30.戦争って嫌ですね
新年になった時は、首都の党本部にいた。帰っても良かったんだけど、少佐たちが酔っ払ったまま寝てしまっていたので彼女たちの面倒を見ていた。戦う時は頼れるし、普段もしっかり働くのに、お酒の前ではこの2人はあんまり信用ならない。
「起きてくださーい。新年ですよ。あけましておめでとうございますー」
「ぅ……まだ寝るぅ……」
「……りーりゃぁ……おきないとぉ……でも……あたまが……あがらない……」
「仮眠室も何時までも使えるわけじゃないんですよー。これ以上居たら党の人に怒られちゃいますよぉ」
私たちはあったかい仮眠室で新年を迎えることになった。党本部はセントラルヒーティングでしっかりと暖房が効いていて、コートを羽織る必要もない。そういえば、北海道の冬はどこでも暖房が効いているからあんまり着込んだりしないって聞いたことがある。それと一緒だ。
仮眠室は私たちが使っているから、他の人は使っていない。アンナさんのようなこともあるけれど、この国のモラルや倫理観は21世紀水準にあるのだ。……だからこそ、アンナさんのようなことを更に許せなくなるんだけど。でも私に偉い人の知り合いは居ない。……力及ばない。
思い出していたらまた腹が立ってきた。
気分を落ち着かせようと水を飲んでから少佐たちの元に戻ると、2人はまた寝息を立てていた。……こいつら。
「初日の出は空の上で見たかったんだけどなぁ」
ガツンと言うのもいいけど、今日はねちねち言いたい気分。少佐たちの心に刺さるような言葉で不満をこぼすことにした。
でも、本心でもある。毎日戦闘機で飛んでいるのに嫌にならないくらいに飛行機が大好きだけど、初日の出を空の上で見たことはない。今日はできるかな~ってちょっと期待していた。
「……ごめんよ……」
「いいですよ。けど、貸ひとつです。ミラーナ少佐も」
「うぅ……面目ないわ……」
ふらふらと起き上がった少佐たちは、お水を一杯飲んでから身だしなみを整えた。それから一緒に部屋を出た。
差し込む朝日は爽やかなものだった。
「エカチェリーナちゃん少尉、昨日はどんなことがあったの?」
党本部の廊下を歩きながら、ミラーナ少佐が聞いてきた。
どんなこと……正直、アンナさんとのことしか覚えてない。ご飯もあんまり食べなかったしね。
「メシとかたくさん出たんだろ? 今度からは酒に呑まれないように程々にしとかないとな、ご馳走が勿体ねえや」
「結構出てましたね。でも、私たちよりも一般の人のほうがご飯に困っているでしょうから、あんまり食べませんでした」
「偉いわね。素晴らしい少尉を部下に持てて、分隊長として誇らしいわ」
「……私も、素晴らしい少佐たちが上官になってくれて嬉しいですよ」
アンナさんの事を思い出して、ちょっとした感謝を呟いた。少佐たちはなんのことかわからないみたいで、顔を見合わせていた。
2人の年齢は、私の10個上くらいだったはず。空軍が設立された当初から所属しているベテランだ。
今の私みたいに、後ろ盾がある状況でもなかったと思う。それに、空軍自体も生まれて間もない頃だっただろうから、党の支援も少なかったはず。
そんな逆境の中で軍人を続けていた2人にちょっとしたリスペクトみたいな気持ちが湧いていた。少佐たちはすごいんだ。
党本部から出るときには外套の出番だった。空軍の外套はウインドブレイカーみたいなもので、見た目は割とカジュアル。だけど動きやすいし温かいしで人気。
道路は凍っていて、雪が少し積もっていた。新年になったから、今年で19歳になる。それだけこの雪深いところで暮らしていたら、雪道で転ぶことなんてそうそうない。
「さむっ。ていうか新年早々仕事かよ。大衆ゲルマンの奴ら、1月は休んだりしないのか? アタシたちでも辛い寒さだぞ?」
「私たちが辛いなら、なおさらチャンスなんでしょうね。前線の敵兵には地獄でしょうけど、本国のお偉いさんたちにとってはそんなこと関係ないでしょうし」
「内戦が終わって平和が来ると思えば、次は極寒の国の塹壕で凍え死ぬのか。かわいそうだな、あいつらも」
「今のところ、負けてるのは私たちだけどね。同情はしても、慈悲は見せないで頂戴」
「言われなくても。アタシも軍人だ」
新年なのもあって、路面電車は動いていないしどのお店も閉まっていた。みんな、家族との時間を過ごしているんだろう。
最近になって少しずつ徴兵が始まった。元々1年の徴兵は義務として課されていたけど、これから始まるのは2年の徴兵。我が国も、一般市民の日常生活にまで戦争が入り込み始めている。……場所によってはすでに戦場、なんだけど。
徴兵された人たちが軍に招集されるのは2月からだから、今年の新年は尚更大切な時間だ。仲良く過ごしてほしい。お別れは突然に訪れるからね。
「戦争って嫌ですね。みんな平和に暮らせればいいのに」
昨日のアンナさんを思い出しながら、私は言った。出るときにはほとんどの将兵はすでに帰っていて、アンナさんと会うことはなかった。
「平和を守るための軍隊がアタシたちだ。ちょっとの辛抱だぜ。こんな、狂ったような戦争が終わればみんな理性的になれるだろうさ」
「そうね。この戦争が終われば、もう二度と同じようなことはしないでしょうね。頑張らないと」
「……だと、いいんですけど」
地獄の塹壕戦の後に、ある国によってもう一度世界大戦が引き起こされたのを、私は知っている。
しかもその国の指導者は、毒ガスと地獄の戦場を味わった伝令兵だった。
「なんだよ、不穏なこと言うなよ少尉。未来でも見えてんのか?」
「未来視の魔法が使えるなら、ぜひ使って欲しいわね。将来の私がどのくらい偉くなれてるか知りたいわ」
「いいな、アタシは元帥になりたいぜ」
「私はもっと現実的に、大将になりたいわ。エカチェリーナちゃん少尉はどのくらいまで偉くなりたい?」
「大佐くらいでいいです。空を飛ぶのが好きなので、現場から外されたら嫌ですもん」
「私欲が少ないわねぇ。でも、そういうところも好きよ」
「……ラーナ??」
「ただの親愛の感情よ。リーリャも少尉のこと好きでしょ?」
「まあな」
少佐たちのやり取りを眺めていると、心が温まる。見ていて微笑ましいし、仲の良さがすごく伝わってくるから。
この2人の子どもができたら、すごく楽しそうな子になりそう。まあ、流石にそれは無理なんだけどね。
◇
交通機関の殆どは動かないと言っても、軍関係は別だ。戦時中なので、軍人には新年でも仕事がある。
首都に家を持つ人も多いから、首都と郊外の各基地を繋ぐバスはしっかりと動いていた。
「この時間は空いてますね」
「だな。アタシらが寝過ごしたから良いことが一つ転がり込んできたな」
「そうですね」
「ラーナぁ、なんか少尉が冷たいんだけど?」
「エカチェリーナちゃん少尉は呆れてるのよ、反省しなさい」
バスの中には私たちしか居なかった。
もう11時前なので、それも当然。……少佐たちはたっぷりと寝ていたのだ。全くもう。
私たち第33航空分隊は夕方辺りからの警戒飛行が割り当てられていたので遅刻にはならないものの、事前のブリーフィングとかを考えると結構ギリギリになる。
……今度からは私が少佐たちのお酒を管理するのも良いかもしれない。言っておこう。
「ミラーナ少佐にリーリヤ少佐、大事な話があります」
「はい」
「……悪いことしてねえよ?」
椅子から身を乗り出して、後ろに振り向いてからそう告げると、リーリヤ少佐は本当に思い当たるものがない、とでも言いたげな表情で私を見つめていた。
いやつい今朝悪いことしたでしょ!?
……これは反省してないな。キツく言っておかないと。
「今度からは私がお酒を管理しますので、――えっ?」
その時だった。背後の首都で爆発が起きた。火炎と煙が見える。
集合住宅に当たって、大きな黒い煙が上がっていた。それが何発も。
王国の攻撃を思い出す。こっちに飛んでくるかもしれない――!
「伏せてくださいッ!!!」
少佐たちの肩を掴んで、叫びながらバスの床に身体を押し付けた。運転手も驚いて、急ブレーキを掛けてから床に身体を投げ出した。
「なんだ――」
「ちょっと――!?」
どん、どんと遠くから爆発音が聞こえた。
それはすぐに収まって、幸運にも私たちの近くで爆発するものは一つもなかった。
「……ごめんなさい、近くには落ちませんでした。けど……」
「いてて……緊急事態だからな、気にすんな。首都に無差別爆撃か……アイツらのお得意だな。だが、首都の防空はしっかりされてるぞ」
「そうね。飛行爆弾の対策も完璧だったわ。一体どうやって……」
立ち上がってバスの背後を見ると、首都からいくつも黒煙が立ち上っていた。イゾルゴロドみたいに燃え盛っている訳ではないし、被害も少ないように見える。
だけど、首都を襲撃するなんてことは不可能なはずだった。
防空網は少佐たちにも詳しく知らされていない程に機密を維持しながら張り巡らされており、爆撃機の音も、飛行爆弾の不気味な音も聞こえなかった。
「……まさか」
いくつもの可能性を考えて、潰していって、一つだけ。前世の知識から拾い上げられたものが出てきた。
「なにか思い当たるものがあるのね」
「たぶん、ですが。精度は良くないから基地攻撃は難しいでしょうけど、迎撃は不可能ですし人民に恐怖を与えるなら最適の兵器を、敵は使っています」
「なんだよそれ、やられるままって訳か?」
「……我々が攻め込めば、被害は無くなりますね」
「今のところはやられるままって事じゃねえか、くそ」
飛行爆弾があるなら、もう片方が存在していても不思議じゃない。
世界を砂場にする超大国たちを恐れさせ、理性を取り戻させた兵器、弾道ミサイル。
その元祖……V2ロケット。
はるか高くまで飛んで、音速を超えて地上に降り注ぐ兵器だ。こうした兵器には、ミサイル技術が発展しない限り対抗する術は無い。戦闘機での迎撃なんて、もっと未来の話だ。
ついに、大衆ゲルマンによる、首都への攻撃が始まった。
――ここを落とされたら、私たちは負けだ。絶対に、落とされる訳にはいかない。
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