火がいつでも手に入るのは、運が良かった。

 でも……はあ、筆舌に尽くし難いなんてのは、甘いものだね。


 尋問をする男は人の心理をよく理解していた。

 それを理解していても、抗うのは難しい。

 目の前に楽になる手段があるのに、来るかどうかも分からない助けを待って我慢し続けることは――惨めだった。


 ……惨めなのは嫌いだ。


 だから、脱出してやろう。

 シンプルな計画だ。見つからないようにここから逃げるだけ。もっと大胆不敵にかっこよく脱獄してやろうとも思ったけど、ちょっと難しいね。

 車も確保できれば良いんだけど、まあ、なくてもどうにかなる。


 夜中は警備が薄くなる。はじめのうちは夜中でも監視されていたんだけど、食べ物は栄養不足でほぼほぼ毎日尋問で、日に日に体力は減っていった。

 そうなると、夜は施錠だけしてどこかに行く。痩せぎすの女が、力ずくで脱出なんてできないと思っているんだろう。

 半分正解だ。だけど、私は魔法が使えた。ちょっと燃やして脆くしてやれば、扉なんて簡単に壊せる。


 決行は月が私の部屋を照らし始めた時。

 おおよそ23時。ちょうどいい時間だ。


 体力を温存するために、朝から眠り続けた。幸運にも、今日は尋問が無い日だった。例のあの変態男(サディスト)以外は尋問にはあまり乗り気ではないようで、あいつが居ない時にはご飯がちょっと新鮮でちょっと多めだったりもする。……当然のことだけど、大衆ゲルマンだからと言って全員無情なわけでもないのだ。ミラーナ少佐も無事だといいけれど……。

 戦争中の軍人同士だから、戦地で会ったら容赦は出来ないけど、感謝はしておこう。


 ということで決行の時間になった。

 扉に耳を近づけて、近くに人の気配がしないことを確認した。


「夜を照らせ――『燃えろ』」


 扉は鍵ではなく、(かんぬき)のようなもので物理的に施錠されていた。本国から遥か遠くで兵站線も伸び切っているのだろう。無駄な物資を持ってくる余裕もないのかもしれない。

 火事にならないように慎重に燃やして、炭化させたところを地面に落ちていた硬いなにかの欠片で強く突いた。

 腕を通せるくらいの穴が空いて、簡単に扉を閉ざしていたものをどかすことが出来た。……ちょっと重かったけど。


 扉を開けると、電気も消されていた。

 あの部屋から出たのは久しぶりだ。有用なものがないかと部屋を見渡してみると、慣れ親しんだ集合住宅(ピャチエターシュカ)の部屋がそこには広がっていた。

 私の実家と同じ間取り。閉じ込められていた部屋も、思えば私の部屋と似ていた。


 おそらく集合住宅を転用して収容していたことは推察していたけれど、ここにきてようやくその推察は確実となった。

 となれば、逃げるルートも簡単に思い浮かべられる。航空学校に行くまでは生まれてからずっと集合住宅だったのだ。そして、我が国の集合住宅のレイアウトはそのほとんどが同じ。

 簡単だね。……油断はしないけど。リヒトホーフェン卿からの教訓だ。私は二度と同じ失敗はしない。


 誰かの実家を出ると、見慣れた廊下だった。電気は点いていた。

 足音を立てないように気を付けながら、階段の方へと向かう。

 息を潜めて、人の声がしないか集中してみた。


 ――何も聞こえない。


 巡回のようなものはされていないみたいだ。それか、あの男が居ないからサボってるのか。

 まあ、私に良いことなら何でも良い。


 さらに慎重になりながら、一階へ向かって階段を降りて行く。

 非常階段を使う手もあったけれど、金属で作られていたから音が響きやすいし、もし非常階段を降りている時に見つかったら逃げる先はほとんどない。

 どちらも危険ではあるけれど、集合住宅の中の階段を使うほうが少しは安全だ。


 一階に着いた。

 集合住宅の出口の方へと向かう途中で、声が聞こえてきた。


「……オイ、聞いたか?」

「何をだよ」


 ……どうやら、集合住宅のロビーの近くの管理人室のようなところが、この建物を警備する兵士の詰め所になっているようだった。

 話に夢中になりそうな気配を察したので、私は真っ直ぐ出口に向かうことにした。

 彼らの部屋の扉が開け放たれていたけれど、話していれば足音は聞こえないだろう。


「もうすぐ評共の反攻作戦が開始されるらしいぞ」

「……何度目だよ、その噂。覚えてるだけでも3回は聞いたぞ?」

「それが今度こそは本当らしい……ん?」


 扉の前を通り過ぎた途端、彼らの話がぴたりと止まった。

 まずい、片方の耳が良かったみたいだ。

 急いでどこかに隠れないと……!


「今の時間って俺たち以外にこの持ち場のヤツいたか?」

「いや、居ないはずだが」

「……足音がしたぞ。おい、誰だ!」


 向かいの部屋の扉を静かに開けて、中に入った。寝室の方へと向かうと大きなクローゼットがあった。……一か八か、ここに隠れてみよう!

 詰め所から出てきた兵士2人は、廊下でしばらく止まって人影が無いことを確認すると、次に私が入ってきた部屋に来た。


 ……心臓がばくばくと鳴る。


「なんもねえよ。ネズミ一匹居やしねえ。聞き間違いじゃねえか?」


 2人のうち一方は、私の足音は聞こえていなかったみたいだ。その調子だよ、どうにか言いくるめてやってくれ……!

 リビングと浴室を調べ終えた2人は、ついに寝室へと向かってきた。

 懐中電灯の明かりが、クローゼットの少しの隙間から入ってきた。


「本当に聞いたんだがな。……そういえば、こういう時に隠れるのはクローゼットがお約束か。開けてみるか?」


 私の足音を聞いた兵士が、銃を構えながらゆっくりとクローゼットへと近付いてきた。

 一歩、二歩、三歩。

 近づくたびに、私の息が荒くなっていく。口を手で抑えて、吐息が聞こえないように必死に黙らせる。

 ……来るな!


「好きにしろ。もう4月なのに、この国は寒すぎる。早く暖房の効いたとこに戻りてえんだ」


 あなたも! 最後まで相棒の手綱を握ってよ!!


 懐中電灯は常に私の方へと向けられている。

 徐々に光が強くなり、眩しくなっていく。

 目の前の兵士は小銃を肩に掛けた。

 そして、右手をゆっくりとクローゼットの取っ手へと伸ばしていき――


 ジリリリリ!


 大きな音が鳴った。


「……開ける瞬間に邪魔が入るのもお約束、ってか」

「冗談言ってんじゃねえ。クソッタレの尋問官様だぞ、どうせ。早く出ないと面倒なことになる。戻るぞ」

「あいよ。早くあの娘を解放してやってくれねえかね。若い女をいたぶる趣味はねえんだがな」

「あのお方は違うみたいだな。尋問官ってのは気色悪いぜ」


 ……そして2人は、詰め所へと戻っていった。


 彼らが電話を取る声を聞いて、私は崩れ落ちた。

 乱れた息を整えながら額を拭うと、汗でびっしょりと濡れていた。







 集合住宅を脱出した私は、光を避けながら月明かりの下を走っていた。

 現在地は山脈の東側の街だった――たぶん、私が撃墜された時の攻勢で、少しだけ侵攻することに成功したのだろう。

 ……もし、あの攻勢で祖国がやられていたら、私の脱出は意味がないけれど、情報のために生かされていたのだ。心配はない。


 近くの森林へ逃げると、月明かりも木々に隠れて真っ暗になる。時々『火』の魔法を使って方角を確認しながら、私は東へと走った。

 大昔はこういう森に魔物が住んでいたという。今は獣だ。なんでも、暗くて淀んだところには魔力が溜まりやすく、そこに獣や魔物が集まってくるのだとか。

 言ってしまえば、なんとなく嫌な雰囲気がする場所は危ないっていうことだ。そういうところは暗くても雰囲気でわかる。第六感というより直感だけど。


 ともかく、そうしたところを避けて行けば夜の森でもそこまで危険ではない――もちろん、石で転んだり枝で怪我をしたりすることはあるので注意は必要だけど。


 月が地平線の真上に行って、東の空がにわかに赤くなってきて、ようやく味方の陣地が見える場所まで来た。

 小高い丘の上だった。腰を下ろして、魔法で水を出して水分補給とちょっと休憩。明るくなってきたし、ちょっとだけ眠ってもいいかもしれない――

 その時、足音と一緒に声が聞こえた。


「おい! 誰だ!」


 両手を上げながら、私はゆっくりと立ち上がった。

 でも大丈夫、今度は味方だ。安心しながら、私は振り返る。


「……待てアンタ……『白聖女』じゃないか!? 生きてやがった!」


 薄汚れた私の顔を見て、その兵士は驚いていた。

 驚くのはこっちだよ。まさか、こんなになっても気付いてくれるなんてね。


「大隊長、いや師団長に……すっ飛ばすか! 総司令部に連絡だ! すげえぞ、さすがエースだ聖女様だ!」

「死ぬかと思いましたよ」

「だろうな! 俺達も死んでると思ってたよ! 着いてこい……歩けるか? 背負って行こうか?」

「歩けます」

「そうか。基地に行って軽く食べたらすぐに総司令部まで送ってやる! よく生きて帰ってきたな、『白聖女』!」

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