34.四日目 / 適当なこじつけ
早速ラケータは品切れになった。今日は朝から夕方まで、一発も降ってこなかった。
――なんて、もう相手のこともわかってくる我が国の人民たち。どうせ油断させるつもりなんだろうと、この隙を付いて各地への避難の準備を始めたり、簡易的なシェルターを作り始めたりしている。
どうせ今夜か明日の朝にでもたくさん降り注がせるつもりだろう。
今日の任務は夜襲だった。敵の前線基地へ向かう襲撃機部隊の護衛だ。
夜間地上攻撃なんて私は訓練でやったきりだから絶対やりたくないけど、我らが親衛連隊の襲撃機部隊にとっては基本的な攻撃の一つらしい。……よく墜落しないね。
そして、今日護衛する相手はミールが所属している襲撃機分隊だった。やった!
『ミールと任務を行うの楽しみだな! 初めてだし!』
『あんまり楽しくないと思うけどなあ。君たち、護衛するだけでしょ?』
『いいじゃんいいじゃん! ミールと一緒にやるっていうのが楽しみなの!』
首都に配置転換してから結構気が滅入っていたものの、友人と一緒にやる任務っていうのは気分が上がる。少佐たちのことも信頼してるけど、やっぱり年上だし上官だからね。
ちょっと遠慮があったりするのだ。その点、ミールは同期。歳は1個上だけど、気の置けない友人だからうきうきになる。
『ウソだろ……少尉がメスの声になってやがる……』
『は、はぁっ!? 何言ってんですかリーリヤ少佐! 適当言わないでください!』
声……変わってるのかな?
少佐たちと一緒にいる時と変えてるつもりはないんだけど。それにしてもメスの声だなんて失礼な。
私とミールの間にそういうのは(まだ)ありません!
『いや明らかにアタシたちと話す時の声と違うし……なんかショックだぜ』
『……ごほん。仲良くするのは良いが、君たち。緊張感は保ってくれ』
ちなみにどうしてミールと通信出来ているかと言うと、強引にそうしてもらったからである。
今の分隊長はリーリヤ少佐なので少佐に無理を言って、更に相手の分隊長にも無理を言って両方の無線を統合させてもらうことにした。
戦争が続くとだんだん規律も緩んでくる。親衛連隊の中でもトップクラスのエースの私相手なら尚更だ。
空軍最高!
『ほーら怒られちまった。真面目にやろうぜ少尉。ラーナが居ねえ分アタシが保護者にならねえと』
『はぁい。あ、でもミール、いつでも話しかけてね! 暇だから!』
『……真面目にやってよね? ぼく心配になってきたんだけど……』
夜闇を低空飛行――まばらな星明かりや月明かりを機体で隠して地上から気付かれないように、ごく低空の木の上辺りを飛ぶのだから、ふざけてばかりだと危ない。
それから少しの間、私たちは静かに空を飛んだ。ちなみに、今回の飛行ルートの案内をしているのは少佐だ。忘れちゃうけど、本当は航法士だからね。
基地を出て30分程度、もう少しで攻撃地点にたどり着く。だいたい時速400キロで巡航してたから、首都からの距離は200キロくらいの場所。東京から新潟がそのくらいだった気がする。
地上を行くと結構な遠出だけど、飛行機にとってはいつもの距離だ。ただでさえ早い上に、障害物に阻まれないで真っ直ぐ行けるしね。
『にしても驚いたな。かの『白聖女』様に護衛して貰えるって言うから期待してたが、なんだ、結構普通の女の子じゃねえか』
無線で話しかけて来たのは襲撃機部隊の人だ。渋めの声のおじさんだった。顔は知らない。戦闘機部隊との交流はよくあるけど、襲撃機の人との交流なんて殆どないからね。
というか、『白聖女』。リーリヤ少佐の聞き間違いじゃなかったらしい。
『出ましたね『白聖女』。なんですかそれ?』
『そりゃお前さんの二つ名だよ。誰が言い出したんだっけな……ミロスラフ、お前情報通だから知ってるだろ?』
『当然。ぼくが知ってる限りだと、歩兵部隊から生まれた二つ名らしいよ。なんでも、いつでも賭けに勝たせてくれるから『聖女』、更に真っ白な機体っていうことで『白』。合わせて白聖女』
『……ええ、なにそれぇ。聖女カタリナに失礼じゃない?』
『はははっ! おもしれえなぁ。なんだ、少尉の名前由来かと思ったら適当なこじつけじゃねーか!』
私の二つ名の『白聖女』。それ自体は素敵な響きだし、かっこよくてすごく良いと思う。
けどその由来は……ちょっと……。
『言われてみると、リーナの名前は聖女が由来ですからぴったりですね。それとなく由来がそうだったように噂を流しておきます』
『……ミロスラフ、だったか? なんだそれ、実は内務部の人間とかじゃねえよな……?』
内務部っていうのはこの国の秘密警察みたいなものだ。拷問とか拉致とかはされないらしいけど、ちょっと危ない人には監視が付けられている――という噂がある。
そう、噂だ。首都のあの実に反体制的な服屋さんみたいな人でも野放しになっているので、実際は存在していないと私は思っている。
『ぼくは党の下で働けるほど頭は良くないですよ』
『いや、信じるけどよ……少尉、お前の同期って濃いヤツが多いんだな。もう一人は猫の獣人だしよ』
リーリヤ少佐が嘆息しながら言った。
そんなにキャラ濃いかな?
私は普通だし、ミールもちょっと噂に詳しいだけ。おしゃべりなおばちゃんみたいなものだし。リョーヴァに至っては獣人ってだけだ。よくいる男の子。
『リョーヴァですか? 普通の男子ですよ彼は。ね、ミール』
『そうだね。リョーヴァといえば、彼もエースになったよ。知ってた?』
『え、ウソ! でもやっぱりって感じ。射撃めちゃくちゃ上手かったもんね』
『リーナはもう撃墜数は10機超えてるっけ?』
『超えてるはず。リョーヴァは?』
『もう少しで10機らしいよ。なら、まだリーナの方が上だね』
『負けられないね!』
そんなリョーヴァもいつの間やらエースになっていた。不思議じゃないね。私たち航空学校の第1期生はみんな精鋭揃いだから。
3年分のカリキュラムを1年に圧縮したものをこなしてきたのだ。特殊部隊の訓練みたいなものである。
『人前で無線越しにいちゃこらしやがって……こちとら恋人が怪我して気が気じゃねえんだぞ。オラ、もうすぐ到着だ。気ぃ引き締めとけ』
『はい、了解です』
『は~い。ミール、がんばってね!』
これから先は、攻撃を行う襲撃機部隊から離れて周辺の警戒を行う。
ミールにエールを送って、操縦桿を斜めに引いた。リーリヤ少佐の機体と一緒に、私の真っ白な機体が月明かりに照らされる。
『ミロスラフ、お前あのエースに好かれてるなんていい御身分じゃねぇか。今回は大活躍を期待していいんだよな?』
『はは……お手柔らかに……』
◇
敵の基地から大きな火柱が上がった。燃料か弾薬か、そこに爆弾でも落としたんだろう。
『たーまやー』
『なんだそれ?』
『夜見の言葉ですよ。花火を見た時に言うらしいです』
『へぇ、変な言葉だな』
最初の方は対空砲火が目まぐるしく夜空と地上を照らしていたが、襲撃の後半にもなった今ではほとんど無くなっていた。
地上攻撃はしっかり成功しているらしい。夜中なのにどうやって狙いを定めてるんだか。ハンナさんもそうだったけど、攻撃機だったり襲撃機だったりのパイロットは夜目が効く人が多いんだろうか。
さらに5分くらい経つと、襲撃機部隊が基地から離れて戦闘空域から離脱し始めた。
私たちも速度を上げて、彼らの編隊に合流する。
『おかえり、ミール! 今日も頑張ったねえ』
『ああ、うん。……ただいま、リーナ』
『…………アタシも帰ったらすぐラーナに会いに行くか。ほらガキ共、乳繰り合ってねえで早く帰るぞ!』
リーリヤ少佐もかわいいところあるじゃん。
ミールとのいちゃいちゃをたっぷり見せつけながら、私たちは基地に帰った。
月も随分と高いところに登っていたけれど、第33航空分隊だから、と特別に病院に入れてもらった。
夜の病院ってちょっと怖い。蛍光灯は変な音を立てるし、私たちの歩く音は変に廊下に響く。
ちょっとリーリヤ少佐との距離を詰めながら歩いていって、ミラーナ少佐の個室に辿り着いた。
「ただいま、ラーナ!」
「あらあら、なんだか元気じゃない。おかえり、リーリャ」
ミラーナ少佐はまだ起きていた。
そういえば、今日はまだお見舞いに来ていなかったから、もしかしたら待っていたのかもしれない。
そんな少佐を見て、リーリヤ少佐はちょっとニヤけていた。
「……へへ」
「……? エカチェリーナちゃん少尉、リーリャになにかあったの?」
「なんだか寂しかったみたいですよ、ミラーナ少佐が居なかったから」
「ふぅん。かわいいところもあるじゃない、リーリャ」
「いつも隣にいる人が居ないってのは違和感が凄いもんだ。今はすげー安心してる。愛してる、ラーナ」
「……なによ急に。私も愛してるわよ、リーリャ」
二人だけの世界に入ってしまったので、私はそっと個室から出た。
エカチェリーナはクールに去るぜ、ってやつだね。