43.誰よりも活躍しろ
トゥハチェフスキー元帥の言葉は私に衝撃を与えたけれど、裏切りの時ほどではなかった。
立つ鳥跡を濁さず――この国に同じようなことわざはなかったはずだけど、彼女はそれを実践していた。
アンナさんがいなくなれば、例の将軍の矛先はどこに向かうかわからない。私たちを守るために、『処理』を終えていたらしい。
疑われているなら、情報を包み隠すことに意味はないだろう。すぐにでも、アンナさんの情報は伝わるはずだ。
それなら、せめて私の口から真実を伝えておきたい。
元帥に、アンナさんが大衆ゲルマンへと寝返ったことと、大晦日でのパーティーで教えてもらった事を伝えた。私怨から、前線で過酷な戦いを強いられていたことを。そして、おそらくその殺された大将が原因であることを。
「そうか。党の軍隊で唯一の魔法使いだったのだが。残念だ」
言葉ではそう言っているものの、元帥の想定内ではあったらしい。
……もしかすると、例の将軍の狼藉も知られていたのかもしれない。それならどうして早くに対処しなかったのか。
腹が立つ。けど、彼にぶつけるのは間違っている。我慢した。
「党と祖国に対する背信行為には抒情酌量の余地はない。首都の攻略も、彼女が情報を提供したために成功した可能性すらある」
「ですがっ!! ……失礼しました。ですが、アンナさん――チェレンコワ大尉がこうなったのは全てその大将のせいです」
無意識のうちに大声を出してしまった。
抒情酌量の余地はない――当然のことだろう。裏切りっていうのは、それほどに重い罪なのだ。……だけど、アンナさんは被害者だった。
私に撃ってきたけど、彼女の裏切りは、思い悩んだ末の行いだった。
「ああ。問題の大元はその大将だな。だが、彼女がソレを殺してしまった以上、被害者であることは立証不可能になってしまった」
「そう……ですか……」
「同情はしている。しかし、私は元帥だ」
元帥は懐から葉巻を取り出して、吸い口を切ってから火を点けた。
ゆっくりと喫み、大きく煙を吐き出してから言った。
「……個人的な俺としての助言だが、聞くか?」
その言葉を聞いた瞬間に、私はすぐに頷いた。
助けられる方法があるなら、どのような手段でも使いたい。
「誰よりも活躍しろ」
元帥が語った助言は、至極単純なものだった。
……個人で意見を押し通せと? 今を中世かなにかだと勘違いしているんじゃなかろうか。近代社会が形成されて久しいというのに。
「流石にそれは難しいのでは……」
「並大抵の活躍では、難しいな。だが、並外れの活躍をしてみろ。世間は、冒険者が好きだ。実際の戦いは嫌いなくせに、物語の上では戦闘で活躍する個人が大好きだ。そして、そうした活躍をした者の言葉は将軍よりも、元帥よりも重くなる」
「そうは言いますが、冒険者なんて大昔のことですよ」
「そうだな」と言いながら、元帥はさらに煙を吐いた。濃い紫煙が部屋を回る。
「だが、S級冒険者のカタリナは、古代の帝国においては大罪人だが、未来に生きる我々には聖女として記憶されている」
……またカタリナの名前が出てきた。
この国では特に祀られているから仕方ないんだけど。
カタリナは史上で5人しかいないS級冒険者のうちの一人だった。他に誰がいたかは覚えてない。興味のない歴史は苦手なんだ。
教主を救った……いや、結局、救えなかったから未遂ではあったんだけど。その罪によって、ローマみたいな国では大罪人の代名詞のような存在だったという。
今で言う『魔女』だ。
けど、そんな彼女も、今では聖女と呼ばれている。
「当然ながら、今は無理だ。戦後の話だ。大活躍した英雄様になれば、一生に一度くらいなら、法律を覆しても許されるだろう……今を生きる人々には非難されるかもしれないがな」
元帥は結構やんちゃな人だった。法律を覆すなんて、冗談でも軍人が言って良いことではない。
「どうにか大尉を連れ戻してから、後世の歴史家に突き付けてやれ。『背後関係までしっかり調べろ。彼女は被害者だったんだ』とな」
トゥハチェフスキー元帥は、大きく笑っていた。なにがおかしいのかわかんないけど、総司令官が笑っているなら私も笑っておかないと。
ぎこちない作り笑いを一緒にした。
「くくくっ……。それと――第1期生は空挺軍の訓練プログラムを修了したと聞いている。ならば同志だ戦友だ。空挺軍を気軽に頼ってくれ。飛び降り訓練の事を話せば、誰とでも打ち解けられるぞ」
「えっと、飛び降り訓練しかやってませんけど?」
「うん? 嫌になるほど走っただろう? 射撃訓練と一週間の凍土での生存演習も。……その表情を見るに、説明は無かったのか。ただの飛行士にそこまで過酷な訓練が必要なわけ無いだろう。それに加えて、座学や航空機の操縦まで行っているんだ。空挺軍以上の化け物だな、君たちは」
元帥は呆れていた。
……アンナさんが当然のようにやっていたからみんな出来ると思っていたけど、私たちがおかしかっただけみたいだ。
◇
「なんか大尉になっちゃった」
リョーヴァとミールは司令部の前で待っていた。
私が報告すると、2人はぽかーんとしてしまった。レア表情ゲット。
「正しくは中尉だけど……明日には大尉だって」
「えっと、その、エカチェリーナ、いやカレーニナさん……? おめでとうございます……?」
「カレーニナ中尉、昇進おめでとうございます。私たちも中尉と共に戦えること、光栄でございます」
リョーヴァは頭にハテナを浮かべながら、ミールはビシッと敬礼をして、笑いを堪えながら丁寧な口上を述べていた。
「敬語はやめて! たぶん近い内に、2人も中尉になるんじゃない?」
「だといいけどな」
「ぼくはどうだろうなぁ。君たちみたいにエースじゃないからね。さっさとエースになっちゃおう」
私が大尉になったのは功績もあるだろうけど、パイロット不足になってしまったこともありそうだ。
西方から東方への撤退は、周りを見てみる感じ他の地域から撤退してきた部隊も多いみたいだった。けど、それでもそこまで数はいない。
「ふふふ、私に追い付けるかな?」
「リーナを越すつもりはないよ。ほどほどに活躍できればそれで十分」
闘争心旺盛に見えたミールを煽ってみても、相変わらず一歩引いている。あんまり熱中しないタイプなんだよね、彼。
攻撃機に関しては珍しいくらいに熱中していた。
「んでミール、何乗るんだ?」
「どうしようかな。君たちと同じのでいいかな……攻撃機以外にあんまり興味がわかないんだよね」
「色々あるから試してみりゃいいのに。……ていうかそうだ、我らが指導者殿は首都から逃げられたのか?」
リョーヴァが急にそんな事を言うもんだから、私もすごく気になってきた。
そういえば、党のお偉いさんたちは脱出できたんだろうか? 首都が陥落する時までに『大撤退』の大部分は完了していた。
とはいえ、国の中枢に位置する人が最後まで居ないというのも問題になる。でも、新聞になにか書かれてたり、誰かの噂で聞いたりもしていない。
「どうだろ? 何も聞いてないからこっち来れたんじゃない?」
「あるいは、その身に何かあったから何も言ってないのかもよ」
「脅すなよミール……。まあ、声しか知らねえからどっかで見かけても俺達にはわかんねえんだけどな」
でも、私はちょっと核心的なことに気が付いている。
指導者殿――あるいは書記長と呼ばれるこの国のリーダーは、声しか出していないのだ。その姿は誰も知らない。たぶん、元帥閣下でも知らないんじゃないかな。
そうしたことから導き出せることがある――
「案外、私たちの想像だけの存在だったりしてね」
「どういうことだ?」
「ほら、魔女だってさ、歴史で何回も言及されてるけど、それが同一人物なら二千年近く生き続けてる訳じゃん。無理でしょ?」
「まあ、そりゃな」
「指導者様もさ、そういう感じで――声だけは本物の誰かを使ってるけど、実際は情報だけの存在、国のお偉いさんたちが頑張って考えた皇帝に変わる一個人かもしれないじゃん」
ビッグブラザーみたいにね。
こっちはディストピアではないけれど。思考は自由だし、言葉も豊富だ。弾圧もない。けど、全体主義的な体制であるのは変わりない。
国家の統一のために象徴的な人物を生み出すっていうのは理にかなっている。
「でも、ぼくたちが生まれた頃からずっと声を聞いてるからね。リーナのその考えはおもしろいけど、ちょっと無理があるんじゃない?」
「むしろ、魔女本人だったりしたら全部の辻褄が合うな。けど魔女がこんなにいい国作らねえか」
……こんなの考えるのは結構異端だから、こんな風に反論されるけど。
でも、ミールの言う通りに私の考えが思いっきり的外れで、普通のおじさんがリーダーをやっていたりするのかもしれない。
真実は党のみぞ知る、だ。
党は無謬だからね。指導者殿は存在していて、今も立派にこの国の指導をしてくれている。
「まあ正直、誰でもいいけどね。実はミールでした! とかでも納得しちゃうよ」
「あはは、どうだろうね」
「……え? 違うよね? ……ちょっと、なんとか言ってよ。なんで黙ってるの!?」
ミールはにっこりと笑って私のことを見つめていた。
……怖いんだけど!