44.新しい一日
合衆国の支援物資の評判は……あんまり良くない。
缶詰、缶詰、缶詰、たまにタバコとチョコレート。
この国の人たちの口には合わないようで、みんな嫌々食べてる。なお、食糧事情が優先されるのは相変わらずの空軍なので、苦手でも空軍は人一倍食べないといけない。
一方の私はと言えば、前世から加工肉が大好きだったので嬉しい。けど高血圧になっちゃいそうだし太りそうなのでちょっと控えてる。
私はタバコを吸わないけれど、チョコは貰っていた。チョコに関しては評議会共和国のチョコは世界一美味しいといっても過言ではないくらいなので、比べるのが酷なもの。
不味くはないんだけどね。みんな、舌が肥えちゃっている。
軍需品の生産は好調だ。好調の工場が生産効率を向上させている。
砲弾は次々と作られて前線に送られている。銃も一人に10丁くらい配備出来る程度だ。どうやら、新しいもの好きの党は新天地である東方の資源開発にも注力していたようで、結果として今につながっている。意外なとこが未来に繋がるもんだね。
空を飛んでから基地に戻る時、パヴェルフスクの上空を見るんだけど、煤がすごかった。健康問題にはそれなりに配慮しているけれど、環境に関しては誰も気にしてない。
時代が時代だから仕方ないけど、何年後かに大問題になりそうだった。今度それとなく言っておこう。
そうした問題や改善点がわかるくらいの時間が経った。
山脈の向こう、東方に来てから、およそ1ヶ月。
……ミラーナ少佐も、リーリヤ少佐も、行方不明という扱いになった。……イゾルゴロドの情報に至っては皆無だ。そしてもちろん、ヴォルシノフのことも。
ヴォルシノフの学校の友だち、イゾルゴロドのお母さん、ミハイルおじさん、ノーラ。みんな、生きていると信じている。……そうしないと、頑張れないから。
落ち込むのはこのあたりにしておこう。今日も新しい一日が始まる。
ベッドから出て、シャワーを浴びて、新しく支給された軍服に着替えた。
鏡に向かって微笑む。
「さあ、頑張ろうエカチェリーナ。君はエースなんだから、沈んでたら周りに気持ちが感染っちゃうよ」
瑞々しい唇を動かしながら、鏡の中のあどけない美少女は穏やかに微笑んでいた。
◇
トゥハチェフスキー元帥の戦略は、機甲部隊と砲火力を大々的に活用するものだった。
この間、軍隊を集めて演説を行っていた。そこで彼が説いた作戦が――『縦深作戦』。今までの戦闘教義とは根底から異なる、攻撃的な理論だった。
詳しくは覚えてないんだけど(専門外だから仕方ないよね)ともかく広い範囲で一気に攻撃するみたいなやつだった気がする。
机上の空論じゃないの? って私は疑ってる。……けど、そういえば、ソ連の反攻作戦がこんなだった気もする……。
まあ、合衆国が宣戦布告でもしないと反攻作戦を実行する余裕はないだろう。またしばらくは、空を飛ぶだけのお仕事だ。
「リーナ……またそれ食べてんのか? 塩っ辛いのによく食うぜ」
「結構美味しいけどね。……はあ、お米が恋しいよ。この濃さはおかずにぴったりなのに」
「米かあ、食ったことねえな。リーナはどこで食ったんだ?」
「前に、首都でね」
日本食は時折恋しくなる。19年くらいここで暮らしてるからもう殆どこっちの口になっていて、実際食べるとなんだこれ? ってなっちゃう可能性もあるけど。
納豆とかもう食べられなくなってるかもしれない。
でも、味の濃いおかずに出会うとお米が欲しくなっちゃう。魂に刻まれてるんだね。
「ぼくはまたハンバーガーが食べたいな。あれも味が濃かったけど、嫌な感じはしなかったね。アメリアさんがうまく調整してくれてたのかな」
「アメリア……? ああ、あの人か。そういえば合衆国の人だったけど、元気にしてっかな。国に戻れてると良いんだが」
アメリアさん――首都で開いていた、ハンバーガー屋さんの女将だ。航空学校に通っている時は、首都へと遊びに行った時にちょくちょく行っていた。けどそれ以降はほとんど行かなくなってしまった。
合衆国に帰ってるのか、この国に居続けたのかもわからない。そういえば、あの人もパイロットだった。同じパイロットのよしみとして、近況がちょっと気になる。
合衆国からの支援物資は主に民生品だったけど、何も食べ物だけというわけではない。重機の類やトラックのほかにも、後方で使える対空砲や護身用の拳銃など、こっそりと兵器を送ってくれたりもしていた。
……そのうちの半数以上は現場の人からの評判は良くないんだけど。噛み合わないものだね。
「合衆国といえば、トラックも届いていたね」
缶詰肉ばかりのご飯を食べ終えて、喉が渇いた。
お水を飲んでいると、ミールがちょうどよくそんな事を言っていた。
「ああ、でっけえやつか。陸軍の知り合いに聞いたけどよ、合衆国じゃ道が舗装されてるのが基本らしいから、道が泥濘んでると車体が沈んじまうらしいな」
「うちの国も結構進んでるんだけど、あの国には届かないかあ。流石だね」
と、こんな感じの評判だ。あの国の機械が悪いわけじゃないけど、環境と噛み合っていない。
首都周辺なら大活躍できただろうに、ちょっと遅かった。山脈を越えた東方は都市が点在していて、その間の道くらいしか舗装されていない。それ以外は、未だに土が固められただけの道なのだ。
ミールが感心しているように、評議会共和国は大いに発展している国だったけど、その経済では合衆国には一歩及ばなかった。その代わり社会制度では常に一歩先を行っているけれど。
「世界1位と2位が手を組むから、この戦争も勝ったようなもんだぜ」
「ついでに太平連盟も来てくれるといいんだけど。私、夜見に旅行してみたいんだよね」
夜見――日本みたいな国。
だいたい日本だ。名前の由来も日本と同じようなもので、大陸の国よりも先に夜を見ることができるから『夜見』なのだそう。この世界、なんでか月が世界中で信仰されてるから、そういう名付けの仕方はたまに見かける。
太平連盟は東アジア同盟のことだ。彼らの国力をまとめて見ると、私たちを超える。彼らも来てくれればもはや負けは存在しない。
けど、平和が一番だからね。ちょっと支援は欲しいけど、平和を重要視するならそれも仕方ない。
平和になったら旅行に行こう。中華料理も韓国料理も和食も好きだ。この世界でどんな違いが生まれてるのか気になる。
「リーナ、結構あっちの文化に興味あるもんな。戦争終わったら行ってみようぜ、3人で」
「いいね!」
私たちが明るい未来を思い描いてうきうきになっている一方で、ミールはため息をつきながら、残酷な真実を突き付けてきた。
「……そんな纏まった休みが取れればいいんだけどね。少なくとも、ぼくの連隊では長くて3日だったよ、連休は」
「……俺のとこもそんな感じだ」
「でも3日取れるならいいじゃん。私のとこは長くても1日と半日だったよ。まるまる2日お休み取れたことなんて……あったかなあ……」
2人は私より恵まれているみたいだった。
第33航空連隊は、こまめな休みはしっかりもらえたけど纏まった休みは滅多にもらえなかった。連隊のくせにたった3人しかいなかったから仕方なかったんだけど。
私が懐かしさを覚えながら言うと、ちょうど2人からの返事が無くなった。お仕事モードに切り替えるいいタイミングだ。
ぱちん、と手を合わせて私は立ち上がった。
「さて、無駄話はこれくらいにして。今日の任務だよ」
「はいよ、小隊長様」
「大尉殿の指示には従わないとね」
口ではそう言いながらも、2人は素直に私に従ってくれる。
そう、独立した小隊として私たちは活動し始めた。
正式名称は特殊任務航空小隊――略して特任空。
小隊長は私。
任務は、元帥の直属の戦力として防衛網の穴埋めを行うこと。基本的に行った場所には必ず敵がいるので、短期間で私たちの撃墜数はうなぎ登りだった。
◇
場所を移した私たちは、出撃前の軽いブリーフィングを行っていた。小隊長になってわかったけど、ミラーナ少佐はこれをほぼ毎日やっていたんだから凄い。情報をまとめたり、ちょっとした準備があったり、上の人とのお話もあったり、結構めんどくさい。
でも、偉くなっていっている感じがするからこういう仕事が増えるのは嫌いじゃなかった。それに、管理職みたいな技術は平和になっても活用できるからね。育ててかないと。
「ここ2、3日の間に山脈越えてる爆撃機が何機か目撃されてるんだって。次来る時は編隊だろうから、そいつらの撃墜するよ」
「飛行爆弾撃たれたら大惨事だからな。油断できねえ」
「ロケット積んでいって良い? 爆撃機相手なら使えるよ」
……こんな感じの、部下の無茶振りに許可を与えるかどうか悩むのも、偉い階級の特権だ。
……どうしようかな。爆撃機相手にロケットはミールならうまく使えるだろうけど、外した時にどこに飛んでくかわからないし……。まあいっか。
「うーん……許可、します。流れ弾には気を付けてね」
「やった。攻撃機で鍛えた腕を見せてあげるよ」
そうして、私たちは任務を始める。
ほつれてきたいつものマフラーを巻いて、私は空に飛び立った。
忙しい一日の始まりだ。