45.立派なエースに育ちました
『気を付けろ、敵の新型だ!』
『ってことは手練れだね。爆撃機はぼくたちがやっておくよ。リーナはあっちやっといて!』
『大変な仕事押し付けないでよね!』
『適材適所だよ、気を付けて!』
今日の任務は爆撃機の迎撃――基本的にはこの任務、いつも通りの日のはずだった。けど不運なことに、敵の新型を見つけちゃった。私たちの機体よりも速いからここで逃すと後がめんどくさい。
小規模の爆撃機編隊を護衛するのはまた小規模の戦闘機編隊だった。数は4機。……単機でこのくらいを相手にするの、何とも思わなくなってきた。立派なエースに育ちましたよ。
《良いエンジンの音ですね。私は嫌いですが》
《お前は……『白聖女』!? ……大外れじゃねえか、何が楽な任務だ!》
《楽な任務がしたいなら後方に引っ込んでいるべきでしたね》
敵の新型機は細長いトンボみたいなやつ。正直、あんまり見た目は変わってない気もする。けど、武装と積んでるエンジンは段違いだった。
たぶん、ジェット機と同じ機関砲を積んでるから、掠っただけで大変危ない。地上に向かって撃っても、当たり所が悪いと戦車でも貫通されるだろう。
私が近づくと、敵編隊は逃げようとし始めた。最近は私の声を聞くだけで撃退できるくらいに恐れられてる。私だって、リヒトホーフェン隊の誰かと出会ったら真っ先に逃げることを考える。同じ感じだ。
同情はするけど、逃がそうとは思わない。
《へえ、早い。羨ましいです》
《来るな、化け物! ……やるしかないかッ》
敵の新型機は、速度が乗った時の機動性では、ついに私たちを超えた。降下しながらの格闘戦や、こうした高空での追撃戦では相手から逃げることは難しくなった。
逃げるのならね。こっちが攻める側なら、何も変わらない。
私から逃げ切れないことを悟った敵の4機編隊が2機ずつに分かれ、左右から襲いかかってきた。
何事もそうだろうけど、成功させたり完成させたりするためには、勝つためのイメージや終わりまでの道筋を描く必要がある。
最近の私はそれに気が付いて、空戦において不意打ちを喰らうことも、無駄な旋回をすることも無くなってきた。
私の才能では無いと思う。
ただ、生き延びてきたから身につけた技術だ。私はエリカみたいな天才じゃないから不可能を可能にすることは出来ないし、ハンナさんみたいに戦闘に熱狂していないから、大胆な博打を打つこともできない。
計画を思い描いて、それ通りに。努力と経験は裏切らない。
《新型を任せられる手練れだけありますね。もしかしてエースですか?》
《気が付いたか。俺の機首を見ろ――黒い剣だ。俺は『黒剣』――》
《素敵なエンブレムですけど、黒を二つ名に使うならならエリカ以上にならないと名前負けですよ。さようなら、黒色さん》
リーダー格のような敵機を堕とすと、敵の提携は途端に崩れる。
これも最近学んだことだ。私たちの戦術はマニュアルに書かれているけれど、彼らの戦術は経験頼りらしい。良い所もあるけれど、首を刈ればそれより下は動けなくなる。
統率が取れなくなった軍隊は烏合の衆だ。あとは簡単。
『ただいま』
敵編隊を壊滅させて、私は2人の元へと戻ってきた。
『お、無事だったか。やるじゃねえか』
『ぼくたちの方もさっき終わったよ。重爆撃機はやっぱり面倒だね。堕ちにくいし機銃は怖いし……こっちもパイロット不足だから、少数運用されるだけで脅威だ』
リョーヴァが褒めてくれて、ミールは愚痴っていた。
この2人もメキメキと強くなっていっている。名実ともに党の軍隊の切り札となりつつある私たち。一方の地上部隊でも、元帥直属の機甲部隊が編成されているらしい。
そっちの指揮官は元帥の奥さんでありクレプスキュールの人、シャルロットさんだとか。公私混同してない?
『だな。元帥の時間稼ぎ計画のために俺たちは必須だぜ……酷使しやがって』
『元帥の指導に敬礼、だね。ていうかそれより面白いこと思いついちゃった』
実は、さっきの敵との戦闘を通していいことを思いついていたのだ。
私たちのモチベになりそうなこと。
『なに? また変なこと?』
『またって何!? 最近そんなことしてないけど……ごほん、機首に私たちを表すエンブレムを描こう! かっこいいよ!』
失礼なことを言ってきたミールのことはとりあえず置いておく。
私が思いついたこととは、機首にエンブレムを描くことだった。
さっきのエース……エリカのパクリみたいな二つ名を冠していた人の実力は微妙だったけど、自身が何者であるのかを誇示する方法はおもしろいものだった。
敵から学ぶことで、軍隊は成長していく。こういう地味なところもパク……リスペクトしつつ、借用させてもらおう。
『……そりゃ悪くねえが。敵はビビるし、味方は湧き上がるだろうしな。だけどよ、絵心あるやつがいねえぞ?』
『あー……たしかに。整備士の人も忙しくてそんなことしてる暇ないしね』
『もうちょっと余裕が出たらやってもらおう。その時にはぼくたちは凄い偉くなって後方でふんぞり返ってるかもしれないけどね』
提案はいい感じに受け止めてもらえたけど、根本的な問題があった。周りに絵心がある人間がいないし、絵を描くくらいなら出来る整備士の人たちも、人手不足でずっと働き詰めでそんなことをしている余裕もない。
……いいアイデアだと思ったんだけどなあ。残念。
◇
基地に戻ってきて、格納庫に飛行機を停めて、任務後のフィードバック。改善点と良かった所をまとめて、これで今日の任務は終わりだ。
元帥に報告書を提出する必要はあるけど、後回しでいい。あの人、いつも書類ばっか見てるから緊急事態でもなければ3日に一回提出するだけでオッケーなのだ。楽でいいね。
「あとは自由時間だよ。私はパヴェルフスクまでお買い物行くけど、2人はどうする?」
「寝る」
「ぼくも」
「あっそ。体力ないなあ」
「お前が異常なだけだぞ……」
折角2人をデートに誘ってあげたのに、男気のない奴らだ。
ちょっとむっとしたけど、私はもう19になるからね。大人の女性に近付きつつあるから、我慢して一人で出掛けることにした。
イゾルゴロドや首都の基地と違って、ここ、パヴェルフスクの基地は街中にある。たぶん、はじめから軍隊用の広大な用地を確保しておいたのだろう。そのお陰で、街に出るのも楽ちんだった。
基地の門の守衛さんとちょっと雑談を交わしてから門を出た。
すぐ近くにバス停があって、これに乗っていけば目的のお店の近くまですぐに行けるんだけど……あいにく、あと20分は待たないと来ない。それなら歩いていくのと時間は変わらないね。歩いてこう。
基地周りには、疎開の際に建てられた仮設住宅が密集していた。元の居住地区は既に埋まっているし、それ以外の空き地となると工業地区のすぐ側、病気一直線の場所か基地の近くのちょっとの空き地くらいしかなかった。
もちろん工場ばかりの場所になんて誰も住みたくないので、避難民向けの仮設住宅が建てられるのはこっちに決まったらしい。あぶれた人はさらに東へ、という感じで疎開が行われたという。元帥が前にちょろっと言っていた。
なので、この辺りを歩くとたまに見かけたことがある人もいた。航空学校にいた時は首都によく遊びに行っていたからね。パン屋の店員さんとか、服屋の人とか、バスの運転手さんとか、ちょっと顔を覚えている人もいる。そうした人を見かけると、少しだけ心が休まった。
生き延びてくれたんだなって。私たちが頑張っていたのは無駄ではなかったという実感が湧く。
そんな街を歩いていると、話したことをある人も見かけた。
確か……マレーヴィチだったかな? 流石にうろ覚え。
手を振って、声を掛けた。
「お久しぶりです! 生きていましたか!」
「んだぁ? 失礼な小娘だな……いや、どっかで見たな……」
記憶に比べてちょっと老けている。
彼は高級仕立て屋さんだ。前に、アンナさんと初めてのデートに行った時に、ドレスを仕立てて貰った人だ。……イゾルゴロドに持っていったから焼けちゃったんだけどね。ほとんど着なかったけど、気に入っていた。
「ああ、『白聖女』か。新聞で見たぞ。戦争の英雄様が俺に何の用だ? てかどっかで会ったか?」
「ドレス仕立ててもらったじゃないですか! アンナさんと一緒にあなたのお店に行って……」
私の活躍は新聞でよく取り上げられている。写真は許可した覚えがないんだけど、たまにどっかで勝手に撮られてる。お陰で、どこにいても身だしなみを気にするようになってしまった。
「……思い出した、チェレンコワのお嬢様と来たガキか! デカくなったな、気付かなかったぜ」
「お久しぶりです、同志マレーヴィチ?」
もしかしたら名前を間違えているかもしれないから、少し他人行儀にそう言った。
名前は合っていたようだ。けど、別のところが気に障ったみたいで、彼は指に挟んでいたタバコを左右に揺らして私に答えた。
「同志はやめてくれ。チェレンコワのお嬢様だけの呼び方なんだ。彼女は元気にしてるか?」
「……アンナさんは……」
私がどう言おうか言い淀んでいると、彼は勝手に納得したのか、少し目を伏せながら言った。
「……そうかい、戦争だもんな。そういう事もあるだろうよ。折角平和に革命が出来たってのに、元貴族は人民よりも前に行ってよく死んでる。因果なもんだぜ」
勘違いしちゃってるけど、同じようなものだから訂正する必要もないだろう。
アンナさんを助けた時に、サプライズだ。楽しみなことが一つ増えたね。
「貴族ってのは祖先に冒険者を持つヤツが多いからな。戦場で勇敢に戦いに行くのはあいつらなりの矜持なんだろうよ」
この人も上流階級の出なんだろうか?
私が知らないことを話してくれるので、うんうんと大きく頷いて聞いてしまった。
「んで、用は? 生憎だが、服屋は戦争が終わるまで休業中だ」
「いえ、見かけたから声を掛けただけなんです。……あ、そうだ」
ちょっと話をしてさようなら、とするつもりだったけど、用を聞いてくるあたり忙しいわけでもないようだった。
ちょうどいい。服を仕立てる人なら、絵心もたぶんあるだろう。
「絵って描けますか?」
「絵? そっちは本業じゃねえけど、服のデザインもやってるんだ。そりゃ描けるが」
「良かった! 実はですね――」
大当たり! ここでマレーヴィチさんと出会えたのはすごい幸運だ。
かくかくしかじか、私が機首にエンブレムを描きたいということを掻い摘んで話した。
「……疎開してきたはいいものの、食い扶持に困ってたんだ。こんな状況下じゃ高級な服なんて誰も買わねえし、だけど俺も安物なんか作りたくもねえ。いいぜ、エースに相応しいモノを描いてやるよ」
「感謝します、同志マレーヴィチ!」
「同志はやめろ。んじゃ、明日の朝向かう。しっかり伝えといてくれよ、不法侵入で捕まって内務部に引き渡されたくねえからな」
彼のジョークには乾いた笑いを返して、私たちは別れた。
よし、早く買い物を終わらせて基地に戻ろう。
2人を叩き起こしていい知らせを伝えてあげないと!
大晦日ですね
40話くらいで今年中に終わらせる予定だったんですが、もっと続きそうです